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WILD HEART  作者: 日向 トキ
幕間

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11/32

変わった新人

 冒険者ギルドの扉が閉じた。

 その向こうへ消えていく一行を見送ってから、エレナは受付へ戻る。


「……ふう」


 椅子に腰を下ろし、机に残された書類へ手を伸ばした。


 新規登録者。

 リベル。

 推定十八歳。

 カディア。

 冒険者等級――《戊》。

 枝脈――《顕現》。


 そこまで目を通したところで、手が止まる。


「……疲れた」


「珍しいな!」


 横から低い声が飛んできた。


 顔を上げると、素材受付からバルトが歩いてくるところだった。

 袖をまくった太い腕には、さっきまで扱っていた素材の汚れが残っている。


「何がですか?」


「お前がそんな顔してんのがだよ。面倒な依頼でも来たか?」


「いえ」


「揉め事?」


「それもありません」


「じゃあ何だよ」


 エレナは手元の書類へ目を落とした。


「新人登録を一件」


「……一人でそれか?」


「一人でそれです」


 バルトが眉を寄せる。


「何されたんだ?」


「質問を」


「質問?」


「たくさん」


「それだけか?」


「本当に、たくさんです」


 少し強めに答えると、バルトは数秒黙った。


「……なるほどな」


「今、適当に納得しましたよね?」


「してねぇよ!」


 エレナは小さく息を吐いた。


 本人に悪気はない。


 ただ、分からないことがあれば聞く。

 答えれば、そこから新しい疑問を見つける。

 一つ説明するたびに、次の質問が飛んでくる。


「あのガルドたちと一緒にいた若いのだろ?」


「はい」


「よく喋ってたやつ」


「はい」


「素材受付まで声聞こえてたぞ」


「でしょうね」


 思い出すと、少しだけ可笑しくなった。



     ◇



「エレナ」


 受付の奥から声がした。


 二人が振り向く。

 先ほど枝脈検査を担当した職員が、数枚の紙を持って歩いてくる。


「先ほどの登録者の検査記録だ」


「ありがとうございます」


 受け取った書類には、通常の検査結果と、その後の追加確認の記録が重ねられていた。


 エレナは二枚目へ目を落とす。


「こちらは通常の登録記録とは分けて保管をお願いします」


「ああ。そのつもりだ」


「閲覧も、必要な職員だけに」


「分かっている」


 男は短く答え、そのまま奥へ戻っていった。


 バルトが片眉を上げる。


「ずいぶん慎重だな」


「必要な処理をしているだけです」


「何かあったのか?」


「個人情報です」


「別に中身まで聞いてねぇよ!」


「念のためです」


「……ほんと堅ぇな、お前」


「仕事ですから」


 エレナは追加記録を専用の封筒へ入れた。


 《顕現》。

 そして、華紋と思われる紋様。

 どちらも、本人の知らないところで軽々しく広めていい話ではない。


 何を誰に話すのか。

 それを決めるのは、冒険者自身だ。



     ◇



「で」


 バルトが再び口を開く。


「結局、どんな新人だった?」


「まだ聞くんですか?」


「能力の話じゃねぇ。性格だよ」


「ああ」


「わざとか?」


「少しだけ」


「お前、意外と性格悪いな」


「そんなことありませんよ」


 エレナは笑顔で答え、少し考えた。


「……変わった方でした」


「それ褒めてんのか?」


「褒めています」


「便利だな、その言葉」


 今日のやり取りを思い返す。


 自分の年齢も曖昧。

 枝脈の名前も知らなかった。

 冒険者についても、ほとんど何も知らなかった。


 普通なら、不安になって当然だ。

 実際、本人にも不安はあるのだろう。

 けれど。


「何も知らないことを、あまり嫌がらないんです」


「どういう意味だ?」


「分からないと知るたびに、怖がるより先に知りたがるというか……」


 エレナは少しだけ言葉を探す。


「知らないものがあると、気になるみたいです」


「何が?」


「何でも」


「何でも?」


「何でもです」


 バルトが怪訝そうな顔をした。


「曖昧だな」


「今日会ったばかりですから」


「そりゃそうか」


 その時、素材受付から声が飛んでくる。


「バルト! これどこ置けばいい!」


「角は右だって言っただろ!」


「こっち?」


「そっちは甲殻だ! 見りゃ分かるだろ!」


「似たようなもんじゃねぇか!」


「どこがだ!」


 怒鳴り返してから、バルトは深く息を吐いた。


「……ったく」


「戻らなくていいんですか?」


「戻るよ」


 そう言いながらも、バルトは入口へ一度目を向けた。


「新人なんざ毎年いくらでも来る」


「そうですね」


「最初はみんな、目ぇ輝かせてんだ」


 依頼を受け。

 金を稼ぎ。

 もっと上へ行くのだと笑う。


 けれど、その全員が冒険者を続けるわけではない。


 怪我をする者。

 怖くなる者。

 別の道を選ぶ者。


「悪いことではありませんよ」


「分かってる。説教してるわけじゃねぇ」


「ならいいです」


「相変わらず細けぇな」


「受付なので」


「それ関係あるか?」


 エレナは答えずに笑った。


「……で、あいつは続きそうか?」


「さあ」


「なんだそりゃ」


「だから、今日会ったばかりですって」


 バルトは肩をすくめる。

 エレナもギルドの扉を見る。

 もう、その向こうにリベルたちの姿はない。


 所持金はない。

 借金はある。

 装備もない。

 冒険者としては、何も持っていないところからの始まりだった。

 

 それでも、ギルド証を手にした時。


『……いいな』


 そう言って笑っていた。


 大声で喜んだわけでもない。

 自分は大物になると宣言したわけでもない。


 ただ、その一言だけが妙に印象に残っている。


「……どうでしょうね」


「ん?」


「ただ」


 エレナは少し笑った。


「退屈はしなさそうな方でした」


「なんだそりゃ」


「今のところ、それくらいしか分かりません」


 バルトは呆れたように肩をすくめた。


「じゃ、仕事戻るぞ」


「はい」


「お前も働けよ」


「働いてます」


「疲れたって言ってただろ!」


「それとこれとは別です」


「はいはい」


 バルトが素材受付へ戻っていく。


「おい! だからそこじゃねぇって言ってんだろ!」


 すぐにまた、大声が響いた。

 エレナは小さく笑い、新しい書類を手に取る。


「次の方、どうぞ」


 待っていた冒険者が一人、受付の前へ進んできた。

 いつもの仕事が続いていく。


 今日。

 フィンリス支部に、新人が一人増えた。

 今は、ただそれだけだった。

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