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WILD HEART  作者: 日向 トキ
第三章 選んだ場所

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30/32

⑨

 それから、数日が過ぎた。

 セラとは、ギルドで何度か顔を合わせた。


「おはよう」


「おはよ」


 話しかければ、いつも通り返ってくる。

 少し立ち話をすることもある。


「今日は何受けるの?」


「採取の護衛」


「そっか。俺はガルク」


「また?」


「ちょうどいいんだよ」


「そのうち顔覚えられるんじゃない?」


「それは嫌だな……」


 そんな話をして。


「じゃあ、気をつけてね」


「セラもな」


「うん。またね」


 一緒に依頼を受けることはなかった。

 避けられている、というわけでもない。

 ただ、掲示板の前で会っても、セラは自分の依頼を選び、リベルも自分の依頼を選ぶ。


『しばらく、一緒の依頼はやめとく』


 そう決めたのはセラだ。

 リベルから頼むつもりはなかった。


     ◇


 数日後。


「お、来たな!」


 冒険者ギルドへ入ったところで聞き覚えのある声が飛んできた。


「……マルク?」


「何だその顔」


「いや、久しぶりだなって」


「数日しか経ってねえよ」


「そうだっけ?」


「お前、時間の感覚どうなってんだ」


 受付近くに立っていたマルクが呆れたように笑う。

 その横にはエレナもいた。


「ちょうどよかったです、リベルさん」


「何?」


「マルクさんから指名依頼が来ています」


「俺に?」


「ああ。また護衛頼みたい」


「また?」


「嫌そうに言うなよ」


「嫌じゃないけど、前に襲われたし」


「だからだよ」


 マルクが少し声を落とした。


「前の件、商会でも一応調べてる。あの箱の中身をどこから聞いたのか、誰が狙わせたのか。まだ何も分かってねえけどな」


「そっか」


「今回は前と同じ場所じゃない。ただ、近い方面に荷を運ぶ」


「それで俺?」


「実際に襲われた時、荷を守ってくれただろ。知らねえ奴に一から説明するより楽なんだよ」


「なるほど」


 マルクの視線が、リベルの横へ落ちる。

 アリスが見上げていた。


「そいつも相変わらず一緒か」


「アリス」


「名前は覚えてる」


「ならよし」


「何で上からなんだよ」


 言い返してから、マルクは少しだけ表情を変えた。


「で、できればもう一人にも頼みたい」


「もう一人?」


 エレナが答える。


「セラさんです」


「……セラ?」


「ああ。前に二人で守ってくれただろ?」


 リベルは少し黙った。


「セラは?」


「まだ返事をもらっていません」


「そっか」


「無理なら、別の冒険者を――」


「私いるよ」


 背後から声がした。

 振り返る。

 セラが立っていた。


「あ」


「……おはよう」


「おはよ」


 数日前から何度も交わした挨拶。


 ただ。

 セラの視線が、一瞬だけリベルの左腕へ落ちた。

 傷はもうほとんど塞がっている。

 薄く布を巻いているだけだ。


 マルクが手を上げる。


「ちょうどいい。セラにも護衛頼みたいんだ」


「護衛?」


「ああ。前とは別の荷だが、方向は近い」


「…………」


 セラの指が、腰の鎖へ触れた。

 視線が依頼書へ落ちる。


 それから。

 ほんの少しだけ、リベルを見る。


「セラ」


「何?」


「嫌なら俺外れるよ」


「……え?」


 セラが顔を上げた。


「マルクは前と同じ二人がいいんだろうけど、俺じゃなきゃ駄目ってわけじゃないだろ?」


「まあな」


 マルクもすぐ頷く。


「無理に二人でやれって話じゃねえ。前に一緒だったから声かけただけだ」


「だって」


 リベルは掲示板を見る。


「俺は別の依頼探せばいいし」


「…………」


「じゃ――」


「待って」


 歩き出そうとしたところで呼び止められた。


「ん?」


 セラは少し視線を落とした。

 しばらく黙ってから。


「……今回だけなら」


「いいの?」


「護衛だし」


 セラがマルクを見る。


「前もずっと戦ってたわけじゃないから」


「まあな」


「それに、知ってる人の方がやりやすいのは私も同じだし」


