↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WILD HEART  作者: 日向 トキ
第二章 新しい日常

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/32

⑦

 翌朝。

 リベルは朝食を済ませると、そのまま冒険者ギルドへ向かった。

 扉を開ければ、昨日と変わらない賑わいが迎えてくる。


 依頼を探す者。

 受付で報告をする者。

 朝から酒を飲んでいる者。


「……あれは仕事行く気あるのか?」


 少し気になったが、今は放っておく。


 リベルは依頼板へ向かった。

 昨日はミレア草とセルナ草。

 採取依頼にも少しずつ慣れてきた。

 なら。


「今日は……こっちかな」


 視線を動かす。


 採取。

 運搬。

 街中での雑用。

 その中に混ざっている、討伐依頼。

 いくつか眺めていると、少し離れた場所に見覚えのある姿があった。


 黒い髪。

 黒を基調とした軽装。

 腰の辺りに収められた、普通の剣とは明らかに違う武器。


「……あ」


 以前、エレナから名前を聞いた。


 セラ。

 彼女も依頼板を見ている。


 リベルの視線が自然とその腰元へ落ちた。

 鎖で繋がれた複数の刃。

 やっぱり気になる。


「……何?」


「え?」


 顔を上げると、翡翠色の瞳がこちらを見ていた。

 どうやら見すぎていたらしい。


「いや、その武器」


 リベルが腰元を指す。


「《鎖刃》だよな?」


 一瞬。

 セラの表情が僅かに固くなった。


「……そうだけど」


「やっぱり」


「何?」


「どうやって使うんだろうって思って」


「……それだけ?」


「それ以外ある?」


 今度はセラが黙った。

 少しだけ怪訝そうにリベルを見る。


「珍しいから。剣なら何となく分かるけど、それは全然分からない」


「……そう」


「振り回す?」


「まあ」


「鎖の長さは?」


「変えられない」


「じゃあ間合い――」


「リベルさん」


 後ろから聞き慣れた声がした。

 振り返る。

 受付の向こうで、エレナがこちらを見ていた。


「依頼を受けるなら、先に選んでください」


「……はい」


 どうやら長くなりかけていたらしい。

 リベルが依頼板へ向き直ると、横から小さく声が落ちた。


「あと」


「ん?」


「鎖刃は、あんまり近くで見ない方がいいよ」


「なんで?」


「危ないから」


 セラはそれだけ言うと、一枚の依頼書を取った。

 リベルは腰にある自分の剣を見る。


「剣も危ないと思うけど」


「……そういう意味じゃない」


「?」


 意味を聞く前に、セラは受付の方へ歩き出していた。

 追いかけるほどのことでもない。

 リベルは首を傾げてから、再び依頼板を見る。


「そういえば」


 少し離れた背中へ声をかける。


「セラ、だよな?」


 ぴたりと足が止まった。

 セラが振り返る。


「……なんで名前知ってるの?」


「エレナさんに聞いた」


 受付にいたエレナが小さく目を逸らした。


「……そう」


 セラはそれ以上何も言わず、今度こそ歩いていく。


「変だったかな」


「少しだけ」


「エレナさんまで?」


「いえ。リベルさんらしいと思います」


「それ褒めてる?」


「半分くらいは」


「半分かよ……」


 納得できないまま、リベルは一枚の依頼書を取った。

 書かれている名前は、すでに知っている。


「ラグ三体の討伐」


 報酬は銀貨十五枚。


「これ、俺でも受けられる?」


 受付まで持っていく。

 エレナが依頼書へ目を通した。


「戊級の依頼なので受注できますよ」


「じゃあ、これにする」


「初めての討伐依頼ですね」


「うん」


 エレナがリベルを見る。


「ラグとは、以前戦っていますよね」


「うん」


「でしたら特徴もある程度は分かっていると思います。ただし、討伐だからといって無理に追い続けないでください」


「危なくなったら逃げる」


「はい。それと、複数を見つけても――」


「一気に突っ込まない」


「……成長しましたね」


「俺だって学ぶよ!」


「安心しました」


 言いながらも、エレナは少し楽しそうだった。


