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翌朝。
冒険者ギルドへ入ったリベルは、真っ先に依頼掲示板へ目を向けた。
そこには、見慣れた黒髪があった。
セラは腕を組み、何枚もの依頼票を順番に眺めている。
「おはよう」
声をかけると、セラが振り返った。
「遅い!」
「え?」
「もう結構見たよ!」
「いや、待ち合わせしてないだろ」
「それはそうだけど」
言いながら、セラはもう一度掲示板へ向き直る。
「これとかどう?」
指差した依頼票を、リベルも横から覗き込んだ。
「農地の周辺調査……」
「二人以上推奨だって」
「報酬は?」
「十二銀」
「悪くない?」
「でしょ?」
「もう決めたの?」
「一応まだ見てる!」
「報酬でほぼ決めてない?」
「内容も見てるって!」
セラが抗議する。
足元では、アリスが二人の間から掲示板を見上げていた。
書かれている内容が分かっているとは思えない。
それでも二人が同じものを見ているのが気になるのか、大きな耳だけはこちらへ向いている。
「アリス」
セラがしゃがみかける。
アリスが一歩下がった。
「……まだ駄目か」
「昨日より近いだろ」
「そうかな?」
「多分」
「また多分!」
リベルが笑う。
昨夜も、夕食を食べている間ずっとこんな調子だった。
昨日までと、何かが大きく変わったわけではない。
それでも、今朝、掲示板の前にいるのは一人ではなかった。
「おはようございます」
後ろから声がして、二人で振り返る。
受付からエレナがこちらを見ていた。
仕事中らしく、いつもの丁寧な口調。
ただ、二人が並んで依頼票を見ているのを確認すると、ほんのわずかに口元が緩んだ。
「今日は最初からお二人なんですね」
「うん」
「昨日からそうなった」
セラが答える。
「そうなった、というのは?」
「一緒にやることにした」
言ってから、セラは一度だけリベルを見る。
昨日のような迷いはなかった。
エレナは二人を見比べる。
「それなら、先にパーティー登録をしておいた方がいいですね」
「パーティー登録?」
リベルが首を傾げる。
「あ」
隣でセラが声を出した。
「そうだ。それやらないと」
「知ってたの?」
「知ってるよ。前に組んでた時も登録したことあるし」
「先に言ってくれよ」
「今思い出したんだからしょうがないでしょ?」
そう返してから、セラの指が腰の鎖へ軽く触れた。
ほんの一瞬。
すぐに手を離し、受付へ向かう。
「やろ!」
「うん」
リベルもその後を追った。
◇
エレナが受付台の下から一枚の用紙を取り出した。
「パーティーとして正式に登録すると、お二人で受けた依頼の履歴を、その組み合わせでの実績として残せるようになります」
「昨日みたいに、その場で一緒に受けるのとは違う?」
「共同受注だけでも、複数人で依頼を受けることはできます。ただ、それを何度繰り返しても、同じ組み合わせで活動しているパーティーとしての実績にはなりにくいんです」
「なるほど」
「正式に登録しておけば、複数人を条件にした依頼も受けやすくなりますし、依頼主から見ても、普段から一緒に活動している冒険者だと分かります」
リベルが用紙を覗き込む。
記入する場所は、それほど多くない。
構成員。
主な活動拠点。
その下に。
「パーティー名……」
「そこ大事!」
セラが横から覗き込んだ。
「そうなの?」
「大事でしょ!」
「名前なくても依頼はできそうだけど」
「そういう話じゃない!」
「名前は必要ですよ」
エレナがさらりと加える。
「エレナまで」
「識別のためです」
「理由が現実的だな」
「ギルドですから」
きっぱり返された。
「それと、もう一つ」
エレナが用紙の端を指す。
そこには、小さな空欄があった。
「正式に登録されたパーティーには、個人の冒険者等級とは別に、パーティーとしての信用を示す色が付きます」
「色?」
「はい。低い方から、《白》《黄》《青》《紫》《黒》です」
「あ、それもあったね」
セラが頷く。
「最初は《白》だよね?」
「そうです。結成したばかりのパーティーは、全て《白》から始まります」
