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WILD HEART  作者: 日向 トキ
第三章 選んだ場所

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31/32

➉

 翌朝。

 冒険者ギルドへ入ったリベルは、真っ先に依頼掲示板へ目を向けた。

 そこには、見慣れた黒髪があった。

 セラは腕を組み、何枚もの依頼票を順番に眺めている。


「おはよう」


 声をかけると、セラが振り返った。


「遅い!」


「え?」


「もう結構見たよ!」


「いや、待ち合わせしてないだろ」


「それはそうだけど」


 言いながら、セラはもう一度掲示板へ向き直る。


「これとかどう?」


 指差した依頼票を、リベルも横から覗き込んだ。


「農地の周辺調査……」


「二人以上推奨だって」


「報酬は?」


「十二銀」


「悪くない?」


「でしょ?」


「もう決めたの?」


「一応まだ見てる!」


「報酬でほぼ決めてない?」


「内容も見てるって!」


 セラが抗議する。

 足元では、アリスが二人の間から掲示板を見上げていた。

 書かれている内容が分かっているとは思えない。

 それでも二人が同じものを見ているのが気になるのか、大きな耳だけはこちらへ向いている。


「アリス」


 セラがしゃがみかける。

 アリスが一歩下がった。


「……まだ駄目か」


「昨日より近いだろ」


「そうかな?」


「多分」


「また多分!」


 リベルが笑う。

 昨夜も、夕食を食べている間ずっとこんな調子だった。

 昨日までと、何かが大きく変わったわけではない。

 それでも、今朝、掲示板の前にいるのは一人ではなかった。


「おはようございます」


 後ろから声がして、二人で振り返る。

 受付からエレナがこちらを見ていた。

 仕事中らしく、いつもの丁寧な口調。

 ただ、二人が並んで依頼票を見ているのを確認すると、ほんのわずかに口元が緩んだ。


「今日は最初からお二人なんですね」


「うん」


「昨日からそうなった」


 セラが答える。


「そうなった、というのは?」


「一緒にやることにした」


 言ってから、セラは一度だけリベルを見る。

 昨日のような迷いはなかった。

 エレナは二人を見比べる。


「それなら、先にパーティー登録をしておいた方がいいですね」


「パーティー登録?」


 リベルが首を傾げる。


「あ」


 隣でセラが声を出した。


「そうだ。それやらないと」


「知ってたの?」


「知ってるよ。前に組んでた時も登録したことあるし」


「先に言ってくれよ」


「今思い出したんだからしょうがないでしょ?」


 そう返してから、セラの指が腰の鎖へ軽く触れた。

 ほんの一瞬。

 すぐに手を離し、受付へ向かう。


「やろ!」


「うん」


 リベルもその後を追った。


     ◇


 エレナが受付台の下から一枚の用紙を取り出した。


「パーティーとして正式に登録すると、お二人で受けた依頼の履歴を、その組み合わせでの実績として残せるようになります」


「昨日みたいに、その場で一緒に受けるのとは違う?」


「共同受注だけでも、複数人で依頼を受けることはできます。ただ、それを何度繰り返しても、同じ組み合わせで活動しているパーティーとしての実績にはなりにくいんです」


「なるほど」


「正式に登録しておけば、複数人を条件にした依頼も受けやすくなりますし、依頼主から見ても、普段から一緒に活動している冒険者だと分かります」


 リベルが用紙を覗き込む。

 記入する場所は、それほど多くない。

 構成員。

 主な活動拠点。

 その下に。


「パーティー名……」


「そこ大事!」


 セラが横から覗き込んだ。


「そうなの?」


「大事でしょ!」


「名前なくても依頼はできそうだけど」


「そういう話じゃない!」


「名前は必要ですよ」


 エレナがさらりと加える。


「エレナまで」


「識別のためです」


「理由が現実的だな」


「ギルドですから」


 きっぱり返された。


「それと、もう一つ」


 エレナが用紙の端を指す。

 そこには、小さな空欄があった。


「正式に登録されたパーティーには、個人の冒険者等級とは別に、パーティーとしての信用を示す色が付きます」


「色?」


「はい。低い方から、《白》《黄》《青》《紫》《黒》です」


「あ、それもあったね」


 セラが頷く。


「最初は《白》だよね?」


「そうです。結成したばかりのパーティーは、全て《白》から始まります」


