ライア:世界を育てる
「皆さんが決闘者の闘技場を利用する目的は理解しているつもりです。その目的からすれば必要無いことではあるのですが、是非とも皆さんのスキルを登録して頂きたいのです」
藤田さんは真剣に話しているのですが、やはりその内容には疑問を抱いてしまいます。彼が自ら述べている通り、私達がこの仮想世界を利用する目的は遠くにいる相手と会うためです。電話の延長のようなものですから、そこに戦闘用のスキルを登録しても意味がありません。
「決闘者の闘技場に本来想定されている効能は、現実で行うには危険過ぎる実戦的な訓練を安全に行う、というものです。もちろんここでいくら鍛えても肉体的な成長は外部に持ち出せません。しかしここでの『経験』は必ず現実世界でも役に立ちます」
「それは私も実感しましたね。痛みを感じないのはどうかとも思いましたが、きちんと相手を斬れるのは剣術の訓練としてとても大事な事ですし」
シシル様がこくこくと頷いています。先日仮想世界で桜に稽古を付けていましたので、その時の様子を思い出しているのでしょう。
私も昔は重戦士隊の隊長として新兵の訓練に携わっていました。何カ月もの訓練よりも、たった一度の実戦の方が兵を大きく成長させたものです。初陣を生き残って初めて一人前なのです。つまりは一人前になれないまま、初陣で命を落とす兵も数多いのが実情でした。
仮想世界であればたとえ負けても死にません。『どうすれば死んでしまうのか』を繰り返し経験できるのですから、『生き残るためにはどうすれば良いのか』を学ぶのに適しているとも言えます。
シシル様の同意を受けて藤田さんは嬉しそうです。作り手として、作品が認められたからでしょう。「ありがとうございます」とお礼を言って先を続けます。
「仮想世界の中で現実と同様にスキルを扱うためには事前にスキルの情報を登録する必要があります。『この呪文を唱えれば、こういう効果の術が発動する』といった具合ですね。ただし、これは必ずしも自分で行う必要はありません。例えばリリース時の決闘者の闘技場には魔術統合機構が公表している基準魔術が登録されていました。これらについては個別に登録しなくとも、呪文を唱えれば誰でも使える状態でした」
「そう言えばそんな話があったような?」
「当時は機構の方に協力を頂きました」
思い当たる節があったらしいメリナに藤田さんは軽く会釈を送ります。
なるほど、藤田さんの言いたい事が私にも判ってきました。
私は主に物理系ですし、芳蘭や睡虎は仙術の使用に専用の武具を必要とします。そこは除けるとして、他のみんなは様々な魔術を知っています。それらを登録して誰でも使えるようにしたい、というのが藤田さんのお願いなのでしょう。
私がそう言おうと口を開きかけた時、先んじてイリスが発言していました。邪魔をしてはいけないので慌てて言葉を飲み込みました。
「……しかし、仮に私達がスキルを登録したとしても、それを使えるのは呪文を知っている者に限られます。まさかとは思いますが、私達に呪文を開示しろと仰るつもりですか?」
「呪文が判れば使えるとも限らないけれど、それにしてもやっぱりねえ……魔術知識の独占はけしからんとか言われても困るよ。私達の魔術は特殊だから誰にでも使えるってものでもないし、だから誰にでも使える基準魔術を公開してるんだし」
「もちろんそんな事は言いません。スキルを登録してくれさえすれば、それだけでこの仮想世界は育っていくのです」
苦々しげに応じたイリスとメリナに対する藤田さんの答えは不可解でした。
世界が育つとはどういう事なのでしょう。
「この世界には現実と同じ物理法則が作用しています。しかし魔術に代表される非物理の法則はまだまだ不完全なのです。例えば……メリナさんとフェンルーさん、魔術統合機構のお二人は『炎の嵐』の術が考案された経緯を御存知ですね?」
「集団訓練中に『炎の壁』と『竜巻』が干渉した結果だったはず」
藤田さんの問い掛けにフェンルーが淡々と答えます。
二つの術が相互に干渉して思いもよらない効果に変じるのは良くある事です。魔術使いの部隊ではそんな事が起こらないように使用する術の種類を制限したりなどということもありました。
「現在の仮想世界でもその二つの術が同時に使用されれば同じ現象が起こります。ですが『炎の嵐』が登録される以前は違いました。それぞれの術に設定された攻撃力数値に従がって相殺現象が起こっていたのです。『炎の矢』と『風の刃』をぶつけ合った場合と同じ処理ですね」
「なるほど……炎の壁と竜巻に限っては相殺せずに相乗するという法則が無かったから……そして炎の嵐が登録される事でその魔術的な法則がこの世界に適用されたと」
「そうです。皆さんにスキルを登録して頂きたいのは、なにもそれ自体を広めて欲しいと言う意味ではありません。そこに含まれる法則によってこの世界をより現実に近付くように育てて欲しいからなのです」
……どうやら先ほど理解したと思ったのは早合点だったようですね。藤田さんはもっと深い事を考えていました。危ないところでした。先走って発言していたらとても恥かしい事になっていたでしょう。先に発言してくれたイリスに心の中で感謝の言葉を送っておきました。
「うーん……うん、そうか。これを使っている人達がもっとリアルな訓練をできるってだけじゃない。ここで新しい術が生まれるかもしれないんだ……これは面白いかも。魔術統合機構でも開発環境に使ってみようか?」
「お蔵入りしてる未完成の術も片っ端から登録した方が良いんじゃない? あれらだって世界の法則を形成する一部にはなるだろうし」
フェンルーとメリナが熱心に話しています。さすがは魔術の専門家です。
他のみんなも手近な相手と小声で話していますね。
纏まりなくなって来た場を締めるようにシシル様がパンパンと手を打ち鳴らしました。
