森上真:東原先輩
今回からの視点キャラは 1-C 森上真 になります。
『天音先輩は、実は胸が大きい』
そんな話を聞いたのは、夏休みも終わり新学期が始まってから暫くしての事だった。
聞いた当初は「は? 何言ってんの?」と相手にしなかった。
何しろ天音先輩は有名人だ。
前学期の中頃に2-Bに転入してきて以来、ずば抜けた身長と整った顔立ちで一年生の間でも話題になっていた。海外進出でニュースにもなった天音流剣術の使い手であり、非公式戦ながらも霧嶋先輩に勝ったとの話まである。
極め付けは終業式の後に行われた三条先輩との壮絶な試合だ。
CODでは不利とされている剣士タイプでありながら、三条先輩の一言呪文を掻い潜って再三近接戦に持ち込んでいた。
俺自身は弓術と魔術を複合した『森上流弓術』を使うから分類上は魔術タイプになる。だが弓術と剣術の違いはあれ、同じ武術ベースのスキル使いとして天音先輩を応援したものだった。
つまり、俺だって天音先輩を良く知っている。
知り合いという意味ではなく、有名人である先輩を俺が一方的に知っているだけだが。
それだって知っている事には変わりないだろう?
で、俺は天音先輩を尊敬している。
尊敬に値する強さをあの試合で見たからだ。
ただ、それはあくまでも剣術家としての先輩を尊敬しているに過ぎない。
女性としての天音先輩については、正直興味が無かった。
俺より背が高いのはまあ良い。身長差くらいはさしたる問題にはならない。
間違いなく美形ではあるが、中性的な容姿はどうか。これは微妙なところだ。中性的だからこそ時折見せる女性的な表情とのギャップが良いと言う者もいる。
そして最も大事な点である。
胸だ。
天音先輩の胸は非常に残念なのだ。
それはもう絶望的なまでに。
何も胸の大きさで女性の人間的な価値が決まるなどと思っている訳ではない。そんな考え方は全ての女性に失礼だ。胸の大きさと人間性は関係ない。それは重ねて断言しておく。
これは俺の個人的な好みの問題だ。
俺は胸の大きな女性が好きなのだ。
だって素晴らしいじゃないか。
女性の胸の膨らみには男子にとっての夢と希望が詰まっているのだと思う。
だから大きい方が良いに決まっているのだ。
重ねて言うがこれは俺の個人的見解だ。
そんな個人的な見解に照らすと、天音先輩は論外なのである。
ついでに言うと天音先輩と良く一緒にいる姫木先輩も。
霧嶋先輩は……あの人は素晴らしい。十分な大きさを有している上に活発に動き回るものだから良く揺れている。本当に素晴らしい。是非お近づきになりたいものだ。
……今は天音先輩の話だったな。
俺は天音先輩を尊敬している。学園内で見かける事があれば、姿が見えなくなるまで見送ってしまうくらいだ。高確率で一緒にいる霧嶋先輩の胸元を見ている訳ではない。
いや、全く見ないとは言わないけども。
そんな所に『実は胸が大きい』という話だ。
何言ってんの? と言いたくもなる。
着痩せして実際より小さく見える例はあるだろう。しかし天音先輩にそれを当てはめるのは無理がある。サラシなどで潰している? だとしても普段の様子を見れば高が知れる。
無乳から、微乳もしくは貧乳にランクアップする程度だろう。
殊更に『実は大きい』なんて言うほどじゃない。
そんな風に聞き流していたのだが、詳しく知るにつれて「おや? もしかして?」となった。
聞き流していても記憶には残る。
すると、どうやら噂の出元が二つあるようなのだ。
どちらも夏休みの海魔迎撃戦に端を発している。
一方は『迎撃戦終了後、ホテルの大浴場に居合わせた一年生女子』であり、もう一方は『迎撃戦前に海で一緒に遊んでいた二年生男子』だった。
どちらも天音先輩の真実に肉薄できるシチュエーションだと言える。
海で遊んだのなら水着姿だろうし、風呂なら当然全裸だ。見間違えようも誤魔化しようもない。
こうなると噂の信憑性は高いように思えてくる。
そうとなれば、一転して確かめずにはいられないほどの興味が湧いてきた。
もしも、だ。
剣術家として尊敬している天音先輩の胸部が、夢と希望に大きく膨らんでいるのだとしたら。
尊敬などと言っていられない。
もはや崇拝しなければならないだろう。
是非とも確かめねば。
とは言え、だ。
その一年女子を探して直接話を聞くのは如何なものだろうか?
