黒刀
ログアウトして自室のベットで目を覚ました。
その事が、さっきまでの宇美月学園が仮想世界だったのだと再認識させてくれる。
あのリアルさはヤバイくらいだった。
CODも同様なリアルさを持っているけど、ホールや闘技場など明らかに非日常の空間で、それをもって現実とゲームの区別をつけやすい。
でも学園は私達学生にとっては日常の象徴ともいえる場所で、そこがあれほど緻密に再現されていると現実との境目が曖昧になる。
昔、仮想世界に囚われた人類が、そうとは知らないままそこで一生を過ごす、というような映画があった。今日見た宇美月学園ほどにリアルであれば、それもあり得るかもしれないと思える。現実の技術力が、空想の産物だった映画に追いついてしまったのだろう。
気付くと喉が渇いていた。
成美達と結構長く喋っていたので、時刻は正午近い。
仮想世界の中で自販機のコーヒーを飲んだりしたけど、当然ながらそれは現実の体への水分補給にはならない。
何か飲もうと台所に行くと、テーブルの上に簡単な昼食とともにメモ書きが置いてあった。
師匠の達筆で例の仮想世界で知り合いに会う準備が整ったのでライアとともにログインしている事、何時に戻るか分からないので昼食は用意しておく事、夜になっても戻らなければ一人で適当に済ませて欲しい事などが書いてある。
夜までって、危ないなあ。
ログイン中、現実の体からの感覚信号は本人の意識に届かない。
胸を揉まれても分からないし、もっと凄い事をされても恐らく分からないだろう。
もちろん私が言っている危険はそんな悪戯についてではない。
私がログアウト直後に喉の渇きを覚えたように、ログイン中にも体は汗をかいて水分を失っていく。下手をすれば脱水症や熱中症になりかねない。
命にかかわるような異常な信号や、排泄に関する信号はある程度通すような安全機構もあるけど、過信は禁物。一番の安全機構は定期的にログアウトするプレイヤー自身の心がけなのだ。
念のために師匠とライアの部屋を覗いてみた。
師匠は布団に、ライアはベットに、それぞれヘッドギアを装着して横たわっている。
他人がログインしている状態を見るのは初めてだった。
異常が無いかを確認しながらふと思い出したのは、師匠の「死体みたい」という表現。
試しにライアを少し突っついてみたけど、なるほど無反応だ。
実際に死体を見たことは無いけど、死体みたいだと言う表現は確かに当たっているように思えた。
ちなみにライアの何処を突っついたのかは秘密にしておく。
ログイン中に現実の体に悪戯するのは重大なマナー違反だし、もう止めておこう。
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師匠達が帰って来たのは午後三時くらいだった。
師匠は至って上機嫌で、いつものにこにこ顔も三割増しくらいになっている。
「みんなが揃うなんてもう無理かと思っていたけど。桜ちゃんのおかげね」
「姉さん達に久しぶりに会えました。桜、ありがとう」
二人から交互にお礼を言われる。仮想世界を利用するのは単なる思い付きだったけど、ここまで喜ばれると良い事をしたという気にもなった。
ところで師匠は中東の戦場国にいる古い知り合いに会いに行ったはずだけど、一緒に行ったライアは「姉さん達」と言っている。これはどういうことなのだろうと聞いてみた。
「昔からの仲間がいろんな国に散らばっているって前に言ったでしょ。せっかくだから全員で集まれるようにしたのよ」
「でもそれってどうやったんですか? CODは海外からの接続できないないじゃないですか」
以前それについて話した時には、その制限をクリアする方法に心当たりあるような口振りだった。本当にクリアして海外から接続しているとなると、それはそれで問題のある行為なのだけど。
「別に非合法なことはやって無いわよ。接続制限の無い専用のサーバーを用意してシステムを入れてもらっただけだからね。さっき言った仲間の中にそういう方面に詳しい人がいて助かったわ」
「……専用サーバーですか」
アイディアを出したのは私だけど、まさかそこまでやっちゃうとは。
師匠達がやったのは宇美月サーバーのように限定されたメンバーだけがログインできる専用の仮想空間の構築だ。メーカーと契約すればシステムの導入はできるだろうけど、いったいいくらかかったんだろう。
接続制限をクリアすると言うから、裏技的な何かをやるのかと想像していたけど、師匠達は遥かに上を行っていた。しかもそれだけの事をたった数日で終わらせてしまうなんて。
中東にいる人は師匠よりも強いと言うし、なんだかとんでもない集団みたいだ。
「みんな大喜びでしたよ。きっかけを作ってくれた桜にお礼を言っておいて欲しいと言付かっています」
「ミアっていう子がいるんだけど、副業でCOD関連の仕事をしてるそうなの。なんで自分で気付かなかったんだろうって悔しがってて、アイディアを出してくれた桜ちゃんに敬意を表して、何かお礼をするって言ってたわよ」
「お礼なんてとんでもないですよ! 師匠、その人に連絡して断ってください!」