「どうしたら上がるの?」
リベルが聞く。
「依頼の達成実績、活動の継続期間、連携面での評価、それから事故や違反の有無などを総合してギルドが判断します」
「強さとは別?」
「別です」
エレナは頷いた。
「個人の冒険者等級は、その冒険者本人の実績や信用を基準にします。こちらは、その組み合わせでどれだけ安定して仕事を任せられるか、という評価ですね」
「じゃあ」
リベルは少し考える。
「全員が甲級でも、今日初めて組んだら《白》?」
「そうなります」
「へえ……」
少し面白い。
一人一人がどれだけ強いかではなく、一緒に動いた時どれだけ信用できるか。
昨日正式に組んだばかりの自分たちなら、確かにまだ何もない。
「《黒》ってどのくらいいるの?」
「気になります?」
「気になる」
「やっぱり」
セラが横から笑う。
エレナが答えようとした、その時。
「何の話してんだ?」
聞き慣れた声が飛んできた。
入口を見る。
ガルド。
その後ろから、ミアとセイルも入ってくる。
「おはよー!」
ミアが大きく手を振った。
そのままリベルとセラを見て、少し目を丸くする。
「二人一緒じゃん」
「昨日から一緒にやることになった」
セラが答えた。
ミアの足が止まる。
「えっ」
次の瞬間。
「ほんとに!?」
「何その反応」
「だって、この前は断ってたじゃん!」
「何で知ってるの!?」
「リベルから聞いた」
セラが勢いよくこちらを見る。
「言ったの!?」
「隠すことでもないと思って」
「そうだけど!」
ガルドが笑いながら受付へ近づいてくる。
「で、今度は正式に組むって?」
「そう」
「へえ」
二人を順番に見る。
それから。
「良かったじゃねえか」
それだけだった。
理由を聞くこともない。
セラは一瞬だけ黙る。
「……うん」
短く答えた。
セイルの視線が、受付台の用紙へ落ちる。
「パーティー登録か」
「今、色の話してた」
リベルが言う。
「ガルドたちは何色?」
「俺ら?」
ガルドが親指で自分を指す。
答えたのはエレナだった。
「《ジニア》は、現在《黄》ですね」
「ジニア?」
リベルが聞き返す。
隣でセラも首を傾げた。
「何それ?」
ガルドが少し意外そうに眉を上げる。
「そういや言ってなかったか」
「聞いてない」
「私も」
ミアが胸を張った。
「私たちのパーティー名! 《ジニア》!」
「何でジニア?」
「花の名前!」
「それは何となく分かった」
「意味もあるんだよ」
ミアが続けようとしたところでセイルが静かに口を開く。
「絆。あとは、いつまでも変わらない心」
「……セイルが付けたの?」
「違う」
「即答した」
「ミアだ」
「私!」
また胸を張る。
「ガルドが考えたら絶対変な名前になるから!」
「おい」
「前に何て言ってたっけ?」
「忘れた」
「《鉄壁なんとか》」
「忘れろ」
「覚えてるじゃん」
セラが吹き出した。
「ジニアで良かったね」
「お前まで言うな!」
受付前に笑い声が広がる。
セイルだけはいつもの顔をしていたが、よく見ると口元が少しだけ緩んでいた。
そのやり取りを見ながら、リベルはもう一度登録用紙へ目を落とす。
「じゃあ、俺たちも決めないと駄目か」
「だから最初から言ってるでしょ!」
セラが隣へ戻ってくる。
「何がいい?」
「急に聞かれても……」
「リベルが誘ったんだから、何かないの?」
「そこまで考えて誘ってないよ」
「考えといてよ!」
「昨日の時点でパーティー名が必要だって知らなかったんだけど!」
「昨日ご飯食べてる時に――」
「だから知らなかったって!」
「あ、そっか」
「納得早いな」
ミアが横から覗き込む。
「花の名前にする?」
「《ジニア》と被らない?」
「別にいいでしょ。花の名前のパーティーなんて他にもいるよ」
「名称は自由です」
エレナも補足する。
「ただし、既に登録されているものと完全に同じ名前は使えません」
「余計迷うな……」
リベルが用紙を見る。
何か、二人に合う名前。
昨日、仲間になったばかりだ。
そんなものが簡単に浮かぶはずもない。
隣を見る。
セラも黙っていた。
珍しく、すぐには何も言わない。
「…………」
しばらくして。
「あ」
