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WILD HEART  作者: 日向 トキ
第二章 新しい日常

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12/32

①

 冒険者ギルドの扉を抜けると、昼間の熱を残した風が通りを抜けていった。

 石造りの建物が並ぶ大通りには、荷車の車輪が石畳を転がる音と、行き交う人々の声が重なっている。


 リベルは一度だけ振り返った。

 大きな扉の向こうでは、今も冒険者たちが依頼を選び、受付へ並び、仕事を終えて戻ってきている。

 ついさっきまで、自分もその中にいた。


 そして今は、懐に一枚のギルド証が入っている。


「さて」


 隣でマルクが伸びをした。


「俺はここで別れるぞ」


「もう行くの?」


「俺にも仕事が残ってるんだよ。フィンリスまで荷を運んで終わりじゃ、商人は食ってけねぇからな」


「ああ、そっか」


 マルクはガルドたちへ向き直る。


「ガルド、ミア、セイル。今回は助かった」


「仕事だからな」


「また護衛が必要になったら頼むよ」


「報酬次第!」


 ミアが即答した。


「お前は分かりやすくていいな」


「大事でしょ?」


「大事だな」


 マルクが笑い、最後にリベルを見る。


「お前も、まあ頑張れ」


「まあって何だよ」


「今日会ったばっかの新人に、でかい期待かける方が怖いだろ」


「それはそうだけど」


「何かあったらカードで連絡しろ」


「うん。マルクさんも」


「俺に連絡する用事なんかあるか?」


「借金」


「忘れてなかったか!」


「忘れてないよ!」


「なら早く稼げ!」


 マルクは声を上げて笑うと、片手を上げた。


「じゃあな!」


「またね、マルクさん!」


 人の流れへ入った背中が、やがて通りの中へ紛れていく。

 リベルは少しだけそれを見送った。


「……行っちゃった」


「同じ街にはいる。また会うだろ」


 ガルドが言う。


「連絡も取れるしな」


「うん」


 別れても、もう完全にどこへ行ったか分からなくなるわけではない。

 それが少しだけ嬉しかった。


「で」


 ガルドが通りの先へ顎を向ける。


「次はお前の武器だ」


「そうだった」


 意識が一瞬でそちらへ向く。


「バレンの店って遠い?」


「ここからなら大した距離じゃない」


「剣以外もある?」


「ある」


「槍とか?」


「ある」


「弓は?」


「あるよ!」


「斧は?」


「ある」


「変わった武器とかも?」


「……始まった」


 セイルが小さく呟いた。


「何が?」


「質問」


「だって初めての武器屋だぞ?」


「分かってる」


「なら気になるだろ」


「それも分かってる」


 セイルの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


     ◇


 大通りから二本ほど脇道へ入ると、人の流れが少し落ち着いた。

 代わりに聞こえてきたのは、金属を叩く乾いた音だった。


 革を扱う店。

 防具を並べた店。

 工具や縄、野営道具を扱う店。


 リベルは左右へ視線を動かしながら歩いていく。


「ここだ」


 ガルドが足を止めた。


 派手な看板も飾りもない。

 だが入口には槍や斧が立てかけられ、窓の向こうには剣や盾が並んでいる。


「……武器屋っぽい」


「武器屋だからね!」


「そうなんだけど」


 扉を開けると、小さな金属音が鳴った。

 油と革、それから鉄の匂いが鼻に届く。


「だから、もうちょい細いのねぇのかよ」


「ない」


「そこを何とか!」


「ならん」


 店の奥から、若い声と低い声が聞こえてきた。


 カウンターの向こうに立っているのは、四十代ほどの男だ。

 短く整えた髪には僅かに白いものが混じり、腕と肩には長年物を扱ってきた者らしい厚みがある。


 その前には、リベルとそう変わらない年頃の少年。

 何本もの細長い金属杭を前に、男へ食い下がっていた。


「もっと本数持ちてぇんだって!」


「この太さより落とせば曲がる」


「別にぶつけるだけじゃ――」


「ぶつけるだろ」


「……ぶつけるけど」


「ならこれだ」


「頑固親父」


「買わねぇなら帰れ」


「客に言うか普通!」


 そこで男がこちらを見る。


「……ガルドか」


「よう、バレン」


 リベルも男を見る。


「この人がバレン?」


「そうだ」


「バレンとは――」


 ガルドの手がすぐ肩へ乗った。


「言うなよ」


「まだ何も言ってないけど」


「今から言う顔してた」


「そんな顔ある?」


「ある」


「何の話だ」


 バレンが眉を寄せる。


「何でもない」


「余計気になるだろ」


 面倒そうに息を吐いたバレンの視線が、リベルへ移った。


「こいつか?」


「ああ。今日登録した」


「今日?」


 カウンターにいた少年が振り返った。


「俺より後じゃん」


「何が?」


「冒険者登録。俺は昨日」


「じゃあ一日先輩?」


 少年の口元が上がる。


「敬え」


「絶対嫌だ」


「即答かよ!」


「一日だろ」


「一日でも先輩は先輩だ!」


「器ちっちゃくない?」


「うるせぇ!」


「お前ら」


 バレンの低い声が割って入った。


「騒ぐなら外でやれ」


 二人とも口を閉じる。

 ミアだけが楽しそうに笑っていた。


「初対面なのに仲いいね!」


「よくない!」


「よくねぇ!」


 声が重なる。


「ほら!」


