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WILD HEART  作者: 日向 トキ
第三章 選んだ場所

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⑤

 冒険者ギルドへ着くと、リベルはまっすぐ受付へ向かった。


「エレナ」


「おかえりなさい。今日は早かったですね」


「ちょっと聞きたいことあるんだけど」


「依頼の報告より先にですか?」


「……あ」


 エレナが笑う。


「ラグ二体の討伐でしたよね?」


「倒した。ちゃんと二体」


「では、先にそちらを済ませましょう」


「危なかった。普通に忘れるところだった」


「報酬を忘れる冒険者は初めて見ました」


「今日はそれどころじゃなくてさ」


 討伐の確認を済ませ、報酬を受け取る。

 それをしまうのもそこそこに、リベルは受付台へ身を乗り出した。


「定相種の登録ってできる?」


「できますけど……どうしたんですか?」


「カーバルが門までついてきた」


 エレナの目が少し丸くなる。


「カーバルが?」


「うん。今、門の外にいる」


「本当にフィンリスまで来たんですか?」


「俺もびっくりした」


 昨日は外壁が見えるところまで来て、姿を消した。

 今日は違った。


 人が増えても。

 門が近づいても。

 怖がりながら、それでも最後までついてきた。


「それで衛兵に、街へ入れるなら登録が必要って言われた」


「なるほど。同伴登録ですね」


「それ何?」


「そのままの意味ですよ。定相種を街の中へ同伴するための登録です」


「飼ってなくても?」


「所有の登録ではありませんから」


 エレナは受付の下から一枚の書類を取り出した。


「街の中へ定相種を入れる場合、その個体を管理する責任を負う方が必要なんです。何かを壊したり、誰かを傷つけたりした場合には、当然その責任も負うことになります」


「俺が?」


「リベルさんが登録するなら」


「……なるほど」


 思っていたより、少し重い話だった。


 ついてきた。

 だから一緒に街へ入る。

 それだけでは済まないらしい。


 カーバルは、リベルの言葉を聞いて動くわけではない。

 近づけば逃げる。

 触ろうとしても逃げる。

 何をするのかだって、まだほとんど分からない。


「登録しなかったら?」


「街には入れません。ただ、そのまま平原へ戻すのも自由です」


「自由か」


「はい」


 エレナはそれ以上何も言わなかった。

 決めるのは自分。

 門の外にいるカーバルを思い出す。


 たくさんの人。

 荷車。

 大きな音。

 怖そうに何度も立ち止まって。

 それでも、あいつは自分からここまで来た。


「……分かった」


 リベルは顔を上げた。


「俺が責任持つよ」


 エレナが少しだけ笑う。


「では、確認してもらいましょう」


「今からできる?」


「簡単な確認だけですから。職員にお願いしてきますね」


「ありがとう」


 エレナが受付の奥へ向かう。

 リベルはその背中を見送りながら、何となく自分の手を見る。


「責任か……」


 少し前まで、自分一人のことだけ考えていればよかった。


 どこへ行くか。

 何をするか。

 何を選ぶか。

 それだけだった。

 でも、自分以外の何かと一緒にいるなら、それだけでは済まない。


「まあ……そりゃそうか」


 自由にさせることと、放っておくことは違う。

 少なくとも街の中へ連れて入るなら、そのくらいは引き受けるべきなのだろう。

 しばらくして、エレナが一人の職員を連れて戻ってきた。


「お待たせしました」


「じゃあ行こう」


「早いですね」


「待ってるか気になる」


「逃げてるかもしれませんよ?」


「それはそれで仕方ないけど」


 そう答えながらも、リベルの足は自然と少し速くなっていた。


◇


 門が見えてくる。

 人の向こう。

 外側の街道。


「……いた」


 カーバルはまだそこにいた。

 門から少し離れた場所に座り、大きな耳を動かしながら辺りを警戒している。

 こちらへ顔が向いた。


「キュッ」


「待ってたのか?」


 少しだけ声が明るくなる。

 カーバルは立ち上がった。

 けれど、近づいてはこない。


「やっぱそこは変わらないんだな」


 門にいた衛兵もリベルへ気づいた。


「早かったな」


「見ててくれてありがとう。何もなかった?」


「ああ。ずっとその辺にいたぞ」


