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ライア:海魔迎撃戦2

 第二次世界大戦終結とともに、現在は結界で封じられている四つの『穴』以外は全て塞がれました。でもそれで魔界の脅威が完全に封じ込められたわけではありませんでした。


 大戦終結の翌年から、世界各地で自然発生する『穴』が確認され始めたのです。


 数多くの『穴』が一時に開き、それを強引に塞いだ反動なのかも知れません。世界を隔てる境界が脆弱になってしまったのだと言う人もいます。

 幸いなのは、それら自然発生する『穴』は小規模であり、これを越えてこちらの世界にやって来られるのは魔獣程度である事です。


 ここで言う規模とは「どの程度の力を持つ存在が通り抜けられるのか」という意味です。

 生命力や体力や魔力や知力や……とにかくその個体が持つ『力』の総和、これが『穴』の規模を越えると通り抜けできないそうで、今のところ魔族が通り抜けられるのは結界の中の『穴』のみとなっています。


 幸い、とは言いましたが、例え現れるのが魔獣のみであっても、これはけして放置できる問題ではありません。魔獣の持つ『物理攻撃無効化率』はそれほど高くないとは言え、スキルを持たない一般人が勝てる相手ではありません。警察や軍など、組織だった武力でなければ太刀打ちできないでしょう。


 ですから『穴』が発生すれば近くにいるスキル保持者が対処するのが暗黙のルールになっています。義務ではありませんが、有事の際には皆さん率先して事に当たっています。平時であっても専用ケースに入れて装備品(特に武器)を持ち歩く習慣も広まっています。

 そうして魔獣の被害を食い止めている間に『穴』を塞いでしまうのでした。

 魔獣被害をなくす事はできなくとも、それは最小限に抑えられています。


 さて、そんな中で少々特異な例もあります。

 何度塞いでも毎年同じ場所に開いてしまう『穴』があるのです。

 星の配置や月との位置関係が影響しているというのが有力な説となっています。この説は『穴』が時間の経過で自然に閉じる事から広く支持されています。


 何度塞いでも翌年にはまた開いてしまうので、厄介と言えばもちろん厄介なのですが、反面『穴』の開く場所とタイミングが確定していますので対処は確実に行えます。既に知られている場所での一般人被害は皆無となっています。


 そして日本にもこうした『穴』の開いてしまう土地があり、湧き出る魔界の生物を撃退するための戦いが毎年繰り広げられています。


 その戦いは『海鎮祭』、または『海魔迎撃戦』と呼ばれています。


 *********************************


 八月十日、レンタルした4tトラックを運転して『海鎮祭』が開催される海水浴場にやって来ました。助手席にはシシル様が座っています。

 道路沿いに広がっている砂浜が全て迎撃戦の戦場となります。

 ガードレールに沿って取り付けられた祭の幟が海からの風にはためいています。


 まだまだ海水浴シーズンだと言うのに、砂浜の人影は疎らです。

『穴』が開くのは夜になってからですが、万が一にも時間がずれては大変です。八月十日と十一日は地元自治体によって一般の海水浴客は立ち入り禁止になっているのでした。

 この二日間に海水浴場を利用できるのは、その万が一の事態にも対応できる迎撃戦参加者のみとなっています。


 道路脇の退避スペースにトラックを入れてエンジンを止めます。

 砂浜に続く階段を下りていくと、地元青年団のハッピを着た若い男性が駆け寄って来ました。


「助っ人のシシルさんとライア・ネズベットさんですね! 遠いところをありがとうございます!」


 爽やかに、かつ礼儀正しくお辞儀をしてくれました。思わず「どういたしまして」とお辞儀を返してしまいます。初対面ではありますが、彼は一目で私達の素性を察してくれました。私達の外見は日本では目立ちますから、このような場面では助かります。一々説明するのは面倒なのです。


「荷物を下ろしたいのですが、私達の待機場所はどこになりますか?」


 訊ねると、青年は一件の海の家を指し示して教えてくれました。周囲には道路沿いでも見た祭の幟がたくさん立っています。確認に行く手間が省けましたので、一度トラックまで引き返します。


 青年が車の移動は任せて欲しいと言ってくれました。

 迎撃戦は夜通し行われるため、道路にはサーチライトの類が設置されます。トラックを止めた退避スペースもそのように使われるので、止めっぱなしにはできません。荷物を下ろしたら別の場所にある駐車場に移動させるつもりでした。