「討伐証明は右耳です。ただ、ラグは皮や肉も買い取れますから、持ち帰れるなら素材として売ることもできます」


「解体して?」


「できるなら」


「できない」


「即答ですね」


「やったことないし」


「でしたら、無理に触らない方がいいですね。丸ごと持ち帰っても、ギルドの解体場で処理できます」


「そんな場所もあるんだ」


 また一つ知らないものが出てきた。


「見れる?」


「まず三体倒して帰ってきてください」


「はい......」


 依頼書を受け取り、ギルドを出る。

 向かう先は、もう何度か歩いたルーグ平原。

 けれど。

 

 今日は今までとは少し違う。

 採取ではない。

 偶然襲われるわけでもない。

 自分から、戦うために向かう。


◇


 ルーグ平原へ出ると、リベルは腰の剣へ軽く触れた。


「……よし」


 周囲を見る。

 数日前なら、ただ広い草原にしか見えなかった。

 今は違う。


 ミレア草が生えやすい場所。

 セルナ草を探した窪地。

 ニグが掘り返した地面。

 ギルムの巣があった方角。

 知っているものが少しずつ増えている。


「ラグは……」


 以前見た姿を思い出す。


 草を食む場所。

 長い耳。

 跳ぶ直前に沈み込む身体。


 何も知らなかった最初とは違う。


 しばらく歩いたところで、前方の草が揺れた。


 茶色い毛。

 大きな後脚。


「いた」


 一匹。


 まだこちらには気づいていない。

 草を食べている。


 リベルは足を止めた。

 剣へ手をかける。

 そこで、指が止まった。


「……」


 前に戦った時は、向こうから襲われた。

 今日は違う。

 自分が依頼を選んだ。

 倒すために探してきた。


「仕事、なんだよな」


 言葉にしても、胸の奥に残る感覚は消えなかった。


 それでも。

 ここまで来て、目を逸らすのも違う。


 リベルは剣を抜いた。

 小さな金属音。


 ラグの耳が跳ねる。

 顔がこちらを向いた。

 身体が低く沈む。


「……来る」


 速い。

 怖い。

 以前なら、避けることで精一杯だった。

 けれど今は。


 後脚に力が入る。

 身体が僅かに後ろへ沈む。

 地面を蹴る。


「見える!」


 ラグが飛び出した。


 速い。

 それ自体は変わらない。


 リベルは横へ踏み出す。

 ラグが目の前を抜けた。


「っ!」


 避けた。

 だが、それだけでは終わらない。

 すぐに振り返る。


 着地。

 反転。

 もう一度跳ぶために、後脚へ力が入る。


 その正面へ手を向けた。


「《顕現》」


 青白い魔力が形になる。


 薄い板。

 ラグの目の前へ現れたそれに、動きが止まった。


 一瞬、それで十分だった。


 リベルが踏み込む。

 剣を横へ振る。

 ラグが身体を捻った。

 刃は首を外れ、肩口を深く裂く。


「外した!」


 ラグが跳ね、距離を取る。

 血が毛を濡らしている。

 それでもまだ動けそうだ。


 リベルは追いかけず、相手を見る。


「次は……」


 ラグが身体を沈めた。

 今度は真正面。

 そのまま来る。


 リベルは板を出さなかった。

 ぎりぎりまで待つ。


「今!」


 横へ動く。

 すれ違う。

 その瞬間、剣を振った。


 刃が首元を捉える。

 ラグの身体が草の上へ転がった。


 数秒だけ脚が動き、止まる。


「……」


 リベルはしばらく剣を構えたまま、その姿を見ていた。


「……やっぱり、慣れないな」


 倒せたことは嬉しい。


 前より動けた。

 相手も見えた。

 剣も当てられた。


 けれど、その結果として目の前にあるものを見れば、単純には喜べない。


「まあ……慣れなくてもいいか」


 剣を下ろす。


「やるって決めたなら、目は逸らさない」


 今はそれでいい。


 リベルは周囲の地形を覚えてから、その場を離れた。


 一体目。

 あと二体。

 探しながら、先ほどの戦いを頭の中で繰り返す。


 最初の一撃。

 《顕現》を出す位置。

 踏み込むタイミング。


「前よりは、確実に動けてるな」


 数日前。

 一体のラグを相手にした時は、避けながら何とか剣を当てることで精一杯だった。

 

