⑦
翌朝。
リベルは朝食を済ませると、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
扉を開ければ、昨日と変わらない賑わいが迎えてくる。
依頼を探す者。
受付で報告をする者。
朝から酒を飲んでいる者。
「……あれは仕事行く気あるのか?」
少し気になったが、今は放っておく。
リベルは依頼板へ向かった。
昨日はミレア草とセルナ草。
採取依頼にも少しずつ慣れてきた。
なら。
「今日は……こっちかな」
視線を動かす。
採取。
運搬。
街中での雑用。
その中に混ざっている、討伐依頼。
いくつか眺めていると、少し離れた場所に見覚えのある姿があった。
黒い髪。
黒を基調とした軽装。
腰の辺りに収められた、普通の剣とは明らかに違う武器。
「……あ」
以前、エレナから名前を聞いた。
セラ。
彼女も依頼板を見ている。
リベルの視線が自然とその腰元へ落ちた。
鎖で繋がれた複数の刃。
やっぱり気になる。
「……何?」
「え?」
顔を上げると、翡翠色の瞳がこちらを見ていた。
どうやら見すぎていたらしい。
「いや、その武器」
リベルが腰元を指す。
「《鎖刃》だよな?」
一瞬。
セラの表情が僅かに固くなった。
「……そうだけど」
「やっぱり」
「何?」
「どうやって使うんだろうって思って」
「……それだけ?」
「それ以外ある?」
今度はセラが黙った。
少しだけ怪訝そうにリベルを見る。
「珍しいから。剣なら何となく分かるけど、それは全然分からない」
「……そう」
「振り回す?」
「まあ」
「鎖の長さは?」
「変えられない」
「じゃあ間合い――」
「リベルさん」
後ろから聞き慣れた声がした。
振り返る。
受付の向こうで、エレナがこちらを見ていた。
「依頼を受けるなら、先に選んでください」
「……はい」
どうやら長くなりかけていたらしい。
リベルが依頼板へ向き直ると、横から小さく声が落ちた。
「あと」
「ん?」
「鎖刃は、あんまり近くで見ない方がいいよ」
「なんで?」
「危ないから」
セラはそれだけ言うと、一枚の依頼書を取った。
リベルは腰にある自分の剣を見る。
「剣も危ないと思うけど」
「……そういう意味じゃない」
「?」
意味を聞く前に、セラは受付の方へ歩き出していた。
追いかけるほどのことでもない。
リベルは首を傾げてから、再び依頼板を見る。
「そういえば」
少し離れた背中へ声をかける。
「セラ、だよな?」
ぴたりと足が止まった。
セラが振り返る。
「……なんで名前知ってるの?」
「エレナさんに聞いた」
受付にいたエレナが小さく目を逸らした。
「……そう」
セラはそれ以上何も言わず、今度こそ歩いていく。
「変だったかな」
「少しだけ」
「エレナさんまで?」
「いえ。リベルさんらしいと思います」
「それ褒めてる?」
「半分くらいは」
「半分かよ……」
納得できないまま、リベルは一枚の依頼書を取った。
書かれている名前は、すでに知っている。
「ラグ三体の討伐」
報酬は銀貨十五枚。
「これ、俺でも受けられる?」
受付まで持っていく。
エレナが依頼書へ目を通した。
「戊級の依頼なので受注できますよ」
「じゃあ、これにする」
「初めての討伐依頼ですね」
「うん」
エレナがリベルを見る。
「ラグとは、以前戦っていますよね」
「うん」
「でしたら特徴もある程度は分かっていると思います。ただし、討伐だからといって無理に追い続けないでください」
「危なくなったら逃げる」
「はい。それと、複数を見つけても――」
「一気に突っ込まない」
「……成長しましたね」
「俺だって学ぶよ!」
「安心しました」
言いながらも、エレナは少し楽しそうだった。
「討伐証明は右耳です。ただ、ラグは皮や肉も買い取れますから、持ち帰れるなら素材として売ることもできます」
「解体して?」
「できるなら」
「できない」
「即答ですね」
「やったことないし」
「でしたら、無理に触らない方がいいですね。丸ごと持ち帰っても、ギルドの解体場で処理できます」
「そんな場所もあるんだ」
また一つ知らないものが出てきた。
「見れる?」
「まず三体倒して帰ってきてください」
「はい......」
依頼書を受け取り、ギルドを出る。
向かう先は、もう何度か歩いたルーグ平原。
けれど。
今日は今までとは少し違う。
採取ではない。
