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WILD HEART  作者: 日向 トキ
第三章 選んだ場所

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23/32

②

 草むらの奥で、何かが動いた。

 右。

 少し遅れて、左も。

 リベルは剣の柄を握ったまま、視線だけを動かした。


「何人いる?」


「まだ分からない」


 セラの声が低くなる。

 さっきまで笑っていた時とは違う。

 身体の力を抜き、いつでも動けるように構えている。

 腰の鎖へ手を掛けながら、セラが小さく続けた。


「リベル」


「ん?」


「始まったら、私の近くには来ないでね」


「鎖があるから?」


「うん。結構広く使うから」


「分かった」


 前に話した時も、近くで見ない方がいいと言っていた。

 危ないから。

 その意味を、今日初めて知ることになりそうだ。


「マルクは?」


「荷車から動かない」


 マルクが御者台の上で答えた。


「護衛は二人に任せる」


「了解」


 その直後。


「動くな!」


 街道の右側から男が飛び出した。

 一人。

 続けて二人。

 反対側からも草を掻き分ける音が聞こえ、さらに二人が姿を現す。


「五人か」


 リベルは周囲を見る。

 見える範囲では、それだけ。

 全員が武器を持っていた。


 短剣。

 片手剣。

 斧。

 棍棒。


 服装に統一感はない。

 けれど、荷車を左右から挟む位置へ出てきた動きには迷いがなかった。


「荷を置いていけ」


 先頭の男が言う。


「抵抗しなきゃ追わねえ」


「……盗賊?」


「見れば分かるでしょ」


 セラが小声で返す。


「初めて見たから」


「こんなのにまで興味持たなくていいよ」


「別に興味はない」


「ほんとに?」


「たぶん」


「そこは言い切って」


 そんなやり取りをしていると、男が苛立ったように剣を持ち上げた。


「何をごちゃごちゃ喋ってやがる!」


「怒られた」


「リベルのせい」


「俺だけ?」


 セラの口元が僅かに緩む。

 だが、その手はすでに鎖刃を握っていた。


「最後だ。荷を置いて消えろ」


 男が言う。

 リベルは荷車を見る。

 その後ろにはフィンリスへ続く道。

 前には倒木。

 左右は背の高い草。


 逃げるなら来た道へ戻るしかない。

 だが、荷を置いて逃げるつもりはなかった。


「これ、断ったら?」


「戦うことになるね」


「だよな」


「無理そうなら下がってもいいよ」


 セラがさらりと言う。


「一人で五人?」


「慣れてるから」


「それはちょっと気になるけど」


 リベルは剣を抜いた。


「今日は俺も護衛だから」


 一歩前へ出る。


「引き受けたのに、荷物置いて帰るのは違うだろ」


「……そっか」


 セラはそれ以上何も言わなかった。

 ただ、小さく笑う。


「じゃあ、右お願い」


「了解」


 先頭の男が舌打ちした。


「やれ!」


 右側にいた二人がリベルへ走り出す。

 ほぼ同時に、左側からも一人がセラへ踏み込んだ。


 残る二人は動かない。

 一人は先ほどから話していた男。

 もう一人は荷車を窺っている。


 その瞬間。

 セラの右腕が大きく振られた。

 じゃらりと鎖が鳴り、先端の刃が低い軌道を描きながらセラに迫っていた男へ走った。


「うおっ!」


 一人が慌てて足を止めた。

 だが。


「……速っ」


 リベルが目を見開く。

 最初に腕を振った時より、明らかに途中から速度が上がった。


 鎖がしなる。

 刃が地面すれすれを走り、男の足元を横切った。

 飛び退いた男へ追うように、セラが身体を回す。

 今度は鎖が大きな円を描いた。

 それなのに勢いがほとんど落ちない。


「……今、途中で速くなったのか?」


 明らかに何かしている。

 ただ鎖を振り回しているだけじゃない。


「見てないで!」


「あ、ごめん!」


 右から剣を持った男が迫っていた。

 リベルは一歩踏み込む。


 足へ魔力を流す。

 身体が軽くなる。

 振り下ろされた剣を横へ避け、そのまま相手の側面へ回り込む。


「くっ!」


 相手が慌てて身体を向ける。

 だが遅い。

 リベルは剣の腹で腕を打った。


「ぐっ!」


 男の手から剣が落ちる。

 追撃しようとしたところで、後ろから気配。

 振り返ると二人目が来ていた。


「っ!」


 間に合わない。

 そう思うより先に、左手を向けた。

 青白い光。

 厚い板が形成される。


 ガンッ!

