森上真:噂の真相は
コーヒー購入後、学食内には入らず外のベンチに移動した。
外を選んだのは……まあ、俺の手にマックスなコーヒーが握られているからだ。
数々の惨事を生み出す原因ともなった味覚破壊の最終兵器。屋内で飲むのは危険極まる。
学食棟の外周にはベンチが並んでいる。
往来とは生垣で区分されていて、低い生垣ではあるが、ベンチに座ってしまえば視線は通らない。敢えて覗き込まない限りは外から見られることも無かった。
そんなベンチスペースは建物の角を曲がってL字状になっている。短い辺の部分に置かれているのは二台のベンチ。その一方に先輩とともに腰掛けた。
通り抜けはできない突き当たりだ。偶然人が通りかかるということも無く、人の目を憚る話をするには丁度良い場所だった。
そういう立地であるから、実はこの場所はカップル御用達の穴場だったりする。
もちろん学園内でふしだらな行為に及ぶ事など有り得ないが、二人きりになりたい時に訪れたりするらしい。そして、ベンチは二台あるけれど、一組の男女がここを利用していたら他者は立ち入らないのが不文律になっていたりする。
「そんな場所で男同士……」
「言うな。俺だって不本意なんだ」
俺と先輩の見解は一致していた。
せっかくなら可愛い女子とご一緒したいものである。
パキッと小さな音がした。
先輩が自分のコーヒーを開けて飲んでいる。
腰を落ち着けてひとまず一服の流れだ。
こうなれば俺も手中のコーヒーを飲まなければなるまい。
タブを引き起こして開栓。缶を顔の高さまで上げて先輩を見る。
先輩は期待一杯の顔で「いけ」と首肯する。
覚悟は既に決まっている。
マックスなコーヒーを口元に運んだ。
「では先輩、いただきます……ぶふうっ!」
「早え! 早ええな、おい!」
口中に送り込んだ液体は即座に霧となって噴出していた。やろうとしてもできない見事な霧吹きだった。
これは予想の遥かに上を行っている。
『限界に挑戦! 甘さマックスなコーヒー』が正式商標である。俺は考えうる限りの甘さを想定して口を用意していた。が、それはこれまでに経験した事のある甘さを基準にしたものでしかなかった。そんな物は軽く凌駕され、未知の領域に達した甘味は俺の意思とは関係なく体を動かし、投入即噴霧という結果に至った。
「げほっ……噂に違わぬ破壊力っす……」
「噴くのが早いような気もするが、普通はこうだよなあ。予備知識無しの完全不意打ちで初撃を耐えきった天音はやっぱ凄えわ」
「どういうことっすか? 天音先輩は普通に飲めるんじゃないんすか?」
ついさっきそんな風に言っていたはずだが。
「普通に飲めるのは霧嶋だけだ。あいつはシリーズの初期の頃から飲んでるらしい。段階的に慣れていったんだろうな」
マックスなコーヒーも、もともとは普通のコーヒー飲料より少しだけ甘味が強い程度だった。評判の良さに気を良くしたメーカーがリメイクの度に甘味を強くして今に至る。
霧嶋先輩はその歴史をリアルタイムで体験してるのか。
これはあれだ。
昔の忍者が日常的に弱い毒から体を慣らしていって、やがて毒の効かない体を作り上げていたとか、そういうのに通じるのだろう。
そういえば霧嶋先輩の家は忍者の家系だったか。
「で、天音はこのコーヒーについては全くの無知だったにも関わらず、最初の一口を噴かずに飲み込んだそうだ。しかも二口目は自ら口に運び、アホみたいな甘さの中からコーヒーの味を感じ取ったというぞ。つまりかなり敏感な舌を持っていて、それでいて初撃の衝撃に耐えたんだ。これは一緒にいた姫木の証言な」
天音先輩は本当に初めてだったのか。
それでこの初見殺し過ぎる甘味に耐えるとは。さすがは俺の尊敬する先輩だ。精神力が半端ない。
負けていられないな。
まあ、一口目を噴いた時点で負けてはいるのだが。
その一口目で敵の程度は知れた。
再び缶を口元に運び、一気に傾けた。
「んぐ……んぐ……んぐ……ぬぐ、ぐ……ぶはああ!」
「おお! まさかの一気飲みか! やるな、森上!」
「や、これは逆に一気にしか飲めないっすよ。味わうとか無理っす」
唯一の勝機は味を感じる余裕も無い勢いで一息に飲み干す事だけだった。一瞬でも気を緩めれば舌から駆けあがった強烈過ぎる味覚情報が脳に拒絶反応起こさせ、これ以上の摂取は許さぬとばかりに再びの噴霧を行う羽目になっていたはずだ。
口中に残る味だけでも気が遠くなりそうだったが、繰り返し唾液を飲み込んでその残滓を薄れさせると、やがて落ち着いてきた。
「ごちそうさまっした!」
「うむ、見事だったぞ!」
東原先輩は会心の笑みを浮かべて俺の肩をバンバンと叩いていた。
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なんだか一仕事やり終えた感があるが、なにも甘いコーヒーを飲むのが目的ではない。あくまでも本題はここからだ。
「で、お前が知りたいのは『天音の胸は本当に大きいのか』で良いんだな?」
「そうっす。実際の所どうだったんすか?」
「うむ、あれは……なんというか凄かった」
「凄い、ですか」
ごくり。思わず唾を飲み込んだ。
俺の質問の趣旨は「大きいのか、小さいのか」だ。