「私は協力して良いと……ううん、協力するべきだと思う。さっきも言ったようにこの仮想世界は訓練用としては良くできてる。若い人たちが今よりも力を持ってくれれば私達も助かるのだし、断る理由はないでしょう」
シシル様が言うとみんな口々に同意の声を上げます。もちろん私も賛成です。
ただ……私は魔術を余り知りません。この世界に提供できる事も少ないですから肩身が狭いです。まあもともと大きな体なので少しばかり縮こまっても変わったようには見えないと思いますが。
了解を得られた藤田さんは見て判るほどに安堵しています。
エルダーの前に単身でやって来て堂々と主張する藤田さんを見て、なるほどミアの言うとおり豪胆な人なのだと思ったものですが、やはり精神的にかなりの負担があったのでしょう。最後までやり遂げた藤田さんはとても頑張りました。ミアとも良好な関係を築いているようですし、好感の持てる男性です。先ほどシシル様とミアに悪戯されている時にも紳士的に目を逸らせてくれましたし。
「それでは、いつまでもお邪魔していては悪いですから、登録の方法をお伝えして退散する事にします。皆さん、まずはメニューを開いて下さい」
藤田さんに言われるまま、私達はメニュー画面を開きました。胸の高さくらいに半透明のウィンドウが開きますが……。
「読めないわね」
「そうですね、全く読めません」
画面には色々な記号が滅茶苦茶に表示されています。ログインする時に見た画面と同じく文字化けしていました。藤田さんもメニューを見て「ここもなのか……」と困っています。私も困ってしまいます。ただでさえ不慣れな仮想空間だと言うのに、メニューが全く読めないのでは操作のしようがありません。
「参りましたね。現行のシステムにも大抵のフォントは含まれているのですが、持ち込みのデータに含まれていた言語情報が既存のフォントに当てはまらなかったようで……んん? そうか! ここのデータを送ってきたアリアンさんも先ほどの共通語というのを使うんじゃありませんか!?」
藤田さんは勢いこんで誰にともなく訊ねます。代表する形でシシル様が肯定すると、藤田さんは頻りに頷きを繰り返していました。どうやら文字化けの原因はアリアンだったようです。彼女はコンピューター関係には滅法強いので今回のサーバー開設に協力していました。記憶している光景を直接データに変換できる特異な能力を持っていますので、データの中身を共通語で書いてしまったのでしょうか。そんな単純な話ではないのかもしれませんが、藤田さんの言っている事からしてそれほど外れてはいないでしょう。
「だとすればアリアンさんから共通語のフォントを提供してもらえば文字化けは解消されます」
「アリアンなら今龍鳳にいます。一旦外に出て連絡するように伝えてきましょう」
そう言った芳蘭はメニュー画面を見たまま固まってしまいました。
あれはログアウトしようとして、文字化けのためにログアウトボタンが判らなかったのでしょう。「ええと……」と気まずそうに藤田さんを見る芳蘭。そんな芳蘭を藤田さんは身振りで制止していました。
「私のアバターは管理者用なのでここからでも外部に連絡できます。ただ事情を話すのはどなたかにお願いしたいのですが? 何しろデータはオンライン経由で送られてきたので直接の面識がありません」
「それなら私が話しましょう」
シシル様が請け合うと、藤田さんはメニュー画面に素早く指を滑らせていきます。新しいウィンドウがいくつも開いたりしています。彼の見ている画面も文字化けしているはずなのですが。
「配置は指が憶えています。目を瞑っていても操作できますよ」
不思議に思って見ていたらにこりと微笑みながらそう言ってきました。私の方を見ている間にも指の動きは止まりません。本当に見なくても操作できるのです。
藤田さんが最後の操作を行うと、即座に回線が繋がったようです。余りの素早さに藤田さんはビクッとして、「お願いします」とウィンドウをシシル様に向けました。
「アリアン?」
「……シシルですね。このアドレスは先日取り引きしたメーカーのものに似ていますが」
ウィンドウからアリアンの声がクリアに聞こえてきます。
シシル様が藤田さんの回線を利用している事や現在の文字化けしている状況を話すと、向こう側のアリアンは少し沈黙を返して来ました。
「……確認しました。確かに私が送ったデータは共通語を基本にしています。申し訳ありません。フォントの件は了解しました。すぐに送ります」
いつもながらの事務的な口調で一方的に告げると通話が切断されました。直後に藤田さんのウィンドウから電子音が鳴り響きます。
「え? もう来た!? いくらなんでも速過ぎる……」
「まあまあ、それがアリアンです。気にしないでください」
シシル様に言われても納得できない様子の藤田さんでしたが、それ以上の説明が無いと判ると諦めたようにウィンドウの操作を再開しました。
「それでは新しいフォントを入れてシステムを更新します。眩暈を感じると思いますのでそのつもりでいて下さい」
そして世界がぐらりと傾くような不思議な感覚がやってきて、周囲の風景や私達の体にも一瞬のノイズが走ります。思わずむむっと身構えましたが、それ以上には何も起こりません。
「更新は正常に終了しました。皆さんメニュー画面を確認してください」
おや、もう終わったようです。速いですね。
そして再びメニュー画面を開いてみると、懐かしい共通語の文字がきちんと表示されていました。読めます、と言うと、藤田さんは「僕の方からは確認できなかったもので」と苦笑いしています。藤田さんの方にも共通語で表示されていますが、彼にはやはり記号にしか見えないのでしょう。
もともと藤田さんは読めなくてもメニューを操作できますので、そのままスキル登録の方法を教えてくれました。
「判らない事があればヘルプ画面を利用するか、会社の方に連絡してください」
そう言い残して藤田さんはログアウトしていきました。