「どうしたら上がるの?」


 リベルが聞く。


「依頼の達成実績、活動の継続期間、連携面での評価、それから事故や違反の有無などを総合してギルドが判断します」


「強さとは別?」


「別です」


 エレナは頷いた。


「個人の冒険者等級は、その冒険者本人の実績や信用を基準にします。こちらは、その組み合わせでどれだけ安定して仕事を任せられるか、という評価ですね」


「じゃあ」


 リベルは少し考える。


「全員が甲級でも、今日初めて組んだら《白》?」


「そうなります」


「へえ……」


 少し面白い。

 一人一人がどれだけ強いかではなく、一緒に動いた時どれだけ信用できるか。

 昨日正式に組んだばかりの自分たちなら、確かにまだ何もない。


「《黒》ってどのくらいいるの?」


「気になります?」


「気になる」


「やっぱり」


 セラが横から笑う。

 エレナが答えようとした、その時。


「何の話してんだ?」


 聞き慣れた声が飛んできた。

 入口を見る。

 ガルド。

 その後ろから、ミアとセイルも入ってくる。


「おはよー!」


 ミアが大きく手を振った。

 そのままリベルとセラを見て、少し目を丸くする。


「二人一緒じゃん」


「昨日から一緒にやることになった」


 セラが答えた。

 ミアの足が止まる。


「えっ」


 次の瞬間。


「ほんとに!?」


「何その反応」


「だって、この前は断ってたじゃん!」


「何で知ってるの!?」


「リベルから聞いた」


 セラが勢いよくこちらを見る。


「言ったの!?」


「隠すことでもないと思って」


「そうだけど!」


 ガルドが笑いながら受付へ近づいてくる。


「で、今度は正式に組むって?」


「そう」


「へえ」


 二人を順番に見る。

 それから。


「良かったじゃねえか」


 それだけだった。

 理由を聞くこともない。

 セラは一瞬だけ黙る。


「……うん」


 短く答えた。

 セイルの視線が、受付台の用紙へ落ちる。


「パーティー登録か」


「今、色の話してた」


 リベルが言う。


「ガルドたちは何色?」


「俺ら?」


 ガルドが親指で自分を指す。

 答えたのはエレナだった。


「《ジニア》は、現在《黄》ですね」


「ジニア?」


 リベルが聞き返す。

 隣でセラも首を傾げた。


「何それ?」


 ガルドが少し意外そうに眉を上げる。


「そういや言ってなかったか」


「聞いてない」


「私も」


 ミアが胸を張った。


「私たちのパーティー名! 《ジニア》!」


「何でジニア?」


「花の名前!」


「それは何となく分かった」


「意味もあるんだよ」


 ミアが続けようとしたところでセイルが静かに口を開く。


「絆。あとは、いつまでも変わらない心」


「……セイルが付けたの?」


「違う」


「即答した」


「ミアだ」


「私!」


 また胸を張る。


「ガルドが考えたら絶対変な名前になるから!」


「おい」


「前に何て言ってたっけ?」


「忘れた」


「《鉄壁なんとか》」


「忘れろ」


「覚えてるじゃん」


 セラが吹き出した。


「ジニアで良かったね」


「お前まで言うな!」


 受付前に笑い声が広がる。

 セイルだけはいつもの顔をしていたが、よく見ると口元が少しだけ緩んでいた。

 そのやり取りを見ながら、リベルはもう一度登録用紙へ目を落とす。


「じゃあ、俺たちも決めないと駄目か」


「だから最初から言ってるでしょ!」


 セラが隣へ戻ってくる。


「何がいい?」


「急に聞かれても……」


「リベルが誘ったんだから、何かないの?」


「そこまで考えて誘ってないよ」


「考えといてよ!」


「昨日の時点でパーティー名が必要だって知らなかったんだけど!」


「昨日ご飯食べてる時に――」


「だから知らなかったって!」


「あ、そっか」


「納得早いな」


 ミアが横から覗き込む。


「花の名前にする?」


「《ジニア》と被らない?」


「別にいいでしょ。花の名前のパーティーなんて他にもいるよ」


「名称は自由です」


 エレナも補足する。


「ただし、既に登録されているものと完全に同じ名前は使えません」


「余計迷うな……」


 リベルが用紙を見る。

 何か、二人に合う名前。

 昨日、仲間になったばかりだ。

 そんなものが簡単に浮かぶはずもない。


 隣を見る。

 セラも黙っていた。

 珍しく、すぐには何も言わない。


「…………」


 しばらくして。


「あ」


 小さく声がした。


「何か思いついた?」


「一個だけ」


