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ライア:海魔迎撃戦4

 会話に耳を澄ませていると、その疑問はすぐに解決されました。

 なるほど、偽りの乳でギニューですか。

 桜のサラシを巻く技術は非常に高いです。普段のサラシで潰している状態との落差が激し過ぎるために、男子は疑問を呈しているのでした。


「あの男の子たち、ちょっと胸ばかり見過ぎじゃないかしら!?」

「んー、でもあれは仕方がないんじゃないかな。あの年頃の子に見るなって言っても無理だよ」


 桜達の様子にシシル様が声を荒げますが、私は宥めるように言ったミアのほうに同意でした。それに「見ていますよ」と桜にもはっきり判るように見ており、陰に籠ることもなくかえって好感が持てます。見ていない振りをしてこそこそと盗み見られるよりはよほどましと言えるでしょう。


「だよね。楽しそうで良いじゃない」

「……まあ、そうね」


 私の意見にミアはうんうんと頷き、シシル様も渋々と同意してくれました。

 が、男子の一人が「確認のために揉ませてくれないだろうか?」と言うに及んで「あれはありなの?」と呆然としています。


「いくらなんでも冗談でしょ? これで揉ませちゃったらアウトだろうけど」

「桜がそんな事を許す筈ありません。大丈夫ですよ」


 思った通り桜ははっきりと断りました。

 そこに先ほどの背の高い女子が現れました。はい、今度こそはっきり女子と判りました。胸を覆う女子用の水着を着ていますから。

 ……残念ながら彼女はサラシなど巻いていませんでした。素であのサイズなのです。


 サオリと呼ばれた少女もギニュー疑惑とやらをもとに桜の胸を揉もうとしたり、男子の何気ない一言に消沈して膝を付いたり、まあこの辺は微笑ましく見守っていました。

 その直後、目を瞠る事になりました。

 次に出て来た小柄な女の子が、桜の名を呼びながら短い助走をして、鋭い跳躍で桜の胸に跳び込んだのです。


「うわ、あの子凄くない? 身体強化とかしてなかったよね?」

「ええ。魔術を使った気配は全然なかったのに。どうしてだか桜ちゃんの反応が鈍かったし……なんだろう、間の取り方が上手いのかしら」


 ミアとシシル様も驚きを露わにしています。

 それほどに小柄な少女が見せた動きは卓越していました。短い距離の助走で上手くスピードに乗り、低く直線的な跳躍であっという間に桜の懐に入ってしまいました。夏休みに入ってからというもの格闘術の鍛錬を重ねてきた桜をして受けも避けもできないのですから相当です。

 そして……桜の胸に顔を埋めて嬌声を上げながらも、容易には振り解けないように桜の両腕を上手く抑え込んでいるのでした。


「あの身のこなし、ただ者じゃないわ」

「はい……おや? シシル、あの子は去年ここで会った忍者の子ではありませんか?」

「え? ああ、本当だ。確か霧嶋流忍術、だったかしら。今年はお爺さんと一緒じゃないみたいね」


 昨年の迎撃戦の折、最後の巨大海魔に挑んだ小さな忍者です。不可思議な能力で巨大海魔の体を大きく削り取っていました。残念ながら弱点までは届かず、崩れ落ちた海魔の体で溺れそうになり、一緒に来ていたお爺さんに助けられていました。


 桜と共にいるとなれば、あの少女は桜の同級生なのでしょう。

 海魔の体がもう少し小さければ討伐できただろう勢いだったのを憶えています。それほどの力の持ち主がまだ学生なのが驚きです。


「世間は狭いわね……って、あら、いやだ」


 シシル様が口元に手を当て、頬を赤らめています。

 ……なんという事でしょう。男の子達が前屈みになっています。私とてそれが何を意味するのか判らないほど初心ではありません。

 桜と忍者の子にとっては他愛もないじゃれ合いでも、年頃の男子には刺激の強い光景なのでしょう。


 困ったことになった男の達は一斉に海に向かって走り出しました。


「あはは、若いなー」


 その後ろ姿を楽しそうに見送るミア。

 確かに若いです。


 *********************************


 その後は波と戯れる桜達を遠目に見ながら海の家で待機です。

 事前警備は本当に万が一に備えてであり、『穴』の開口時刻がずれるような事態はまずあり得ません。だからこそ例年海水浴に興じていられたのですが。

 もっとも仮に海水浴中に『穴』が開いてしまったとしても、直後に出現する弱い海魔が相手であれば水着姿でもなんら問題はありません。


 桜達は数時間で引き揚げていきました。きちんと本番前に仮眠をとるのでしょうね。後の事も考えずに遊び呆けるような事も無く一安心です。迎撃戦で敵となる海魔は桜ほどのレベルであれば問題無く倒せるレベルですが、睡眠不足に遊び疲れが重なればどうなるか判りませんから。


 私達も時間を計り、交代で仮眠や食事を済ませました。


 *********************************


 そうして日が暮れてゆき、続々と迎撃戦参加者が集まって来ました。

 ある程度の人数が集まってしまえば事前警備も終了です。海の家から出て周囲を見回しました。


 夜の砂浜です。

 海岸沿いの道路上に設置されたサーチライトが、今は海水浴場を照らす照明として使われていました。

 砂浜には剣などを装備した近接タイプが、道路上には魔術タイプが陣取っています。


 そろそろ頃合いでしょう。私達も装備を整えることにしました。

 海の家に付随している更衣室で鎧下に着替えます。それから外に置いてあったコンテナを開きます。


 コンテナは三層構造になっており、一番上の層に剣、二層目に盾、一番広い三層目に鎧一式が納められています。

 まずは鎧を着てしまいます。

 コンテナに収められているのは全身鎧フルプレートアーマーです。全身鎧の名に恥じず、全てのパーツを装備すれば肌の露出はほぼ無くなります。パーツ同士の『合い』が絶妙なので関節の内側の隙間も最小限になっており、その隙間も下に着込む目の細かい鎖帷子チェインメイルでカバーされています。

