六十九話
晴斗は嘆いた。
必死に説得しようとした。
しかし遅かったのだ。
瘴気にのまれた叔父はすでにその人ではないと本能で理解してしまった。
しゃべり方。立ち居振る舞い。
声色。
すべてが違う人だった。
姿は同じだというのに。
晴斗は歯を食いしばった。
予想していたことだ。
分かってた。
叔父を倒さなきゃいけなくなる可能性があったのは。
それを承知でこの作戦に出向いた。
でも甘かった。
自分は恐れていたのだ。
どこかで希望的観測をしていた。
少年の瞳からあふれんばかりの涙が流れる。
しかし少年は強かだった。
全力でなんの躊躇もなく彼は叔父をぶん殴った。
涙にぬれながらも目はまっすぐ覚悟を決めた目。
叔父さんを…倒す!!!
ゴオン!!
殴り飛ばされた加賀が壁に激突する。
晴斗は止まらない。
赤い稲妻を放ち、容赦なく肉親を蹴り飛ばし、電撃で焼いた。
だが少年は力不足だった。
彼の名誉のことを考えれば彼は強い方だ。
しかし残酷なことに加賀の方が圧倒的に強すぎた。
ビキビキ…!!
灼けた皮膚も組織も、耳をふさぎたくなるような音と同時に治っていく。
渾身の攻撃はすぐになかったものになる。
「うああああああああああああっ!!!!」
少年はひるまず殴り続けた。
殴っても、痛いのは晴斗だった。
瘴気で狂った加賀と違い良心がある。
まして大切に育ててくれた叔父を殴っているとあれば心が悲鳴を上げる。
「つまらん」
冷たい一言だった。
晴斗の体へ激しい振動が炸裂する。
振動は打撃に変換されはした。
それでももとの音がすさまじかったから、晴斗は瞬く間にボロボロになる。
全身の骨にひびが入り、組織がぐちゃぐちゃになっていく。
「が…ぐ…」
内臓が傷ついた。
血を吐いて晴斗は地べたに這いつくばる。
それでも立ち上がろうと手に力を入れる晴斗だがこんな状態では立てない。
たった一瞬にして決着がついた。
晴斗は悟った。
勝てない。
今まで攻撃を加えてこなかったのは気分だったかららしい。
「せっかく心に来ることをさせてやったのに、お前に宿る力を表出させることができないとは。」
加賀は見下ろした。
冷たい言葉に冷たい瞳。
晴斗はこんなの叔父さんじゃない、と思った。
晴斗の以前一度だけ発言した矛盾の力。
それに気づいていた加賀はそれを引き出そうとしたらしい。
それは単なる興味。
同時にそれが出てこないと分かると加賀は晴斗に容赦ない攻撃を加えた。
あれだけ優しかった叔父が、ただ実験対象としてしか晴斗のことを見ていない。
「く…そ…!!」
晴斗は拳を握り締めることしかできなかった。
たん…たん…
足音だ。
階段を上ってさらに人がやってくる。
2人だ。
加賀はとどめを刺そうとしていたが足音に関心を寄せる。
晴斗を邪魔だと言わんばかりに蹴っ飛ばして足音の方に向き直った。
「播…磨…く…」
美空は来た者の名を呼ぶ。
なんとか声を出せるようになった。
予想していたよりも回復が遅い。
加賀が妨害の力を付与していたのだろう。
まだ美空は戦いに参戦できなかった。
美空も悔しさで胸がいっぱいになっている。
友人が、心身とも追い詰められているところを見ていることしかできないのだから。
唇を噛んだときに血が滲んでいる。
やってきたのは播磨だけではない。雨宮が顔を出す。
少し治療を受けられたらしく歩き方に問題はなかった。
「行きますよ、播磨」
雨宮は鋭く加賀を見つめナイフを取り出して駆け出す。播磨もそれに続いた。
「ほう」
加賀は感心したように二人を分析し始めた。
それぞれに対して弾幕攻撃を仕掛ける。
二人は間を縫って回避して見せた。
加賀はここで妙だと感じる。
二人の動きを把握しているはずなのに、不規則に場所が変わったり、動きを追うことができない瞬間が存在したのだ。
特に片方の力は大きいらしい。
(さしずめ私が知覚できないとなると…時間系かな?)