「何?」


 セラは少し考えてから口を開いた。


「《プロテア》」


「プロテア?」


 聞いたことのない名前だった。


「花だよ」


「やっぱり花なんだ」


「子どもの頃、家に来た旅人から聞いたことあるの」


 セラの声が少し弾む。


「南の暖かいところに咲く花でね。種類によって、色も形もかなり違うんだって。同じ花の仲間なのに、全然違って見えるものもあるらしいよ」


「へえ」


「それで――」


 一度、言葉を切る。


「その花の意味が、《自由自在》」


「…………」


 リベルはセラを見る。

 セラもこちらを見る。

 何か深い理由を説明するわけでもない。

 ただ。


「どう?」


 そう聞いた。


 自由自在。

 行きたい場所へ行く。

 知らないものを見る。

 気になれば、自分で確かめる。

 やりたいことを、自分で決める。


「……いいな」


「ほんと?」


「うん」


 自然と笑う。


「俺、それがいい」


「よし!」


 セラがすぐにエレナへ向き直った。


「《プロテア》で!」


「確認しますね」


 エレナが登録簿を開く。

 何枚か頁をめくり、名前を順番に確認していく。

 その間も、ガルドたちは何となくその場に残っていた。


「プロテアか」


 ガルドが言う。


「悪くねえな」


「可愛い!」


 ミアも続く。


「セラっぽい!」


「俺は?」


「リベルは……まあ、自由そう」


「適当だろ」


「自由自在っていうより、好き勝手?」


「ミア」


「何?」


「それ多分、褒めてない」


 セイルの指摘に、また笑いが起きる。


「違うって! 半分は褒めてる!」


「半分だけ?」


「ほら褒めてないじゃん」


 そんなやり取りをしているうちに、エレナの指が止まった。


「同名の登録はありません」


 登録用紙を自分の方へ引き寄せる。

 ペン先が紙へ触れた。


「では、《プロテア》で登録します」


 さらさらと文字が書かれていく。


 パーティー名――《プロテア》。

 構成員――リベル、セラ。

 活動拠点――フィンリス。


 そして

 色――《白》。


「これで登録は完了です」


「終わり?」


「終わりです」


「意外と早いな」


 リベルが言うと、セラが笑った。


「何かもっと大袈裟なの期待してた?」


「してないけど」


「じゃあいいでしょ」


「そうだけど」


 紙に名前が二つ書かれただけ。

 何か特別な音が鳴るわけでもない。

 自分たちの身体に印が付くわけでもない。

 それでも。


 《プロテア》。

 その下に並んだ二つの名前を見ていると、少しだけ妙な感じがした。


「……あれ?」


 セラが声を上げた。


「どうした?」


「アリスは?」


 足元を見る。

 話が長くなったせいか、アリスは受付台の横で座り込んでいた。

 大きな尻尾が、ゆっくり床を撫でている。


「アリスも一緒なんだけど」


「冒険者としての構成員には登録できません」


 エレナが答える。


「ただ、既にリベルさんの同行個体として届け出がありますので、《プロテア》の同行情報にも紐づけられますよ」


「じゃあ入れて!」


 セラが即答した。

 リベルが横を見る。


「俺より早いな」


「だって一緒でしょ?」


「まあ、そうだけど」


「本人に聞く?」


「聞いてみるか」


 リベルはアリスを見る。


「アリス」


 大きな耳が動いた。

 少しだけ意識を集中する。


《共律》。

 繋がりは、以前よりずっと自然になっていた。

 言葉そのものが伝わるわけではない。


 自分。

 セラ。

 一緒にいる。

 これからも一緒に動く。

 そんなことを意識してみる。


「《プロテア》、一緒に入る?」


 アリスはこちらを見た。

 返ってきたのは、わずかな好奇心。

 それから立ち上がる。

 リベルの足元まで来て、鼻先で靴を一度嗅いだ。

 そのまま隣のセラを見る。


「……これ、どっち?」


「嫌ではなさそう」


「ほんと?」


「多分」


「また多分!」


「感情しか分からないんだからしょうがないだろ!」


 アリスから、微かな困惑が返ってきた。


「あ、ごめん。アリスに怒ってるんじゃないから」


「今の伝わるの?」


「多分」


「また!」


 エレナが笑いを堪えながら、記録へ一行を書き加えた。


「では、同行個体――アリス、と」


 セラがその文字を覗き込む。


「よし」


「何が?」


「三人いる」


 当然のように言った。

 リベルはアリスを見る。

 本人は何も気にしていないのか、前脚で耳の付け根を掻き始めている。


