⑨
それから、数日が過ぎた。
セラとは、ギルドで何度か顔を合わせた。
「おはよう」
「おはよ」
話しかければ、いつも通り返ってくる。
少し立ち話をすることもある。
「今日は何受けるの?」
「採取の護衛」
「そっか。俺はガルク」
「また?」
「ちょうどいいんだよ」
「そのうち顔覚えられるんじゃない?」
「それは嫌だな……」
そんな話をして。
「じゃあ、気をつけてね」
「セラもな」
「うん。またね」
一緒に依頼を受けることはなかった。
避けられている、というわけでもない。
ただ、掲示板の前で会っても、セラは自分の依頼を選び、リベルも自分の依頼を選ぶ。
『しばらく、一緒の依頼はやめとく』
そう決めたのはセラだ。
リベルから頼むつもりはなかった。
◇
数日後。
「お、来たな!」
冒険者ギルドへ入ったところで聞き覚えのある声が飛んできた。
「……マルク?」
「何だその顔」
「いや、久しぶりだなって」
「数日しか経ってねえよ」
「そうだっけ?」
「お前、時間の感覚どうなってんだ」
受付近くに立っていたマルクが呆れたように笑う。
その横にはエレナもいた。
「ちょうどよかったです、リベルさん」
「何?」
「マルクさんから指名依頼が来ています」
「俺に?」
「ああ。また護衛頼みたい」
「また?」
「嫌そうに言うなよ」
「嫌じゃないけど、前に襲われたし」
「だからだよ」
マルクが少し声を落とした。
「前の件、商会でも一応調べてる。あの箱の中身をどこから聞いたのか、誰が狙わせたのか。まだ何も分かってねえけどな」
「そっか」
「今回は前と同じ場所じゃない。ただ、近い方面に荷を運ぶ」
「それで俺?」
「実際に襲われた時、荷を守ってくれただろ。知らねえ奴に一から説明するより楽なんだよ」
「なるほど」
マルクの視線が、リベルの横へ落ちる。
アリスが見上げていた。
「そいつも相変わらず一緒か」
「アリス」
「名前は覚えてる」
「ならよし」
「何で上からなんだよ」
言い返してから、マルクは少しだけ表情を変えた。
「で、できればもう一人にも頼みたい」
「もう一人?」
エレナが答える。
「セラさんです」
「……セラ?」
「ああ。前に二人で守ってくれただろ?」
リベルは少し黙った。
「セラは?」
「まだ返事をもらっていません」
「そっか」
「無理なら、別の冒険者を――」
「私いるよ」
背後から声がした。
振り返る。
セラが立っていた。
「あ」
「……おはよう」
「おはよ」
数日前から何度も交わした挨拶。
ただ。
セラの視線が、一瞬だけリベルの左腕へ落ちた。
傷はもうほとんど塞がっている。
薄く布を巻いているだけだ。
マルクが手を上げる。
「ちょうどいい。セラにも護衛頼みたいんだ」
「護衛?」
「ああ。前とは別の荷だが、方向は近い」
「…………」
セラの指が、腰の鎖へ触れた。
視線が依頼書へ落ちる。
それから。
ほんの少しだけ、リベルを見る。
「セラ」
「何?」
「嫌なら俺外れるよ」
「……え?」
セラが顔を上げた。
「マルクは前と同じ二人がいいんだろうけど、俺じゃなきゃ駄目ってわけじゃないだろ?」
「まあな」
マルクもすぐ頷く。
「無理に二人でやれって話じゃねえ。前に一緒だったから声かけただけだ」
「だって」
リベルは掲示板を見る。
「俺は別の依頼探せばいいし」
「…………」
「じゃ――」
「待って」
歩き出そうとしたところで呼び止められた。
「ん?」
セラは少し視線を落とした。
しばらく黙ってから。
「……今回だけなら」
「いいの?」
「護衛だし」
セラがマルクを見る。
「前もずっと戦ってたわけじゃないから」
「まあな」
「それに、知ってる人の方がやりやすいのは私も同じだし」
もう一度、リベルを見る。
「ただ」
「うん?」
「前より、ちゃんと周り見て」
「分かった」
即答した。
「……ほんとに?」
「ほんとほんと」
「それ私の」
「知ってる」
セラの口元が少しだけ緩む。
「じゃあ、受ける」
「よし!」
マルクが手を叩いた。
「話が早くて助かる」
