ライア:海魔迎撃戦終了
後衛海魔は波打ち際に横一線に並んでいますから、一番近い相手に攻撃するという習性があったとしても全ての攻撃を引きつけるのは不可能です。
離れた場所では依然として参加者への攻撃が続いています。
参加者の中でも後衛海魔に対応した役割分担がされているようで、ある程度装甲の厚い人達が波打ち際近くに集まっています。
あ、一人吹き飛ばされてしまいました。
盾や装甲を頼みに攻撃を引き受けていた一人の参加者が激しい水流攻撃に押されて転がされています。水流は瞬間的な打撃力は低いですから深刻なダメージにはならなかったようです。多少よろけながらも体勢も立て直し、盾を構えて再び前進しています。
味方のために己の身を危険に晒す、重戦士の心を持った人です。仲間です。心からの声援を送りたいですね。
「準備できたわよ」
顧みると、シシル様の周りにはぼんやりと光を放つ六つの球体が浮遊しています。先ほど唱えていた呪文は補助魔術『魔導端末』でした。魔術発動の起点を増やす事で単純な火力アップが図れる他、多角的な攻撃、攻撃魔術と防御魔術の同時使用など、魔術メインでの戦闘では大きな恩恵を受けられる術です。
私には使えません。
六つの魔導端末を制御するためには並外れた魔術の管理能力が必要ですし、端末を維持するためにも多くの魔力が消費されます。私の乏しい魔力では魔導端末を生み出して、それだけで魔力が足りなくなって他には何もできないという、正に本末転倒な結果になるのがオチなのです。
「私は右に行くから、ライアは左をお願い」
言いながら、シシル様は魔導端末を引き連れて走り出しました。
海魔からの攻撃は端末の二つが飛び回りながら障壁を展開して防ぎます。そして残る四つの端末と自身の手から炎の魔術を繰り出して海魔を倒していくのでした。素晴らしい手際です。
そしてこれは桜には見せられない姿でもあります。
今でこそ剣術の師匠をしているシシル様ですが、元々は剣術と同じくらいに魔術も使います。それどころか大規模な戦闘では魔術使いとして後衛に回る事の方が多かったのです。桜にとってのシシル様はあくまでも剣術の師匠ですから、このような魔術メインで戦う姿を見られたくないと考えているのでした。
さて、シシル様に見惚れている場合ではありません。
任された左側の海魔を片付けてしまいましょう。
縦一列なら『剣圧飛ばし』で一網打尽なのですが、横一列ではそうもいきません。
剣を大きく振りかぶって思い切り左方向に投げました。力一杯投じた剣は一直線に飛びます。鎧の肩の小さな開口部からはじゃらじゃらと鎖が繰り出されていきました。
鎧の肩の部分には鎖の巻き取り車が内蔵されています。だいたい五十メートルくらいの鎖が収納されていて、私の意思で自由に繰り出したり巻き取ったりができるようになっています。外見は普通に見えますが、内部の空間を魔術的に拡張しているとの事でした。
『鉄鎖術』を使う私のためとミアが作り込んでくれたのです。
確か同じ手法で『矢がたくさん入る矢筒』なども作っていたはずです。
鎖を引いて飛ぶ剣に海魔から攻撃が加えらます。剣の大きさのために「一番近い相手」と誤認したのでしょう。そんなものは蹴散らします。軌道にブレはありません。
そろそろ長さが限界というところで強く鎖を握り込みます。鎖は剣に引っ張られてぴんと張り詰め、一本の棒のようになりました。
すかさずバックハンド気味に腕を振ります。
棒のようになった鎖は、まさしく棒のように私の力をそのまま伝え、剣は水平に移動を開始しました。形状はだいぶ異なりますが、鎖という柄と剣という穂先をもった長い槍を扱っているようなものです。
水平に振るった剣が隊列の端にいる海魔を捉えました。胸の部分にある弱点、人頭大の光る塊を両断します。ここで拡張空間内の巻き取り車を逆回転、鎖を巻き取らせます。鎖の巻き取り速度を良い具合にすると、本来なら円弧を描くはずの軌道を海魔の隊列に沿った横一直線に変えられるのです。お陰で多くの海魔をまとめて倒す事ができました。
最後に手首を返すと鎖伝いにその力を受け取った剣は飛び戻って来ました。たるんだ鎖は巻き取り車が全力で回転して回収します。
こうして鎖を利用した遠隔攻撃を可能にするのが私の『鉄鎖術』なのですが。