偶然襲われるわけでもない。
自分から、戦うために向かう。
◇
ルーグ平原へ出ると、リベルは腰の剣へ軽く触れた。
「……よし」
周囲を見る。
数日前なら、ただ広い草原にしか見えなかった。
今は違う。
ミレア草が生えやすい場所。
セルナ草を探した窪地。
ニグが掘り返した地面。
ギルムの巣があった方角。
知っているものが少しずつ増えている。
「ラグは……」
以前見た姿を思い出す。
草を食む場所。
長い耳。
跳ぶ直前に沈み込む身体。
何も知らなかった最初とは違う。
しばらく歩いたところで、前方の草が揺れた。
茶色い毛。
大きな後脚。
「いた」
一匹。
まだこちらには気づいていない。
草を食べている。
リベルは足を止めた。
剣へ手をかける。
そこで、指が止まった。
「……」
前に戦った時は、向こうから襲われた。
今日は違う。
自分が依頼を選んだ。
倒すために探してきた。
「仕事、なんだよな」
言葉にしても、胸の奥に残る感覚は消えなかった。
それでも。
ここまで来て、目を逸らすのも違う。
リベルは剣を抜いた。
小さな金属音。
ラグの耳が跳ねる。
顔がこちらを向いた。
身体が低く沈む。
「……来る」
速い。
怖い。
以前なら、避けることで精一杯だった。
けれど今は。
後脚に力が入る。
身体が僅かに後ろへ沈む。
地面を蹴る。
「見える!」
ラグが飛び出した。
速い。
それ自体は変わらない。
リベルは横へ踏み出す。
ラグが目の前を抜けた。
「っ!」
避けた。
だが、それだけでは終わらない。
すぐに振り返る。
着地。
反転。
もう一度跳ぶために、後脚へ力が入る。
その正面へ手を向けた。
「《顕現》」
青白い魔力が形になる。
薄い板。
ラグの目の前へ現れたそれに、動きが止まった。
一瞬、それで十分だった。
リベルが踏み込む。
剣を横へ振る。
ラグが身体を捻った。
刃は首を外れ、肩口を深く裂く。
「外した!」
ラグが跳ね、距離を取る。
血が毛を濡らしている。
それでもまだ動けそうだ。
リベルは追いかけず、相手を見る。
「次は……」
ラグが身体を沈めた。
今度は真正面。
そのまま来る。
リベルは板を出さなかった。
ぎりぎりまで待つ。
「今!」
横へ動く。
すれ違う。
その瞬間、剣を振った。
刃が首元を捉える。
ラグの身体が草の上へ転がった。
数秒だけ脚が動き、止まる。
「……」
リベルはしばらく剣を構えたまま、その姿を見ていた。
「……やっぱり、慣れないな」
倒せたことは嬉しい。
前より動けた。
相手も見えた。
剣も当てられた。
けれど、その結果として目の前にあるものを見れば、単純には喜べない。
「まあ……慣れなくてもいいか」
剣を下ろす。
「やるって決めたなら、目は逸らさない」
今はそれでいい。
リベルは周囲の地形を覚えてから、その場を離れた。
一体目。
あと二体。
探しながら、先ほどの戦いを頭の中で繰り返す。
最初の一撃。
《顕現》を出す位置。
踏み込むタイミング。
「前よりは、確実に動けてるな」
数日前。
一体のラグを相手にした時は、避けながら何とか剣を当てることで精一杯だった。
今日は違う。
相手の動きを見て、進路を考えて、そこへ板を置く。
その先へ自分が動く。
「……これ、結構使えるな」
《顕現》。
直接相手を倒す力ではない。
けれど。
何もない場所へ、必要な形を作れる。
なら、戦い方は一つではない。
そう考えているうちに、前方で二つの耳が動いた。
「……二体かよ」
ラグが二匹。
少し離れて並び、草を食べている。
リベルはその場で止まった。
エレナの言葉を思い出す。
複数を見つけても、無理をしない。
「一匹ずつ離れるまで待つか」
それが安全だ。
少し待つ。
だが、二匹はなかなか離れない。
リベルは周囲を見る。
逃げられる方向。
足元。
他の定相種。
障害物。
一つずつ確認する。
それから、もう一度二匹を見る。
「……やってみるか」
無茶をしたいわけではない。
一体には、以前ほど苦戦しなかった。
動きも知っている。
《顕現》も使える。
そして何より、今の自分がどこまでやれるのか。
知りたかった。
「危なかったら逃げる」
剣を抜く。
音に反応して、二匹のラグが同時に顔を上げた。
「さて」
二匹が身体を沈める。
「同時はやめてくれると嬉しいんだけど――」
二匹とも地面を蹴った。
「無理だよな!」
リベルが手を向ける。