 もう一度、リベルを見る。


「ただ」


「うん?」


「前より、ちゃんと周り見て」


「分かった」


 即答した。


「……ほんとに?」


「ほんとほんと」


「それ私の」


「知ってる」


 セラの口元が少しだけ緩む。


「じゃあ、受ける」


「よし!」


 マルクが手を叩いた。


「話が早くて助かる」


「ちなみに報酬は?」


「そこ最初に聞くようになったな」


「大事だろ」


「冒険者らしくなったのか、金に細かくなったのか分かんねえな」


「前に借金してたからな」


「妙な説得力出すなよ」


 横でエレナが笑った。


     ◇


 フィンリスを出る。

 今回も、マルクの荷車を中心に街道を進んだ。


 リベルは右側。

 セラは左側。

 アリスは荷車の少し後ろをついてくる。


「……何か」


 しばらく歩いてから、リベルが言った。


「前と似てるな」


「そう?」


 荷車の向こうからセラの声が返ってくる。


「マルクいて、俺いて、セラいて」


「アリスは前いなかったけど」


「いたよ」


「え?」


「あの時も遠くからついてきてた」


「……あ、そっか」


 セラが荷車の後ろを覗く。


「アリス」


 声を掛ける。

 大きな耳が一度だけ動いた。


「あ」


「反応しただけだぞ」


「前よりいい!」


「基準低くない?」


「そのうち触るから」


「逃げられないようにね」


「分かってるって」


 セラが笑う。

 リベルも自然と笑った。

 ギルドで話していなかったわけではない。

 でも、こうして同じ道を歩きながら、どうでもいい話をするのは久しぶりな気がした。


「そういえば」


 セラが荷車の横から顔を出す。


「腕、ほんとに大丈夫?」


「もうほとんど治ったよ」


「見せて」


「今?」


「今」


「歩きながら?」


「ちょっと袖上げるだけでしょ」


「無茶言うなあ」


 荷車の速度に合わせながら袖を少しまくる。

 薄い布が見えた。


「ほら」


「……ほんとに?」


「疑ってたの?」


「ちょっと」


「信用ないな」


「誰かさん、怪我してても大丈夫って言いそうだし」


「それセラもじゃない?」


「私は言わない」


「ほんと?」


「ほんとほんと」


「絶対言うやつだ」


「うるさい」


 セラがまた笑う。

 ただ。

 最後にもう一度だけ、傷へ視線を落とした。


     ◇


 目的地まで半分ほど来た頃。

 街道は少し狭くなっていた。

 荷車が通るには十分だが、左右には草と低い木々が迫っている。

 右側には木立。

 左側は少し開けているものの、その先には大きな岩がいくつか転がっていた。


「この辺、前より狭いな」


 マルクが手綱を握ったまま言う。


「通れる?」


「荷車ならな。商会も使ってる道だ」


 リベルは周囲を見る。

 その時。

 後ろを歩いていたアリスの耳が立った。


「……ん?」


 《共律》から、微かな緊張。

 リベルが足を止める。


「マルク」


「何だ?」


「一回止めて」


 手綱が引かれる。

 セラもすぐ腰の鎖へ手を掛けた。


「何かいる?」


「アリスが気にしてる」


「どっち?」


 アリスを見る。

 耳は右。

 木々の方へ向いている。


「右」


 次の瞬間。

 草木が大きく揺れた。


「来る!」


 一体。

 ガルクが飛び出す。

 続けて二体目。

 さらに奥で、もう一つ影が動いた。


「マルク、荷車から離れないで!」


「分かった!」


 リベルが柄を抜く。

 青白い光とともに青白い刃が伸びる。

 セラも鎖刃を外した。

 一体目が正面から来る。


「こいつは俺がやる!」


 《身律》。

 一歩踏み込む。


 ガルクが正面からくる。

 身体を横へずらして避ける。

 短くした刃を脇腹へ。


「っ!」


 浅い。

 ガルクが身体を捻る。

 追撃しようとしたところで、左から金属音がした。


 セラの鎖。

 もう一体へ向かっている。

 けれど。


「……?」


 短い。

 本来ならもっと外まで伸びるはずの刃が、途中で勢いを失った。


 ガルクの鼻先を掠め、踏み込まれる。

 セラが下がった。


「セラ!」


「大丈夫!」


 再び鎖を振る。

 今度も小さい。

 鎖が戻ってくる前から、セラはリベルの位置を見ていた。


(……俺のせいか)