加賀はすぐに見当を付けて作戦を変更する。
パチンと指を鳴らして青いフィールドを展開された。
二人はそれにも臆さず突撃してくる。
一切乱れない連携には舌を巻くほどだ。
加賀は光の輪を作り出して不規則な軌道を作り出して二人の動き方を観察する。
雨宮はいきなり速度を増しては強引に回避しているのを確認できた。
播磨は器用に回避していくが、一定のタイミングでやはり見失う。
(厄介なのはこちらの方か)
播磨の方へ攻撃を重点的に行う。
播磨を囲むようにして雷撃が襲い掛かる。
「くっ!?」
播磨は時を戻した。
「!?」
時が戻った瞬間、播磨の腕に岩の棘が刺さった。
突如の出来事に播磨の頭が硬直し、そのまま姿勢が崩れる。
「播磨ッ!」
雨宮が駆け出した。
播磨は状況が呑み込めずコンマ数秒時を戻すのを忘れた。
その一瞬の出来事が命取りとなって紫の弾丸が播磨に襲い掛かる。
それを阻むのは雨宮。
なんとかナイフで弾き飛ばして加賀に攻撃を加えようとする。
「甘い」
加賀の周囲に木が生えてきた。
葉を茂らせるそれらは一気に広範囲に拡大して雨宮の視界をふさぐ。
数秒もしないうちに部屋全体を覆いつくして播磨の視界を遮断する。
「くっそ!」
雨宮が歯噛みするよりも早く時が戻される。
木は一瞬にして姿を消した。
(すまない、助かった!)
雨宮は心の中で播磨に詫びる。
あのままでは一方的に雨宮が攻撃されて脱落していたことだろう。
こちらのことは見えていないはずなのによく戻してくれた。
播磨は岩で穿たれた直前に戻る。
しかし避けられずにまた穿たれた。
前回とは違う角度と量。
相手の攻撃が変わっている。
「っ!!」
播磨はここで確信した。
(相手は恐らく自分の能力のからくりに見当がついている!)
時間が巻き戻ることに何らかの形で気が付いて、どのくらい戻るのかを観察していたに違いない。
そこから時間で計算して、戻ったらだいたいこのくらいというところに攻撃を置いているということ。
しかも再発動までの時間を計算して位置も精密に考えられている。
恐らくここからさらに戻ったとして、いくつものトラップが仕掛けれらているに違いない。
播磨は冷静だった。
このまま化かし合いをして負けるのは自分。
ここで負けるわけにはいかない。
「はあっ!!」
黄金色のオーラが播磨を包む。
「播磨!それは!!」
雨宮が焦って止めようとする。
しかし既に遅かった。
雨宮が静止するよりも早く播磨は瞬間移動した。
加賀が目の前に来た播磨を認識するよりも早く播磨は加賀をぶん殴る。
今までただの体術でやっていた時とは明らかに違うパワー。
加賀から血が噴き出し、ものすごい勢いで殴り飛ばされる。
ゴオオン!!
壁にひびが入った。
その威力の高さは言うまでもない。
美空や加賀よりも出力が高いことを明確に示していた。
「はああああああああッ!!!!」
怒涛の連撃を繰り出す播磨。
黄金色のオーラが体から激しく噴き出して、播磨の身体能力をはるか上へと引っ張り上げていく。
52連撃。
それが目にもとまらぬ速さで繰り出されて加賀を追い詰めていく。
しかし加賀もただやられているわけではない。
ゴウン!!
播磨の位置がいきなり変更された。
この部屋の反対側の端に転移した上に鋼鉄の箱の内側。
播磨を封じ込めた。
加賀はその間に傷をすべて再生させて能力を組み始める。
何重にもかけた肉体強化を施し、加賀もシンプルな攻撃力で対応する方針に決めたらしい。
ガアン!
厚さ1m以上ある鋼鉄の塊が打ち破られて播磨が飛び出してくる。
二人の拳が激しくぶつかり合った。
――――
同時刻、草薙が急遽戦場に出た頃には御信は暴走していた。
彼女の相手が因縁の相手だということからそちらが気がかり。
でも彼女がまだ動いているなら、というよりも赤い状態なら問題ないと思っていた。
少なくとも竜を倒すまでの間は。
どちらかと言うと竜を倒した後、御信の矛先が誰に向くかということが心配だ。
「磯垣さん。手負いなところ申し訳ないですが、碧さんをこちらに連れてこれませんか。」
「こんの、よそ見してんじゃねぇ!!」
ドゴォオン!!!