一枚の板を正面へ。
ただし、さっきより細長い。
二匹の間へ差し込むように《顕現》させた。
青白い障害物によって、左右に二匹の進路が分かれる。
「よし!」
右へ一匹目が抜けてくる。
リベルは避けると、そのまま身体を反転させた。
剣を振る。
浅い。
ラグの胴に傷が走る。
だが、後ろ。
草を蹴る音。
「っ!」
振り向くと二匹目がもう来ている。
見えている。
けれど、身体が追いつかない。
「間に合わ――」
剣を戻すのではなく、空いた左手を前へ出した。
魔力を形にするイメージ。
「出ろ!」
青白い板が斜めに現れる。
直後、ラグが衝突した。
鈍い音。
板ごと腕へ重い衝撃が伝わる。
「重っ……!」
それでも、止めた。
以前なら、この距離ならまともに受けていたかもしれない。
板へぶつかったラグの身体が崩れる。
「そこ!」
踏み込む。
剣を振り下ろした。
一匹が倒れる。
だが、まだ終わっていない。
最初に傷を負わせたラグが走る。
リベルから距離を取ろうとしている。
「逃げる……?」
追える。
そう思って一歩踏み出す。
けれど。
「……速っ!」
距離が縮まらない。
相手の動きは見える。
何をしようとしているかも分かる。
なのに、自分の身体がそこまでついてこない。
「だったら――」
ラグの進行方向を見る。
跳ぶ。
着地する。
それさえ邪魔できればいい。
「《顕現》」
低い板。
地面から僅かに立ち上がるだけ。
高くする必要はない。
走っている足が引っかかればいい。
ラグが着地する。
次の一歩。
前脚が青白い板へ触れた。
身体が傾く。
「今!」
リベルが走る。
今度は間に合う。
剣を振る。
刃が通った。
二匹目が草の中へ倒れる。
「……」
静かになったが、リベルはすぐに剣を下ろさない。
周囲を見る。
一匹。
二匹。
どちらも動かない。
「……勝った」
息を吐く。
腕が少し震えている。
板へラグを受け止めた衝撃が残っていた。
「二体、なんとかいけたな」
無傷。
余裕だったわけではない。
けれど偶然でもない。
相手を見て。
考えて。
自分で作った状況で勝った。
数日前とは明らかに違う。
「俺……ちゃんと強くなってるな」
思わず、口元が緩んだ。
剣の腕はまだまだ。
《顕現》だって、使える形は少ない。
それでも、一体を相手にするだけで必死だった自分が、今日は二体を相手にして勝った。
ただ。
リベルは、二匹目が走っていった方向を見る。
「……見えても、身体が追いつかないんだよな」
さっきもそうだった。
攻撃が来ることは分かった。
逃げる先も分かった。
それでも、自分自身が動けなかった。
《顕現》で補えたから勝てた。
でも、あの板が間に合わなければ。
「……《身律》か」
以前、エレナから聞いた名前が浮かぶ。
身体そのものへ作用する枝脈。
ラグのような速さが欲しいわけではない。
ただ、見えたものへ身体がちゃんとついてきてくれたら。
「……いや」
リベルは小さく首を振った。
「今考えても、俺は持ってないんだよな」
欲しいと思ったところで、枝脈が増えるわけではない。
今は《顕現》で補うしかない。
それでも、頭の片隅にはその名前が残った。
「まあ、帰ってから考えるか」
これで三体。
依頼達成だ。
リベルは地面に倒れた二匹を見る。
「……問題はこっちか」
三体。
エレナは、持ち帰れば素材として売れると言っていた。
一匹なら抱えられる。
三匹は無理だ。
「解体……できないしな」
知ったふりをして切り始めて、売れる部分まで駄目にする方がまずい。
かといって。
「置いてくのも、もったいないよな」
倒れているラグとフィンリスまでの道。
何度か交互に見る。
「持てないなら……」
少し考える。
「引けばいいのか」
自分で言ってから、若干雑な気もした。
だが、できない理由もない。
「試すだけ試してみるか」
地面へ手を向ける。
いつもの板を思い浮かべる。
ただし広く。
三体を載せられるくらい。
地面へ引っかかりにくいよう、前側は少し上げる。
そして。
「掴むところもいるな」
板の前から、太い取っ手を伸ばす。
青白い光を放ちながら魔力が形になっていく。
何度か輪郭が揺れる。
「もうちょっと……厚く」
形を整える。
しばらくして。
草の上に、妙に無骨な青白い台が出来上がった。
「……荷車ではないな」
車輪がない。
「運搬台?」
たぶん、それが一番近い。