 すぐに分かった。

 セラは敵より先に、自分を気にしている。


 一体目がまた来る。

 リベルは剣で受けず、横へ逃がす。

 ガルクの身体が通り過ぎる。


 追う。

 その間にも金属音。

 短い。

 またセラの鎖が止まった。


「……っ」


 三体目。

 さっき奥に見えた影が、木々の間から消える。


「どこ――」


 アリスの耳が動いた。

 左後方。

 リベルが振り向く。


「セラ!」


「え?」


 セラの死角。

 荷車の後ろを回り込むようにして、ガルクが草むらから飛び出してきた。


 セラは二体目へ鎖を振った直後。

 まだ刃は外にある。

 ガルクが地面を蹴る。

 近い。


 リベルの身体が動いた。

 一歩。

 セラの方へ。

 その瞬間。

 左腕に残る薄い痛みが頭をよぎった。


『リベル!』


 戻ってきた鎖。

 腕から出る血。


「……違う!」


 足を止めた。

 自分が入れば、また同じだ。


 でも。

 ガルクはもうセラへ迫っている。


 《顕現》。

 ――遠い。

 セラのすぐ後ろへ、ここから直接何かを出せるほど自在じゃない。


「くそっ!」


 荷車の後ろへ走る。

 ただし、セラ側へは入らない。

 後輪の脇まで。

 ここなら。


「届く!」


 左手を地面へ向けた。

 青白い光。

 ガルクの進路。

 その前脚が着く少し手前へ、低く厚い板を斜めに作る。

 完全に道を塞ぐほど大きくはない。

 地面へ片側を接した板が、形成を終えた直後に傾き始める。

 その板にガルクの前脚が触れた。


「ギャッ!」


 止まらない。

 板も弾かれた。

 けれど、踏み込む位置がずれた。

 身体が外へ流れる。


「っ!」


 セラがようやく気づいた。

 身を捻る。

 爪が、服のすぐ前を通り過ぎた。


「セラ!」


「分かってる!」


 外へ伸びていた鎖を引く。

 ガルクが振り返るより先に距離を取った。


「……今の」


「後!」


 二体目が来る。

 セラが振る。

 また、途中で止めようとした。


「セラ!」


「何!?」


「俺、そっち入らない!」


「え?」


「荷車の左、セラが使って!」


 一瞬。

 セラの目が揺れる。


「でも――」


「俺は右と後ろ見る!」


 一体目がリベルへ迫る。

 それ以上話している余裕はない。


「っ!」


 刃を合わせる。

 前脚を受け流す。

 身体を右へ。

 荷車から離れすぎない。

 左へは行かない。


 セラを見る。

 まだ迷っている。

 二体目が左から踏み込む。


「セラ!」


「……!」


「来るぞ!」


 鎖が振られた。

 さっきより大きい。

 それでもまだ少し狭い。

 ガルクへ当たる。

 だが浅い。


「もっと広く使っていい!」


「でもリベルが来たら――」


「行かない!」


 リベルは荷車の右側にいる。

 間には大きな荷車。


 今度は口だけではない。

 敵が左へ逃げても追わない。

 右から来る一体だけを見る。


「そっちは任せた!」


「…………」


 セラの握る鎖が、少し緩んだ。

 二体目がもう一度来る。


「……分かった!」


 腕が大きく振られた。

 鎖が伸びる。

 銀色の軌道が、左側の空間を広く走った。

《流律》。


 勢いが増す。

 ガルクが避けようとする。

 だが遅い。

 刃が脇腹を捉えた。


「ギャウッ!」


 そのまま止めない。

 セラが身体を回す。

 通り過ぎた鎖が勢いを残したまま大きな弧を描く。

 もう一周。

 ガルクが後ろへ下がった。


「……」


 セラ自身が、わずかに目を見開く。


「前!」


「分かってる!」


 今度の返事には迷いがなかった。