「ちなみに報酬は?」
「そこ最初に聞くようになったな」
「大事だろ」
「冒険者らしくなったのか、金に細かくなったのか分かんねえな」
「前に借金してたからな」
「妙な説得力出すなよ」
横でエレナが笑った。
◇
フィンリスを出る。
今回も、マルクの荷車を中心に街道を進んだ。
リベルは右側。
セラは左側。
アリスは荷車の少し後ろをついてくる。
「……何か」
しばらく歩いてから、リベルが言った。
「前と似てるな」
「そう?」
荷車の向こうからセラの声が返ってくる。
「マルクいて、俺いて、セラいて」
「アリスは前いなかったけど」
「いたよ」
「え?」
「あの時も遠くからついてきてた」
「……あ、そっか」
セラが荷車の後ろを覗く。
「アリス」
声を掛ける。
大きな耳が一度だけ動いた。
「あ」
「反応しただけだぞ」
「前よりいい!」
「基準低くない?」
「そのうち触るから」
「逃げられないようにね」
「分かってるって」
セラが笑う。
リベルも自然と笑った。
ギルドで話していなかったわけではない。
でも、こうして同じ道を歩きながら、どうでもいい話をするのは久しぶりな気がした。
「そういえば」
セラが荷車の横から顔を出す。
「腕、ほんとに大丈夫?」
「もうほとんど治ったよ」
「見せて」
「今?」
「今」
「歩きながら?」
「ちょっと袖上げるだけでしょ」
「無茶言うなあ」
荷車の速度に合わせながら袖を少しまくる。
薄い布が見えた。
「ほら」
「……ほんとに?」
「疑ってたの?」
「ちょっと」
「信用ないな」
「誰かさん、怪我してても大丈夫って言いそうだし」
「それセラもじゃない?」
「私は言わない」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「絶対言うやつだ」
「うるさい」
セラがまた笑う。
ただ。
最後にもう一度だけ、傷へ視線を落とした。
◇
目的地まで半分ほど来た頃。
街道は少し狭くなっていた。
荷車が通るには十分だが、左右には草と低い木々が迫っている。
右側には木立。
左側は少し開けているものの、その先には大きな岩がいくつか転がっていた。
「この辺、前より狭いな」
マルクが手綱を握ったまま言う。
「通れる?」
「荷車ならな。商会も使ってる道だ」
リベルは周囲を見る。
その時。
後ろを歩いていたアリスの耳が立った。
「……ん?」
《共律》から、微かな緊張。
リベルが足を止める。
「マルク」
「何だ?」
「一回止めて」
手綱が引かれる。
セラもすぐ腰の鎖へ手を掛けた。
「何かいる?」
「アリスが気にしてる」
「どっち?」
アリスを見る。
耳は右。
木々の方へ向いている。
「右」
次の瞬間。
草木が大きく揺れた。
「来る!」
一体。
ガルクが飛び出す。
続けて二体目。
さらに奥で、もう一つ影が動いた。
「マルク、荷車から離れないで!」
「分かった!」
リベルが柄を抜く。
青白い光とともに青白い刃が伸びる。
セラも鎖刃を外した。
一体目が正面から来る。
「こいつは俺がやる!」
《身律》。
一歩踏み込む。
ガルクが正面からくる。
身体を横へずらして避ける。
短くした刃を脇腹へ。
「っ!」
浅い。
ガルクが身体を捻る。
追撃しようとしたところで、左から金属音がした。
セラの鎖。
もう一体へ向かっている。
けれど。
「……?」
短い。
本来ならもっと外まで伸びるはずの刃が、途中で勢いを失った。
ガルクの鼻先を掠め、踏み込まれる。
セラが下がった。
「セラ!」
「大丈夫!」
再び鎖を振る。
今度も小さい。
鎖が戻ってくる前から、セラはリベルの位置を見ていた。
(……俺のせいか)
すぐに分かった。
セラは敵より先に、自分を気にしている。
一体目がまた来る。
リベルは剣で受けず、横へ逃がす。
ガルクの身体が通り過ぎる。
追う。
その間にも金属音。
短い。
またセラの鎖が止まった。
「……っ」
三体目。
さっき奥に見えた影が、木々の間から消える。
「どこ――」
アリスの耳が動いた。