 この鎧は昔ミアに作って貰ったものです。一人で脱ぎ着できるように工夫されている他、私の体にぴったりになるように調整されています。絶大な防御力を誇る重厚な鎧でありながら、女性的な優美さも兼ね備えており、芸術品と称しても差し支えの無い逸品です。こんな素晴らしい物を作れるミアは本当に凄いと思います。


 鎧を着てしまえばもう後には引けません。

 つまり待機場所である海の家に入れないのです。

 入れば、床が抜けます。

 2t超は伊達ではありません。


 似たようなデザインの全身鎧の一般的な重さは四十キロ程度、少なくとも普通の人間の筋力でも十分に動ける程度の重量です。が、これは『異常筋力』を持つ私のためにミアが作った特別製。重量を度外視して、とにかく防御力を高めようと意図されており、使用されている金属自体が特殊であるのに加えて、『重金属』という手法が用いられています。

 この重金属は『重い』ではなく『重ねる』という意味での重金属です。


 ミアや、ミアの師匠のエルミザードが使う鍛冶魔術によって生み出される『重金属』は、その金属が存在する空間ごと折り畳んで重ねて固定しているという理解不能な素材です。扱えるのもこの二人だけです。

 簡単な言い方をすれば、実際には見た目の何倍もの厚みがある、ということです。


 盾と剣も同じ重金属で作られています。

 盾は真っ直ぐ立てれば私の体も完全に隠せるくらいの楕円形です。剣も柄を含めて私の身長ほどあり、幅は広く厚みもあり、仮に普通の鉄で作ってあったとしても普通の人には扱えない重さになる筈です。

 盾を左腕に固定し、剣の柄頭の環に鎧の右肩から垂れる太い鎖を連結、兜の面覆いを下ろせば装備完了です。


「不具合とかあれば直すけど、どう?」


 ミアがやって来ました。鍛冶場で着る革製の作業着の上から硬革製の軽鎧を着込んでいます。

 私は軽く体を動かして全身鎧に不備など無い事を確かめました。「大丈夫ですよ」と答える声が面覆いに遮られてくぐもってしまいました。


「やっぱりライアにはそれが似合うわ。よろしくね、重戦士隊隊長」

「お任せ下さ……シシル? 髪が……」


 シシル様の声に反射的に答えようとして、その答えは戸惑いに途切れました。見慣れた軽鎧姿のシシル様でしたが、髪が赤くなっています。宝石のような赤でした。


「そこまでする必要は無いと思うのですが」

「これは桜ちゃん対策だから。薄暗いし遠くからなら顔は判り辛いだろうけど髪色で判ってしまうかもしれないでしょ? だから、ね」


 なるほど、と思いました。

 と、言うのも、私達は本部付近の高レベルエリアの担当であり、桜達は比較的魔物が弱いエリアが担当になるからです。


 この海水浴場に現れる魔物は、こちらの世界の虫に相当する生物のようであり、単体では実際に虫同様に本能任せの行動をします。これが群れる事によって知能を獲得、より強い力を行使するようになります。

 出現直後の魔物は本能的に陸を目指すのですが、その最短距離の上陸地点が本部のあるエリアです。そのため最初から多くの魔物が集中し、他のエリアよりも強力な魔物になって現れるのでした。本部エリアから離れるに従って魔物は弱くなっていきます。迎撃戦参加者はレベルに応じて担当区域が割り振られていて、学生である桜達が担当するエリアは随分と離れた所になります。


 ですからシシル様の言うとおり、はっきりと顔が見える距離ではありません。

 しかし髪色は見て取れるでしょう。周囲がほぼ日本人ばかりなので、シシル様の髪は目立ちます。それでばれるのを避けるために、髪色を赤に変えたのでした。


「私も変えた方が良いでしょうか? 私がばれると同じ事になってしまいますし」


 私の場合、顔は兜で隠れていますが、兜の後部の穴から髪を出しています。房飾りの様に見えなくも無いので、遠目なら問題無いとは思うのですが。


「そうねぇ……念のため変えておきましょうか」


 という事で私も髪を赤くしました。より房飾りっぽくなりましたね。


 三人で本部に出向くとシシル様の髪を見た皆さんが驚いていましたが、理由を簡単に説明されると「大変なんですね」と労ってくれました。中に入れずに外で待っている私にも同じように「大変ですね」と言ってくれたのがなんだか嬉しかったです。


「さーて、そろそろ……」


 会長さんは時計と無線機を交互に見ています。

 そして午後十一時を数分過ぎたところで、無線機から『穴』が開いたとの報告がもたらされました。報告を寄こしたのは観測機器を積み込んで『穴』の出現予定海域に待機していた地元の漁船です。今頃は大急ぎで退避しているでしょう。


「よっし! サイレン鳴らせ!!」


 会長さんの指示で海水浴場の各所に設置されたサイレンが同時に唸りを上げます。

 海魔迎撃戦が、今始まりました。

ライアの剣のイメージ補足:ドラゴンころし

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