     ◇


 右。

 リベルへ一体目が突っ込んでくる。

 左へ避ければ、荷車の向こう側。

 セラの間合いへ近づく。


「そっちは行かない」


 右へ。

 身体をずらす。

 青白い刃を短くする。

 ガルクの肩口へ斬りつける。

 浅い。

 ガルクが勢いのまま通り過ぎる。

 その後ろ。


「リベル!」


 セラの声。

 三体目が、再び荷車の後ろへ回り込んでいた。

 今度はリベル側。


「見えてる!」


 近い。

 この距離なら。


 《顕現》。

 地面すれすれ。

 ガルクの斜め前へ小さな板。

 真正面ではない。

 右前脚が踏み込む場所だけ。

 足が引っ掛かり、身体が傾く。


「よし!」


 板はそのまま地面へ倒れた。

 完全に止める必要はない。


 一瞬。

 向きがずれればいい。

 リベルが踏み込む。

 ガルクの側面へ。

 青白い刃。


「っ!」


 命中。

 倒れない。

 けれど、大きくよろめいた。


 後ろからは鎖の音。

 リベルは振り向かない。


 セラは左。

 自分は右。

 今は重ならない。


「リベル、そっち一体行く!」


「分かった!」


 今度は声だけで位置が分かる。

 一体目が荷車の前を回ろうとする。

 リベルも前へ出る。


 距離が開く。

 遠い位置へ板は出せない。

 だから走る。

 敵の進路へ近づく。

 ただし左側へは入らない。


「そこ!」


 十分近づいたところで。

 ガルクの進行方向へ、地面から斜めに板を作る。

 ガルクが急に現れた障害物を避ける。

 右へ。

 狙った方だ。


「よし!」


 避けた先へ自分がいる。

 一撃。

 今度は深い。

 ガルクが倒れた。

 残り二体。

 左からセラの鎖が地面を擦る音。


「一体そっち行った!」


「見えてる!」


 答えが返る。

 リベルは追わない。

 代わりに、右から回り込もうとする三体目を止める。

 セラへ行かせない。


 自分の敵を見る。

 自分の場所を守る。

 その向こうで。

 銀色の鎖が大きく走った。


「――っ!」


 鈍い音。

 一体が倒れる。


「あと一体!」


「こっち!」


 三体目。

 リベルの正面。

 傷は入っている。

 けれど、まだ動く。

 低く構えた。

 突進。


「来る!」


 受ける。

 いや。

 一歩だけ右へ。


 板。

 今度は防ぐためではなく、自分の足元。

 ガルクの進路ぎりぎりへ薄い板を立てる。

 肩が触れる。

 板は簡単に弾き飛ばされた。


 それでも。

 身体がわずかに傾く。

 リベルはその横を抜ける。


「セラ!」


「うん!」


 ガルクが振り返る。

 その先。

 左側の空間でセラがすでに鎖を回していた。


「そこから離れて!」


「もう離れてる!」


 大きく後ろへ下がる。

 セラの間合いから外れる。


「じゃあ――!」


 鎖が走る。

《流律》。

 勢いを乗せた刃が大きな円を描き、ガルクの横腹へ叩き込まれた。


 身体が地面を転がる。

 一度。

 二度。

 止まった。


「…………」


 静かになる。

 リベルは荒く息を吐いた。


「終わった?」


「……たぶん」


 セラも鎖を戻していく。

 最後に勢いを弱め手元へ。


「マルク!」


「こっちは大丈夫だ!」


 荷車の陰から声が返る。

 アリスも無事だ。

 《共律》の向こうに残っていた緊張が、少しずつ薄れていく。


「よかった……」


 剣を下ろす。

 青白い刃を消した。

 セラも腰へ鎖を戻す。

 しばらく誰も話さなかった。


「……リベル」


「ん?」


 セラが地面を見る。

 さっき弾き飛ばされた青白い板は、もう消えている。