左後方。
リベルが振り向く。
「セラ!」
「え?」
セラの死角。
荷車の後ろを回り込むようにして、ガルクが草むらから飛び出してきた。
セラは二体目へ鎖を振った直後。
まだ刃は外にある。
ガルクが地面を蹴る。
近い。
リベルの身体が動いた。
一歩。
セラの方へ。
その瞬間。
左腕に残る薄い痛みが頭をよぎった。
『リベル!』
戻ってきた鎖。
腕から出る血。
「……違う!」
足を止めた。
自分が入れば、また同じだ。
でも。
ガルクはもうセラへ迫っている。
《顕現》。
――遠い。
セラのすぐ後ろへ、ここから直接何かを出せるほど自在じゃない。
「くそっ!」
荷車の後ろへ走る。
ただし、セラ側へは入らない。
後輪の脇まで。
ここなら。
「届く!」
左手を地面へ向けた。
青白い光。
ガルクの進路。
その前脚が着く少し手前へ、低く厚い板を斜めに作る。
完全に道を塞ぐほど大きくはない。
地面へ片側を接した板が、形成を終えた直後に傾き始める。
その板にガルクの前脚が触れた。
「ギャッ!」
止まらない。
板も弾かれた。
けれど、踏み込む位置がずれた。
身体が外へ流れる。
「っ!」
セラがようやく気づいた。
身を捻る。
爪が、服のすぐ前を通り過ぎた。
「セラ!」
「分かってる!」
外へ伸びていた鎖を引く。
ガルクが振り返るより先に距離を取った。
「……今の」
「後!」
二体目が来る。
セラが振る。
また、途中で止めようとした。
「セラ!」
「何!?」
「俺、そっち入らない!」
「え?」
「荷車の左、セラが使って!」
一瞬。
セラの目が揺れる。
「でも――」
「俺は右と後ろ見る!」
一体目がリベルへ迫る。
それ以上話している余裕はない。
「っ!」
刃を合わせる。
前脚を受け流す。
身体を右へ。
荷車から離れすぎない。
左へは行かない。
セラを見る。
まだ迷っている。
二体目が左から踏み込む。
「セラ!」
「……!」
「来るぞ!」
鎖が振られた。
さっきより大きい。
それでもまだ少し狭い。
ガルクへ当たる。
だが浅い。
「もっと広く使っていい!」
「でもリベルが来たら――」
「行かない!」
リベルは荷車の右側にいる。
間には大きな荷車。
今度は口だけではない。
敵が左へ逃げても追わない。
右から来る一体だけを見る。
「そっちは任せた!」
「…………」
セラの握る鎖が、少し緩んだ。
二体目がもう一度来る。
「……分かった!」
腕が大きく振られた。
鎖が伸びる。
銀色の軌道が、左側の空間を広く走った。
《流律》。
勢いが増す。
ガルクが避けようとする。
だが遅い。
刃が脇腹を捉えた。
「ギャウッ!」
そのまま止めない。
セラが身体を回す。
通り過ぎた鎖が勢いを残したまま大きな弧を描く。
もう一周。
ガルクが後ろへ下がった。
「……」
セラ自身が、わずかに目を見開く。
「前!」
「分かってる!」
今度の返事には迷いがなかった。
◇
右。
リベルへ一体目が突っ込んでくる。
左へ避ければ、荷車の向こう側。
セラの間合いへ近づく。
「そっちは行かない」
右へ。
身体をずらす。
青白い刃を短くする。
ガルクの肩口へ斬りつける。
浅い。
ガルクが勢いのまま通り過ぎる。
その後ろ。
「リベル!」
セラの声。
三体目が、再び荷車の後ろへ回り込んでいた。
今度はリベル側。
「見えてる!」
近い。
この距離なら。
《顕現》。
地面すれすれ。
ガルクの斜め前へ小さな板。
真正面ではない。
右前脚が踏み込む場所だけ。
足が引っ掛かり、身体が傾く。
「よし!」
板はそのまま地面へ倒れた。
完全に止める必要はない。
一瞬。
向きがずれればいい。
リベルが踏み込む。
ガルクの側面へ。
青白い刃。
「っ!」
命中。
倒れない。
けれど、大きくよろめいた。
後ろからは鎖の音。
リベルは振り向かない。
セラは左。
自分は右。
今は重ならない。
「リベル、そっち一体行く!」
「分かった!」
今度は声だけで位置が分かる。
一体目が荷車の前を回ろうとする。
リベルも前へ出る。