 またも手間が省けます。良く気の付く青年ですね。


 トラックの荷台には、縦横一メートル、奥行き二メートルほどのコンテナがパレットの上に鎮座しています。青年が試しに揺すってみてもビクともしません。


「……荷物ってこれですか? こりゃあフォークリフトでも持って来ないと無理じゃないですかね」


 青年は困ったように言いました。

 でも心配は要りません。

 コンテナに取り付けられているがっしりとした取っ手を掴んで持ち上げると、青年が呆気に取られていました。


「これは私の装備品ですよ? 私が持ち上げられないわけないじゃないですか」

「あ、いえ、それはそうでしょうが……いったい、どれくらいの重さになるんですか?」


 訊かれても困ります。『異常筋力』の弊害で、私は物の重さを上手く感じられないのです。

 こうして持っていても、コンテナがどれくらいの重さなのか見当が付けられませんでした。


 ただ、トラックを借りる時にコンテナの重さを計った業者の方は迷わず4tトラックを出してきましたね。隣には2tトラックもあったのですが。

 そうしますと2tは越えているのでしょうか。


「に、二トンっすか……」


 青年が引き攣ったような声を上げました。

 これは私の筋力を知った人に良くある反応です。『異常筋力』という名前(CODのシステム的に私自身が名付けたことになります)からも判る通り、私の筋力は異常です。通常であれば、筋力は筋肉の量に比例するものです。それは外見にも表れますから、体格を見れば力が強そうとか弱そうとかある程度察っすることができます。

 ところが私の場合、見た目から想像できる範疇を大きく逸脱した筋力であるため、初めて見る人はみんな驚いてしまうのです。


 シシル様の自分の荷物を下ろしていました。こちらは長期旅行用の大型スーツケースと刀を収めた武器ケースです。運転室の座席の後ろに普通に収納していました。


「鍵はもう渡したの?」


 私の筋力を承知しているのでシシル様は平常運転です。スーツケースをからからと転がしながら荷台の方にやって来ます。

 そう言えばトラックのキーをまだ渡していませんでした。キーはポケットの中です。まさか青年にポケットに手を入れてキーを取って下さいとは言えません。

 一度コンテナを下ろしましょう。


 下ろしました。

 と、同時に足元でビシリと硬い音がしたのです。

 どうした事かと見下ろしてみると、コンテナの下でアスファルトに亀裂が入っているではありませんか。どうやら下ろす時に少しだけコンテナが傾いていたようで、角の部分に全重量が集中してしまったのでしょう。


 公共の道路に傷を付けてしまいました。弁償とかしないといけないでしょうか。

 ここは地元の人にお伺いを立てるべきかと思い、青年に「どうしましょう?」と訊ねました。


「は、ははは……気にしないでください。僕も見なかったことにしておきますので」


 青年は快く許してくれました。妙に乾いた笑いなのが気になりましたが、許してくれたので良しとしておきます。


 *********************************


 一軒の海の家が迎撃戦本部になっていました。

 座敷の座卓には管制用のパソコンが並んでいます。


 入り口脇にコンテナを置いて店内に入りました。


「やあ、お二人さん。今年もお世話になります」


 コの字型に並べられた座卓の司令官席(お誕生日席の位置です)から、男性がにこやかに声を掛けてきました。

 彼こそ海魔迎撃戦実行委員会会長です。他にも町内会長を務め、海の家連合や近くの漁協の幹部だったりします。

 日本に来てからというもの毎年参加していますので、会長さんとも顔馴染みです。最初に会った頃は髪も黒々としていたのですが、今はすっかり胡麻塩頭になってしまいました。


「こちらこそお世話になります。特に今年は私の弟子も参加させていただくことになっていますので、重ねてよろしくお願いしますね」


 シシル様のお辞儀に合わせて私も頭を下げます。


「そんな改まられたら困ります。毎年トリをお願いしているのはこちらなんですから」


 会長さんは「がっはっは」と豪快に笑いました。白髪が増えてもこの笑い方はずっと変わりません。

 そんな話をしている間にも、周りでは実行委員の腕章を付けた人達が忙しくしています。


「今年も盛況なようでなによりですね」

「まったくです。祖父の代にはこれでこの浜も終わりだなんて言っていたらしいですがね。祭が軌道に乗ってからはかえって賑わうようになりました」


 この海水浴場に年に一度『穴』が開くようになって五十年余り。会長さんは幼少の折に当時の騒動を体験しています。初期の頃は惨憺たる有様だったそうです。近隣住民の被害ももちろんですが、魔物の出る海水浴場に好んで来たがるお客はいません。人気の無い砂浜、閑古鳥が鳴く海の家。海水浴場としては立ち行かなくなってしまいました。


 でも、『穴』が一年に一度決まった日にしか開かない事と、出てくる魔物がそれほど強くない事が判明し、そこに一つのアイディアが加わって状況は変わります。

 そのアイディアが、それまで軍が行っていた迎撃戦の一般への開放でした。


 まだCODも存在していなかった昔の話です。

 その頃はせっかくスキルを修得しても、それによって自分がどれくらい強くなったのかを試す場がありませんでした。寸止めの義務付けや弱体化結界での模擬試合はありましたが、それに満足できない人達がこぞってこの『適度に安全な実戦』に参加したのでした。


『海鎮祭』『海魔迎撃戦』と名付けられた祭に人が集まり、迎撃戦終了後には祝勝会的な位置付けで普通の意味での夏祭りも行うという連携は世間の注目を集めます。そうしますと不思議なもので、祭の期間外の安全も自然と周知されるようになり、海水浴客が戻って来たのでした。


 そして四十数年。

毎年参加者からいくらかの犠牲者は出ているものの、『海魔迎撃戦』はこの地方一番のイベントとして今も続いているのです。

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