海魔迎撃戦(予行演習)終了
滝のように水を落としながら海面に現れたのは、半球形の亀の甲羅と特徴的な形の亀の頭だ。
黒々とした海水の塊である巨大な甲羅の中心近くに、これまでに見たどの魔物よりも大きな緑色に輝く球体がある。いったどれほどの蟲が集まったのか想像もできない。
水を押し退けて巨大亀が前進を始め、水深が浅くなるにつれて今まで水面下にあった部分も露わになっていく。十メートルと言えばちょっとしたビルほどの高さがあった。
「え……嘘……」
思わず声が漏れる。
まさかそんな筈は無いという思いと、目の前で明らかになりつつある現実。
「おいおいマジかよ……」
「いや、いくらなんでもこれは……」
男子達も呆然と巨大亀を見ている。
そしてついにその全景が露わになった時、私は耐えきれなくなって砂浜に膝を着いていた。
余りの事に膝から力が抜けて立ち上がることもできない。
「なんでこんな……こんなのは……!」
「桜……」
成美の心配そうな声が聞こえるけど、強がる余裕も無かった。
それほどに亀の姿は私にとって衝撃的だったのだ。
「天音、お前の気持ちは良く判るぞ」
「ここまで頑張ったっていうのに、あれは無いよな」
「ああ、最後の最後でこれは酷い」
いつになく真剣な表情で男子達が集まって来る。
「立つんだ天音。そして俺達と一緒に……」
「みんな……」
見上げると力強く頷き返してくれる。
なんだろう。いつも悪ふざけばかりしている印象の男子達が妙に頼もしく見える。
まだ力の入りきらない膝を叱咤して立ち上がった。
「良く立った。天音、俺達に合わせろ」
「……わかったわ」
もう一度、男子達と頷きあう。
見つめ合えば彼らが何を考えているのかが分かる。
強い視線で巨大亀を見据え、全身に力を溜める。
そして……。
「「「「なんで陸亀なんだー!」」」」
合図をしたわけでもないのに、魂からの絶叫はぴたりと揃っていた。
うん、物凄い一体感を感じる。
そう、現れた巨大亀は陸亀だった。足の形からしてゾウガメか?
太い丸太のような脚を動かし、波を蹴立てて上陸してくる。
「え? ええ!? そこ? そこなの? そこが突っ込みどころなの!?」
「嘘だと言ってよ、桜ー」としがみついて来る成美。
何故だか混乱しているようだけどどうしたのだろうか。
あれを見たなら誰でも私達と同じように思うはずなのに。
「他にどこに突っ込めっていうのよ? あれだけ海産物で押しといてここで陸亀ってどういう事? 思わず脱力したわ!」
「まったくだ。亀なら海亀で来るべき場面だろうが!」
「ちくしょう! 海のもの縛りだと思ったからナマコやらウミウシとだって戦ったんだぞ!」
「縛りはどこいった! 責任者出て来い!」
憤りを言葉に乗せて吐き出していると、成美が微妙な表情で後ずさり、海の家に戻ってしまった。
まだ座敷でへばっている沙織を揺すりながら「沙織ー沙織ー。桜が変だよー」だなんて言っている。「桜が変なのは別に珍しくないから」と答えている沙織。後で話しあう必要がありそうだ。
それにしても成美には私達のこの気持が分からないのだろうか?
去年参加して知っていたからか?