試しに引いてみる。
地面を擦りながらだが動いた。
「いける」
二体を一匹ずつ運び、台へ載せる。
「あと一体は......」
一体目を倒した場所は覚えている。
取手を握り、来た道を戻った。
しばらくして、草の中に倒れたラグを見つける。
「いた」
最後の一体を作った台へ載せる。
「よし。帰るか!」
取手を握り、引こうとする。
「……重っ!」
動かない。
「そりゃそうか!」
三体分の重さが消えるわけではない。
腰を落とす。
もう一度。
「っ……!」
今度は少しずつ動いた。
「抱えるよりは……マシ!」
かなり遅い。
便利なのか不便なのか微妙なところだ。
それでも無いよりはマシだ。
リベルは青白い運搬台を引きながら、フィンリスへ戻り始めた。
◇
東門が見えた頃には、腕がかなり疲れていた。
「……荷車って偉大だな」
今度、値段を調べよう。
門へ近づく。
衛兵がこちらを見る。
正確にはリベルの後ろを見る。
「……なんだ、それ?」
「運搬台」
「それは分かる」
「じゃあ何で聞いたの?」
「何でできてるんだよ」
「ああ、そっち?」
衛兵の視線が青白い台へ落ちる。
「枝脈か?」
「《顕現》」
「……変な使い方するな」
「便利だよ。重いけど」
「便利なのか?」
「今、俺もちょっと分かんなくなってる」
衛兵が笑った。
街へ入ると、何人かの冒険者にも振り返られた。
「なんだあれ」
「ラグ?」
「いや、下のやつ」
「そっち?」
「……普通に荷車欲しいな」
やっぱりいつか買おう。
そのままギルドまで運び込む。
入口を抜けると、床を擦る音に何人かが振り向いた。
受付にいたエレナも顔を上げる。
「おかえりなさい、リベルさん」
「ただいま」
視線が下がる。
ラグ。
そして、青白い台へ。
「……なんですか、それ」
「今日何回目だろ、その質問」
「流石に聞かれると思いますよ」
「運搬台」
「それは見れば分かります」
「門でも全く同じこと言われた!」
エレナが口元を押さえた。
「《顕現》ですか?」
「うん。三体持てなかったから」
「それで作ったんですか」
「結構便利だった」
「結構?」
「重かった」
「そこは普通なんですね」
「少しくらい軽くなってもいいのに」
「荷物まで軽くする枝脈ではないでしょう?」
「ですよね」
分かってはいた。
「それより」
リベルが運搬台を軽く叩く。
「形、結構増えたと思わない?」
「確かに」
「球、板、昨日の刃っぽいやつ。それで今日はこれ」
「最後だけ急に生活感がありますね」
「必要だったから!」
「良いことだと思いますよ」
エレナが笑う。
「枝脈は、戦うためだけに使うものではありませんから」
昨日見たニグやギルムが頭に浮かんだ。
「……本当にそうだな」
「はい」
エレナがラグへ視線を移す。
「では、確認しますね」
職員が呼ばれる。
一体。
二体。
三体。
状態を確認し、依頼書へ記録されていく。
「ラグ三体。討伐確認できました」
「よし!」
「初めての討伐依頼、達成ですね」
その言葉を聞いて。
少しだけ実感が湧いた。
自分で依頼を選び。
探し。
戦い。
戻ってきた。
「お疲れさまでした」
「ありがとう!」
「報酬は銀貨十五枚です」
「十五枚!」
採取依頼より明らかに多い。
「やっぱり討伐って高いな」
「その分、危険ですからね」
「分かってる」
「今日は怪我は?」
「なし」
エレナが少し意外そうにリベルを見る。
「三体とも?」
「最後は二体同時だった」
「……リベルさん」
「待って。無茶したわけじゃない」
「本当ですか?」
「ちゃんと周り見た。逃げ道も確認した。最初の一体で動きも確認して、それから戦った」
エレナがしばらくこちらを見る。
「……なら、今回は何も言いません」
「今回は?」
「次も同じ判断が正しいとは限りませんから」
「それはそうか」
リベルも素直に頷く。
「でも」
「はい?」
「前よりかなり戦えた」
自然と声が少し弾む。
「前はラグ一体でも余裕なかったけど、今日は動きも見えた。《顕現》で進む場所を変えたり、足を引っかけたりもできた」
「随分使い方が増えましたね」
「うん!」
剣が突然上手くなったわけではない。
身体が急に強くなったわけでもない。
それでも。
知っていることが増えた。
できることが増えた。
それを組み合わせれば、前より有利に戦える。
「ただ」
「はい?」