「今の板」


「ああ」


「最初のやつ。後ろから来た時」


「うん」


「何で、自分で来なかったの?」


 リベルは一瞬、意味を考える。


「……前それやって切られたから」


 セラの表情が固まる。


「あ、ごめん。責めてるんじゃなくて」


「分かってる」


「同じことしたら、また同じになるかもしれないだろ」


「でも」


 セラが少し眉を寄せる。


「あの距離から、板出せるの?」


「無理」


「え?」


「だから近づいた」


 リベルが荷車の後ろを指す。


「俺、あの辺まで行っただろ?」


「……うん」


「今の俺だと、遠くに好きなように出せるわけじゃないから。届くところまで行ってから出した」


「じゃあ、間に合わなかったら?」


「その時は別のこと考える」


「別のことって」


「分からない」


「分からないんだ」


「その時にならないと」


 セラが呆れたような顔をする。


「でも」


 リベルは続ける。


「セラのところに飛び込むよりはよかっただろ?」


「…………」


「板なら当たっても俺ほど痛くないし」


「そこ?」


「大事じゃない?」


「板は痛がらないでしょ」


「確かに」


 セラの口元が少しだけ緩んだ。

 でも、すぐにまた視線を落とす。


「……怖くないの?」


「何が?」


「私の鎖」


 リベルは少し考える。


「怖いよ」


 セラが顔を上げた。


「……え?」


「普通に危ないし」


「…………」


「前、腕切られたし」


「それは……ごめん」


「だから責めてないって」


「じゃあ何で」


「何で?」


「怖いのに、一緒に戦えるの?」


 リベルは腰の柄へ手を置いた。

 少し考える。


「怖いからじゃない?」


「……どういうこと?」


「危ないって分かったから、気をつける」


 さっきの戦いを思い返す。


「前は、セラが危なそうだからってそのまま入った。でも、それで鎖に当たった」


「うん」


「今回は入らなかった」


「でも助けた」


「板出しただけだけど」


「助かったよ」


「ならよかった」


「そうじゃなくて」


 セラが少し困ったように眉を下げる。


「私がもっと鎖を小さく使えば、こんなこと考えなくてもいいでしょ?」


「でも戦いづらかっただろ?」


「…………」


「何回か届いてなかったし」


「見てたんだ」


「見えるよ」


 リベルはセラの腰の鎖を見る。


「それ、広く振った方が強いんだろ?」


「……うん」


「じゃあ、その方がいい」


「リベルの動ける場所は狭くなるよ」


「今回は荷車もあったし」


「毎回できるとは限らない」


「その時はまた考える」


「またそれ」


「だって場所も敵も毎回違うし」


 リベルは少し笑う。


「セラに毎回鎖を小さくしてもらうより、その場で二人とも動ける方法考えた方がよくない?」


「…………」


「俺が全部好きに動かなきゃいけないわけでもないし」


 セラが黙った。

 腰の鎖へ指を触れる。


 さっきは思い切り振った。

 途中で止めなかった。

 早めに勢いを殺さなかった。

 誰かと一緒に戦っているのに。


「……変なの」


「また?」


「うん」


 セラが少しだけ笑う。


「やっぱり変」


「悪口?」


「半分くらい」


「残りは?」


「まだ言わない」


「気になるな」


「気にしてて」


 今度の笑顔は、ここ数日で見たどの笑顔より自然だった。


     ◇


 その後、護衛は問題なく終わった。

 荷を届け。

 帰路では襲撃もなく。

 夕方にはフィンリスへ戻ってきた。


「いやー、助かった!」


 ギルドで依頼完了の手続きを終えたマルクが、大きく伸びをする。


