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WILD HEART  作者: 日向 トキ
第三章 選んだ場所

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④

 翌日。

 リベルは一人でフィンリスの外へ出ていた。

 昨日とは違う街道。

 目的地は、街からそれほど離れていない林の近くだ。


 依頼はラグ二体の討伐。

 何度か戦ったことのある相手だった。


「最近、知ってる依頼も増えてきたな」


 少し前なら、依頼書に書かれている名前のほとんどが知らないものだった。

 今ではミレア草やセルナ草、ラグやガルクも分かる。


 知らないものが減っていく。

 それはそれで少し寂しい気もする。


「まあ、まだ知らないことは全然あるか」


 掲示板には聞いたことのない名前がいくらでも並んでいた。

 フィンリスの周りだけでそれだ。

 もっと遠くへ行けば、また何も知らない場所がある。

 そう考えると、自然と足取りが軽くなった。


 林が近づくにつれて街道を離れ、草の中へ入る。

 依頼書に書かれていた目撃場所はこの辺りだ。


「二体だったよな」


 辺りを見回す。

 風が木々を揺らす音。

 草の擦れる音。


 少し前なら、全部が同じように聞こえていた。

 今は違う。

 足へ魔力を流す。


 身律。

 身体だけではない。

 耳へ意識を向けると、周囲の音が少しずつ分かれていく。


 風。

 鳥。

 小さな生き物。

 そして。


「……いた」


 右奥。

 草が不自然に揺れた。

 直後、灰褐色の身体が飛び出してくる。


 ラグが一体。

 リベルは剣を抜いた。

 そのさらに後ろから、もう一体。


「二体同時か」


 二体のラグが左右へ分かれる。

 以前なら、それだけでかなり嫌だった。


 どちらを見るか迷う。

 一体を相手にしている間に、もう一体が来る。

 けれど今は、少し違う。


「まず、そっち」


 左手を向ける。

 青白い光が集まり、厚い板が現れた。

 一体の進路を塞ぐ。


「ギャッ!」


 急に現れた壁を避け、ラグが大きく横へ回る。

 その間に、もう一体が正面から迫った。


 速い。

 けれど見える。

 足へ流す魔力を強める。


 一歩、横へ。

 ラグの牙が空を切る。

 すれ違いざまに剣を振る。


「っ!」


 刃先が毛を掠めた。

 浅い。


 ラグが着地すると同時に身体を捻る。

 次が来る。

 リベルも剣を構え直した。


「今の、もうちょっとだったな」


 考える暇はない。

 最初に板で進路を変えたラグが戻ってきた。


 二体。

 片方が正面。

 もう片方が右。


「だったら――」


 青白い板をもう一枚。

 今度は正面ではなく、斜めに作る。

 走り込んできたラグが板を避ける。

 進む方向が変わった。


「そっち行くよな!」


 予想した場所へ踏み込む。

 剣を振る。

 今度は届いた。


「ギャウッ!」


 一体が地面を転がる。

 倒し切れてはいない。

 だが、すぐには動けない。

 残る一体が横から飛び込んでくる。


「っ!」


 リベルは剣を戻す。

 だが、間に合わない。


 左手をかざす。

 青白い板が現れた。


 ガンッ!

 ラグの身体が板へぶつかる。

 衝撃で板が揺れる。

 リベルはその横から剣を突き出した。

 だが。


「……!」


 刃先が届かない。

 ほんの少し。

 板を挟んでいるせいで、普段より距離がある。

 ラグの身体はすぐそこにあるのに。

 あと半歩が足りなかった。


「くそっ」


 踏み込めば届く。

 けれど、そのためには板の横へ身体を出さなければならない。

 その一瞬でラグがこちらへ向けば、今度は自分が危ない。


 迷った一瞬。

 ラグが板から離れた。


「逃げた!」


 距離が開く。

 追う。

 身律で一気に詰める。

 今度は板を使わず、正面から。

 ラグが牙を向ける。


 その直前で横へ抜け、剣を振り抜いた。

 今度は深く入る。

 ラグが地面へ倒れた。


「……ふう」


 息を吐く。

 もう一体を見る。

 先ほど斬ったラグも、立ち上がろうとしていた。


「まだか」


 リベルは剣を構え直す。

 その後の戦いに、それほど時間はかからなかった。


◇


 二体の討伐を確認してから、リベルは近くの木の根元へ腰を下ろした。


「前よりは楽だったな」


 身律。

 顕現。

 剣。

 できることが増えた。

 最初にラグと戦った頃とはかなり違う。

 それでも。


「……あと半歩」


 さっきの場面が頭に残っていた。

 板の向こうにラグがいた。

 剣を伸ばした。

 でも届かなかった。


 踏み込めばいい。

 普通ならそれで終わる話だ。

 けれど、踏み込めない時だってある。


「剣がもうちょっと長かったら届いたんだよな」


 腰の剣を見る。

 当たり前だが、長さは変わらない。

 短くも長くもならない。


「……ん?」


 そこで、リベルの視線が自分の左手へ落ちた。

 剣は変わらない。

 でも、顕現なら?


