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WILD HEART  作者: 日向 トキ
第一章 自由に生きる

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⑨

「……いや、待って」


 ガルドたちとの話が一段落したところで、リベルはふと眉を寄せた。


「どうした?」


「俺、結局ちゃんと分かってない」


「何が?」


「枝脈と、核華と、華紋」


「そこ?」


 ミアが目を丸くする。


「そこ」


 名前は聞いた。


 自分が《顕現》という枝脈を持っていることも。

 核華らしきものまで持っているらしいことも。

 けれど、それぞれがどう繋がっているのかとなると、まだ曖昧だった。


「何となくは分かった。でも、何となくなんだよ」


「なるほど」

 

 エレナが小さく頷く。


「教えてもらっていい?」


「もちろんです」


 その横で、セイルが小さく息を吐いた。


「長くなりそう」


「なんで?」


「リベルだから」


「どういう意味だよ」


「すぐ分かるよ」


 ミアまで笑っている。


「……そんなに?」


「そんなに」


 納得はいかない。

 だが、今はそっちより気になることがある。


 リベルはエレナへ向き直った。


「まず、枝脈って何?」


 エレナが一瞬だけ止まった。


「……本当にそこからなんですね」


「ちゃんと聞いたことないから」


「分かりました。簡単に説明しますね」


 少し考えてから、エレナは口を開く。


「魔力そのものには、決まった形はありません。その魔力を、特定の現象として扱えるようにする性質。それが《枝脈》です」


「魔力を使った時、何が起きるかを決めるもの?」


「かなり近いです」


 リベルはミアを見る。


「《風律》なら風に干渉できる」


「そう」


「《炎律》なら炎」


 セイルが頷く。


「じゃあ、同じ枝脈を持ってたら、同じような使い方になる?」


「いいえ」


 エレナが答えた。


「同じ枝脈でも、どう使い、何を経験してきたかで育ち方は変わります」


「使い方で?」


「それだけではありませんが、大きく影響します。そうした育ち方の違いを《枝振り》と呼ぶことがあります」


「枝振り……」


 同じ一本の枝でも、伸びる方向は違う。

 名前の意味が分かると、急に面白くなってきた。


「じゃあ俺の《顕現》も?」


「もちろんです」


「前に同じ《顕現》を持ってた人がいても、俺と同じ使い方になるとは限らない?」


「はい」


「へえ……」


「ほら」


 ミアが言った。


「何が?」


「もう楽しそう」


「そんなことないだろ」


「楽しそうだよ」


 そう言われても、自分ではよく分からない。

 リベルはそのまま次の疑問を口にした。


「じゃあ、その枝脈を極めた先にあるのが《核華》?」


「大まかには、そうです」


「大まか?」


「ただ長く使えば咲く、というものではありません」


 エレナの声が少しだけ真面目になる。


「枝脈を深く育て、その人自身の使い方や経験を重ねた先で、

 ごく一部の人に《蕾(つぼみ)》が生まれることがあります」


「蕾」


「そして、その蕾が花開いた時に成立する固有の力。それが《核華》です」


 リベルは少し考える。


「じゃあ、同じ《風律》を極めた二人がいたとして」


「はい」


「同じ核華になる?」


「むしろ、同じものになる方が珍しいですね」


「やっぱり?」


「枝脈が同じでも、そこまでの育ち方は人それぞれですから」


「……なるほど」


 枝脈は同じでも。

 何をして、どう使い、どう生きてきたかで、その先が変わる。


「それ、面白いな」


「やっぱりそこなんですね」


 エレナが笑った。


「何が?」


「珍しいと言われたことより、その先に何ができるのかの方が気になっているでしょう?」


「だって」


 リベルは自分の掌を見る。


 今まで《顕現》で作ったのは、板と棒。

 それくらいだ。


 でも。

 同じ力でも、使い方次第で育ち方が変わる。


