気になる人
放課後の仮想宇美月学園では他の生徒はほとんど見かけない。
CODをプレイしている生徒達はいるだろうけど、普通はPORTALで直接闘技場に跳んでしまう。私たちのように学園内を普通に歩きまわったりはしないのだ。
私が委員長と成美に付き添ってもらって、こうして学園内を歩き回っているのは、学園祭のCOD大会が学園マップ全体を戦闘域として設定しているからだ。
当日は選手全員が闘技場に集合。
スタートと同時にランダムで学園内のどこかに跳ばされ、そこからは他の選手との遭遇戦を繰り返し、最後の一人になるまで戦い続けるバトルロイヤル形式だ。
ここで重要になってくるのが、学園内の地理をどれだけ把握しているかということだ。
単純な建物の配置ならヘルプから開ける『宇美月学園の歩き方』があるけど、戦闘を前提として考えるならそれだけは不十分だ。
例えば遠距離攻撃主体の選手が好んで位置取りしたがりそうな場所や、ある地点からある地点へ移動する際に近道や抜け道になりそうなルート、待ち伏せに適した場所などなど。地図を見るだけでは見えてこない、そうした情報を実際に歩いて確認していく。
そのために成美と委員長に来てもらった。
例の自販機前のベンチのように、普段の学園生活では行動範囲から外れている場所は多々ある。
転入してきてからまだ四カ月余りの私より、成美達は一年以上長く学園に通っているから、私の知らない色々な事を知っている。
「高低差と遮蔽物……かなり実戦的な大会になりそう」
周囲の建物を見回しながら委員長が言う。
開始線の上に立ってお互いが見える状態からスタートするCODとは違う。遭遇戦だから魔術タイプが必ず先に攻撃できるなどというアドバンテージは無い。建物の角を曲がったらいきなり剣の届く距離でばったり、ということもあるからだ。遮蔽物の多さは剣士タイプに有利と言えるだろう。
逆に高低差は魔術タイプに有利になる。
例えば二階や三階の窓から下にいる剣士タイプを一方的に攻撃できる。予め複数の退路を確保しておけば建物に突入されても退避は容易だ。
ある程度歩き回って、一休みすることになった。
アバターだからいくら歩き回っても疲れないけど、気分的なものだ。
学食棟近くの自販機コーナーで飲み物を用意する。
「んー、マックスはないかー」
「あってもこっちじゃ意味無いでしょ」
自販機のラインナップにマックスなコーヒーは無く、残念そうな成美。仮想世界のマックスなコーヒーはなぜか普通のコーヒーだから、仮にあったとしても残念なことには変わりない。
「ところで委員長、参加する選手の中で気になる人っている?」
私が直接知っているのは二年生のSコース選択者くらいだ。委員長ならMコース選択者や他の学年の人についても何か知っているかもしれないと思って聞いてみた。
委員長はウィンドウを開いて大会参加者のリストを表示させた。
「そうねえ……クラス代表になるだけあってみんな実力者なんだろうけど、魔術系で気になるのはこの二人ね。1-Cの森上君と3-Aの黒間先輩」
リストを覗き込むと「1-C 森上真 弓術」「3-A 黒間加代子 魔術」とあった。
「森上君は弓術ってなってるけど?」
「迎撃戦に後衛で参加してたわよ。魔術を付与した矢を弓で射るのがスタイルみたい。魔術の種類で言えば付与魔術になるのかな」
「それって強いの?」
委員長が気にするほどなら間違いなく強いだろうけど、弓術と魔術の組み合わせがいまいち想像できない。
「天音さん、魔術スキルは?」
「レベル一」
「あー……」
魔術スキルはアバター作成時に付けられたから付けてみただけで、その後全く伸ばしていない。総合レベル十にもなって魔術レベル一なのだから、放置しているのは一目瞭然だ。
「投射系魔術を構成する要素とかは知ってる?」
「ナニソレ」
「あ、私知ってる。攻撃力と推進力だよね」
成美は魔術スキルを付けてすらいないのに何故か知っていた。
そして得意げに説明してくれる。
投射系魔術は術者の手元で発生して対象まで飛んで行くタイプの魔術全般を指す。
これを構成する要素は「攻撃力」と「推進力」に大別される。
攻撃力は説明する必要はないだろう。相手を攻撃するために術を使うのだから、これが無くては始まらない。
推進力は攻撃力を相手に届かせるための力だ。
術者は術の発動に投入した魔力を攻撃力と推進力に振り分けることになる。
投入魔力が同じでも「強い攻撃力で射程距離が短い」とか「遠くまで届くけど威力は低い」とか変わってくる。推進力には速度の要素もあるので「射程距離は短いけど弾速が速い」とか「弾速は遅いけど遠くまで届く」とかの種類もあり、さらに場合によっては追尾能力を追加できたりもする。
投入魔力を増やせば「弾速が速くて射程も長く、しかも攻撃力も高く自動追尾式」なんてこともできたりするが、それを実現するための魔力量は膨大なものとなるため現実的ではない。