……これは確かにスキルとして登録されるべきものですね。
自分で使っていながらどうかとも思いますが、この鉄鎖術、仕組みが良く判りません。もちろん「どう操作すればどう動くか」は熟知していますし、自由自在に操れます。投じた剣の軌道を途中で曲げて遮蔽物の後ろの相手に当てたりもできるくらいです。
既に存在していた鉄鎖術を練習した結果としてできるようになっただけなのですが、元になった鉄鎖術とはずいぶん異なるのも確かです。改めて考えてみれば当たり前の物理法則の枠内で可能な動きではありません。無意識の内に魔力なりを用いているのかも知れず、CODはその無意識から正確に情報を引き出したのでしょう。
出来る事ならCODがどのように『鉄鎖術』を登録しているのか知りたいものですね。
さて、シシル様の方ももう終わっています。五倍以上に手数が増えていますから速いです。
乱戦の中で選択的に海魔を倒しているミアの方が時間がかかっていましたので、取って返して手伝いました。
「こんなものかしらね」
海魔は今も上陸を続けているのですが、稼いだ時間で迎撃側の態勢は立て直せました。先ほどよりもしっかりした布陣になっています。
こうなると私達は下がらなければなりません。くどいようですが迎撃戦の主役は一般参加の皆さんなのですから。
……もう少し暴れたい気持ちもありますけれど仕方ありません。
本部前に引き返し、定位置の縁台に腰掛けたシシル様も物足りなそうでした。手慰みでしょうか、出したままの魔導端末を操って空中に複雑な軌跡を描かせています。
「お? おお?」
近くに来た端末をミアが叩こうとして、シシル様は素早くひょいと避けさせます。それが何度か続くとシシル様も楽しくなってきたようで、いかにミアの近くまで寄せ、なおかつ叩かせないかという遊びを始めてしまいました。
なんというか、猫じゃらしで猫と戯れているような風情です。
そんな二人を見ていると、戦いたくてうずうずしているのが静まっていきました。
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その後はトラブルも無く進行しました。
海魔の知的な行動は当初こそ脅威となったものの、迎撃側が布陣を組み直して対策してしまえば問題になりません。増えた怪我人も大半は治癒魔術で回復しています。不幸にして命を落としてしまった参加者も数人いますが、これは想定内なのでトラブルではありません。本人や遺族には酷な言い方になるでしょうけれど、祭りのイベントとは言え実戦には違いないのです。それを承知で参加しているのですから誰に文句を言えることでも無いのです。
そうこうして時刻が午前六時を過ぎた頃、上陸してくる海魔が途絶えました。
既に上陸済みだった海魔を掃討すると、一切の戦闘が無くなり、海水浴場は静まり返ります。
「今年は早いですね。まだ六時くらいですよ」
「討伐が捗ったのね。みんな随分と頑張ったみたい」
公式に発表されているスケジュールは午後十一時から翌朝六時までの八時間です。
が、必ずしも八時間で終了にはなりません。海魔討伐の進行具合によって最後の巨大海魔出現が決まるからです。平均が約八時間と言うだけで、早くも遅くもなるのです。
一時間近くも短縮となると過去にも余り例がありません。シシル様の言うとおり、皆さん余程頑張ったのでしょう。
ともあれ、ここからが私達の本当に出番です。事前警備も途中のフォローもついでに過ぎません。
「さてさて、今年は何が出てくるのかな、っと」
気楽な調子でミアが言いました。
最後に出てくる巨大海魔は残存する魔物全ての集合体になります。高まった力と知能は膨大な海水を集めて巨体を作り上げる事を選択するのでした。結局のところ本体を守るのは海水の鎧だけなのです。
去年は全高十メートルほどの亀でした。
引き揚げて来た参加者達も興味津々です。巨大海魔の出現シーンは迫力があるので、記念にとビデオ撮影を始める人もたくさんいます。無人となった先ほどまでの戦場を通して沖合の海面を見ていると、やがて表面にこれまでにない大きな盛り上がりが生まれました。
進んで来るにつれて形が露わになっていきます。
余分な海水を滝のように落としながら現れたのは尖った頭部や大きなハサミを持つ海老です。
……海老、ですよね?
