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ライア:海魔迎撃戦3

 本部隣の海の家が待機場所として用意されていました。


 迎撃戦は夜に行われますが、それは「これまではそうだった」という経験則に過ぎません。万が一にもタイミングがずれてしまえば無防備な海岸が魔物に蹂躙されてしまいます。

 その万が一に備えて、私達は参加者が集合するまでここで待機になります。

 海の家の一角には衝立で仕切られた仮眠スペースもあり、できるだけ快適に過ごせるように配慮されていました。


 丁度お昼時だったので海の家の店主に食事を出してもらいました。シシル様と二人で焼きソバを食べます。

 ……正直あまり美味しくありませんでした。

 私やシシル様が作った方が確実にもっと美味しく作れると思うのですが、それはけして口には出しません。昔、不用意に言ってしまってシシル様に叱られた経験があるからです。

 シシル様が言うには、日本の海の家では敢えて微妙な味の食事を提供しているのではないか、との事です。なんでも日本人の感覚ではこうした料理は『あまり美味しくないのに何故か美味しく感じる』らしく、夏の海の風物詩にもなっているそうなのです。

 美味しくないと判っているのに美味しく感じるという意味が判りません。そもそも『何故か』となっているくらいです。日本人自身も良くは判っていないのでしょう。何かしら情緒的な問題が関係していると思われ、そんな機微に精通しているシシル様はさすがだと思ったものです。この時に「郷に入っては郷に従え」という言葉も教えて貰いました。


 食後のお茶を頂いているところでミアが到着しました。


「やあ、この間振り」


 ミアもシシル様と同じく大きなスーツケースと武器ケースを携えています。直接会うのは数カ月振りとなりますが、FSサーバーで会っているので久し振りという感覚はありません。電話などで話しただけならやはり懐かしさは感じたでしょうから、仮想空間での出会いが現実と変わらない価値をもつという桜の言は間違っていなかった事になります。


 ミアとはここで待ち合わせをしていたのでした。

 もちろん三人揃って海魔迎撃戦に参加するためです。私達の役目は本部の直衛と最後に登場する巨大海魔の討伐、そして夜までの事前警備です。迎撃戦は一般のスキル所持者が実戦経験を積むための貴重な機会ではありますが、巨大海魔は彼らには荷が重いのです。

 巨大海魔を倒すだけならば高レベルのスキル所持者が数人いれば事足りるのですが、これもまた万が一の失敗が許されません。地域振興策の一環である迎撃戦を失敗して周辺に被害を出したら大問題です。その為の保険として、日本在住で自由に動ける私達が招かれているのでした。


「じゃあ夜まではここで待機ね。仮眠が必要なら交代で。誰か一人は起きているようにしましょう」


 シシル様が言うと、ミアは「あれれ?」と首を傾げました。


「遊ばないの? せっかく空いてるんだし遊ぼうよ」


 人気も疎らな砂浜を指差してミアが言います。

 去年までであれば待機時間を利用して海水浴を楽しんでいたのですが、シシル様の意向で今年は海の家で待機する事になっています。


「えー! どうしてー!? 夏だよ? 夏に海にいるのに遊ばないってどういうこと!?」


 ミアが猛然と抗議しています。ミアの中では『夏+海=遊ぶ!』という公式が成り立ち、それは世界の常識となっているのでした。そこまで強固な信念ではなくとも、私の中にもせっかく海に来たのだから少しは楽しみたい思いはあります。


「実は桜ちゃんが迎撃戦参加でこっちに来ているのよ。友達と海で遊ぶって言っていて。私が来るのは内緒にしているから姿を見られたくないのよね」

「それこそなんで内緒にしてるの!? 一緒に遊べば良いじゃない」

「桜ちゃんにとっての私は剣術の師匠じゃない? ここでの戦いは見られたくないの。……まあ見られずに済むのは無理だけど、私だと悟られたくないのよ。その為にはここに来ている事自体を内緒にしないと」


 シシル様の説明をミアは理解してくれたようでした。「ふむーん……それならしょうがないか」と不承不承ながら頷いています。

 桜に顔を知られていないミアだけならば海で遊んでいても問題はありません。が、ミアも海で遊ぶのが重要なのではなく、「私達と」遊びたいのです。一人で砂浜に出るくらいならば、ここで私達と過ごす方を選ぶのでした。

 とても残念そうではありましたが。


 残念そうと言えば、そうした理由で待機場所に籠る事を聞いた本部の皆さんも大層残念そうでしたね。私は見逃していません。管制用の機材に紛れて何台ものカメラやビデオカメラがあったことを。

 シシル様は同性にも感嘆の溜め息を吐かせるほどの美しさです。その水着姿をレンズに収めようと用意していたのでしょう。年に一度のチャンスが失われたわけで同情を禁じ得ません。