委員長が途中で訂正を入れるようなことも無かったので、成美の説明は間違いないようだ。自分では魔術スキルなんて使わないのにどうしてそんなに詳しいんだろう。
「ちなみに私の使ってた一言呪文『打て』は、攻撃力・弱、弾速・並、飛距離・短、追尾能力無しってところね」
「ふーん……構成要素の話は良く判ったけど、それを弓術と組み合わせるとどうなるわけ?」
「もしも『打て』の投入魔力を攻撃力だけに注ぎ込んだら威力は三倍くらいになるんだけど、森上君のやり方ならそれが普通にできちゃうのよ。魔術を矢に付与する段階で多少は魔力を使うはずだけど、推進力については弓任せだから残りの魔力を全部攻撃力に割り振れるでしょ。しかも弓って普通に魔術よりも射程長いのよね……」
超強力な魔術攻撃が遠くから撃ち込まれてくることになるのか。
なるほど委員長が気にするだけあって厄介そうな相手だ。
こうなるともう一人の黒間先輩にも興味が湧いてきた。
「黒間先輩は防御魔術の専門家ね。CODのパーティ戦で黒間先輩が参加したパーティが負けることはないって言われているわ」
複数人で組んだチーム同士で戦うパーティ戦では自分以外のメンバーの力量や連携が重要になってくる。一人が突出した力を持っていれば勝てるというものではない。普通であれば。
物事には限度があって、そういった常識も常識外れの力なら打ち破れる。
例えば師匠のように規格外なら、相手全員を薙ぎ倒すのも可能だろう。
つまり黒間先輩は師匠クラスの化け物なのだろうか。
「桜ー、委員長は『負けることはない』って言ったんだよ」
「防御魔術の専門家とも言ったわね」
成美と委員長が続けて言って、私は「は?」となった。
「黒間先輩が使うのは基本的な物理・非物理両対応の障壁だけど展開速度が尋常じゃない。以前、他のメンバーが全滅した後、相手チーム全員の総攻撃を制限時間まで耐え抜いたってこともあったらしいわ」
「……それで不敗神話?」
パーティ戦の決着はどちらかのチームが全滅した時点で決定する。最後の一人が時間一杯耐えきれば、チームとして負けた事にはならない。当初クラス代表が正副二名とだけ発表されていた段階では、正代表のみでシングル戦、もしくは正副両方出場でパーティ戦かと予想されていた。
もしも普通のパーティ戦だったら黒間先輩の存在は驚異的だったのだろう。
でもこの大会はシングル戦に近い。クラス順位もあるからもう一人の代表と合流して共闘という手はあるだろうけど、少なくとも合流がなるまでは一人で戦わなくてはいけないわけで。
「防御魔術が凄いのは良いとして、攻撃系の魔術はどうなの?」
「だから、黒間先輩は防御魔術の専門家なんだってば」
「えーと、さっきから防御魔術の専門家ってやけに強調しているけど、もしかして黒間先輩って攻撃魔術使わない?」
「使わないのか使えないのかは知らないけど、使っているところを見た人はいないみたい」
防御魔術を専門的に伸ばしているのではなく、防御魔術しか使わないという意味での専門家だったか。
攻撃手段を持たないとなると、どうなるのだろう?
というか、どうするつもりなんだろう?
確かに気になる。
「魔術系で気になるのはとりあえずこの二人だけど、天音さん達はどう? 剣士タイプで気になるとか、注意が必要とか、そういう人はいる?」
委員長に尋ねられて、私と成美は顔を見合わせた。
私は二年生しか知らないけど、その中で気になるのは一人だけだ。
「委員長も言ってたけど、クラス代表になるくらいだからみんな腕は立つと思うよ。でも特に誰か上げるなら、やっぱり沙織かなー」
「私も沙織ね」
他の学年もある程度知っているはずの成美も私と同じ意見だったようだ。
「沙織って姫木さんのことよね? 確かにあの大きな盾はやり難いかな」
重量制御魔術を使う沙織は、本来なら重量ルールに引っかかるほどの大きな盾を装備していた。
最近さらに大型の盾に買い替えていて、少し屈めば体のほとんどを盾の陰に隠せるほどだ。
遠距離攻撃に対する防御力は高く、委員長がやり難いと言うのも当然だろう。
ただ、私がここで沙織の名前を出したのは、なにも盾だけが理由ではない。
今回の大会で設けられているルールに『マップ構造物の非破壊指定を解除』の一文がある。
もしも沙織が私の考えているような戦法を取ってきた場合、かなりの苦戦を強いられそうな予感があった。
その辺りを委員長に説明すると、なんだか妙に納得した様子。
「ふうん、そういうのは考えたこと無かったわね。姫木さんもあなた達とつるんでる時点でただ者じゃないだろうし」
なんだか失礼な事を言われたような気もするけど、沙織の脅威度は正しく認識してもらえたようだ。もっとも私が考えた戦法は多少邪道な面もあるから、沙織が存外素直な性格なら思いつかないかもしれない。
どちらになるかは本番を待つしかない。
まあ、あの沙織が素直な性格なんてことは、まず無いだろうけど。