拳だけで大剣を捌き切ってさらに蹴りで草薙の胴体へ攻撃を叩き込む。
その威力は確かたるもので草薙は血を吐いた。
「!!」
しかし草薙はそれでは止まらない。
今度は大剣を横にぶん回して腹で強打する。
空白は地面を数回転がった。
執事はすでに動き出している。
当然あいつならあれだけ怪我しても仕事をこなせるだろうと空白は結論付けた。
元同僚だから力量くらいはわかる。
ちっ、と空白は舌打ちして立ち上がった。
草薙の攻撃に防御できていなかった空白だがそれでもすぐに立ち上がってみせた。
(流石に強いな)
草薙は冷静に相手の力量を測る。
草薙の膂力は鬼道ほど振り切っているわけではないがそれでも京の最上位付近にいる。
戦車をぶん殴ったらぺちゃんこになるくらいの威力。しかし相手はすぐに立ち上がってみせた。
これがウィネリマの第二位。
仕組みは単純に硬いからなのかなんらかのギミックがあるのかは分からない。
「探るだけだ」
草薙はふっと笑う。
たとえどんな相手であろうと、必ず勝つ。
それが自分の使命であり旧友との大事な約束。
ぐっと鉢金を巻き直した。
(恥ずかしいところは見せられないな)
かつて雲海で散ったあの子の形見。
大剣には黄金の輝きが宿り始める。
激しく燃え上がるように噴出するオーラを見て空白の背筋が凍った。
「霊斬ッ!!」
草薙が大剣を振り抜く。
黄金の輝きが刀身から飛び出して斬撃を飛ばす。
ゴオオオオオンッ!!!
真っ直ぐ振り下ろされた剣の延長線上に谷ができた。
底が見えない幅6mほどの谷。
それが地平線の彼方まで続いていた。
草薙の必殺技。
かつて竜に一矢報いて御影山に余波だけで谷を作り上げた絶技。
その威力を目の当たりにした空白はぶるっと身震いする。同時に気分が高揚してきた。
「いいなァ!草薙!!!」
空白は叫ぶ。
何度も草薙へ拳を繰り出す。
42連撃。
それらはまるで大砲どころではない威力で炸裂する。
ゴゴン!!!
音が遅れて聞こえるくらいの速さで叩き込まれた拳。
大地を揺らし岩のように構える草薙のガードさえも突き破っていく。
「っ…!」
草薙に直撃した拳は容赦なく肩の骨を砕き、腹に大きな損傷を与えていく。
血が噴き出して草薙はゆらりとよろけた。
これほどの力。颯と天城で挑んで無事で済まなかったのも納得だ。
このまま自由にさせていれば自分もかなり窮地に立たされることだろう。
まずは相手の装甲を剥がし切る!!
痛手を被ろうと草薙は冷静さを失わない。
的確に相手を分析し、予想し、対策する。
彼が教官たる所以の思考を持って目の前の敵へ立ち向かう。
「はっ!!」
無数の斬撃が装甲を斬り裂いた。
空白も動きを見逃した。
それもそのはず。
今草薙が使ったのは双剣。大剣を近くに放り投げて視線をそちらに誘導させてその隙に攻撃した。
「そういうことかよ…!!」
空白は悔しげに口に出す。
切られた場所から血を噴き出しながら草薙の横腹に回し蹴りを見舞う。
「ぐっ…!?」
草薙の重心がブレた。
これでほんの一瞬だけ動き出しが遅れる。
放り投げられた大剣が地面に突き刺さり、流し込まれていたエネルギーが放出された。
ドオオオオオオン!!!!
まるで遠くからでもわかるくらいの光のドーム。
草薙がさらに相手を追い詰めるために用意したカード。一度囮に使い囮だと思わせておいて本命の攻撃を炸裂させる。
「どうだ…?自分能力でやられる気分は!?」
空白は不敵に笑う。
といっても自分も避けられたわけではない。
ぶすぶすと焦げる左腕で顔を庇っていた彼は草薙に問う。
空白は大剣が炸裂するまでの間に草薙の体の影に隠れていた。
ほとんどの光のエネルギーを受けたのは草薙。
「まあまあ…かなっ!!」
草薙は今度は鎖鎌で空白を捕らえる。
草薙はほぼ全身丸焦げ。
流石に自分の高威力の攻撃を受けてしまえば大怪我は免れない。
それはそれとして草薙はまだ動ける。
傷みがないわけじゃない。
全身が焼かれてなお相手を倒すことにフォーカスし続けている。
「くそっ!?」
空白が振りほどこうとした瞬間、光が爆ぜた。
鎖鎌から発せられた光に焼かれて絶叫を上げる。
「うがあああああっ!!?」
果てしないほどの熱量。威力。
それらは空白の体を焼き尽くそうとしていた。
焼き切られる前になんとか振りほどいて退避する。じゅうじゅうと溶けた体の一部が煙と音を立ていた。
(なんつう威力だ…)