「よかった」


 一緒に来たギルド職員がカーバルを見る。


「この個体ですね」


「うん」


 職員がゆっくり近づく。

 その瞬間。


「クゥ……」


 カーバルの耳が伏せられた。

 一歩、後ろへ下がる。

 職員も足を止めた。


「かなり警戒心が強いですね」


「俺が近づいても逃げるよ」


「リベルさんでも?」


「うん。でも離れるとついてくる」


「なるほど」


 職員は無理に距離を詰めなかった。

 少し離れた位置から、カーバルの身体を見る。


 歩き方。

 傷の有無。

 周囲への反応。

 カーバルもじっと職員を見ていた。


「リベルさん、少し歩いてみてもらえますか?」


「歩く?」


「はい。門から離れる方向へ」


「分かった」


 言われるまま数歩進む。

 振り返る。

 カーバルは動かない。


「もう少しお願いします」


 さらに歩く。

 すると。

 カーバルが立ち上がった。

 一定の距離を保ったまま、リベルの後を追う。


「お」


「止まってください」


 リベルが止まる。

 カーバルも止まった。


「今度は戻ってみてください」


「うん」


 一歩近づく。

 カーバルが一歩下がる。


「……ほんと面倒なやつだな」


「かなり分かりやすいと思いますよ」


「そう?」


「近づかれるのは嫌。でも離れていくのも嫌なんでしょう」


「……そうなのかな」


 リベルがカーバルを見る。

 青緑の瞳も、こちらを見ていた。


「少なくとも、リベルさんを基準に動いているようには見えます」


 職員が書類へ何かを書き込む。

 衛兵も腕を組んで頷いた。


「さっきからずっとそんな感じだな」


「登録できる?」


「現状なら問題ありません。ただし、先ほど説明を受けた通り、街の中ではあなたが責任を負ってください」


「分かった」


「個体名は?」


「名前?」


「はい」


 リベルはカーバルを見る。


「……ないな」


「では、今は空欄にしておきます」


 書類に文字が記される。


 種――カーバル。

 同伴責任者――リベル。

 個体名――なし。


 それだけだった。

 何か特別な関係になったわけではない。

 カーバルが自分のものになったわけでもない。


 ただ。

 この街の中へ一緒に入るなら、自分が責任を持つ。

 決まったのは、それだけだ。


「これで入れる?」


「はい」


「よし」


 リベルはカーバルを見る。


「行くぞ?」


「キュ」


「分かってる?」


 耳がぴくりと動く。


「まあいいか」


 リベルが歩き始める。

 少し遅れて、小さな足音がついてきた。


 門を越えるその瞬間。

 カーバルの動きが止まった。


「……あ」


 外とはまるで違う。

 石畳を踏む無数の足音。

 荷車の車輪。

 店先から飛ぶ呼び声。

 金属を打つ音。

 食べ物の匂い。


 知らない者たちが、次々と目の前を横切っていく。

 カーバルの大きな耳が休むことなく動いていた。

 尾も少し低い。


「すごいだろ」


 リベルは笑う。


「俺も最初そんな感じだったよ」


「……キュゥ」


「俺は鳴かなかったけど」


 前から荷車が近づいてきた。

 車輪が石畳を鳴らす。

 カーバルの身体がびくりと縮む。

 そして半歩。

 リベルへ近づいた。


「……近いな」


 今では一歩ほどしか離れていない。

 通りを歩く者の何人かがこちらを見る。


「カーバル?」


「街の中で珍しいな」


「野生じゃないのか?」


 声が聞こえるたび、カーバルは周囲を見回す。

 そのたびに、少しずつリベルとの距離が縮まった。


「そんな怖いなら戻ればいいのに」


 カーバルを見る。

 戻らない。

 リベルの少し後ろを歩いている。


「……まあ、好きにしてくれ」


 試しに手を伸ばすと。

 さっとカーバルが離れた。


「そこは駄目なのね」


「キュッ」


「怒った?」


 手を戻す。

 少し歩く。

 するとまた、カーバルは一歩ほどのところまで戻ってきた。


「ほんと難しいな、お前」


 けれど、昨日までよりは近い。

 そのことが、少しだけ嬉しかった。


◇


 そのまま冒険者ギルドへ戻ると、受付にいたエレナがすぐに気づいた。


「あ」


「入れた」


「本当についてきてますね」


「でしょ?」


 なぜか少し誇らしい言い方になった。

 自分でも気づいて、リベルが首を傾げる。

 エレナは受付台から少し身を乗り出し、リベルの後ろを見る。