「前回も今回もありがとな」


「次は襲われない依頼がいい」


「俺だって襲われたいわけじゃねえ!」


「商会って大変だな」


「お前、完全に他人事だな」


「護衛中はちゃんと守っただろ」


「そういう問題じゃねえ」


 マルクが笑う。

 それからセラを見る。


「セラもありがとな」


「うん」


「また頼むかもしれんが」


「……内容次第」


「急に厳しくなったな」


「ちゃんと選ぶのも冒険者の仕事でしょ?」


「はいはい」


 マルクは手を振り、そのままギルドを出ていった。

 リベルも報酬の入った袋をしまう。


「じゃあ、俺たちも帰るか」


「……うん」


 アリスと一緒にギルドを出た。

 外はもう夕方だった。

 西へ傾いた陽が建物の隙間から差し込み、行き交う人々の影を長く伸ばしている。

 三人で通りを歩く。

 依頼が終わったからといって、特に話すことがなくなるわけでもない。


「今日のアリス、途中で寝てなかった?」


 セラが少し後ろを歩くアリスを見る。


「荷車の横で?」


「うん。目閉じてた」


「歩きながら?」


「違う違う。休憩してた時」


「ああ。あれ寝てたのかな」


「《共律》で分かんないの?」


「眠い、くらいなら何となく。でも寝てる本人から何か返ってくるのか?」


「知らないよ」


「今度見てみる」


「実験みたいに言わないでよ」


「気になるだろ?」


「まあ……ちょっと気になるけど」


 セラが笑う。

 少し前までとほとんど変わらない。


 そのまま歩いていると、いつもの分かれ道が見えてきた。

 銀月亭へ帰るなら右。

 セラの宿は、ここから反対側だ。


「じゃあ、俺こっち」


 リベルが右を指す。


「うん」


「今日はありがとな」


「こっちこそ」


「じゃあ、また」


「……またね」


 リベルが歩き出す。

 アリスもその後ろについていく。

 数歩歩いたところで。


「リベル」


 呼び止められた。


「ん?」


 振り返る。

 セラは分かれ道に立ったままだった。


「どうした?」


「…………」


 何か言おうとしている。

 でも。

 すぐには出てこない。


 リベルはそのまま待った。

 やがてセラが一度だけ息を吸う。


「この前」


「うん」


「一緒にやらないかって言ってくれたでしょ」


「ああ」


「私、断った」


「うん」


「それで、この前の依頼の後も……しばらく一緒にやらないって言った」


「言ってたな」


「……ちゃんと覚えてるんだ」


「そりゃ覚えてるよ」


 セラが少し笑った。

 でも、すぐに真面目な顔へ戻る。


「私」


 腰の鎖を握る。


「これ、やめたくない」


「うん」


「ずっと使ってきたし。私にはこれが一番合ってる」


「うん」


「でも」


 一度、指に力が入る。


「誰かを傷つけるのも嫌」


 リベルは何も言わない。


「だから、一人でいた方がいいと思ってた」


 少しだけ間が空く。


「今日だって、最初は怖かった」


「うん」


「また当たったらどうしようって」


「うん」


「だから、全然ちゃんと振れなかった」


「うん」


「……さっきからうんしか言わないね」


「ちゃんと聞いてるから」


「そっか」


 セラが小さく笑う。

 それから。


「でも」


 顔を上げる。


「途中から、何も気にしないで振れた」


「うん」


「仲間がいるのに」


 その言葉だけ、少しゆっくりだった。


「久しぶりだった」


 セラは自分の手を見る。


「怖くなくなったわけじゃない」


「俺も怖いよ」


「そこは変わらないんだ」


「急に鎖が安全になったわけじゃないし」