 なら。


「形も、使い方も、まだ全然試してないんだよな……」


「リベルさん?」


「剣とか作れるかな」


「今ここでは試さないでくださいね」


「まだ何もしてないって」


「顔に書いてあります」


「そんなに分かりやすい?」


「かなり」


 ミアとセイルがほぼ同時に頷いた。


「……納得いかない」


「華紋についても聞きます?」


「あ、それも」


 エレナがリベルの左脇腹へ視線を向ける。


「《華紋》は、核華が成立した者の身体に現れる紋様です。普段は蕾が閉じていますが、核華を使う時には――」


「咲く?」


「はい」


 リベルの目が少し輝いた。


「……見たい」


「駄目です」


「まだ何も言ってない」


「言いましたよ」


「ちょっと見るだけなら」


「正体の分からない核華を試すのは禁止です」


「……分かった」


 素直に引くと、ミアが吹き出した。


「エレナさん、もう扱い分かってきてるね」


「少しだけ」


「今日会ったばっかりなのに……」


「分かりやすいので」


「またそれか」


 不満はある。

 だが、それ以上に頭の中は《顕現》のことでいっぱいだった。


 板。

 棒。

 それ以外にも、きっと作れる。

 知らないことがある。


 なら。


「……早く試したいな」


「だから今は駄目ですって」


「分かってる!」


 笑い声が混じった。



     ◇



「では、今度こそ登録を終わらせましょうか」


「今度こそ?」


「リベルさんが質問を始めなければ、もう少し早く終わっていました」


「……すみません」


「また敬語!」


「あ」


 ミアに指摘され、リベルは口を閉じた。


「急には無理だって」


「まあ、少しずつでいい」


 ガルドが笑う。


 エレナは受付へ戻ると、書類を揃えた。


「まず、冒険者には《等級》があります。

 下から、戊(ぼ)、丁(てい)、丙(へい)、乙(おつ)、甲(こう)の五段階です」


「俺は戊?」


「新規登録者は全員、戊級からです」


「枝脈が強くても?」


「はい。冒険者の等級は、戦闘力だけを示すものではありませんから」


「じゃあ何?」


「依頼を任せられるだけの実力と、信用があるかどうかです」


「信用」


「どれだけ強くても、依頼を途中で投げ出したり、報告を誤魔化したりする人には、高い等級は与えられません」


「……仕事として信用できるかってことか」


「そういうことです」


 なるほど。

 強ければ何をしてもいい、というものではないらしい。


「そして、戊級では受けられる依頼にも制限があります」


「どんな仕事があるの?」


「採取、護衛、調査、探索、討伐、救助……色々ありますよ」


「思ってたより多いな」


「冒険者は、普通の仕事では対応しづらい場所へ行くことが多いですから」


 ガルドが横から口を挟む。


「命がかかる何でも屋だと思っとけばいい」


「急に重いな」


「そこは忘れるなよ」


 軽い口調とは裏腹に、ガルドの目は笑っていなかった。


「危ない仕事ほど報酬も高い。だからって、金だけ見て手を出すな」


「自分でできるか考えろってこと?」


「そうだ」


 ガルドが頷く。


「引き受けたなら、帰ってくるところまでが仕事だ」


「……分かった」


 その言葉は、覚えておこう。


 リベルは巨大な掲示板へ目を向けた。

 何枚もの依頼書が並んでいる。


「じゃあ、あそこから選ぶ?」


「はい」


 エレナが頷く。


「受注条件を満たしていれば、どの依頼を受けるかは冒険者本人の自由です」


「自分で決めていい?」


「もちろんです」


「……へえ」


 胸の奥が、少し動いた。


 何をするか。

 どこへ行くか。

 誰と行くか。


 全部が好き勝手にできるわけじゃない。


 条件もある。

 危険もある。

 引き受ければ、責任もある。


 それでも。

 最後に選ぶのは、自分だ。


「それ、いいな」


「そこが気に入りました?」


「うん」


 リベルは掲示板を眺めたまま笑った。


「かなり」



     ◇