「思っていたよりかわいいですね」


「触ろうとすると逃げるよ」


「では、やめておきます」


「聞き分けいいな。俺はもう何回か試した」


「学んでください」


「もう学んだよ」


「本当ですか?」


「……たぶん」


「まだですね」


 カーバルはリベルの後ろからエレナを見ている。

 耳は立っているが、逃げようとはしない。


「これで街の中は大丈夫なんだよね?」


「はい。ただし、何かあった時はリベルさんの責任ですからね」


「分かってる」


「宿にも確認してください。登録されていても、定相種を部屋へ入れていいかどうかは宿ごとに違います」


「あ、それもあるのか」


「ありますよ」


「……やること増えたな」


「自分で登録したんでしょう?」


「そうだけど」


 言いながら、リベルは少し笑った。

 嫌ではなかった。

 ギルドを出る。

 これから銀月亭へ戻って、ローナにも話さなければならない。

 その前に。


「……ん?」


 通りの向こう。

 武器屋の前に並べられた剣が目に入った。

 リベルの足が止まる。


「そういえば」


 さっき作った、剣とは呼びづらい青白い棒。

 帰ったらもう少し試すつもりだった。


「…………」


 店先に掛けられた剣を見る。


 柄。

 鍔。

 刃。

 さっきは、その全部を《顕現》で作ろうとした。


 握る部分の太さも。

 鍔の形も。

 刃の厚さも。

 全部。


「……待てよ」


 腰の剣を抜く。

 カーバルが少し離れる。


「大丈夫。戦わないから」


 剣を見る。

 自分が変えたいのは何だ。

 昨日届かなかった。

 あと半歩。

 欲しかったのは、状況に合わせて変えられる間合いだ。


「だったら……」


 柄まで変える必要はない。

 握る場所も。

 鍔も。

 そこは普通のものを使えばいい。

 変えたいのは、その先。


「全部、魔力で作る必要ないじゃん」


 リベルの顔が上がる。


「行くぞ」


「キュ?」


「ちょっと寄り道!」


 カーバルが首を傾げた。


◇


 武器屋の扉を開く。


「おっちゃん!」


「うるせえ」


 奥で作業をしていたバレンが顔を上げる。

 そしてリベルの後ろを見た。


「……何だそいつ」


「カーバル」


「見りゃ分かる」


「ついてきた」


「何でお前は来るたび変なもん増やしてんだ」


「俺にも分かんない」


 カーバルは入口近くで止まり、店の中を警戒するように見回している。

 バレンもそれ以上は気にせず、手元の道具へ視線を戻した。


「で、今日は何だ」


「柄だけ売って!」


「帰れ」


「早い!」


「武器屋に来て柄だけ寄越せって言う奴があるか!」


「ここにいる!」


「胸張るな!」


 バレンが大きく息を吐く。


「何に使う」


「剣作る」


「なら剣買え」


「刃はいらない」


「じゃあ剣じゃねえだろ」


「刃は俺が作るから」


 バレンの手が止まった。


「……何?」


「さっき試したんだけどさ」


 リベルは店内を見回す。


「ここで《顕現》使っていい?」


「駄目だ」


「まだ何もしてないだろ!」


「お前はやりそうだから先に言ってんだ」


「エレナみたいなこと言うなよ……」


「外行け」


「はい」


 店の外へ出る。

 カーバルも少し遅れてついてきた。

 人通りの邪魔にならない場所へ移動する。

 リベルは左手を前へ出した。


「こんなの作った」


 青白い光が集まる。

 剣ほどの長さ。

 少し平たく。

 先端だけ細い。

 不格好な棒が形になった。

 バレンが黙る。


「……何か言って」


「棒だな」


「俺もそう思ってる」


「何でこれを剣だと思った」


「剣を作ろうとはした!」


「結果の話だ」


「厳しいな!」


 バレンが青白い棒を横から見る。


「握るとこまで作ってんのか」


「うん。それで気づいた」


 リベルは顕現を消した。


「俺が欲しいのは刃の長さを変えることなんだよ。だったら、柄まで作る必要ないなって」


「……それで柄だけ寄越せと?」


「そう!」


「最初からそう説明しろ」


「説明したら売ってくれる?」


「それとこれは別だ」


「何で!?」


 バレンは呆れた顔のまま店へ戻った。


「ちょっと待ってろ」


「あるの?」


「柄だけの剣なんかねえ!」


「じゃあ何取りに行ったの?」


「黙って待ってろ!」


 少しして戻ってくる。

 手には一本の剣。


 いや。