「どこが!」


 また重なった。


     ◇


「使った経験は?」


「ない」


「剣も?」


「ない」


「槍は」


「ない」


「弓」


「ない」


 バレンが少し黙った。


「何なら使える」


「……《顕現》?」


「武器の話をしてる」


「何もない」


「手ぇ出せ」


 言われるまま右手を差し出す。

 バレンは掌と指を一度確認すると、壁から一本の剣を取った。


「持て」


 リベルが受け取る。

 ずしりと腕が下がった。


「重っ」


 思わず両手で支えそうになり、慌てて右手だけで握り直す。


「片手?」


「そういう剣だ」


「見れば分かるだろ」


 少年が横から言う。


「初めてなんだよ!」


「構えろ」


 バレンの声に、リベルは見よう見まねで剣を前へ出した。

 腕に力が入り、剣先が僅かに下がる。


「違う」


「どこが?」


「握りすぎだ。肩も上がってる」


 バレンが柄を指で叩く。


「手首も曲げるな」


「あ、こう?」


「そうだ」


 言われた通りにすると、さっきより剣先が安定する。


「おお」


「まだ持ってるだけだ」


「分かってるけど」


 それでも面白い。


 冷たい柄。

 腕へ掛かる重さ。

 刃の厚み。

 僅かに重心が前へ寄っている感覚。


 リベルは剣を横から覗き込んだ。


「これ、思ってたより刃が厚いな」


「薄けりゃ折れる」


「長さも剣によって違う?」


「使う奴と用途次第だ」


「重さは?」


「同じだ」


「じゃあ、形だけ剣にすればいいわけじゃないんだ」


 バレンが僅かに眉を動かす。


「当たり前だろ」


「……なるほど」


 リベルはもう一度、剣を見る。


 長さ。

 厚み。

 重さ。

 握る部分の太さ。


 もし《顕現》で、本当に武器として使えるものを作るなら――。


「おい」


「え?」


「戻ってこい」


 ガルドの声で我に返った。


「何考えてた?」


「ちょっと試したいことが増えた」


「またか」


「またって何だよ」


 バレンが剣を取り上げ、今度は別の一本を差し出した。


「お前ならこっちでいい」


 先ほどより少し細身で、目立った装飾もない。


「普通の鋼だ。特別なもんは使ってない」


 握ってみる。

 さっきより手に収まりやすい。


「……こっちの方が持ちやすい」


「今のお前にはそれで十分だ」


「いくら?」


「銀貨十五枚」


「…………」


 リベルは静かに剣を返そうとした。


「何で戻す」


「一枚も持ってない」


 横から吹き出す音がした。

 少年だ。


「よく武器屋来たな」


「俺もそう思う」


 ガルドがカウンターへ銀貨を並べた。


「銀貨十五枚なら俺が出す」


「本当にいいの?」


「立て替えるだけだ」


「分かってる。返す」


「ギルドに五十枚、マルクに一枚。これで――」


「六十六枚」


 セイルが即答する。


「早いな」


「簡単だから」


「冒険者になっただけで借金六十六枚なんだけど」


「まだ依頼一件も受けてないのにね!」


「ミア、それ今言う?」


 バレンは銀貨を数え終えると、あっさり受け取った。


「毎度」


「軽いな!」


「俺には関係ねぇ」


「たしかに……」


 また横から笑い声が漏れた。

 リベルが少年を見る。


「そういえば、名前」


「あ?」


「俺、リベル」


「……急だな」


「知らないままだと気になる」


「めんどくせぇ」


「今日よく言われる」


「だろうな」


 少年は呆れた顔をしてから答えた。


「ノア」


「ノア」


「何で二回言うんだよ」


「覚えた」


「ならいい」


 ノアは金属杭をまとめ、その横に立てかけてあった長い武器へ手を伸ばす。

 柄の先には三本の穂先。

 中央だけが長く、左右の二本は外へ開いていた。


「それ何?」


「《戦叉(せんさ)》」


 リベルが近づく。


「その杭も使う?」


「使う」


「どうやって?」


「色々」


「例えば?」


「しつけぇな!」


「気になるんだから仕方ないだろ」


「お前、本当に何でも聞くな!」


「それも今日言われた」


「だろうな!」


 バレンが低い声を出す。


「ノア。杭はその太さで決めろ」


「まだ言うか」


「細いのは売らん」


「頑固親父」


「帰れ」


「買うって!」


 ノアは渋々と杭をまとめ、《戦叉》を肩へ担いだ。


「じゃあな、新人」


「お前も新人だろ」


「俺は一日先輩」


「まだ言ってる」


「敬えよ」


「絶対嫌だ」


 ノアは口元を上げ、そのまま扉へ向かう。


「またな、リベル」


「うん。また」


 金属音を残して扉が閉じた。


「変わったやつだったな」


「たぶん向こうも同じこと思ってるよ」


 ミアが言う。


「俺そんな変?」


 三人とも答えなかった。


「何で黙るんだよ」


「ほら」


 ガルドが肩を軽く叩く。


「武器は手に入った」


「ああ」


 リベルは右手の剣を握り直した。

 普通の鋼。

 何の特別な力もない、初心者向けの片手剣。

 それでも、何度も見てしまう。


 この世界で目を覚ました時には、何も持っていなかった。

 今はギルド証がある。

 連絡できる相手がいる。

 そして、右手には一本の剣がある。


「……いいな」


 小さく笑う。

 特別でもなければ、珍しくもない。


 ただの一本。

 それが、この世界でリベルが初めて手にした武器だった。

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