慌てて頼んだけど師匠は取り合ってくれない。「貰えるものは貰っておけばいいじゃないの」と言うけど、話を聞いていると多分そのミアと言う人も徒者じゃなさそうだ。なんと言うか怖れ多い。
「まあまあ桜。感謝の気持ちですからここは受け取って上げてください。ミアの性格的に必ず桜にとって有益な物を贈ってくれるはずです」
「うーん……」
ライアに言われると弱い。これは素直に受け取っておくしかないのだろうか。あまり高額な物だと困ってしまうけど。
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計画の成功に気を良くし、その発案者である私に師匠は感謝していた。
その感謝の気持ちが鍛錬の充実という方向で表されたため、夕方の鍛錬は地獄のような厳しさだった。
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「あうー」
風呂から夕食と経て、自室のベットに倒れ込んだ。
普段の鍛錬も楽と言うわけではないけど、今日は久々に自分の限界に挑戦してしまった。
いまだに体中の筋肉がぷるぷる言っていて、夕食も大変だった。
明日の迎撃戦予行演習に備えてアバターの装備を変更しなくちゃいけないけど、起き上るのも億劫だった。
いつの間にか眠ってしまったらしく、ライアが廊下から呼びかけてくるまで意識が途切れていた。
慌てて飛び起きた私の様子に、ライアがくすくすと上品に笑っている。
「今日は随分と疲れたでしょうから無理もありませんね」
だらしない姿を見られて赤面している私を慰めるようにライアが言う。
「ミアから桜宛に荷物が届きましたよ。さっそくお礼を送って来たみたいです」
ライアはバイク便の伝票が貼り付けられた包みを持っていた。
「え? ちょっと速すぎないですか? それにバイク便って……そうか、COD関係の仕事をしてるってことは日本にいるんですね」
師匠の知り合いという事で海外在住かと思っていたけど、師匠達のような荒業を使わない限り、COD関連は日本国内で完結している。
それにしたって師匠達がログアウトして来た時間から考えれば、大急ぎで発送の手続きをしてくれたのだろう。
受け取った荷物には伝票が貼ってあって、依頼主欄には電話番号も記入されている。
一言お礼を言った方が良いだろうかとライアに尋ねてみると、首を横に振られた。
「お礼にお礼を返されたらミアが困ってしまいます。どうしてもと言うなら、今度会った時に私から伝えておきますよ」
そんなものなのだろうか。
とりあえず部屋まで荷物を持ってきてくれたお礼はライアに言っておいて、早速包みを開ける。
まず手紙が出てきた。
『やあ、初めまして。ミア・フィスティスといいます。仮想世界のアイディアを出してくれた天音さんに感謝。シシルから聞いたけど刀を折っちゃったんだってね。丁度良いからお礼にこれを贈ります。そう簡単には壊れないから、思う存分使ってね』
……なんだか妙な調子の手紙だった。師匠やライアの知り合いと言う事で勝手に想像していた人物像からはかけ離れていた。
それにしても師匠、私が委員長との試合で刀を折った事まで話してるなんて。
武器を壊してしまうのは未熟者の証。あまり人に知られたい話ではないんだけど。
とりあえずミアさんからのお礼は刀のようだ。
この流れで刀以外の物だったら、相手の正気を疑うしかない。
包みの中にはメモリーカードも入っていた。
さっそくPCを起動してアバターの管理ソフトを立ち上げる。管理ソフトからメモリーカードを読み込むと、やっぱり装備データのファイルが収まっていた。
データの移動コマンドを実行すると、管理ソフトに装備データがコピーされ、同時にメモリーカード側のデータが自動で削除される。次にメモリーカードをsakuraのデータが入った物に差し替え、もう一度移動コマンド。装備データがsakuraのカードに移動する。
面倒くさい手順を踏んでいるけれど、これがCODにおいてのアイテム譲渡の手順だった。
実はCODではゲーム内にプレイヤー間でアイテムを譲渡する手段が存在しない。どうしてそうなったのかは色々と事情があるけど、唯一用意された手段はゲーム外で直接データを受け渡すという方法だった。データがコピーされるだけでなく、元データが削除される移動になっているのも、譲渡として所有権が移動するからだ。単純にコピーできてしまうと同じ装備品が簡単に増殖できてしまう。
この譲渡方法、必然的に現実世界で接点を持つ必要があるから、普通のネットゲームではまず採用されないだろう。
「うわ……これ、本当に貰っちゃっていいのかな」
画面に表示されたデータを見て、思わず声が漏れる。
『黒刀+2:特殊な金属を含む黒い刀。特殊効果や属性は無く、攻撃力は通常の刀と大差無いが耐久力が高い』
名前のとおり、黒い刀身を持つ刀だった。結構レアな感じだし、さらに+2補正。
普通に買ったらどれくらいの値段なんだろう。こんな物を簡単に譲渡できちゃうなんて、ミアさんは普段どんな装備を使っているのやら。