 剣だったもの。

 刃は鍔の少し先で折れており、短い金属だけが残っている。


「これ」


「折れてる」


「見りゃ分かる」


「さっき俺が言われたやつ」


「いらねえなら帰れ」


「いる!」


 慌てて受け取る。

 革の巻かれた柄。

 小さな鍔。

 その先に、わずかに残った金属。


「捨てる予定だったやつだ。柄はまだ使える」


「これなら」


 握る。

 太さもちょうどいい。

 何より、作ったものとは違って手の中で安定している。


「ちょっと試していい?」


「店から離れろ」


「分かってるって」


「本当か?」


「信用ないな」


「お前だからな」


「ひどい」


 少し広い場所まで移動する。

 カーバルは数歩離れたところで座り、こちらを見ていた。


 リベルは折れた剣の柄を握る。

 前と同じように、剣を思い浮かべる。

 でも、全部ではない。


 柄はもうある。

 鍔もある。

 握る場所を考える必要もない。

 作るのはその先だけ。


「……刃」


 魔力を流す。

 青白い光が、折れた金属の先へ集まった。


 伸びる。

 昨日より細く。

 平たく。

 片側に刃を作るように。

 青白い形が少しずつ伸びていく。

 そして。


「……おお」


 光が収まる。

 まだ少し厚い。

 完全に真っ直ぐでもない。

 それでも、棒とは違った。


「剣だ」


「剣寄りだな」


「そこは剣って言ってよ!」


「まだ甘い」


 バレンが近くから眺める。


「先が太い。厚みも均一じゃねえ」


「でも棒より全然いい」


「そりゃ作るもん減らしてんだからな」


「なるほど」


 リベルは軽く振る。

 顕現で作ったものより手の中でぐらつかない。


「おお……!」


 もう一度。

 今度は少し強く。

 青白い刃が空気を切る。


「持ちやすい!」


「柄なんだから当たり前だ!」


「その当たり前を全部作ろうとしてたんだよ」


「馬鹿だな」


「自分でもちょっと思ってる」


 一度《顕現》を解除する。

 青白い刃だけが消え、柄が手元に残った。


「次」


 もう一度魔力を流す。

 今度は短く。

 先ほどより短い刃が形成される。


「できた」


 消す。

 次は長く。

 さっきより一回り長い青白い刃。


「……できる」


 形を作った後から長さを変えることはできない。

 でも、一度消して作り直せばいい。


 近い相手なら短く。

 間合いが必要なら長く。

 今日届かなかった、あの距離にも。


「これなら届くな」


 自然と口元が上がった。

 バレンが腕を組む。


「浮かれるのはまだ早えぞ」


「分かってる」


「本物の刃とは違う。どこまで斬れるか、どれだけ保つかも試してねえ」


「うん」


「長くすりゃ、その分振りやすいとも限らん」


「それも試す」


「実戦でいきなり無茶すんなよ」


「普通の剣も持ってく」


「ならいい」


 リベルは手の中の柄を見る。

 剣を丸ごと作ろうとして失敗した。

 今は、必要なところだけを自分で作った。


「こういうのもありなんだな」


「何がだ」


「全部自分でやらなくてもいいってこと」


 バレンが少しだけ眉を上げる。


「当たり前だろ」


「俺には今分かった」


「遅えよ」


「でも分かったからいいだろ」


 青白い刃を消す。

 柄だけが残る。


「これ、貰う」


「廃材でもタダじゃねえぞ」


「金取るの?」


「店だぞ!」


「分かったよ!」


 支払いを済ませる。

 柄を腰へ差す。

 いつもの剣とは反対側。


 まだ完成した武器とは言えない。

 刃の形も甘い。

 実戦でどこまで使えるかも分からない。

 それでも、以前よりできることは増えた。


「よし。帰るか」


 振り返る。

 カーバルはまだ少し離れたところにいた。


「待ってた?」


「キュ」


「今日はよく待つな、お前」


 歩き出す。

 小さな足音がついてくる。

 人が横を通れば、カーバルは少しリベルへ寄る。

 手を伸ばせば逃げるくせに、離れればついてくる。


「……まあいいか」


 リベルは前を向いた。

 腰には、新しい柄。

 その後ろには、名前もないカーバル。

 昨日までとは、少し違う帰り道になった。


 新しい武器がどうなるのかも、カーバルとの距離がどう変わるのかも、まだ分からない。

 だからこそ、少し楽しみだった。

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