 今日は違う。

 相手の動きを見て、進路を考えて、そこへ板を置く。

 その先へ自分が動く。


「……これ、結構使えるな」


 《顕現》。

 直接相手を倒す力ではない。

 けれど。


 何もない場所へ、必要な形を作れる。

 なら、戦い方は一つではない。

 そう考えているうちに、前方で二つの耳が動いた。


「……二体かよ」


 ラグが二匹。

 少し離れて並び、草を食べている。


 リベルはその場で止まった。

 エレナの言葉を思い出す。

 複数を見つけても、無理をしない。


「一匹ずつ離れるまで待つか」


 それが安全だ。

 少し待つ。

 だが、二匹はなかなか離れない。


 リベルは周囲を見る。

 逃げられる方向。

 足元。

 他の定相種。

 障害物。


 一つずつ確認する。

 それから、もう一度二匹を見る。


「……やってみるか」


 無茶をしたいわけではない。

 一体には、以前ほど苦戦しなかった。


 動きも知っている。

 《顕現》も使える。

 そして何より、今の自分がどこまでやれるのか。

 知りたかった。


「危なかったら逃げる」


 剣を抜く。

 音に反応して、二匹のラグが同時に顔を上げた。


「さて」


 二匹が身体を沈める。


「同時はやめてくれると嬉しいんだけど――」


 二匹とも地面を蹴った。


「無理だよな!」


 リベルが手を向ける。

 一枚の板を正面へ。

 ただし、さっきより細長い。

 二匹の間へ差し込むように《顕現》させた。

 青白い障害物によって、左右に二匹の進路が分かれる。


「よし!」


 右へ一匹目が抜けてくる。

 リベルは避けると、そのまま身体を反転させた。

 