小さく声がした。
「何か思いついた?」
「一個だけ」
「何?」
セラは少し考えてから口を開いた。
「《プロテア》」
「プロテア?」
聞いたことのない名前だった。
「花だよ」
「やっぱり花なんだ」
「子どもの頃、家に来た旅人から聞いたことあるの」
セラの声が少し弾む。
「南の暖かいところに咲く花でね。種類によって、色も形もかなり違うんだって。同じ花の仲間なのに、全然違って見えるものもあるらしいよ」
「へえ」
「それで――」
一度、言葉を切る。
「その花の意味が、《自由自在》」
「…………」
リベルはセラを見る。
セラもこちらを見る。
何か深い理由を説明するわけでもない。
ただ。
「どう?」
そう聞いた。
自由自在。
行きたい場所へ行く。
知らないものを見る。
気になれば、自分で確かめる。
やりたいことを、自分で決める。
「……いいな」
「ほんと?」
「うん」
自然と笑う。
「俺、それがいい」
「よし!」
セラがすぐにエレナへ向き直った。
「《プロテア》で!」
「確認しますね」
エレナが登録簿を開く。
何枚か頁をめくり、名前を順番に確認していく。
その間も、ガルドたちは何となくその場に残っていた。
「プロテアか」
ガルドが言う。
「悪くねえな」
「可愛い!」
ミアも続く。
「セラっぽい!」
「俺は?」
「リベルは……まあ、自由そう」
「適当だろ」
「自由自在っていうより、好き勝手?」
「ミア」
「何?」
「それ多分、褒めてない」
セイルの指摘に、また笑いが起きる。
「違うって! 半分は褒めてる!」
「半分だけ?」
「ほら褒めてないじゃん」
そんなやり取りをしているうちに、エレナの指が止まった。
「同名の登録はありません」
登録用紙を自分の方へ引き寄せる。
ペン先が紙へ触れた。
「では、《プロテア》で登録します」
さらさらと文字が書かれていく。
パーティー名――《プロテア》。
構成員――リベル、セラ。
活動拠点――フィンリス。
そして
色――《白》。
「これで登録は完了です」
「終わり?」
「終わりです」
「意外と早いな」
リベルが言うと、セラが笑った。
「何かもっと大袈裟なの期待してた?」
「してないけど」
「じゃあいいでしょ」
「そうだけど」
紙に名前が二つ書かれただけ。
何か特別な音が鳴るわけでもない。
自分たちの身体に印が付くわけでもない。
それでも。
《プロテア》。
その下に並んだ二つの名前を見ていると、少しだけ妙な感じがした。
「……あれ?」
セラが声を上げた。
「どうした?」
「アリスは?」
足元を見る。
話が長くなったせいか、アリスは受付台の横で座り込んでいた。
大きな尻尾が、ゆっくり床を撫でている。
「アリスも一緒なんだけど」
「冒険者としての構成員には登録できません」
エレナが答える。
「ただ、既にリベルさんの同行個体として届け出がありますので、《プロテア》の同行情報にも紐づけられますよ」
「じゃあ入れて!」
セラが即答した。
リベルが横を見る。
「俺より早いな」
「だって一緒でしょ?」
「まあ、そうだけど」
「本人に聞く?」
「聞いてみるか」
リベルはアリスを見る。
「アリス」
大きな耳が動いた。
少しだけ意識を集中する。
《共律》。
繋がりは、以前よりずっと自然になっていた。
言葉そのものが伝わるわけではない。
自分。
セラ。
一緒にいる。
これからも一緒に動く。
そんなことを意識してみる。
「《プロテア》、一緒に入る?」
アリスはこちらを見た。
返ってきたのは、わずかな好奇心。
それから立ち上がる。
リベルの足元まで来て、鼻先で靴を一度嗅いだ。
そのまま隣のセラを見る。
「……これ、どっち?」
「嫌ではなさそう」
「ほんと?」
「多分」
「また多分!」
「感情しか分からないんだからしょうがないだろ!」
アリスから、微かな困惑が返ってきた。
「あ、ごめん。アリスに怒ってるんじゃないから」
「今の伝わるの?」
「多分」
「また!」
エレナが笑いを堪えながら、記録へ一行を書き加えた。
「では、同行個体――アリス、と」
セラがその文字を覗き込む。
「よし」
「何が?」
「三人いる」
当然のように言った。
