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WILD HEART  作者: 日向 トキ
幕間

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21/32

いつもの三人

 その日の夕方。

 フィンリスへ戻ってきたガルドたちは、冒険者ギルドで依頼の報告を終えると、そのまま近くの食堂へ入った。


「お腹すいたー!」


 席へ着くなり、ミアが机へ突っ伏す。


「さっきまで元気だっただろ」


「依頼終わった瞬間に全部切れた!」


「都合のいい身体だな」


「でしょ?」


「褒めてないぞ」


 向かいへ腰を下ろしたガルドが呆れたように言う。

 その横では、セイルが荷物を椅子の脇へ置き、小さな帳面を開いていた。


「今日使った矢が七本。二本は回収できなかったから、補充が必要で……」


「セイル」


「なに?」


「飯の前くらい休め」


「忘れるから今やってる」


「真面目だねえ」


 ミアが机に頬をつけたまま、顔だけを横へ向ける。


「ミアが覚えてくれるなら、僕もやめるよ」


「任せて!」


「じゃあ今日使った矢、何本?」


「……五?」


「七」


「惜しい!」


「二本も違うけど」


「誤差!」


「だから僕がやってる」


 セイルは何事もなかったように帳面へ視線を戻した。

 ガルドはそれを横目に、水の入った杯へ口をつける。


 三人で依頼を受けるようになってから、こういうやり取りは何度繰り返したか分からない。

 役割も、得意なことも違う。

 だからこそ、誰かが忘れるものを誰かが覚えている。

 たいてい、忘れる側は決まっていたが。


「今、絶対私のこと考えてたでしょ!」


「何も言ってないぞ」


「顔が言ってた!」


「気のせいだ」


「セイル!」


「たぶんミアのことだと思う」


「ほら!」


「味方するな」


「聞かれたから答えただけ」


 そんなことをしているうちに、注文した料理が運ばれてきた。

 焼いた肉に、野菜。厚く切られたパンと、湯気の立つスープ。


「きた!」


 さっきまで机へ沈んでいたミアが、一瞬で身体を起こす。


「いただきます!」


「お前はほんと元気だな」


 ガルドも自分の皿へ手を伸ばす。

 その直後。

 横からミアの手が伸びた。


「あ」


 ガルドの皿から、肉が一切れ消えた。


「……おい!」


「ん?」


「今取っただろ!」


「何を?」


「口に入ってるそれだよ!」


 ミアはもぐもぐと肉を噛みながら首を傾げた。


「証拠ある?」


「今見てた」


「美味しいよ!」


「感想聞いてねえ!」


 向かいのセイルが、自分の皿をわずかに身体側へ寄せる。

 ミアがそれを見る。


「セイル?」


「僕のは駄目」


「まだ何も言ってないじゃん!」


「顔が言ってた」


「さっきの私と同じこと言ってる!」


「便利だね」


 セイルが静かにスープを飲む。


「自分の食え」


「もう食べてるよ」


「なら人のを取るな」


「ガルドの方がちょっと大きかったんだもん」


「知らん」


 周囲の客が何人かこちらを見たが、すぐに自分たちの食事へ戻っていった。

 この三人が騒いでいる姿を見慣れている者もいるのだろう。


 しばらくして、皿の上が半分ほど空いた頃。

 ミアがふと思い出したように顔を上げた。


「そういえばさ」


「今度は何だ」


「リベル、借金全部返したんだって」


 ガルドの手が一瞬止まった。


「ギルドのもか?」


「うん。エレナが言ってた」


「早かったね」


 セイルも少しだけ顔を上げる。


「ガルドの分も、もう返したんだよね?」


「ああ」


「いくらだっけ?」


「十七銀」


「最初の剣と宿代だっけ」


「そうだ」


 ミアが感心したように声を漏らした。


「ほんとに返したんだ」


「返すって言ってただろ」


「言ってたけどさ。もっとかかると思ってた!」


「俺もだ」


 ガルドは素直に認めた。

 最初に会った時のリベルを思い出す。

 何も分からないままルーグ平原を歩き、ラグに追われ、街へ入る金すら持っていなかった。

 挙げ句の果てには、冒険者になるための金まで借りた。


「最初なんて、ほんと何も持ってなかったもんね」


 ミアも同じことを思い出したらしい。


「剣もなかったし」


「知識もなかったね」


 セイルが付け加える。


「俺たちのことも知らなかった」


「それは普通じゃない?」


「カディアのことまで知らなかったぞ」


「あー……それは変だった」


 ミアが笑う。


「でも最近、普通に冒険者っぽくなってきたよね!」


「普通か?」


 セイルが首を傾げた。


「え?」


「この前、青白い台にラグ三体載せて帰ってきてたよ」


「……それ見た!」


「俺も見た」


 ガルドも覚えていた。