 剣を振る。

 浅い。

 ラグの胴に傷が走る。


 だが、後ろ。

 草を蹴る音。


「っ!」


 振り向くと二匹目がもう来ている。

 見えている。

 けれど、身体が追いつかない。


「間に合わ――」


 剣を戻すのではなく、空いた左手を前へ出した。

 魔力を形にするイメージ。


「出ろ!」


 青白い板が斜めに現れる。

 直後、ラグが衝突した。


 鈍い音。

 板ごと腕へ重い衝撃が伝わる。


「重っ……!」


 それでも、止めた。

 以前なら、この距離ならまともに受けていたかもしれない。

 板へぶつかったラグの身体が崩れる。


「そこ!」


 踏み込む。

 剣を振り下ろした。


 一匹が倒れる。

 だが、まだ終わっていない。


 最初に傷を負わせたラグが走る。

 リベルから距離を取ろうとしている。


「逃げる……?」


 追える。

 そう思って一歩踏み出す。

 けれど。


「……速っ!」


 距離が縮まらない。

 相手の動きは見える。

 何をしようとしているかも分かる。

 なのに、自分の身体がそこまでついてこない。


「だったら――」


 ラグの進行方向を見る。


 跳ぶ。

 着地する。

 それさえ邪魔できればいい。


「《顕現》」


 低い板。

 地面から僅かに立ち上がるだけ。

 高くする必要はない。

 走っている足が引っかかればいい。


 ラグが着地する。

 次の一歩。

 前脚が青白い板へ触れた。

 身体が傾く。


「今!」


 リベルが走る。

 今度は間に合う。

 剣を振る。

 刃が通った。

 二匹目が草の中へ倒れる。


「……」


 静かになったが、リベルはすぐに剣を下ろさない。

 周囲を見る。


 一匹。

 二匹。

 どちらも動かない。


「……勝った」


 息を吐く。

 腕が少し震えている。

 板へラグを受け止めた衝撃が残っていた。


「二体、なんとかいけたな」


 無傷。

 余裕だったわけではない。

 けれど偶然でもない。


 相手を見て。

 考えて。

 自分で作った状況で勝った。

 数日前とは明らかに違う。


「俺……ちゃんと強くなってるな」


 思わず、口元が緩んだ。


 剣の腕はまだまだ。

 《顕現》だって、使える形は少ない。


 それでも、一体を相手にするだけで必死だった自分が、今日は二体を相手にして勝った。

 ただ。

 リベルは、二匹目が走っていった方向を見る。


「……見えても、身体が追いつかないんだよな」


 さっきもそうだった。

 攻撃が来ることは分かった。

 逃げる先も分かった。


 それでも、自分自身が動けなかった。

 《顕現》で補えたから勝てた。

 でも、あの板が間に合わなければ。


「……《身律》か」


 以前、エレナから聞いた名前が浮かぶ。

 身体そのものへ作用する枝脈。


 ラグのような速さが欲しいわけではない。

 ただ、見えたものへ身体がちゃんとついてきてくれたら。


「……いや」


 リベルは小さく首を振った。


「今考えても、俺は持ってないんだよな」


 欲しいと思ったところで、枝脈が増えるわけではない。

 今は《顕現》で補うしかない。


 それでも、頭の片隅にはその名前が残った。


「まあ、帰ってから考えるか」


 これで三体。

 依頼達成だ。


 リベルは地面に倒れた二匹を見る。


「……問題はこっちか」


 三体。

 エレナは、持ち帰れば素材として売れると言っていた。

 一匹なら抱えられる。

 三匹は無理だ。


「解体……できないしな」


 知ったふりをして切り始めて、売れる部分まで駄目にする方がまずい。

 かといって。


「置いてくのも、もったいないよな」


 倒れているラグとフィンリスまでの道。

 何度か交互に見る。


「持てないなら……」


 少し考える。


「引けばいいのか」


 自分で言ってから、若干雑な気もした。

 だが、できない理由もない。


「試すだけ試してみるか」


 地面へ手を向ける。

 いつもの板を思い浮かべる。

 ただし広く。

 三体を載せられるくらい。

 地面へ引っかかりにくいよう、前側は少し上げる。

 そして。


「掴むところもいるな」


 板の前から、太い取っ手を伸ばす。

 青白い光を放ちながら魔力が形になっていく。

 何度か輪郭が揺れる。


「もうちょっと……厚く」


 形を整える。


 しばらくして。

 草の上に、妙に無骨な青白い台が出来上がった。


「……荷車ではないな」


 車輪がない。


「運搬台?」


 たぶん、それが一番近い。

 試しに引いてみる。

 地面を擦りながらだが動いた。


「いける」


 二体を一匹ずつ運び、台へ載せる。

 

「あと一体は......」


 一体目を倒した場所は覚えている。

 取手を握り、来た道を戻った。


 しばらくして、草の中に倒れたラグを見つける。


「いた」


 最後の一体を作った台へ載せる。


「よし。帰るか!」


 取手を握り、引こうとする。


「……重っ!」


 動かない。


「そりゃそうか!」


 三体分の重さが消えるわけではない。

 腰を落とす。

 もう一度。


「っ……!」


 今度は少しずつ動いた。


「抱えるよりは……マシ!」


 かなり遅い。

 便利なのか不便なのか微妙なところだ。

 それでも無いよりはマシだ。

 リベルは青白い運搬台を引きながら、フィンリスへ戻り始めた。


◇


 東門が見えた頃には、腕がかなり疲れていた。


「……荷車って偉大だな」


 今度、値段を調べよう。


 門へ近づく。

 衛兵がこちらを見る。

 正確にはリベルの後ろを見る。


「……なんだ、それ?」


「運搬台」


「それは分かる」


「じゃあ何で聞いたの?」


「何でできてるんだよ」


「ああ、そっち?」


 衛兵の視線が青白い台へ落ちる。


「枝脈か?」


「《顕現》」


「……変な使い方するな」


「便利だよ。重いけど」


「便利なのか?」


「今、俺もちょっと分かんなくなってる」


 衛兵が笑った。

 街へ入ると、何人かの冒険者にも振り返られた。


「なんだあれ」


「ラグ?」


「いや、下のやつ」


「そっち?」


「……普通に荷車欲しいな」


 やっぱりいつか買おう。

 