亀はのこのことした動きで砂浜に上がって来る。
でも私達はその場を動けなかった。
「くっ! あんな亀はガラパゴスに送り返してやりたいところだけどっ!」
脱力感から脱したと思えば、今度は無力感がやって来た。
あの亀は許せる存在ではないけれど、弱点である魔物本体は見上げる高さの甲羅の中だ。
どうやった所で刀の届く距離じゃない。
事前説明の時に後城先生が言っていた意味がようやく分かった。
巨大亀が上陸したのは宇美月学園の受け持ちエリアから少し離れている。
NPCの前衛も避難した無人の砂浜をゆっくりと歩み進む。
そこに立ち塞がる三人分の人影。
去年ラスボスを攻略したというメンバーをNPC化した三人だ。
薄暗い上に遠いからはっきりとは見えないけど、三人のうちの二人は小柄な女性に見える。
もう一人は分からない。かなりの上背があるのは確かだけど、全身を重厚な金属鎧で覆っていたからだ。しかも巨大な盾と、同じく巨大な剣を持っている。装備全てを合わせた重量がどれくらいになるのか見当もつかないけど、あれで重量ルールのペナルティーを受けていないとなると、どれくらいの筋力値なんだろう。それとも沙織のように魔術的な補助をしているのだろうか。
でもそんな鎧の剣士も亀の巨大さの前では卑小な存在に過ぎない。
どうやって仕留めるのかみんなで見守ることにする。
……結構呆気なかった。
女性の片方が魔術一発で亀の前半分を凍結させて、鎧の剣士が剣から衝撃波みたいなのを撃って両前脚を破壊。前のめりに倒れて前方に向いた甲羅に、もう一人の女性が撃った魔術が着弾。こちらは爆熱系だったようで甲羅を形成していた海水が大量に蒸発。水の壁が薄くなった所で最初の女性が貫通力の高い光線魔術で弱点を撃ち抜いて終了。
砂浜には凍りついたままの前半分だけが残っていた。
「あれ? もう終わり?」
「終わってるな」
「うん、終わってる」
「疑いようもなく終わってるな」
「……なんだか釈然としないわね」
脱力感から無力感ときて今のこの気持はなんだろう。
自分ではどうしようもないと思った巨大なラスボスがいとも簡単に倒されてしまった。
あの三人と自分達の間にはどれほどの差があるのか。
差を計ろうとすること自体が馬鹿馬鹿しくなる。
それほどの差だろうか。
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演習を終えて再び仮想宇美月学園に帰って来た。
夜に設定されていた海水浴場から帰って来たので、溢れるような日の光(もちろんデータに過ぎないけど)が目に眩しい。
戦闘状態は脱したから疲労値もリセットされているけど、誰もが疲れたような顔をしていた。
「おう、お疲れ。演習は無事終了だ」
待っていた後城先生がにこやかに労ってくれるが、応じる私達には覇気が足りない。
疲労だけでなく最後に見せられたNPC達の強さに対するショックが色濃く残っていた。
「桜?」
成美が顔を覗き込んで来る。
「なに?」と首を傾げると「良かった元に戻ってる」と顔を綻ばせた。
陸亀出現時の言動で成美には変な人扱いされてしまった。
振り返ってみれば、確かに少しおかしなテンションになってたかも知れない。
「あの人たち凄かったよねー。去年生で見た時には私もびっくりしたよー」
「……そう言えば、成美のユニークスキルならあの亀倒せたんじゃないの? 魔物が水を固定している力を無効化とかすれば弱点にも攻撃が届きそうだけど」
「それ無理だった。私の力が届くところは水に戻るけど、届かない所ですぐに固定しなおされちゃうし、逆に崩れてきた水で私が溺れそうになっちゃった。お爺ちゃんが助けてくれなかったら死んでたかも」
「実際に試してたんだ……」
失敗談をあっけらかんと話す成美。
想像してしまったのは孫娘を助けるために頑張るお爺さん。
本当に元気みたいだ。
私達がそんな話をしている内に、数人の生徒が後城先生の周りに集まっていた。
聞こえてくる話声は、どうも迎撃戦参加を取り下げたいと言っている。
「結構きつかったし無理も無いか」
「今回の倍となるとなあ」
そう言うSコース組の男子達は、参加を止める気は無いようだ。
さっき一時的に感じた一体感はまだ憶えている。彼らと一緒に参戦できるなら心強かった。
「大分消耗しているようだが安心しろ。本番では他の参加者もローテーションに入るから休憩時間は増やせるし、なにより体力・魔力・疲労、各種の回復薬も支給されるそうだからな。この人数で、しかも支給品無しで四時間戦い抜いたんだ。本番もいけるさ」
取り下げ希望の生徒達に囲まれた後城先生が言うには、今回無人だった海の家も本番ではきちんと人が配置されて回復薬の支給をしたり、ダメージが酷い場合に備えて回復魔術の使い手も配置されるとのことだ。
そう言う意味では、今回の予行演習は時間こそ半分でも本番よりきつく設定されていた。
これも後城先生の言ったことだけど、そういう設定がされていたのは主催者側の意向だったそうだ。演習をきつい設定にしておく事で、それを体験した参加者は本番を楽に感じるようになるとか。
どこかで聞いたような理屈だと思ったら、演習中に自分で思った事と似ていただけだった。
「それでも不安はあるだろうから、もう一度良く考えた上で参加不参加のメールを送ってくれ。参加を決めたメンバーには改めて集合時間なんかの詳細を送ることにする」
それを聞いて私、成美、沙織、一緒に戦った男子達は顔を見合わせ、その場でウィンドウを開いて本番に参加するというメールを送った。
後城先生が驚いたように手元の空間を覗きこんでいる。こちらからは見えないけど、着信を知らせるウィンドウが開いているのだろう。
顔を上げた先生がにやりと笑いながら私達に向けてサムズアップ。
それから委員長達に向けても同様に。
委員長達も即決でメールを返したみたいだ。
こうして海魔迎撃戦予行演習は終了した。
本番も激しい戦いになるだろうけど、望むところだ。
あの三人のNPCに少しでも近付くためには、私達ももっと戦って強くならなくてはいけない。