距離が開く。
遠い位置へ板は出せない。
だから走る。
敵の進路へ近づく。
ただし左側へは入らない。
「そこ!」
十分近づいたところで。
ガルクの進行方向へ、地面から斜めに板を作る。
ガルクが急に現れた障害物を避ける。
右へ。
狙った方だ。
「よし!」
避けた先へ自分がいる。
一撃。
今度は深い。
ガルクが倒れた。
残り二体。
左からセラの鎖が地面を擦る音。
「一体そっち行った!」
「見えてる!」
答えが返る。
リベルは追わない。
代わりに、右から回り込もうとする三体目を止める。
セラへ行かせない。
自分の敵を見る。
自分の場所を守る。
その向こうで。
銀色の鎖が大きく走った。
「――っ!」
鈍い音。
一体が倒れる。
「あと一体!」
「こっち!」
三体目。
リベルの正面。
傷は入っている。
けれど、まだ動く。
低く構えた。
突進。
「来る!」
受ける。
いや。
一歩だけ右へ。
板。
今度は防ぐためではなく、自分の足元。
ガルクの進路ぎりぎりへ薄い板を立てる。
肩が触れる。
板は簡単に弾き飛ばされた。
それでも。
身体がわずかに傾く。
リベルはその横を抜ける。
「セラ!」
「うん!」
ガルクが振り返る。
その先。
左側の空間でセラがすでに鎖を回していた。
「そこから離れて!」
「もう離れてる!」
大きく後ろへ下がる。
セラの間合いから外れる。
「じゃあ――!」
鎖が走る。
《流律》。
勢いを乗せた刃が大きな円を描き、ガルクの横腹へ叩き込まれた。
身体が地面を転がる。
一度。
二度。
止まった。
「…………」
静かになる。
リベルは荒く息を吐いた。
「終わった?」
「……たぶん」
セラも鎖を戻していく。
最後に勢いを弱め手元へ。
「マルク!」
「こっちは大丈夫だ!」
荷車の陰から声が返る。
アリスも無事だ。
《共律》の向こうに残っていた緊張が、少しずつ薄れていく。
「よかった……」
剣を下ろす。
青白い刃を消した。
セラも腰へ鎖を戻す。
しばらく誰も話さなかった。
「……リベル」
「ん?」
セラが地面を見る。
さっき弾き飛ばされた青白い板は、もう消えている。
「今の板」
「ああ」
「最初のやつ。後ろから来た時」
「うん」
「何で、自分で来なかったの?」
リベルは一瞬、意味を考える。
「……前それやって切られたから」
セラの表情が固まる。
「あ、ごめん。責めてるんじゃなくて」
「分かってる」
「同じことしたら、また同じになるかもしれないだろ」
「でも」
セラが少し眉を寄せる。
「あの距離から、板出せるの?」
「無理」
「え?」
「だから近づいた」
リベルが荷車の後ろを指す。
「俺、あの辺まで行っただろ?」
「……うん」
「今の俺だと、遠くに好きなように出せるわけじゃないから。届くところまで行ってから出した」
「じゃあ、間に合わなかったら?」
「その時は別のこと考える」
「別のことって」
「分からない」
「分からないんだ」
「その時にならないと」
セラが呆れたような顔をする。
「でも」
リベルは続ける。
「セラのところに飛び込むよりはよかっただろ?」
「…………」
「板なら当たっても俺ほど痛くないし」
「そこ?」
「大事じゃない?」
「板は痛がらないでしょ」
「確かに」
セラの口元が少しだけ緩んだ。
でも、すぐにまた視線を落とす。
「……怖くないの?」
「何が?」
「私の鎖」
リベルは少し考える。
「怖いよ」
セラが顔を上げた。
「……え?」
「普通に危ないし」
「…………」
「前、腕切られたし」
「それは……ごめん」
「だから責めてないって」
「じゃあ何で」
「何で?」
「怖いのに、一緒に戦えるの?」
リベルは腰の柄へ手を置いた。
少し考える。
「怖いからじゃない?」
「……どういうこと?」
「危ないって分かったから、気をつける」
さっきの戦いを思い返す。
「前は、セラが危なそうだからってそのまま入った。でも、それで鎖に当たった」
「うん」
「今回は入らなかった」
「でも助けた」
「板出しただけだけど」
「助かったよ」