 そのままギルドまで運び込む。

 入口を抜けると、床を擦る音に何人かが振り向いた。

 受付にいたエレナも顔を上げる。


「おかえりなさい、リベルさん」


「ただいま」


 視線が下がる。

 ラグ。

 そして、青白い台へ。


「……なんですか、それ」


「今日何回目だろ、その質問」


「流石に聞かれると思いますよ」


「運搬台」


「それは見れば分かります」


「門でも全く同じこと言われた!」


 エレナが口元を押さえた。


「《顕現》ですか?」


「うん。三体持てなかったから」


「それで作ったんですか」


「結構便利だった」


「結構?」


「重かった」


「そこは普通なんですね」


「少しくらい軽くなってもいいのに」


「荷物まで軽くする枝脈ではないでしょう?」


「ですよね」


 分かってはいた。


「それより」


 リベルが運搬台を軽く叩く。


「形、結構増えたと思わない?」


「確かに」


「球、板、昨日の刃っぽいやつ。それで今日はこれ」


「最後だけ急に生活感がありますね」


「必要だったから!」


「良いことだと思いますよ」


 エレナが笑う。


「枝脈は、戦うためだけに使うものではありませんから」


 昨日見たニグやギルムが頭に浮かんだ。


「……本当にそうだな」


「はい」


 エレナがラグへ視線を移す。


「では、確認しますね」


 職員が呼ばれる。


 一体。

 二体。

 三体。

 状態を確認し、依頼書へ記録されていく。


「ラグ三体。討伐確認できました」


「よし!」


「初めての討伐依頼、達成ですね」


 その言葉を聞いて。

 少しだけ実感が湧いた。


 自分で依頼を選び。

 探し。

 戦い。

 戻ってきた。


「お疲れさまでした」


「ありがとう!」


「報酬は銀貨十五枚です」


「十五枚!」


 採取依頼より明らかに多い。


「やっぱり討伐って高いな」


「その分、危険ですからね」


「分かってる」


「今日は怪我は?」


「なし」


 エレナが少し意外そうにリベルを見る。


「三体とも?」


「最後は二体同時だった」


「……リベルさん」


「待って。無茶したわけじゃない」


「本当ですか?」


「ちゃんと周り見た。逃げ道も確認した。最初の一体で動きも確認して、それから戦った」


 エレナがしばらくこちらを見る。


「……なら、今回は何も言いません」


「今回は?」


「次も同じ判断が正しいとは限りませんから」


「それはそうか」


 リベルも素直に頷く。


「でも」


「はい?」


「前よりかなり戦えた」


 自然と声が少し弾む。


「前はラグ一体でも余裕なかったけど、今日は動きも見えた。《顕現》で進む場所を変えたり、足を引っかけたりもできた」


「随分使い方が増えましたね」


「うん!」


 剣が突然上手くなったわけではない。

 身体が急に強くなったわけでもない。

 それでも。


 知っていることが増えた。

 できることが増えた。

 それを組み合わせれば、前より有利に戦える。


「ただ」


「はい?」


「見えてるのに、身体が追いつかない時があった」


 さっきの戦いを思い出す。


「二体目が来るのは分かった。でも避けるのが間に合わなくて、《顕現》で止めた」


「なるほど」


「逃げたラグにも普通に追いつけなかった」


「ラグは後脚に《身律》が発達していますからね」


「……やっぱり、あれ便利だよな」


「便利という言い方をするものかは分かりませんが」


「欲しい」


「欲しいと言われましても」


「分かってる」


 自分には《身律》がない。

 それは検査でも確認されている。


「でも、身体がもっと動けば、できること増えるよな」


「それはそうでしょうね」


 リベルは自分の手を見る。


「……まあ、今は《顕現》を使うしかないか」


 その言葉とは裏腹に《身律》という名前は、頭の中に残ったままだった。


「それと、素材はどうします?」