 ギルドの入口から妙な擦れる音がすると思ったら、リベルが青白い板のようなものを引きずりながら入ってきた。

 三体のラグ付きで。


「あれ何だったの?」


「運搬台らしい」


「なんで知ってるの?」


「本人が言ってた」


「へえ……」


 ミアが一度頷く。


「やっぱ普通じゃないかも」


「だろ?」


「でも便利そうだったよ」


 セイルがパンを千切りながら言う。


「そこなんだよな」


 ガルドも思う。

 変なことをしているように見えても、話を聞けば本人なりの理由がある。

 その結果までまともかどうかは別として。


「でもさ」


 ミアが頬杖をついた。


「結構頑張ってるよね!」


「まあな」


「ラグも普通に討伐するようになったみたいだし、ガルクも倒したって聞いたよ!」


「もうガルクも?」


 セイルが少しだけ興味を見せた。


「うん!」


「思ったより早いね」


 ガルドも同じことを思った。

 ただ、ガルクを倒したこと自体より、ガルドが気になったのはそこへ至るまでの方だった。


 最初に会った頃のリベルは、何を警戒すればいいのかすら知らなかった。

 今は相手を見る。

 分からなければ聞く。

 自分で考えて、試す。

 駄目ならやり方を変える。

 少なくとも、何も知らないまま草原を歩いていた頃とは違う。


「最初よりは、自分で考えて動けるようになったみたいだな」


 そうガルドが言うと、ミアがにやりとした。


「おお?」


「何だ」


「普通に褒めた」


「だから何だ」


「本人に言えばいいのに」


「嫌だ」


「なんで!?」


「調子に乗る」


「乗るかな?」


「乗る」


 セイルが即答した。


「セイルまで!」


「でも」


 セイルは少し考えてから続ける。


「褒めなくても、勝手に色々試すと思う」


「それはそう!」


 ミアもすぐに納得した。

 ガルドも否定できない。


「問題はそっちだな」


「そっち?」


「気になるものを見つけると、自分で確かめないと気が済まないところだ」


「あー」


 ミアが声を漏らす。


「ありそう」


「怖がるくせにな」


「でも結局、見に行くよね」


「そういう奴なんだろ」


 ガルドは残っていたパンをスープへ浸した。

 最初に出会った時よりは、確実に前へ進んでいる。

 だからといって、安心して放っておけるほどでもない。

 今は、そのくらいでいいのかもしれない。


「そのうちさ」


 ミアが楽しそうに言う。


「一緒に依頼行けるくらいになったりしてね」


「まだ早い」


 ガルドが即答する。


「早いかな?」


「俺たちについて来させるならな」


「でも、ずっとじゃないでしょ?」


「まあな」


 セイルがガルドを見る。


「思ってたより早いかもしれないけど」


「……」


「ガルドもそう思ってる?」


「さあな」


「それ思ってるやつの返事だよ!」


「うるさい」


 ミアが笑う。

 その隙に、彼女の手がまたガルドの皿へ伸びた。


「おい!」


「え?」


「今度は見えてるぞ!」


「まだ取ってない!」


「取る前に止めてるんだよ!」


「一個だけ!」


「自分の食え!」


「もうない!」


「食うのが早いんだ!」


 伸びてきた手をガルドが押し返す。

 ミアも諦めない。

 二人の間で、肉の最後の一切れを巡る攻防が始まった。

 その横で、セイルは静かに自分の皿を空にする。


「……くだらない」


「セイル! ガルドがくれない!」


「ガルドのだからね」


「味方してよ!」


「嫌だ」


「二人とも冷たい!」


「お前が人の飯取ろうとするからだろ!」


 結局。

 最後の一切れは、ガルドが自分で食べた。


「あー!」


「俺のだ」


「ケチ!」


「うるさい」


 ミアが不満そうに頬を膨らませる。

 その様子を見ていたセイルが、小さく息を吐いた。


「帰りに何か甘いものでも買えば?」


 ぴたりとミアが止まる。


「買ってくれる?」


「自分で」


「えー!」


「今日の報酬あるでしょ」


「セイルまでお金の話する!」


「必要だからね」


「ノアみたい!」


「それはちょっと嫌だな」


 珍しくセイルが少しだけ顔をしかめた。

 ガルドが吹き出す。


「そこは嫌なんだな」


「別にノアが嫌なんじゃないよ」


「じゃあ何?」


「僕があそこまで金のこと考えてると思われるのは嫌」


「分かる!」


「お前はもう少し考えろ」


「なんで私だけ!」


 三人の声が、食堂のざわめきへ混ざっていく。

 今日の依頼は終わった。

 明日になれば、また別の仕事がある。

 どこへ行くか、何を受けるか。誰が先走って、誰がそれを止めるのか。

 きっと明日も、似たようなことを繰り返す。

 ガルドにとっては、それがいつもの日常だった。

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