「ならよかった」
「そうじゃなくて」
セラが少し困ったように眉を下げる。
「私がもっと鎖を小さく使えば、こんなこと考えなくてもいいでしょ?」
「でも戦いづらかっただろ?」
「…………」
「何回か届いてなかったし」
「見てたんだ」
「見えるよ」
リベルはセラの腰の鎖を見る。
「それ、広く振った方が強いんだろ?」
「……うん」
「じゃあ、その方がいい」
「リベルの動ける場所は狭くなるよ」
「今回は荷車もあったし」
「毎回できるとは限らない」
「その時はまた考える」
「またそれ」
「だって場所も敵も毎回違うし」
リベルは少し笑う。
「セラに毎回鎖を小さくしてもらうより、その場で二人とも動ける方法考えた方がよくない?」
「…………」
「俺が全部好きに動かなきゃいけないわけでもないし」
セラが黙った。
腰の鎖へ指を触れる。
さっきは思い切り振った。
途中で止めなかった。
早めに勢いを殺さなかった。
誰かと一緒に戦っているのに。
「……変なの」
「また?」
「うん」
セラが少しだけ笑う。
「やっぱり変」
「悪口?」
「半分くらい」
「残りは?」
「まだ言わない」
「気になるな」
「気にしてて」
今度の笑顔は、ここ数日で見たどの笑顔より自然だった。
◇
その後、護衛は問題なく終わった。
荷を届け。
帰路では襲撃もなく。
夕方にはフィンリスへ戻ってきた。
「いやー、助かった!」
ギルドで依頼完了の手続きを終えたマルクが、大きく伸びをする。
「前回も今回もありがとな」
「次は襲われない依頼がいい」
「俺だって襲われたいわけじゃねえ!」
「商会って大変だな」
「お前、完全に他人事だな」
「護衛中はちゃんと守っただろ」
「そういう問題じゃねえ」
マルクが笑う。
それからセラを見る。
「セラもありがとな」
「うん」
「また頼むかもしれんが」
「……内容次第」
「急に厳しくなったな」
「ちゃんと選ぶのも冒険者の仕事でしょ?」
「はいはい」
マルクは手を振り、そのままギルドを出ていった。
リベルも報酬の入った袋をしまう。
「じゃあ、俺たちも帰るか」
「……うん」
アリスと一緒にギルドを出た。
外はもう夕方だった。
西へ傾いた陽が建物の隙間から差し込み、行き交う人々の影を長く伸ばしている。
三人で通りを歩く。
依頼が終わったからといって、特に話すことがなくなるわけでもない。
「今日のアリス、途中で寝てなかった?」
セラが少し後ろを歩くアリスを見る。
「荷車の横で?」
「うん。目閉じてた」
「歩きながら?」
「違う違う。休憩してた時」
「ああ。あれ寝てたのかな」
「《共律》で分かんないの?」
「眠い、くらいなら何となく。でも寝てる本人から何か返ってくるのか?」
「知らないよ」
「今度見てみる」
「実験みたいに言わないでよ」
「気になるだろ?」
「まあ……ちょっと気になるけど」
セラが笑う。
少し前までとほとんど変わらない。
そのまま歩いていると、いつもの分かれ道が見えてきた。
銀月亭へ帰るなら右。
セラの宿は、ここから反対側だ。
「じゃあ、俺こっち」
リベルが右を指す。
「うん」
「今日はありがとな」
「こっちこそ」
「じゃあ、また」
「……またね」
リベルが歩き出す。
アリスもその後ろについていく。
数歩歩いたところで。
「リベル」
呼び止められた。
「ん?」
振り返る。
セラは分かれ道に立ったままだった。
「どうした?」
「…………」
何か言おうとしている。
でも。
すぐには出てこない。
リベルはそのまま待った。
やがてセラが一度だけ息を吸う。
「この前」
「うん」
「一緒にやらないかって言ってくれたでしょ」
「ああ」
「私、断った」
「うん」
「それで、この前の依頼の後も……しばらく一緒にやらないって言った」
「言ってたな」
「……ちゃんと覚えてるんだ」
「そりゃ覚えてるよ」
セラが少し笑った。
でも、すぐに真面目な顔へ戻る。
「私」
腰の鎖を握る。
「これ、やめたくない」
「うん」
「ずっと使ってきたし。私にはこれが一番合ってる」