 一通りの説明が終わると、エレナは受付の奥へ引っ込んだ。

 しばらくして戻ってきた手には、小さな灰色の板がある。


「お待たせしました」


 カウンターへ置かれる。


 表面には細かな文字。

 リベル。

 登録支部――フィンリス。

 そして。

 戊。


「こちらが冒険者ギルド証です」


「……これが」


 手に取る。


 ひんやりとした感触。

 その小さな板に、自分の名前が刻まれている。


「これで、本日からリベルさんは戊級冒険者です」


「冒険者……」


 知らない草原で目を覚まして。

 獣と戦って。

 人と出会って。

 初めて街へ入った。


 そして今。

 この世界で、自分で選んだ最初の仕事を手に入れた。


「どう?」


 ミアが尋ねる。


「何が?」


「冒険者になった感想」


「まだ何もしてないけど」


「それでも」


 リベルはギルド証を見る。

 少しだけ口元が緩んだ。


「……いいな」


「それだけ?」


「今はそれでいい」


 ガルドが小さく頷いた。


「あとはこれからだ」


「うん」


 何をするか。

 どこへ行くか。

 誰と出会うか。

 まだ何も決まっていない。


 だからこそ。


「これから決める」


 リベルはギルド証を握った。


「あ、それと」


 エレナが言う。


「そのギルド証、登録した相手と短い文章を送り合えますよ」


「連絡できるの?」


「はい」


「すごいな、これ」


 ガルドたちと証を重ねて登録する。

 マルクの商業ギルド証とも互換があるらしく、同じように登録できた。


 ガルド。

 ミア。

 セイル。

 マルク。

 この世界で初めてできた、四人分の連絡先。


「……最初は一人だったのに」


「ん?」


「いや」


 リベルは少し笑った。


「もう連絡できる相手が四人もいるんだなって」


 ミアがふっと笑う。


「まだ四人だけどね」


「ゼロから四人なら十分だろ」


「それもそっか」


 知らない世界で。

 知っている顔が増えた。

 それが、少し嬉しかった。


「では」


 エレナが一度、リベルを上から下まで見た。


「次の問題ですね」


「……まだある?」


「装備は?」


「…………」


 リベルは自分を見る。


 服。

 以上。


「ない」


「ですよね」


「でも、《顕現》がある」


「それだけで依頼へ行くつもりですか?」


「……駄目?」


「駄目です」


「即答だな」


「何ができるかも、まだ把握していないでしょう?」


「まあ……」


「それに、魔力が尽きたら?」


「何も出せない」


「ですよね」


「はい」


 反論できない。


「最低限、普通の武器は用意した方がいいですよ」


「武器か……」


 リベルの視線が、ギルドを歩く冒険者たちへ向かう。


 剣。

 槍。

 弓。

 斧。

 さっきまでなら、ただの武器だった。


 今は少し違う。

 形。

 長さ。

 厚み。

 重さ。

 

 それを見れば。

 《顕現》でも――。


「……リベル?」


「武器、見たい」


「お前、今ちょっと違うこと考えただろ」


 ガルドに言われる。


「いや?」


「顔に出てるぞ」


「また?」


 ミアが笑った。


 ガルドは呆れたように息を吐く。


「ちょうどいい。バレンのところ行くか」


「バレン?」


「武器屋だ」


 その一言で、リベルの顔が明るくなった。


「行く!」


「返事早いな」


「だって武器屋だろ?」


「そうだが」


「見たことない武器とかもある?」


「そりゃあるだろ」


「行こう!」


「食いつきすぎだ」


「だって気になる」


 自然と足が出口へ向く。


 所持金はない。

 借金はある。

 装備もない。

 冒険者としては、まだ何一つ始めていない。


 それでも。

 さっきまでより、この世界の先を見るのが少し楽しみになっていた。


「よし」


 リベルは扉の向こうへ目を向ける。


「武器、見に行こう!」

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