リベルはアリスを見る。
本人は何も気にしていないのか、前脚で耳の付け根を掻き始めている。
「……まあ、三人か」
「三人!」
「冒険者は二人だけど」
「でも三人」
「分かったって」
「キュ」
「ほら!」
「今の絶対関係ないだろ」
セラは満足そうだった。
「とりあえず《白》からだな」
ガルドが腕を組む。
「《ジニア》は《黄》なんだろ?」
「ああ」
「すぐ追いつく!」
セラが言った。
「お、言ったな?」
「追い越すかも!」
「いいね!」
ミアが楽しそうに乗る。
セイルだけが冷静だった。
「《黄》になるまでの実績は、それなりに必要だよ」
「じゃあ頑張る!」
「色を上げるために無茶するなよ」
ガルドが言う。
「依頼をちゃんとやってりゃ、そのうち勝手に上がる」
「分かった」
セラが頷く。
リベルも横で頷いた。
色そのものが目的という感じはしない。
でも、自分たちがどこまで行くのか。
その結果として色が変わっていくなら、それは少し見てみたい。
「まあ、好きにやれ」
ガルドが笑う。
「困ったら聞け」
「分かった」
「でも何でも聞くなよ。自分らでも考えろ」
「どっちだよ」
「程度の話だ!」
「雑!」
ミアの声が響いた。
その時。
エレナが受付台を指で軽く叩く。
「皆さん」
「ん?」
「話すのは構いませんが、受付を塞がないでください」
「あ」
全員で横を見る。
いつの間にか、後ろに別の冒険者が待っていた。
「悪い」
ガルドが真っ先に退く。
「すみません」
「ごめんなさい!」
それぞれ場所を空ける。
「じゃあ、俺たちは行くぞ」
ガルドが言う。
「依頼?」
「ああ」
「どこ?」
「お前らも自分の決めろ」
「教えてくれてもいいだろ」
「ついてくる気か?」
「行かないけど」
「なら聞くな!」
最後までそんなやり取りをしながら。
ガルドたち《ジニア》は、依頼票を一枚持って受付の反対側へ歩いていった。
◇
「で」
依頼掲示板の前。
さっきと同じ場所へ、リベルとセラは戻ってきた。
足元にはアリス。
何も変わっていない。
掲示板も。
並んだ依頼票も。
朝のギルドの騒がしさも。
ただ。
「《プロテア》最初の依頼、どれにする?」
セラが言った。
それだけで、さっきとは少し違って見えた。
「十二銀のやつじゃなかった?」
「一応全部見る!」
「報酬しか見てなかっただろ」
「内容も見てた!」
「ほんとに?」
「見てたって!」
リベルも掲示板へ目を戻す。
採取。
護衛。
調査。
討伐。
今までも何度も見てきた依頼票。
その中を順番に見ていく。
「……これ気になる」
「どれ?」
セラがすぐ横へ寄ってくる。
「川沿いで、見たことない跡が見つかったから調べてほしいって」
「報酬、九銀」
「でも見たことない跡だって」
「十二銀の方が高いよ?」
「でも、何の跡か分かってない」
「三銀違うよ?」
「気になる」
「…………」
セラが黙った。
もう一度、依頼票を見る。
「何の跡?」
「分からないから調べるんじゃない?」
「それはそうだけど」
「気にならない?」
「…………」
少しだけ間があった。
「……ちょっと気になる」
「だろ?」
「でも十二銀も捨てがたい」
「両方やる?」
「場所、逆方向!」
「ああ」
「ちゃんと見て!」
リベルが笑う。
セラも、少し遅れて笑った。
「アリスはどっちがいい?」
「それ聞く意味ある?」
「ある!」
セラがしゃがむ。
「九銀の謎の跡か、十二銀の農地調査!」
アリスはセラを見る。
次にリベル。
少しの間、二人を交互に見て、何事もなかったように床の匂いを嗅ぎ始めた。
「興味ないって」
「まだ分かんない!」
「分かるだろ」
「キュ」
「ほら何か言った!」
「絶対依頼の話じゃないって」
昨日までと同じギルド。
昨日までと同じ掲示板。
同じように並んだ依頼票。
その前で、リベルは少しだけ笑った。
結成したばかりの《プロテア》は、まだ《白》。
実績もない。
有名な名前でもない。
二人の戦い方だって、まだ出来上がったばかりだった。
いるのは二人の冒険者と、一匹の同行者。
そして、次にどこへ行くのかをこれから自分たちで選べることだけだった。