「見えてるのに、身体が追いつかない時があった」
さっきの戦いを思い出す。
「二体目が来るのは分かった。でも避けるのが間に合わなくて、《顕現》で止めた」
「なるほど」
「逃げたラグにも普通に追いつけなかった」
「ラグは後脚に《身律》が発達していますからね」
「……やっぱり、あれ便利だよな」
「便利という言い方をするものかは分かりませんが」
「欲しい」
「欲しいと言われましても」
「分かってる」
自分には《身律》がない。
それは検査でも確認されている。
「でも、身体がもっと動けば、できること増えるよな」
「それはそうでしょうね」
リベルは自分の手を見る。
「……まあ、今は《顕現》を使うしかないか」
その言葉とは裏腹に《身律》という名前は、頭の中に残ったままだった。
「それと、素材はどうします?」
「売る。そのために頑張って持ってきた」
「では、解体場へ回します」
「見れる?」
「やっぱり聞きますよね」
「見たい!」
「邪魔をしないなら」
「しない!」
即答すると、エレナが小さく息を吐いた。
「では行きましょう」
◇
ギルドの奥。
案内された場所は、受付とは空気がまるで違っていた。
石造りの床。
水を流すための細い溝。
壁には大小さまざまな刃物。
中央には、大きな作業台がいくつも並んでいる。
血と肉の匂いも強い。
「……本格的だな」
「討伐依頼がある以上、必要ですからね」
ラグが一体、台へ載せられる。
職員が状態を見る。
そこからの作業は速かった。
迷いがない。
刃を入れる場所。
皮を剥ぐ順番。
残す部位。
処分する部位。
「そこから切るんだ」
「皮を傷つけにくいんです」
「じゃあ反対からやると?」
「値が落ちる場合があります」
「なるほど……」
見れば見るほど。
「これ、説明聞いただけじゃ無理だな」
「だから無理に解体しない方がいいんです」
「正解だった」
「ただ、血抜きくらいは覚えておくといいですよ」
「そんなに変わる?」
「肉の状態がかなり変わります」
リベルは作業台を見る。
「次までに教えてもらおうかな」
「それがいいと思います」
倒して終わりではない。
持ち帰る。
処理する。
素材として使う。
知らなかった冒険者の仕事が、また一つ増えた。
「……面白いな」
「解体を見てその感想になる人も珍しいですよ」
「だって知らなかったし」
「リベルさんらしいですね」
処理が終わるまで見届ける。
全部を覚えられたわけではない。
それでも、次に見る時は今日より少し分かるはずだ。
受付へ戻ると、素材の査定も終わっていた。
「三体分で銀貨四枚です」
「おお」
「ただし、血抜きをしていないので少し値が落ちています」
「やっぱり」
「それから解体場の利用料が銀貨一枚と銅貨五十枚」
「……減った」
「当然です」
「せっかく売ったのに」
「それでも利益は出ていますよ」
討伐報酬が銀貨十五枚。
素材が銀貨四枚。
そこから解体料。
「……討伐、結構稼げるな」
「危険もあります」
「分かってるって」
「なら大丈夫です」
銀貨を受け取る。
手の中に感じる重み。
まだ借金は残っている。
欲しいものだっていくらでもある。
装備。
荷物。
そして、できればいつか荷車。
「荷車っていくらする?」
「もう買うつもりなんですか?」
「今日必要性を身をもって知った」
「まず借金を返した方がいいと思いますよ」
「……正論」
何も言い返せない。
「じゃあ、今日は帰る」
「はい。お疲れさまでした」
受付から離れる。
数歩進んで、リベルは少しだけ振り返った。
「エレナさん」
「はい?」
「俺、ちゃんと強くなってたよ」
自分でも、言ってから少し子供っぽいと思った。
けれど嬉しかった。
数日前には知らなかったことが今は分かる。
できなかったことが今日はできた。
エレナは一瞬だけ目を丸くして、それから柔らかく笑った。
「はい」
「見てないだろ」
「三体持って帰ってきた人に言われても説得力がありますよ」
「それもそうか」
「初討伐依頼達成、おめでとうございます。リベルさん」
「……うん!」
今度こそギルドを出る。
まだ知らないことは多い。
《核華》のことも。
《顕現》のことも。
この街のことさえ。
それでも、一体のラグを相手に必死だった自分が、今日は三体を倒して帰ってきた。
「次は何ができるかな」
夕方のフィンリスを歩く。
その足取りは、昨日より少しだけ軽かった。