空白は冷や汗を流す。
もし数秒遅れていたらその時点で負けていた。
動きが鈍くなっている上、右腕を代償にしてしまった。これでは手数が減ってしまう。
「オオオオオオっ!!!なんのこれしきッ!!!」
空白は吠えた。
あらん限り喉を潰しても構わないという勢い。
音が衝撃波となって辺りを駆け巡り草薙だろうと吹き飛ばす。
「フゥーッ!フゥーッ!」
息を荒くした空白の体は崩れてきている。
そもそも彼の発動した強化形態は激しく体を損耗させるものだ。
それに見合うだけの力を有するが、危険な技に変わりなかった。
意識が混濁していき、彼らしくない言動になっていたのもその負荷ゆえだろう。
さらに彼の体には影が巻きついていた。
真っ黒な影がなくなった部分を禍々しいかたちで補強している。
「そうか…君は、姿こそ違えど月行の側近…!」
草薙は影の登場を見て草薙は気がついた。
忌まわしき多くの犠牲を出した15年前の惨劇。
それを引き起こした者のうち、月行とその側近がいた。
影が味方をしていることを考えればその関連のものと見たほうがいい。
もちろん、例外はいるが。
「草薙さん!」
声がした。
そこには一人の少女の姿。
2つに束ねた長い髪を揺らして碧は駆けつけた。
先程御信を守るべく発動していた領域は焼ききれてしまったが故に解除されてしまったらしい。
執事が倒れていた碧を救出し、さらに彼の力でなんとか持ち直させることができたらしい。
慣れないフィールドの展開をぶっ続けでしてきたからにはそれでも万全ではない。
しばらくの間は再発動できないと見える。
それでも草薙は彼女がキーパーソンになると見込んでいた。
そして空白を補強し始めた影の存在が彼の見込みを確信へと至らせる。
「…てめぇ…!?」
空白は碧の気配に反応する。
「なんで…影を宿している?!」
空白は苛立ちを含んだ怒号を浴びせる。
血管がはち切れそうなほど膨れ上がっていた。
「えっ!?なんでって…わかんない」
碧は相手の剣幕に気圧される。
相手の気分次第では簡単に碧の命はない状態だ。
それだけの実力差が両者にはある。
「なんで!!?お前があの方の力を使える?!!」
空白は飛び出した。
抑えきれないほどの怒りと妬み。
碧の中に宿る影の力。
それはヤミカゲに囚われたときから碧の体内にいた。そして月行の力でもある。
空白は許せなかった。
自分の敬愛する人の力を見ず知らずの少女が宿している。
激しい殺気を纏って碧の首を刈り取っりにかかった。碧が気が付いた時には既に目の前にいた。
ガアンッ!!!
そこを草薙が阻む。
大剣が振り下ろされ、空中にいた空白を叩き落とす。
「こんのッ…!」
空白はなんとか装甲で受け止めて見せた。
地面にたたきつけられた衝撃で背中にひびが入る。
「はあっ!!」
そこへ振り下ろされるのは真っ黒なスパナ。
ゴオオン!!!
黒の衝撃が震撼させる。
巨大なクレーターが生まれた。
半径11mの巨大なクレーターの中心地に砕かれた空白が横たわる。
「小娘ぇ゙!!」
それでもなお空白は立ち上がった。
立ち上る瘴気。
ピンク色だったオーラはどす黒くなり始めていた。
壊れた体の部位に影が補強を施す。
禍々しいまでの姿。
終わりが見えない。
こいつを、どうやって倒すのか。
碧が不安に思ったその時だった。
「碧さん。一緒に戦ってください」
草薙が真っ直ぐ碧をみて言う。
「えっ!?でも私足手まといに…!」
碧はそんなことを言われるなんて微塵も思っていなかった。だから戸惑う。
さっきだって、草薙教官が庇ってくれなかったら空白に殺されていたに違いない。
まだ碧はこの戦いについていける自信がなかった。
「いいえ。あなたがいなければ倒せません」
草薙は碧に協力を頼んだ。
碧は流石に空白を相手には戦えない正直に伝えるが、草薙は首を横に振った。
空白は今不滅の状態にある。
瘴気も影も何もかも取り込んで、というよりむしろ取り込まれていると言っていいくらいの異常な状態。
いかに草薙が強者であったとしても決定打に欠けるのだ。
だからこそ影を使う力のある碧の協力が不可欠。
空白を不滅たらしめる影を影の権限で引っぺがす必要があった。
「…分かりました」
緊張した面持ちで碧は構え直す。
碧は今日初めて、幹部に頼られて戦場に立つ。
高揚感と緊張の入り混じって浮き足立つ身心を抑えるように大きく息を吐いた。