理由も無くあれは海老じゃないかもしれないと脳裏をよぎります。
その時、遠くから何か叫び声が聞こえました。
距離もあり、何人かの声が重なっていたので内容までは聞き取れませんでしたが、何故か心の奥の方、魂に直接届くような哀切な響きを伴っていました。そしてその中に、桜の声が混じっていたような気もするのですが……。
「どうしたの? 早くしないと上陸しちゃうよ?」
「いえ、なんでもありません」
余計な事に気を取られている場合ではありません。
既に歩き出しているシシル様とミアを負って砂浜に歩を進めます。
「やっぱり核は後ろの方の高い所ね。いつものパターンでいきましょ」
厚い水の層で遮られているとはいえ、数多くの魔物が集まったお陰で本体の光も増しています。位置の特定は容易で、それは背中の後ろの方にあります。近接主体の前衛では届かない位置であり、正面からの魔術攻撃に対しては大量の海水を盾にできる位置取りです。
形は違えども核の配置は毎年似たようなものなので対処法も決まっているのですが。
と、思ったところで、巨大海魔が大きなハサミを砂地に突き立てました。
何でしょう? 海魔の体を作る海水が流動して、その流れは口の部分に集まって……。
これはまずいです!
急いで先頭に走り出て盾を構えました。
直後、凄まじい衝撃が盾を襲います。
巨大海魔は極太の水流ブレスを吐いて来たのでした。その威力たるや、2t超の装備重量と私の異常筋力を持ってしても数メートルの後退を強いられる程でした。
危なかったですね。
シシル様やミアは回避したでしょうけれど、本部にいる会長さん達はそうもいきません。受け止めなければ大変な事態になっていました。
去年までの巨大海魔はただ進んでくるだけだったのですが。前衛後衛の役割分担をしていたことと言い、ミアではありませんが海魔も進歩しているようです。
「ライア、ナイス! 次を撃たれる前に決めるわよ!」
シシル様に褒められました。
まずはシシル様が魔術攻撃を行います。
巨大海魔に向けて右手を翳すと、出したままになっていた魔導端末六つ全てがその周囲に集まります。魔力の放出部位が七倍になった状態で、さらに溜め撃ち。放たれた氷結の術で巨大海魔の前半分が瞬時に凍りました。
次は私です。
『剣圧飛ばし』を連射して砂地に刺さっているハサミを両方と、左右の足の前側を砕きます。
前半分の支えを失った海老型巨大海魔が前のめりになります。周囲の海水が凍っているため新しい海水で再生する事ができないのです。
これで弱点部位が前に出てきました。
三番手はミアです。
呪文詠唱と同時に海老の背中から爆発的に水蒸気が吹き上がりました。使ったのは『見えない鎚』と同じく鍛冶魔術です。金属を溶かすための『炉』の役割を果たす術ですね。
これで核を守る海水が大量に失われました。
最後に再びシシル様。
貫通力の高い光術を七倍発動して巨大海魔の核を撃ち抜きました。
海魔の体が崩れ落ち、砂浜には前半分だけが凍ったまま残るだけとなります。
歓声が上がり、迎撃戦終了を告げるサイレンが鳴り響きます。
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八月十一日午前六時二十四分、今年度の海魔迎撃戦は終了しました。
後は急いで帰るだけです。
私達がここにいたのは桜には内緒です。先に帰っていつも通りの生活風景を演出しなければいけないのでした。
意外と書き易かった「ですます」調のライア視点は今回で終了です。
次章は学園祭編。
視点キャラは森上真か黒間加代子のどちらかにする予定です。