 手のひらを上へ向ける。

 魔力を集める。

 青白い光。

 前にも作った短い棒を作る。


「これは長さ変えられるよな」


 一度消す。

 もう一度。

 今度は少し長く。

 同じ形。

 長さだけが違う。


「……できる」


 板だって大きさを変えられる。

 厚さも変えられる。

 作る時なら、ある程度は形も決められる。

 なら。


「剣も作れるんじゃないか?」


 前にも一度、考えたことがあった。

 あの時は、小さな刃を作るだけだった。

 でも今なら。


 武器そのものを作ればいい。

 短い方が使いやすいなら短く。

 距離が必要なら長く。

 相手や状況に合わせて変えられる。


「それなら……」


 さっきみたいな場面でも届く。

 リベルは立ち上がった。

 もう一度左手を前へ出す。


「剣」


 頭の中に、腰へ差した剣を思い浮かべる。

 柄や鍔、刃の長さ、形。


 魔力が集まっていく。

 青白い光が伸びた。


「おお……!」


 徐々に形ができていく。

 手元から前へ。

 剣ほどの長さ。

 光が収まる。


「…………」


 リベルは完成したものを見る。

 長い。

 硬い。

 先端も一応細くなっている。

 だが。


「……棒だな」


 剣ではない。

 どちらかと言えば、少し平たい棒。

 刃らしい部分もあるにはある。

 けれど、普段使っている剣と比べればかなり不格好だった。

 握る部分も太い。

 鍔らしきものも妙な形をしている。


「何で?」


 腰の剣と見比べる。

 似せたつもりだった。

 だが、全然似ていない。


「板はできるのに」


 試しに振ってみる。


「重っ」


 途中で止めた。

 重さの偏りもひどい。

 先端が重すぎる。


「これで戦うのは無理だな」


 一度消す。

 もう一度作ってみる。

 今度は少し細く。

 刃を意識する。

 光が伸びる。

 完成。


「……さっきよりは剣?」


 少しだけ。

 それでもまだ棒に近い。


「難しいな」


 板なら、平らで厚ければいい。

 棒なら、真っ直ぐ伸ばせばいい。

 けれど剣は違う。


 握る場所。

 刃。

 重さ。

 形。

 考えなければならないことが多い。


「まあ、いきなりできるわけないか」


 青白い棒を消す。

 失敗した。

 でも、できないとは思わなかった。


「帰ったらもうちょっと試してみよう」


 腰の剣へ手を置く。

 長さを変えられる武器。

 まだ形にはなっていない。

 それでも、さっきまでなかった考えが一つ増えた。


「よし」


 討伐したラグの処理を済ませ、リベルはフィンリスへ戻ることにした。

 その時。

 少し離れた草の向こうで、淡い色が動いた。


「……あ」


 長い耳。

 大きな尾。

 淡いクリーム色の身体。


「またいたのか」


 カーバルだった。

 こちらを見ている。

 以前より、少しだけ近い。


「いつからいた?」


 当然、返事はない。


「戦ってる時?」


 カーバルの耳がぴくりと動く。


「見てたなら手伝ってくれてもよかったんだけど」


 じっと見ている。


「冗談だよ」


 リベルは笑い、歩き始めた。

 カーバルを呼ばない。

 追いもしない。

 しばらく歩いてから振り返る。

 いる。


「やっぱりついてくるんだな」


 また前を向く。

 歩く。

 振り返る。

 まだいる。


 距離は昨日より近かった。

 林を抜ける。

 街道へ戻る。

 途中で何台かの荷車とすれ違った。

 そのたびにカーバルは街道から離れ、草の中へ隠れる。


 けれど。

 荷車が通り過ぎると、また姿を現した。


「今日は帰らないの?」


 リベルが聞く。

 カーバルは答えない。


「まあ、好きにすればいいけど」


 そのままフィンリスへ向かう。

 少しずつ人が増えていく。


 旅人。

 冒険者。

 荷車。

 遠くには、見慣れ始めた外郭壁。


「そろそろ街だぞ」


 何となく声をかけながら振り返る。

 まだカーバルはいた。


「……まだ来るんだ」


 昨日はこの辺りでいなくなった。

 フィンリスの外壁が見えた頃には、もう姿を消していたはずだ。

 今日は違う。


 リベルが歩くと、カーバルも同時に歩く。

 けれど、門が近づくにつれて、その足取りは少しずつ遅くなった。


 人が多い。

 声も多い。

 荷車の車輪。

 金属の鳴る音。

 知らない生き物の鳴き声。

 カーバルの耳が忙しなく動いている。


 やがて、足が止まった。

 リベルも数歩進んでから気づく。


「ん?」


 振り返る。