「売る。そのために頑張って持ってきた」


「では、解体場へ回します」


「見れる?」


「やっぱり聞きますよね」


「見たい!」


「邪魔をしないなら」


「しない!」


 即答すると、エレナが小さく息を吐いた。


「では行きましょう」


◇


 ギルドの奥。

 案内された場所は、受付とは空気がまるで違っていた。


 石造りの床。

 水を流すための細い溝。

 壁には大小さまざまな刃物。

 中央には、大きな作業台がいくつも並んでいる。

 血と肉の匂いも強い。


「……本格的だな」


「討伐依頼がある以上、必要ですからね」


 ラグが一体、台へ載せられる。

 職員が状態を見る。

 そこからの作業は速かった。

 迷いがない。


 刃を入れる場所。

 皮を剥ぐ順番。

 残す部位。

 処分する部位。


「そこから切るんだ」


「皮を傷つけにくいんです」


「じゃあ反対からやると?」


「値が落ちる場合があります」


「なるほど……」


 見れば見るほど。


「これ、説明聞いただけじゃ無理だな」


「だから無理に解体しない方がいいんです」


「正解だった」


「ただ、血抜きくらいは覚えておくといいですよ」


「そんなに変わる?」


「肉の状態がかなり変わります」


 リベルは作業台を見る。


「次までに教えてもらおうかな」


「それがいいと思います」


 倒して終わりではない。


 持ち帰る。

 処理する。

 素材として使う。


 知らなかった冒険者の仕事が、また一つ増えた。


「……面白いな」


「解体を見てその感想になる人も珍しいですよ」


「だって知らなかったし」


「リベルさんらしいですね」


 処理が終わるまで見届ける。

 全部を覚えられたわけではない。

 それでも、次に見る時は今日より少し分かるはずだ。


 受付へ戻ると、素材の査定も終わっていた。


「三体分で銀貨四枚です」


「おお」


「ただし、血抜きをしていないので少し値が落ちています」


「やっぱり」


「それから解体場の利用料が銀貨一枚と銅貨五十枚」


「……減った」


「当然です」


「せっかく売ったのに」


「それでも利益は出ていますよ」


 討伐報酬が銀貨十五枚。


 素材が銀貨四枚。


 そこから解体料。


「……討伐、結構稼げるな」


「危険もあります」


「分かってるって」


「なら大丈夫です」


 銀貨を受け取る。

 手の中に感じる重み。


 まだ借金は残っている。

 欲しいものだっていくらでもある。


 装備。

 荷物。

 そして、できればいつか荷車。


「荷車っていくらする?」


「もう買うつもりなんですか?」


「今日必要性を身をもって知った」


「まず借金を返した方がいいと思いますよ」


「……正論」


 何も言い返せない。


「じゃあ、今日は帰る」


「はい。お疲れさまでした」


 受付から離れる。

 数歩進んで、リベルは少しだけ振り返った。


「エレナさん」


「はい?」


「俺、ちゃんと強くなってたよ」


 自分でも、言ってから少し子供っぽいと思った。

 けれど嬉しかった。

 

 数日前には知らなかったことが今は分かる。

 できなかったことが今日はできた。


 エレナは一瞬だけ目を丸くして、それから柔らかく笑った。


「はい」


「見てないだろ」


「三体持って帰ってきた人に言われても説得力がありますよ」


「それもそうか」


「初討伐依頼達成、おめでとうございます。リベルさん」


「……うん!」


 今度こそギルドを出る。

 まだ知らないことは多い。


 《核華》のことも。

 《顕現》のことも。

 この街のことさえ。


 それでも、一体のラグを相手に必死だった自分が、今日は三体を倒して帰ってきた。


「次は何ができるかな」


 夕方のフィンリスを歩く。

 その足取りは、昨日より少しだけ軽かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。