「うん」
「でも」
一度、指に力が入る。
「誰かを傷つけるのも嫌」
リベルは何も言わない。
「だから、一人でいた方がいいと思ってた」
少しだけ間が空く。
「今日だって、最初は怖かった」
「うん」
「また当たったらどうしようって」
「うん」
「だから、全然ちゃんと振れなかった」
「うん」
「……さっきからうんしか言わないね」
「ちゃんと聞いてるから」
「そっか」
セラが小さく笑う。
それから。
「でも」
顔を上げる。
「途中から、何も気にしないで振れた」
「うん」
「仲間がいるのに」
その言葉だけ、少しゆっくりだった。
「久しぶりだった」
セラは自分の手を見る。
「怖くなくなったわけじゃない」
「俺も怖いよ」
「そこは変わらないんだ」
「急に鎖が安全になったわけじゃないし」
「……そうだね」
今度は、セラが少し嬉しそうに笑った。
「でも、楽しかった」
リベルの目が少し開く。
「今日、一緒に戦うの」
「俺も楽しかったよ」
「それと」
セラが少しだけ視線を逸らす。
「一緒に歩くのも」
「うん」
「話すのも」
「うん」
「だから……」
一度だけ迷う。
それでも。
今度は、自分からリベルを見る。
「また、一緒にやりたいって思った」
「…………」
「だから」
翡翠色の瞳が、まっすぐこちらを向く。
「……私も、一緒に行っていい?」
リベルは一瞬だけ黙った。
それから。
「いいよ」
「……それだけ?」
「だって、俺は前から一緒にやりたいって言ってるし」
「そうだけど」
「じゃあ問題ないだろ」
「もうちょっと何かないの?」
「よろしく?」
「軽い!」
「でも本当にそれくらいだよ」
リベルが笑う。
「来たいなら来ればいい」
セラが止まった。
「…………」
「何?」
「いや」
ゆっくりと、セラの口元が上がる。
「ほんと、リベルらしいなって」
「そう?」
「うん」
そして。
今度は、はっきり笑った。
「じゃあ、改めてよろしく!」
「ああ。よろしく!」
「キュ!」
二人が同時に下を見る。
少し先まで歩いていたアリスが、いつの間にか戻ってきていた。
「アリスもよろしくって」
「ほんと?」
「たぶん」
「そこは分かんないんだ」
「何でも分かるわけじゃないから」
セラがしゃがむ。
「じゃあ、アリスもよろしくね」
手は伸ばさない。
少し離れたまま笑う。
アリスの大きな耳が、ぴくりと動いた。
そして。
一歩だけ。
セラの方へ近づいた。
「……え」
セラが固まる。
「今、近づいた?」
「近づいた」
「私に?」
「たぶん」
「たぶんって言わないで!」
「いや、でもそう見えるし」
「アリス」
セラの声が一気に明るくなる。
「もう一歩!」
「欲張ると逃げるよ」
「……我慢する」
「偉い」
「子供扱いしないで」
夕暮れの通りに、二人の声が重なる。
少し前までリベルは一人だった。
知らない世界で目を覚まして。
どこへ行くかも。
何をするかも。
何も決まっていなかった。
アリスは、自分からここまでついてきた。
そしてセラも。
今、自分でここにいることを選んだ。
誰かに決められたわけではない。
無理に連れてきたわけでもない。
自分で選んだ場所。
「……帰ろうか」
「うん!」
セラが答えたところで、リベルはふと思い出したように足を止める。
「そういえば、腹減ってない?」
「減ってる!」
「即答だな」
「依頼帰りだよ?」
「じゃあ飯食ってから帰る?」
セラが少し目を丸くする。
それから、すぐに笑った。
「行く!」
「キュ」
「アリスも行くって」
「ほんと?」
「たぶん」
「またそれ?」
三人で笑いながら、分かれ道を離れる。
少し前までリベルは一人だった。
知らない世界で目を覚まして。
どこへ行くかも。
何をするかも。
何も決まっていなかった。
アリスは、自分からここまでついてきた。
そしてセラも。
今、自分でここにいることを選んだ。
誰かに決められたわけではない。
無理に連れてきたわけでもない。
自分で選んだ場所。
夕暮れのフィンリスを、三人で歩いていく。