「……まあ、三人か」


「三人!」


「冒険者は二人だけど」


「でも三人」


「分かったって」


「キュ」


「ほら!」


「今の絶対関係ないだろ」


 セラは満足そうだった。


「とりあえず《白》からだな」


 ガルドが腕を組む。


「《ジニア》は《黄》なんだろ?」


「ああ」


「すぐ追いつく!」


 セラが言った。


「お、言ったな?」


「追い越すかも!」


「いいね!」


 ミアが楽しそうに乗る。

 セイルだけが冷静だった。


「《黄》になるまでの実績は、それなりに必要だよ」


「じゃあ頑張る!」


「色を上げるために無茶するなよ」


 ガルドが言う。


「依頼をちゃんとやってりゃ、そのうち勝手に上がる」


「分かった」


 セラが頷く。

 リベルも横で頷いた。

 色そのものが目的という感じはしない。


 でも、自分たちがどこまで行くのか。

 その結果として色が変わっていくなら、それは少し見てみたい。


「まあ、好きにやれ」


 ガルドが笑う。


「困ったら聞け」


「分かった」


「でも何でも聞くなよ。自分らでも考えろ」


「どっちだよ」


「程度の話だ!」


「雑!」


 ミアの声が響いた。

 その時。

 エレナが受付台を指で軽く叩く。


「皆さん」


「ん?」


「話すのは構いませんが、受付を塞がないでください」


「あ」


 全員で横を見る。

 いつの間にか、後ろに別の冒険者が待っていた。


「悪い」


 ガルドが真っ先に退く。


「すみません」


「ごめんなさい!」


 それぞれ場所を空ける。


「じゃあ、俺たちは行くぞ」


 ガルドが言う。


「依頼?」


「ああ」


「どこ?」


「お前らも自分の決めろ」


「教えてくれてもいいだろ」


「ついてくる気か?」


「行かないけど」


「なら聞くな!」


 最後までそんなやり取りをしながら。

 ガルドたち《ジニア》は、依頼票を一枚持って受付の反対側へ歩いていった。


     ◇


「で」


 依頼掲示板の前。

 さっきと同じ場所へ、リベルとセラは戻ってきた。

 足元にはアリス。

 何も変わっていない。


 掲示板も。

 並んだ依頼票も。

 朝のギルドの騒がしさも。

 ただ。


「《プロテア》最初の依頼、どれにする?」


 セラが言った。

 それだけで、さっきとは少し違って見えた。


「十二銀のやつじゃなかった?」


「一応全部見る!」


「報酬しか見てなかっただろ」


「内容も見てた!」


「ほんとに?」


「見てたって!」


 リベルも掲示板へ目を戻す。

 採取。

 護衛。

 調査。

 討伐。

 今までも何度も見てきた依頼票。

 その中を順番に見ていく。


「……これ気になる」


「どれ?」


 セラがすぐ横へ寄ってくる。


「川沿いで、見たことない跡が見つかったから調べてほしいって」


「報酬、九銀」


「でも見たことない跡だって」


「十二銀の方が高いよ?」


「でも、何の跡か分かってない」


「三銀違うよ?」


「気になる」


「…………」


 セラが黙った。


 もう一度、依頼票を見る。


「何の跡?」


「分からないから調べるんじゃない?」


「それはそうだけど」


「気にならない?」


「…………」


 少しだけ間があった。


「……ちょっと気になる」


「だろ?」


「でも十二銀も捨てがたい」


「両方やる?」


「場所、逆方向!」


「ああ」


「ちゃんと見て!」


 リベルが笑う。

 セラも、少し遅れて笑った。


「アリスはどっちがいい?」


「それ聞く意味ある?」


「ある!」


 セラがしゃがむ。


「九銀の謎の跡か、十二銀の農地調査!」


 アリスはセラを見る。

 次にリベル。

 少しの間、二人を交互に見て、何事もなかったように床の匂いを嗅ぎ始めた。


「興味ないって」


「まだ分かんない!」


「分かるだろ」


「キュ」


「ほら何か言った!」


「絶対依頼の話じゃないって」


 昨日までと同じギルド。

 昨日までと同じ掲示板。

 同じように並んだ依頼票。

 その前で、リベルは少しだけ笑った。


 結成したばかりの《プロテア》は、まだ《白》。

 実績もない。

 有名な名前でもない。

 二人の戦い方だって、まだ出来上がったばかりだった。


 いるのは二人の冒険者と、一匹の同行者。

 そして、次にどこへ行くのかをこれから自分たちで選べることだけだった。

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