 棍棒が板へ叩きつけられた。


「何だこれ!」


 板を前に押し出すと、相手が一歩下がった。

 その隙に距離を取る。

 視界の端で黒いものが走った。

 鎖だ。


「危なっ!」


 反射的に頭を下げる。

 数歩先を、セラの刃が横切った。


「だから近くに来ないでって言ったでしょ!」


「来てない!」


「十分近い!」


「これで!?」


「私には!」


「分かった!」


 リベルはさらに右へ移動した。

 確かに、これは近くで戦いづらい。

 セラの鎖が届く範囲が広すぎる。


「……いや」


 違う。

 邪魔なのではない。

 範囲が広いなら、その外で動けばいい。


 リベルは自分の前にいる男を見る。

 さらに奥。

 別の盗賊が荷車の後ろへ回り込もうとしていた。


「セラ!」


「見えてる!」


 鎖が伸びる。

 しかし、男はぎりぎりで軌道の外へ逃げた。

 そのまま荷車へ向かう。


「そっちは――」


 リベルが走る。

 身律で一気に距離を詰める。

 男もこちらに気づき、速度を上げた。


「邪魔だ!」


 短剣を振る。

 リベルは身を捻って避ける。

 その瞬間。


「後ろの箱だ!」


 別の男が叫んだ。


「右から二つ目!」


「……え?」


 リベルの視線が一瞬、荷台へ向く。

 木箱が並んでいる。

 大きさも見た目もほとんど同じ。

 だが、盗賊の男は迷わなかった。

 一直線に、荷台の後方へ向かっている。


「何で分かるんだ?」


 考えるより先に身体が動いた。

 男と荷車の間へ回り込む。

 剣を構える。


「どけ!」


「嫌だ」


 短剣と剣がぶつかり、鈍い金属音が鳴った。

 そのまま押し合う。

 力だけなら、今のリベルが少し上だった。


「くそっ!」


 男が離れる。

 まだ追える。

 そのまま踏み込めば、もう一撃届く。

 だが、左から別の影が荷車へ向かっていた。


「……!」


 リベルは追うのをやめた。

 左手を向ける。

 青白い板を、今度は地面へ垂直に。

 荷車の脇へ出現した板に、走り込んできた男が慌てて足を止める。


「またそれか!」


「便利だろ?」


 進路が一瞬塞がれる。

 そこへ鎖が走った。


「うわっ!」


 セラの刃が板の外側を回り込み、男の武器を弾き飛ばす。

 剣が地面へ転がった。


「……あ」


 リベルが瞬きをする。

 自分が作った板。

 そのせいで男の逃げる方向が限定された。

 そこへセラの鎖が入った。


「今の、狙った?」


 セラが聞く。


「半分くらい」


「半分?」


「止めたかっただけ」


「じゃあ半分も狙ってないじゃん」


「でも上手くいっただろ」


「まあね」


 セラが鎖を引く。

 先端の刃が地面を滑りながら戻ってくる。

 その動きが、途中で不自然なほど滑らかに減速した。

 リベルは思わず目で追った。

 加速だけではない。

 勢いを弱めることもできる。


「……面白いな」


「今?」


「気になったんだからしょうがないだろ」


「ほんと変だね」


 セラが少し笑う。


「下がれ!」


 盗賊の一人が叫んだ。

 最初に出てきた男だった。


「今日は無理だ!」


「でも荷は――」


「いい! 退け!」


 男たちが次々と草むらへ下がっていく。


「待て!」


 リベルは一歩追いかけた。

 身律を使えば追えるかもしれない。

 逃げる男の背中はまだ見える。

 けれど。


「リベル!」


 マルクの声が飛んだ。

 足が止まる。

 振り返る。


 荷車。

 マルク。

 セラ。

 そして、まだ反対側の草が揺れている。

 他にもいるかもしれない。


「……」


 リベルは剣を下げた。


「追わないの?」


 セラが聞く。


「護衛だから」


「……うん」


「盗賊捕まえる仕事じゃないだろ?」


「そうだね」


 草むらの揺れが遠ざかっていく。

 やがて、何も聞こえなくなった。

 しばらく三人とも動かなかった。


「……もういないかな」


 リベルが言う。


「たぶん」


 セラは鎖を手繰り寄せながら周囲を見る。

 最後まで警戒を解かず、鎖を腰へ戻してからようやく息を吐いた。


「初護衛でこれか」


「普通はもう少し静かだと思うよ」


「だよな」


「たぶん」


「セラもそこ曖昧なんだ」


「毎回違うから」


 リベルは剣を鞘へ戻す。