 腰を落ち着けると決まり、ミアはラーメンを注文しました。

 日本暮らしが長いミアは例の情緒的な何かを理解しているようで、実に美味しそうに食べています。


「そうそう、桜に良い刀を送ってくれてありがとう。とても喜んでいたわ」

「今のところはただの頑丈な刀だけどね」

「それで良いの。下手に判りやすい力があるとそれに頼るようになってしまうもの。桜ちゃんにはあの刀の真価に気付かないままでいて欲しいくらいだわ」

「……それはそれで、作りとしてはうーん、て感じなんだけど」


 ミアは苦笑しています。

 私もあの黒い刀を見ました。シシル様の言うとおり、いわゆる魔術武器のように判りやすい力は宿っておらず、言ってしまえばただ頑丈なだけの金属の塊に過ぎません。桜が普通に戦う限り真価が発揮されることは無いでしょう。真価が発揮されるのは桜がぎりぎりまで追い詰められた時になるはずです。だからシシル様もそんな事態にはならないで欲しいと考えているのです。


 それからは取り留めの無い雑談をしていたのですが、不意にシシル様に押し倒されました。単純な筋力なら私の方が遥かに強いのに、あっさりとバランスを崩されて組み敷かれました。


「シ、シシル……?」

「駄目! 声を出さないで!」


 息がかかるほど近いところにシシル様の顔があります。いきなりの事に狼狽する私を、シシル様は潜めた声で鋭く制しました。


「ちょっとちょっと昼間からこんな所でなの? せめてあっちに行ったら? 布団も敷いてあるし」


 ミアがにまにまと笑いながら衝立の影の仮眠スペースを指差します。海の家の店主は見てはいけない物を見てしまったかのように目を逸らしていました。


「そ、そうですね。シシル、流石にここでは恥ずかしいです」

「違う! ライアもどうしてその気になっちゃってるのよ! すぐそこに桜ちゃんがいるの! 隠れただけだから!」


 これは私の早合点でした。

 ミアはわざとでしょう。機会を捉えて面白おかしくしようとする性癖がありますから。


「ああ、学生らしい団体が来てるね。で、どれが桜ちゃんなの?」


 隠れる必要の無いミアが外を見ながら訊ねました。


「背の高い娘がいるでしょ。それが桜ちゃん」」

「うん? 同じくらい背の高い娘が二人いるよ」

「「え?」」


 異口同音、私とシシル様の声が重なりました。

 桜の身長は私と同じくらいで、これは日本人女子の平均を大きく上回っています。というよりも飛び抜けているはずです。同じくらいの女子などそうはいないと思うのですが。

 そう言えば、以前背の高い友達ができたと話していました。その子でしょうか。


 私とシシル様は壁際まで匍匐前進で移動し、低い壁と柱を遮蔽物として外の様子を窺いました。

 いました。

 数軒先の海の家の前に、ミアの言うとおり学生らしい若い男女の団体がいます。その中に背の高い女の子が二人。一人は紛う事無き桜です。そして確かに桜に匹敵、つまりは私とそう変わらない身長の女子がもう一人いました。


 ……女の子ですよね?

 少し離れているせいもあって、髪型や容姿から男の子のようにも見えます。桜の様にようにサラシでも巻いているのか、性別を区別するにあたって最も判りやすい特徴である胸がそれほど目立ちません。着ている服もどちらともとれる印象です。


 桜達は数軒の海の家に分かれて入っていきました。


「髪を後ろで縛ってたのが桜ちゃんよ」

「本当に背が高いね」


 シシル様とミアが小声で話していました。


 ところで桜達がすぐ近くに現れたのは偶然ではありません。

 今晩、海の家は迎撃戦参加者を相手に夜通し営業を続けます。逆に昼間は一般客の入場制限があり、参加者の一部が遊びに来ている程度です。その為本部付近でだけ昼間も営業し、他の店舗は夜までお休みです。ですから桜達が海の家を利用しようとすれば、必然的に本部の近くにやって来る事になるのでした。


 やがて着替えの速い男の子達が水着姿で出てきました。海には向かわずその場で屯しています。着替えに時間の掛かる女子を待っているのでしょう。


 おっと、桜が出てきました。

 待っていた男の子達に声を掛けて……おや、なにやら様子がおかしいですね。

 解いていた髪をポニーテールの形に束ねてポーズを取ったり、水着姿ですから当然サラシなど巻いていない胸を殊更に強調したりして、男の子達に頻りにアピールしています。


「な、何をやっているのかしらね、あの娘は……!」


 シシル様がそわそわとしています。思わずといった感じで漏らした声は苛立ち半分、心配半分でした。

 そもそもシシル様が桜にサラシ着用を勧めたのは、年齢の割に成熟した桜の体が周囲の男の子を無用に刺激してしまうのではないかと危惧したからなのです。しかるにサラシを外し、露出の多い水着姿であのような振る舞いをしては、自ら男子を誘惑しているともとれます。

 桜の保護者としての責任もあります。シシル様が苛立ち、心配するのも当然でした。


「声が聞こえないのがもどかしいわね。こういうのは余りやりたくなかったけど……」


 シシル様は素早く呪文を唱えました。『聴覚強化』の魔術です。私にも使える程度の術でしたので、シシル様にならって自分に魔術を掛けます。


 桜達の会話に意識を集中すると、強化された聴覚は彼らの会話を捉えてくれました。

 まるですぐそばにいるかのように聞き取る事ができたのですが……。

 いきなり知らない言葉が出てきてしまいました。


 ギニューとはいったい何なのでしょう?

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