 カーバルは街道の端に立っていた。


 門を見る。

 リベルを見る。

 また門を見る。


「怖い?」


 答えはない。

 大きな尾が少し低くなっている。

 リベルは少し待った。

 近づかない。

 手も伸ばさない。


「俺は帰るけど」


 そう言って、門へ向き直る。


「来るなら勝手に来ていいよ」


 歩き出す。

 一歩。

 二歩。

 三歩。


「……キュ」


 足が止まった。


「……ん?」


 リベルは振り返る。

 カーバルがこちらを見ていた。


「今、鳴いた?」


「……キュゥ」


「声出せたんだ」


 今まで一度も聞いたことがなかった。


「何?」


 カーバルは門を見る。

 それからリベルを見る。


「入りたいの?」


 耳が動く。

 それが返事なのかは分からない。

 リベルは少し考える。


「じゃあ来れば?」


 再び歩き出す。

 今度は、後ろから小さな足音がした。


 振り返らない。

 足音はまだ止まらない。

 門へ近づくにつれて人通りが増える。

 そのたびに少し遅くなる。

 それでも、逃げなかった。


 リベルが門の列へ並ぶ。

 しばらくして、横を見る。


「……近くない?」


 カーバルがいた。

 今までで一番近い。

 手を伸ばしても届かない。

 けれど、ほんの数歩の距離だった。


「自分から来たんだからな」


「キュ」


「それ返事?」


 少しだけ笑う。

 列が進む。

 やがて、リベルたちの番になった。


「次」


 衛兵の声。


「はい」


 リベルはギルド証を取り出す。

 衛兵が確認する。


「フィンリス支部の冒険者か」


「うん」


「通っていい」


「ありがとう」


 証を受け取り、門へ足を向ける。

 カーバルもその後ろをついていく。

 すると。


「待て」


「ん?」


 リベルが振り返った。

 衛兵はリベルではなく、その後ろを見ている。


「そいつは何だ?」


「そいつ?」


 振り返る。

 そこにはカーバルがいる。


「ああ」


「お前の連れか?」


「いや」


 リベルは即答した。


「勝手についてきた」


「……勝手に?」


「うん」


 衛兵がしばらく黙る。

 それから小さく息を吐いた。


「それが一番困る」


「何で?」


「登録されていない定相種を、そのまま街へ入れることはできない」


「登録?」


「ああ」


 衛兵がカーバルを見る。


「街の中で問題を起こした時、誰が責任を取る?」


「……あ」


 リベルもカーバルを見る。

 カーバルは何も知らない顔でこちらを見ている。


「でも俺、こいつを飼ってるわけじゃないよ」


「なら外に残していけ」


「…………」


 カーバルを見る。

 門を見る。

 またカーバルを見る。


「入れたいなら?」


「冒険者ならギルドで登録できる」


「俺が?」


「お前が管理者になる」


「管理者」


「少なくとも、街の中ではそいつの行動に責任を持つってことだ」


「なるほど」


 衛兵が門の外を指す。


「登録するなら、そいつはここに残せ。お前だけギルドへ行ってこい」


「こいつ、一人で待てるかな」


「俺が見といてやる」


「助かるよ」


 リベルはカーバルの方へ向き直る。


「聞いてた?」


「……キュ」


「分かってないよな」


 カーバルが首を傾げる。


「ちょっと待ってて」


 リベルは門の内側を指す。


「登録してくるから」


 カーバルは動かない。


「勝手についてきたのに、今度は俺が登録しに行くんだな」


 少しだけ可笑しくなる。

 けれど、ここまで来ることを選んだのはカーバルだ。

 街へ入れるなら。

 その先は、自分にもやることがあるらしい。


「すぐ戻るよ」


「クゥ……」


 小さな声。

 不安そうにも聞こえた。

 リベルは少し迷ってから、しゃがむ。

 手は伸ばさない。


「大丈夫。逃げたくなったら逃げてもいいから」


 カーバルの青緑の瞳が、じっとこちらを見る。


「でも、まだここにいたら一緒に入ろう」


 立ち上がる。


「じゃあ行ってくる」


 今度こそ、リベルは一人で門をくぐった。

 数歩進んでから振り返る。


 外側。

 衛兵の少し向こう。

 淡いクリーム色の姿が、まだそこにある。


「……待ってるかな」


 分からない。

 それでも、まずは登録を済ませないと始まらない。

 リベルは少し足を速めた。

 向かう先は、冒険者ギルドだった。

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