「でも」


「何?」


「鎖、思ってたよりずっとすごいな」


「……そっち?」


「気になってたから」


「戦い終わって最初にそれ?」


「駄目?」


「駄目じゃないけど」


 セラは自分の鎖へ目を落とす。


「《流律(りゅうりつ)》で勢いを変えてるの」


「枝脈?」


「そう、魔力を通したものの勢いを変えられるの」


「だから途中で急に速くなったりしたのか」


「そういうこと」


「へえ......」


 リベルは鎖を見る。


「やっぱり面白いな」


「そんなに?」


「だって気になるだろ」


「戦いながら見てるなんて器用だね」


 セラが小さく笑った。


「そっちも《身律》使ってた?」


「使ってたよ」


「やっぱり!」


 リベルの声が少し大きくなる。


「何でそこ嬉しそうなの?」


「俺も最近できたから」


「《身律》が?」


「うん」


「最近?」


「十日くらい前」


「……最近すぎない?」


「俺もそう思う」


 セラが少し不思議そうにリベルを見る。

 何か言いかけた。

 だが。


「二人とも」


 マルクの声で会話が止まる。


「少しいいか」


 いつもの軽い調子ではなかった。


「どうした?」


「さっきの奴らだ」


 マルクが荷台を見る。

 布を捲り、並んだ木箱を確認していく。


「ここ」


 後方、右から二つ目。

 さっき盗賊が狙っていた箱だった。


「これが何?」


「別に、一番高い荷じゃない」


「そうなの?」


「ああ」


 マルクは隣の箱を軽く叩く。


「金だけなら、こっちの方がよっぽど高い」


「じゃあ何で……」


「それだけじゃない」


 マルクの表情が僅かに険しくなる。


「全部同じ箱を使ってる。外から見ただけじゃ、中身なんて分からない」


「……あ」


 リベルも気づいた。

 盗賊は叫んでいた。

 後ろの右から二つ目。

 迷う素振りもなかった。


「最初から知ってた?」


「そう考える方が自然だな」


 セラも箱を見る。


「中身は?」


「特別なものじゃない。少し珍しい素材ではあるが、盗賊が命張って狙うほどじゃない」


「じゃあ、ますます分かんないな」


「ああ」


 マルクはしばらく箱を見ていた。

 やがて布を戻す。


「とにかく、今は届ける」


「いいの?」


「よくはない」


 マルクが御者台へ戻る。


「だからこそ、まず仕事を終わらせる」


 リベルは少しだけ笑った。


「同じこと考えてた」


「何がだ?」


「逃げた奴追うより、荷物守る方が先だろって」


「当たり前だ」


「褒めてくれてもいいだろ」


「護衛なら当たり前だ」


「厳しいな」


「ガルドに比べりゃ優しいだろ」


「それはそうか」


 セラが吹き出した。


「何?」


「いや。ガルドって人、そんなに厳しいんだなって」


「結構言われる」


「でもリベル、言うこと聞かなそう」


「聞くよ」


「ほんと?」


「……必要だと思ったら」


「それ、聞かない人の言い方じゃない?」


「そんなことないだろ!」


 三人は再び歩き始めた。

 街道を塞いでいた木を荷車が通れるように端へ寄せた。


 マルクが手綱を握り、荷車がゆっくりと動き出した。

 リベルは再び右側。

 セラは左側。

 さっきまでと同じ位置。


「リベル」


「ん?」


「さっきの板」


「板?」


「うん」


 セラが前を見たまま言う。


「あれ、結構やりやすかった」


「ほんと?」


「相手の動く場所が分かりやすくなるから」


「じゃあ次もやる?」


「次がない方がいいけどね」


「あ、それもそうか」


「でも」


 セラがこちらを見る。


「もしあったら、またお願い」


「了解」


 リベルは少し笑った。

 初めて一緒に戦った。

 事前に決めていたことなんて、ほとんどない。


 セラの鎖がどこまで届くのかも。

 どう動くのかも。

 リベルは今日初めて知った。

 それでも、思っていたより戦いやすかった。


「……結構合うかもな」


「何が?」


「いや」


 リベルは前を向く。


「なんでもない」


 荷車は再び、知らない道を進んでいく。

 その後ろ。

 誰もいなくなった街道の草むらが、一度だけ小さく揺れた。

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