⑨
「……いや、待って」
ガルドたちとの話が一段落したところで、リベルはふと眉を寄せた。
「どうした?」
「俺、結局ちゃんと分かってない」
「何が?」
「枝脈と、核華と、華紋」
「そこ?」
ミアが目を丸くする。
「そこ」
名前は聞いた。
自分が《顕現》という枝脈を持っていることも。
核華らしきものまで持っているらしいことも。
けれど、それぞれがどう繋がっているのかとなると、まだ曖昧だった。
「何となくは分かった。でも、何となくなんだよ」
「なるほど」
エレナが小さく頷く。
「教えてもらっていい?」
「もちろんです」
その横で、セイルが小さく息を吐いた。
「長くなりそう」
「なんで?」
「リベルだから」
「どういう意味だよ」
「すぐ分かるよ」
ミアまで笑っている。
「……そんなに?」
「そんなに」
納得はいかない。
だが、今はそっちより気になることがある。
リベルはエレナへ向き直った。
「まず、枝脈って何?」
エレナが一瞬だけ止まった。
「……本当にそこからなんですね」
「ちゃんと聞いたことないから」
「分かりました。簡単に説明しますね」
少し考えてから、エレナは口を開く。
「魔力そのものには、決まった形はありません。その魔力を、特定の現象として扱えるようにする性質。それが《枝脈》です」
「魔力を使った時、何が起きるかを決めるもの?」
「かなり近いです」
リベルはミアを見る。
「《風律》なら風に干渉できる」
「そう」
「《炎律》なら炎」
セイルが頷く。
「じゃあ、同じ枝脈を持ってたら、同じような使い方になる?」
「いいえ」
エレナが答えた。
「同じ枝脈でも、どう使い、何を経験してきたかで育ち方は変わります」
「使い方で?」
「それだけではありませんが、大きく影響します。そうした育ち方の違いを《枝振り》と呼ぶことがあります」
「枝振り……」
同じ一本の枝でも、伸びる方向は違う。
名前の意味が分かると、急に面白くなってきた。
「じゃあ俺の《顕現》も?」
「もちろんです」
「前に同じ《顕現》を持ってた人がいても、俺と同じ使い方になるとは限らない?」
「はい」
「へえ……」
「ほら」
ミアが言った。
「何が?」
「もう楽しそう」
「そんなことないだろ」
「楽しそうだよ」
そう言われても、自分ではよく分からない。
リベルはそのまま次の疑問を口にした。
「じゃあ、その枝脈を極めた先にあるのが《核華》?」
「大まかには、そうです」
「大まか?」
「ただ長く使えば咲く、というものではありません」
エレナの声が少しだけ真面目になる。
「枝脈を深く育て、その人自身の使い方や経験を重ねた先で、
ごく一部の人に《蕾》が生まれることがあります」
「蕾」
「そして、その蕾が花開いた時に成立する固有の力。それが《核華》です」
リベルは少し考える。
「じゃあ、同じ《風律》を極めた二人がいたとして」
「はい」
「同じ核華になる?」
「むしろ、同じものになる方が珍しいですね」
「やっぱり?」
「枝脈が同じでも、そこまでの育ち方は人それぞれですから」
「……なるほど」
枝脈は同じでも。
何をして、どう使い、どう生きてきたかで、その先が変わる。
「それ、面白いな」
「やっぱりそこなんですね」
エレナが笑った。
「何が?」
「珍しいと言われたことより、その先に何ができるのかの方が気になっているでしょう?」
「だって」
リベルは自分の掌を見る。
今まで《顕現》で作ったのは、板と棒。
それくらいだ。
でも。
同じ力でも、使い方次第で育ち方が変わる。
なら。
「形も、使い方も、まだ全然試してないんだよな……」
「リベルさん?」
「剣とか作れるかな」
「今ここでは試さないでくださいね」
「まだ何もしてないって」
「顔に書いてあります」
「そんなに分かりやすい?」
「かなり」
ミアとセイルがほぼ同時に頷いた。
「……納得いかない」
「華紋についても聞きます?」
「あ、それも」
エレナがリベルの左脇腹へ視線を向ける。
「《華紋》は、核華が成立した者の身体に現れる紋様です。普段は蕾が閉じていますが、核華を使う時には――」
「咲く?」
「はい」
リベルの目が少し輝いた。
「……見たい」
「駄目です」
「まだ何も言ってない」
「言いましたよ」
「ちょっと見るだけなら」
「正体の分からない核華を試すのは禁止です」
「……分かった」
素直に引くと、ミアが吹き出した。
「エレナさん、もう扱い分かってきてるね」
「少しだけ」
「今日会ったばっかりなのに……」
「分かりやすいので」
「またそれか」
不満はある。
だが、それ以上に頭の中は《顕現》のことでいっぱいだった。
板。
棒。
それ以外にも、きっと作れる。
知らないことがある。
なら。
「……早く試したいな」
「だから今は駄目ですって」
「分かってる!」
笑い声が混じった。
◇
「では、今度こそ登録を終わらせましょうか」
「今度こそ?」
「リベルさんが質問を始めなければ、もう少し早く終わっていました」
「……すみません」
「また敬語!」
「あ」
ミアに指摘され、リベルは口を閉じた。
「急には無理だって」
「まあ、少しずつでいい」
ガルドが笑う。
エレナは受付へ戻ると、書類を揃えた。
「まず、冒険者には《等級》があります。
下から、戊、丁、丙、乙、甲の五段階です」
「俺は戊?」
「新規登録者は全員、戊級からです」
「枝脈が強くても?」
