対抗戦開幕
闘技場の観客席は満員になっていた。
クラス展示の当番から運良く外れたらしい生徒の姿もあるにはあるけど、ほとんどは外部からの観客だ。
授業や学園行事に積極的に仮想世界を取り入れている宇美月学園は、関連業界や同様のシステム導入を検討している教育機関からモデルケースとして注目されてもいる。こういう大規模なイベントともなれば観戦希望は多いらしい。
外部観戦者には当日のみ有効な宇美月サーバーへのアクセスコードが発行されていて、直接来園した人は学内の接続室から、来園できない遠隔地の人は地元からログインしてきている。
観客席を見回してみて面白いのは明らかにCGっぽい外観のアバターが混じっていることだ。リアルモードのアバターを作るには身体走査データを取得したりと面倒なところもあるから、通常モードのアバターで済ませているのだろう。それも十分リアルであるはずなのに、リアルモードのアバターと比較すればやっぱりCGっぽさが感じられるのだった。
そんな観客達に囲まれて、私たち大会参加者はフィールドに整列している。
三学年合計十五クラス、総勢三十名。夏の海魔迎撃戦で見た覚えのある面々もいる。高レベル帯の生徒ばかりで、さすがに居並んでいるだけでも雰囲気があった。
「……目立ってる。これ絶対目立っちゃってるよ」
そんな中にメイド服姿の私達。
最後の一線は守って防具も装備しているとはいえ、メイド姿であることに変わりは無い。
間違いなく周囲から浮いている。
「覚悟はしていたつもりだけど、これは参ったわ。お父さんも見に来るって言ってたのに」
委員長も困り顔だ。
うん、これは親に見せたい姿ではない。
そして見せたくないというなら師匠にも見せたくはなかった。
実は観客席の中に師匠がいるのを発見している。
混雑している観客席の中に師匠とライアと、他に十人くらいの女性が固まって座っている。師匠の知り合いみたいな女性陣はみんな有り得ないくらいに綺麗な人達だった。一緒に生活するようになって余り意識しなくなったけど、ライアも初対面の時には見惚れそうになったほどの美女。そのライアと同等かそれ以上かという綺麗所が集まっていれば自然と周りから浮き上がって見える。
そのおかげで師匠を発見できたわけだけど、師匠が美女軍団を侍らせているようにしか見えない光景だった。
つまり師匠やそのご友人方にメイド姿をがっつり見られてしまっているわけで。
これは後で相当からかわれるだろうと思う。
それともこんな格好をしているのは不真面目だと怒られるだろうか。いずれにしてもふざけている訳じゃないことは説明しておかないといけなさそうだ。
不意にフィールド上空に大きなスクリーンが出現した。
このスクリーンは対戦ゲームに含まれている観戦モード(対戦の様子を第三者視点のカメラで映像化して配信するもの)を利用して、学園各所で行われる戦闘を競技場から観戦できるようにしている。映像配信は現実世界の宇美月学園でも見られるようになっていて、今朝がた仕込みに行ってきた2-B経営のメイド喫茶にも大型のモニターが設置されていた。
メイド服姿の私達が活躍すれば良い宣伝になるからと、クラスのみんなから激励された。
スクリーンには選手紹介が映し出されている。
1-Aから順に二人ずつ、名前と総合レベルと先頭登録スキル、アバターの立体映像が表示される。アバターの映像はリアルタイムらしく、照れくさそうな笑みを浮かべていたり、真面目な顔でお辞儀をしたり、選手たちの反応は様々だ。
紹介されている一年生達の方を見てみると、彼らの周囲を赤い球体がふわふわと漂っている。カメラ位置を知らせるためのアイコンだ。カメラアイコンは二人の周囲を移動し、スクリーンの立体映像を様々な角度に変化させている。
「……ねえ、委員長。あのカメラの動き、なんだか嫌な予感がしない?」
「奇遇ね。私もちょうどそう思っていたところよ」
ひそひそと話している間にも紹介は順調に進み、私達の番がやって来た。
『2-B 三条珠貴 総合レベル9 魔術レベル10』
『2-B 天音桜 総合レベル9 剣術レベル10』
レベル表示に観客席から「ほお!」とか「おお!」とか声が上がった。
総合レベル9と先頭登録スキルレベル10は他から頭一つ抜けている。それが同じクラスで二人揃っているのだから観客の反応も当然と言えば言えるのだけど、歓声の半分以上は同時に表示されたメイド服アバターの映像によるんじゃないだろうか。
しかも映像の下の部分に『2-B メイド喫茶 学食棟1Fにて』と宣伝文が表示されている。
「これもクラスの為。宣伝、宣伝……」
委員長がぶつぶつと呟きながら、精一杯の笑顔を浮かべている。それにならって私も営業スマイル的な表情を作ろうとしてみるけど、顔面が引き攣っているようにしか見えないので早々に諦めた。
そうしている間にも私達はカメラアイコンの動きに細心の注意を払っている。
もしも私達の予想、というか、嫌な予感が当たっていればこの後……。
ふわふわとした動きのカメラアイコンが、突然機敏な動作で急降下した!