「……そうだね」


 今度は、セラが少し嬉しそうに笑った。


「でも、楽しかった」


 リベルの目が少し開く。


「今日、一緒に戦うの」


「俺も楽しかったよ」


「それと」


 セラが少しだけ視線を逸らす。


「一緒に歩くのも」


「うん」


「話すのも」


「うん」


「だから……」


 一度だけ迷う。

 それでも。

 今度は、自分からリベルを見る。


「また、一緒にやりたいって思った」


「…………」


「だから」


 翡翠色の瞳が、まっすぐこちらを向く。


「……私も、一緒に行っていい?」


 リベルは一瞬だけ黙った。

 それから。


「いいよ」


「……それだけ?」


「だって、俺は前から一緒にやりたいって言ってるし」


「そうだけど」


「じゃあ問題ないだろ」


「もうちょっと何かないの?」


「よろしく?」


「軽い!」


「でも本当にそれくらいだよ」


 リベルが笑う。


「来たいなら来ればいい」


 セラが止まった。


「…………」


「何?」


「いや」


 ゆっくりと、セラの口元が上がる。


「ほんと、リベルらしいなって」


「そう?」


「うん」


 そして。

 今度は、はっきり笑った。


「じゃあ、改めてよろしく!」


「ああ。よろしく!」


「キュ!」


 二人が同時に下を見る。

 少し先まで歩いていたアリスが、いつの間にか戻ってきていた。


「アリスもよろしくって」


「ほんと?」


「たぶん」


「そこは分かんないんだ」


「何でも分かるわけじゃないから」


 セラがしゃがむ。


「じゃあ、アリスもよろしくね」


 手は伸ばさない。

 少し離れたまま笑う。

 アリスの大きな耳が、ぴくりと動いた。


 そして。

 一歩だけ。

 セラの方へ近づいた。


「……え」


 セラが固まる。


「今、近づいた?」


「近づいた」


「私に?」


「たぶん」


「たぶんって言わないで!」


「いや、でもそう見えるし」


「アリス」


 セラの声が一気に明るくなる。


「もう一歩!」


「欲張ると逃げるよ」


「……我慢する」


「偉い」


「子供扱いしないで」


 夕暮れの通りに、二人の声が重なる。

 少し前までリベルは一人だった。


 知らない世界で目を覚まして。

 どこへ行くかも。

 何をするかも。

 何も決まっていなかった。


 アリスは、自分からここまでついてきた。

 そしてセラも。

 今、自分でここにいることを選んだ。


 誰かに決められたわけではない。

 無理に連れてきたわけでもない。

 自分で選んだ場所。


「……帰ろうか」


「うん!」


 セラが答えたところで、リベルはふと思い出したように足を止める。


「そういえば、腹減ってない?」


「減ってる!」


「即答だな」


「依頼帰りだよ?」


「じゃあ飯食ってから帰る?」


 セラが少し目を丸くする。

 それから、すぐに笑った。


「行く!」


「キュ」


「アリスも行くって」


「ほんと?」


「たぶん」


「またそれ?」


 三人で笑いながら、分かれ道を離れる。

 少し前までリベルは一人だった。


 知らない世界で目を覚まして。

 どこへ行くかも。

 何をするかも。

 何も決まっていなかった。


 アリスは、自分からここまでついてきた。

 そしてセラも。

 今、自分でここにいることを選んだ。


 誰かに決められたわけではない。

 無理に連れてきたわけでもない。

 自分で選んだ場所。

 夕暮れのフィンリスを、三人で歩いていく。

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