その答えが「凄い」では見当違いの回答になりかねないのだが、そう言った先輩の表情を合わせて見ていれば言外の意味も汲みとれる。
つまり「凄い(大きい)」ということだ。
「そんなにっすか!? そんなになんすか!? いったいどれくらいなんすか!?」
「お前、喰いつき凄いな……」
「自分にとっては重大な事なんすよ!」
「そ、そうか。まあどれくらいと言うなら……これくらいか」
先輩は両手を胸の前に掲げた。椀を掴むような形にされた手は自身の方に向けている。
「むむ!」
それは指の曲がりで曲線を、胸から手までの距離で大きさを表しており、先輩が与えてくれた情報に俺の妄想力……もとい想像力を加えれば、そこにはありありと豊かな双丘が描き出される。
「きょ、巨乳じゃないっすか……」
俺が幻視したソレは正に巨乳だった。
ただしマンガやゲームに出てくるような一歩間違えれば奇形になりかねない不格好な巨乳ではない。体の大きさとのバランスが程良く取れ、なおかつ圧倒的な存在感を誇示する美しい巨乳だ。
これが本当なら理想的過ぎるほどに理想的だ。
そう、本当ならば。
「……先輩、でもそれはおかしいっすよ。そんな大きな胸、普段はどうしてるっすか。サラシとかで潰すにしても無理があるっすよ」
大きな胸が好きだから、大きな胸の女性達が利用する掲示板を覗いたりもしている。男からすれば大きな胸=ブラボーなのだが、当の女性にとってはその大きさからくる苦労もある。
特に体を動かした時の揺れは深刻らしい。
大きければ大きいほど体に掛かる負担も大きくなり、時に痛みすら齎すらしいのだ。揺れないように抑えつける意味でサラシなどを使用する人も多い。だが、いくら柔らかいとはいえ確たる実体を持っているのだ。潰すと言ったって体積そのものを小さくはできない。
あまり強引にやると潰された肉の圧力で肋骨を損傷してしまう、という記事には正直血の気が引いた。
そういった掲示板から得た知識からすると、普段の天音先輩がサラシを巻いているにしても、その中に収まっている胸の大きさが東原先輩の示したソレだとは信じ難いのだ。
その点を指摘すると、東原先輩は「さもありなん」と頷いている。
「だから俺達も信じられなかったんだよ。最初見た時には別人だと思ったし、次には偽乳かと疑ったくらいだ。真贋を確かめるために揉ませてくれと頼んだんだが……それはさすがに断られたな。が、まあ揺れ方が自然だったし、霧嶋との絡みを見て偽乳の線は完全に無くなった」
……東原先輩凄過ぎる。あの天音先輩に胸を揉ませてくれと頼むなんて。
勇者だ。俺は東原先輩に勇者の資質を見た!
そして天音先輩と霧嶋先輩の絡み……。是非とも見たかったものだ。
「サラシに関してはな、あいつは気功系のスキルを使うだろ。身体強化で可能にしてるらしい」
随分ざっくりしているが、普段がああなのはそういうことらしい。
気功スキルは色々と応用が効くそうだし、そんなこともできるのかもしれない。
ふむ……。
ここまでの話と、もう一つの噂の出所である一年生女子の件も考え合わせれば、天音先輩の胸が大きいのは確定だ。
確定なのだが、妄想だけでは物足りない。話だけではなく、視覚的に得られる確かな情報が欲しかった。
「そうだ、先輩。写真。写真とか撮ってないっすか?」
「写真なあ……それが残念ながら無いんだ」
「っ!? 先輩ほどの方が海で水着の女子と遊ぶのに準備をしないはずがないと思うっすけど!?」
天音先輩に関しては現地で判明した新事実だが、もとより霧嶋先輩を始めとして他の女子もいるのだ。東原先輩であれば必ず何らかの撮影機材を持ち込んでいるはずだ。デジカメなどはあからさま過ぎるとしても、携帯でだって写真は撮れる。
「お前の中での俺の評価がどうなっているのか小一時間問い詰めたいところだな……いや、実際準備万端怠りなしだったんだけどな。駄目だったんだ」
「駄目、なんすか?」
「ああ。これを見てみろ」
先輩は携帯電話を取り出し、幾つかの画像を順に表示させてくれた。
海と空を背景にした砂浜だ。表示された画像には全て天音先輩が映っている。
鍛え上げられて無駄な肉のついていないすらりとした長身は見間違えようもない。いつもはポニーテールにしている髪を下ろしているのが新鮮だった。
が……。
「なんで背中ばかり撮ってるんすか! 胸っすよ、自分は天音先輩の胸が見たいっす!」
そう、どの画像でも天音先輩はレンズに背を向けているのだ。俺が見たい知りたい胸の写っている画像は一枚もない。
「あいつ俺らが写真取ろうとすると必ず気付くんだよ。これも気功スキルらしい。気配で撮るタイミングと向きを察知しちまう。石津や相馬のも全部こんな感じだ。しかもあの野郎、自分が避けるだけじゃなく霧嶋までフォローしやがった!」
そう言って表示させた他の画像では、霧嶋先輩の手前に天音先輩が入り込み、ロリロリしつつも相対的に巨乳という魅惑の肢体を隠してしまっている。
これは……。
三条先輩との試合を見ていて、天音先輩は相手の攻撃を事前に察知するスキルを持っていると思った。それが、この写真を取られないようにしたときに使われたに違いない。
東原先輩だけでなく複数のカメラから自分だけでなく霧嶋先輩まで守りきるとは。
また一つ、天音先輩の凄さを思い知らされた。