アバター表示もローアングルからの映像に変化していき、観客席からは「ほおおっ!?」とか「うおおっ!?」とか、さっきとは全然違う種類の歓声が、さっきよりも大ボリュームで聞こえてきた。
これこそ私達が予想していたとおりの展開だったから慌てることは無い。
両手を体の前で揃えて礼儀正しくお辞儀すれば、さりげなくスカートを押さえて危険な部分をカメラの視線から遮ることができた。
カメラアイコンはしばらく躊躇ったようにその場にとどまっていたけど、やがて諦めたように普通の動作に戻っていた。
観客席からは明らかな落胆の声が漏れ聞こえてくる。
……観客席には教育機関の関係者もたくさんいるはずなんだけど、今の反応って問題なんじゃないだろうか。
そんな内心での突っ込みとは無関係に、無事にクラス紹介は次に移っていった。
――上手くかわせたわね。
委員長と目を見かわしてこっそりと頷き頷き合った。
選手紹介が三年生に移ると、私達とは違う意味で周囲から浮いている人がいた。
3-Aの黒間先輩だ。
『3-A 黒間加代子 総合レベル7 魔術レベル9』
魔術レベルが9なのに総合レベルが7というのは、防御魔術専門で他に攻撃的なスキルを持っていないからだろうと推測できる。それよりも黒間先輩が浮いている原因はアバターにあった。
私達のようにコスプレをしているわけでもなく、ごく普通の着衣データ。でもこの場にあっては普通であるということが、逆に普通ではない。
黒間先輩は宇美月学園の制服を着衣データにしていた。
メイドは論外として、他の選手はみんなそれらしい格好をしている。ファンタジー風や現代風など様々だけど、見るからに戦闘職っぽい外見になっているし、武器やら防具やらで武装している。私たちにしても武器防具のおかげでどうにか『武装戦闘メイド』的な位置付けを獲得していた。
その中に一人だけ制服で、しかも武器無し・防具無しだ。これは浮く。
普通なら「やる気ないんじゃない?」と思うところだけど、黒間先輩の表情は真剣そのものだった。
選手紹介は無事に終了した。
2-Bの時だけカメラアイコンが不審な動きをした点を除けば、だけど。
続いてスクリーンには貴賓席に陣取っている学園長に切り替わった。
例によって怪しいローブ姿の学園長は外来の観客に向かって簡単な挨拶と大会の概略を述べ、選手たちへの激励で話を締め括った。
そしてスクリーンには六十秒からスタートしたカウントダウンが表示される。
カウントダウンが終了すれば大会スタート。私達はランダムテレポートされる事になる。
フィールドも観客席も緊張感に包まれ、徐々に減っていく数字を注目している。
「いよいよね。お互い頑張りましょう」
委員長の言葉に頷きを返す。
無言で拳を掲げたら、委員長は少し戸惑った後、照れたように軽く拳を合わせて来てくれた。
カウント十で足元に光の円が現れた。
数字の減少と同期して光が徐々に強くなっていく。
カウントゼロ。
真っ白な光に包まれ、一瞬の浮遊感が訪れた。
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視界を塞ぐ白い光が薄れていく。
まずは自分の現在位置を把握しなければ。
そう思い目を開いて、絶句した。
三方を壁、背後を閉じたドアに囲まれた狭い空間。
そして目の前には洋式便器。
「ランダムって言ったって、トイレに飛ばすのなんてアリ!?」
戦闘に向けて気分が高揚していたのに、出現場所がトイレの個室の中とか萎える。
委員長達の案内で学園内を歩き回ったけど、さすがにトイレのチェックなんてしてないし、してたとしても学内のトイレは全部同じ便器使ってるから区別できないだろうし。
位置の把握なんて無理だ。
とにかくここを出て、どこの建物の中なのか確認しないと。
そう思って個室の扉を開け、そこで再び絶句、立ち尽くしてしまった。
どんな物か知ってはいるけど、これまで実際目にしたことは無かった物が並んでいた。
白くて縦長で、中央が抉れたように窪んでいる。
「しかも男子トイレって……どういうことなのー!」
ズラリと並んでいたのは、男子の小用便器だった。
天音桜、人生で初めて男子トイレに入りました。