「はい。冒険者の等級は、戦闘力だけを示すものではありませんから」
「じゃあ何?」
「依頼を任せられるだけの実力と、信用があるかどうかです」
「信用」
「どれだけ強くても、依頼を途中で投げ出したり、報告を誤魔化したりする人には、高い等級は与えられません」
「……仕事として信用できるかってことか」
「そういうことです」
なるほど。
強ければ何をしてもいい、というものではないらしい。
「そして、戊級では受けられる依頼にも制限があります」
「どんな仕事があるの?」
「採取、護衛、調査、探索、討伐、救助……色々ありますよ」
「思ってたより多いな」
「冒険者は、普通の仕事では対応しづらい場所へ行くことが多いですから」
ガルドが横から口を挟む。
「命がかかる何でも屋だと思っとけばいい」
「急に重いな」
「そこは忘れるなよ」
軽い口調とは裏腹に、ガルドの目は笑っていなかった。
「危ない仕事ほど報酬も高い。だからって、金だけ見て手を出すな」
「自分でできるか考えろってこと?」
「そうだ」
ガルドが頷く。
「引き受けたなら、帰ってくるところまでが仕事だ」
「……分かった」
その言葉は、覚えておこう。
リベルは巨大な掲示板へ目を向けた。
何枚もの依頼書が並んでいる。
「じゃあ、あそこから選ぶ?」
「はい」
エレナが頷く。
「受注条件を満たしていれば、どの依頼を受けるかは冒険者本人の自由です」
「自分で決めていい?」
「もちろんです」
「……へえ」
胸の奥が、少し動いた。
何をするか。
どこへ行くか。
誰と行くか。
全部が好き勝手にできるわけじゃない。
条件もある。
危険もある。
引き受ければ、責任もある。
それでも。
最後に選ぶのは、自分だ。
「それ、いいな」
「そこが気に入りました?」
「うん」
リベルは掲示板を眺めたまま笑った。
「かなり」
◇
一通りの説明が終わると、エレナは受付の奥へ引っ込んだ。
しばらくして戻ってきた手には、小さな灰色の板がある。
「お待たせしました」
カウンターへ置かれる。
表面には細かな文字。
リベル。
登録支部――フィンリス。
そして。
戊。
「こちらが冒険者ギルド証です」
「……これが」
手に取る。
ひんやりとした感触。
その小さな板に、自分の名前が刻まれている。
「これで、本日からリベルさんは戊級冒険者です」
「冒険者……」
知らない草原で目を覚まして。
獣と戦って。
人と出会って。
初めて街へ入った。
そして今。
この世界で、自分で選んだ最初の仕事を手に入れた。
「どう?」
ミアが尋ねる。
「何が?」
「冒険者になった感想」
「まだ何もしてないけど」
「それでも」
リベルはギルド証を見る。
少しだけ口元が緩んだ。
「……いいな」
「それだけ?」
「今はそれでいい」
ガルドが小さく頷いた。
「あとはこれからだ」
「うん」
何をするか。
どこへ行くか。
誰と出会うか。
まだ何も決まっていない。
だからこそ。
「これから決める」
リベルはギルド証を握った。
「あ、それと」
エレナが言う。
「そのギルド証、登録した相手と短い文章を送り合えますよ」
「連絡できるの?」
「はい」
「すごいな、これ」
ガルドたちと証を重ねて登録する。
マルクの商業ギルド証とも互換があるらしく、同じように登録できた。
ガルド。
ミア。
セイル。
マルク。
この世界で初めてできた、四人分の連絡先。
「……最初は一人だったのに」
「ん?」
「いや」
リベルは少し笑った。
「もう連絡できる相手が四人もいるんだなって」
ミアがふっと笑う。
「まだ四人だけどね」
「ゼロから四人なら十分だろ」
「それもそっか」
知らない世界で。
知っている顔が増えた。
それが、少し嬉しかった。
「では」
エレナが一度、リベルを上から下まで見た。
「次の問題ですね」
「……まだある?」
「装備は?」
「…………」
リベルは自分を見る。
服。
以上。
「ない」
「ですよね」
「でも、《顕現》がある」
「それだけで依頼へ行くつもりですか?」
「……駄目?」
「駄目です」
「即答だな」
「何ができるかも、まだ把握していないでしょう?」
「まあ……」
「それに、魔力が尽きたら?」
「何も出せない」
「ですよね」
「はい」
反論できない。
「最低限、普通の武器は用意した方がいいですよ」
「武器か……」
リベルの視線が、ギルドを歩く冒険者たちへ向かう。
剣。
槍。
弓。
斧。
さっきまでなら、ただの武器だった。
今は少し違う。
形。
長さ。
厚み。
重さ。
それを見れば。
《顕現》でも――。
「……リベル?」
「武器、見たい」
「お前、今ちょっと違うこと考えただろ」
ガルドに言われる。
「いや?」
「顔に出てるぞ」
「また?」
ミアが笑った。
ガルドは呆れたように息を吐く。
「ちょうどいい。バレンのところ行くか」
「バレン?」
「武器屋だ」
その一言で、リベルの顔が明るくなった。
「行く!」
「返事早いな」
「だって武器屋だろ?」
「そうだが」
「見たことない武器とかもある?」
「そりゃあるだろ」
「行こう!」
「食いつきすぎだ」
「だって気になる」
自然と足が出口へ向く。
所持金はない。
借金はある。
装備もない。
冒険者としては、まだ何一つ始めていない。
それでも。
さっきまでより、この世界の先を見るのが少し楽しみになっていた。
「よし」
リベルは扉の向こうへ目を向ける。
「武器、見に行こう!」