初対面の相手にいきなり女子の胸の話を振り、しかも特定の個人(天音先輩)の胸の大きさを具体的に教えてくれるように頼む。
うむ、まず間違いなく変態認定されるな。どんなに紳士的な態度を貫いてもそれは避けられないだろう。残りの学園生活を変態の名を冠して過ごすのはいくら俺でもつらいものがある。
一年生女子の線は諦めよう。
となれば二年生男子。
初対面の相手にいきなり、というのは変わらなくても、男同士であれば問題無い。女子の胸の話を嫌う男子なんて居るはずが無い。きっと快く情報を提供してくるはずだ。
調べてみれば接触するべき相手はあっさりと判明した。
天音先輩と同じクラスで、なおかつSコース選択。
候補を数人に絞り込んだ後、接触するのは2-Bの東原先輩に決めた。
何となくだが、評判を聞く限り俺と同類のような気がしたからだ。
*********************************
ある日の放課後、接続室に向かう途中の東原先輩をつかまえた。
相手は先輩だ。話を聞かせて貰う立場でもあるし、ここはきちんと挨拶をしておこう。
「っす! 東原先輩! 一年の森上です! 天音先輩の胸が大きいって本当っすか!?」
「……は?」
いかん、先輩がぽかんとしている。
挨拶しようという理性と早く話を聞きたいという本能が拮抗してしまったようだ。
改めて、落ち着いて挨拶をやりなおそう。
「こんにちは東原先輩一年の森上です天音先輩の胸が大きいって本当っすか!?」
「……待て、落ち着け。いいから落ち着け。ちょっと深呼吸して頭を冷やせ」
「すーはー、すーはー……」
またもやいかん感じだったので、先輩の助言に従って深呼吸した。
落ち着け俺。クールダウン、クールダウン。
「落ち着いたか?」
「すみませんっした。もう大丈夫っす」
「よし、ならもう一度言ってみろ。落ち着いてな」
「っす。天音先輩の胸が実は大きいという噂があります。東原先輩なら真実を知っている思い、こうして話を聞きに来た次第です」
「って、そこから始めるのか……まあ、いいや。天音の胸の話ならいくらでもしてやる。が、ここは人も通る。場所を移そう」
先輩はやれやれと肩をすくめてそう言った。
先輩に連れられて学食棟にやって来た。
入り口脇の自販機で缶コーヒーを買った先輩は、「奢っちゃる」と言ってきた。
「コーヒーで良いか?」
「あざっす! もちろんっす! ……いや、ちょ、待って下さい!」
なんて気前の良い先輩だ、と思ったのも束の間。先輩の指の動きを見て慌てて制止の声を上げていた。あと数ミリ押し込めば購入確定となるところで指を止めた先輩。そして「ちっ、知ってたのか」という残念そうな声が、微かだが確かに聞こえた。
「なんだよ、コーヒーで良いんだろ?」
「それはヤバいっす。勘弁して欲しいっすよ」
本気で勘弁して欲しい。
先輩の指が触れている購入ボタン。それが押されて出てくるのは悪名高い『マックスなコーヒー』だ。一度飲めば二度と飲む気を失くす、と言うより、その一度目すらまともに飲めないという曰くつきのキワモノコーヒーなのだが、元が地域限定商品だったせいか知名度はそれほど高くない。その為知らずに飲んでしまって惨事に発展する例もあるという。
「そうは言うがな、お前これを飲んだことあるのか?」
「いや、あるわけないっすよ」
「なら飲んでみるべきだと思わないか? 飲まずにまずいと決めつけるのはどうかと思うぞ」
「冗談は止めて欲しいっす……」
味覚破壊の最終兵器と称する者さえいるマックスなコーヒーだ。何を好き好んで飲むものか。
だが東原先輩は真剣な顔になっている。
「嘆かわしいな。お前の探究心はその程度なのか」
「なにを……」
「往来でいきなり胸の話を、しかも大声で始めるという行為、下手をすれば変態、良くても変人の烙印を押されかねない。しかしそれを厭わない森上は真理の探究者だと思ったのだが……どうやら見誤ったようだな」
「そ、それは!」
先輩は俺に失望している!?
マックスなコーヒーはそれほどに重要な案件なのか!?
だが、先輩の言は滅茶苦茶なようでいて一理ある……ような気もする。
残念胸だと決めつけていた天音先輩の真実の姿を知ろう。
その為に俺は東原先輩に会いに来た。
正に先輩の言うとおり、真理を探究するために。
ならば、キワモノと決めつけているマックスなコーヒーのその味を、己の舌で確かめずに何が探究者か。先輩が言いたいのはそういう事だ。多分。
先輩は俺を試しているのだろう。
俺の探究心がどれほどなのか。
とは言えアレはなぁ……。
「そう言えば森上、うちのクラスの霧嶋を知っているか?」
「もちろん知ってるっす。可愛いっす」
「そうだろうそうだろう。その霧嶋はマックスなコーヒーが大好きだぞ。いや、好きと言うのは生ぬるい。あれはもう愛していると言っても過言ではない。毎日一本は必ず飲んでいるはずだ」
「マジっすか!?」
「おう、マジマジだ。それから天音もそれなりに飲めるらしいな。三条との試合前にも景気付けに飲んでいたそうだし」
「天音先輩まで!?」
どういう事だろうか。混乱する。
いやまあ味覚の好みは人それぞれであるし、誰かが美味しいと言った物が他の誰かにとっては不味いなんてことはざらにある。逆もまた然りだろう。
なんやかやと悪評がありながら未だに商品として存続しているのだし、マックスなコーヒーも好みさえ合えば意外とイケるのか?
なにより尊敬する天音先輩や可愛い霧嶋先輩も飲んでいるというのだ。
ならば!
「先輩……マックスなコーヒー、頂きます!」
「良く言った森上!」
言うと同時に、先輩は最後の数ミリを押し込んだ。
自販機が小さな唸りを上げ、取り出し口に最終兵器が投下される。
もう後戻りはできない。
自分で了解した上で先輩に奢らせたのだ。
いかなる味だろうとも、俺はあれを飲み干さなければならない。




