六十八話
桜族はかなり昔に滅びたとされる。
滅びる前はなかなかに裕福な暮らしをして京の機関を支えていた重要な立ち位置だったという。
しかし700年くらい前だったろうか。
桜族は伝染病が流行した際にほとんど死亡しその数は本当にわずかになったという。
その生き残りがまさに御信だ。
あの伝染病の後生き残った者は生殖機能を失った。
やがて寿命や不幸に見舞われて数をさらに減らしていく。
結局御信しか桜族はいなくなった。
御信は変わり者で体が比較的強くて同時に天賦の才もあった。
しかし体質が体質ゆえに周囲から防人になることは反対される。
それこそ稽古をするにしたって監督役はかなり注意を要する。指導できないという人が非常に多かった。
でも少女だった御信はどうしても防人がやりたくて桔梗に会いに行ったという。
『桔梗さま、これで私の『挿し木』を作ってください』
髪をほどいてその一部をぱさりと落とした。
それを大事に握って桔梗へ手渡す。
桜の綺麗な薄紅が差し込んでくる日差しに美しく輝いていた。
『挿し木…?』
『はい。私、というより桜族は体の一部から新しく体を作ることができます。』
挿し木。
それは植物の持つ神秘だ。
ある程度年数を重ねた枝や幹を切り取って発根を促進させて植える。
そうすると確実ではないが新たな木として成長するというものだ。
『私にあなたのクローンを作って、ということ?』
桔梗様はこの時相当嫌な顔をされていたことだろう。クローンを作るだなんて、とても人道的ではないから。
『私が死んだ時のために、この挿し木を保管しておいてください。挿し木から生じた私だって私です。挿し木がある限り、私は京を守り続けますから。』
曇りなき眼で御信は述べた。
純粋無垢な少女が真剣な顔で言うところを見て桔梗様は随分と頭を悩まされたそう。
でも本人の意思を尊重したいとも考えなさったのだろう。
彼女は自分が役に立つことを全く疑っていない。
そのうえでもし何かあったとしても役に立ちたいと思っているのは明らかだった。
これを断ったら年若いこの子の将来を閉ざしてしまうことになる。
何より桔梗様は感じてしまった。
この子が確かな才能に溢れていると。
『じゃあ、これは2人だけの秘密だからね』
桔梗は作り笑いをなさった。
少し無理をしているのは子供ながらにもわかったがその時の御信は気にしない。
御信。年齢1200歳以上。
ただし現在の肉体年齢400歳。
実のところ御信はすでに13回死亡している。
1回目の時に思わぬ誤算があった。
御信に2つの天賦が発現したのである。
そのうちの一つは記憶と経験の引き継ぎ。
クローン個体がそれ以前の経験と記憶を保持できるようになった。
そこから御信は千年以上かけて桜族の限界を超えた時を鍛錬に費やすことができて、前代未聞の防人としての実力を手に入れた。
桔梗は今でも嫌々ながら挿し木を大切に保管している。
――――
大地は赤く染まった。
竜が暴れ、敵味方関係なく蹂躙していく。
怪人も防人も見境なく攻撃され、体を引き裂かれて臓腑を散らし絶命する。
実に多くのものがなくなった。
池となった血が御信の意識を呼び戻す。
「これは…っ…!?」
ドクン、と心臓が脈打った。
激しく血流を回す。
傷口は開いたまんまだから血がさらに噴き出していく。
激しく目眩と動悸がする。
くらくらと視界が回っていくなかで御信ははっきりと思考だけは保った。
だめだ…!このままでは…!
大太刀の柄にかろうじて手をかける。
このままでは死ぬより大変なことが起きる…!
せめて自刃できなければ…!
しかし指は動かない。
大太刀を動かす力が残っていなかった。
ぷつんと音がして御信はそのままがくりと倒れる。
鮮やかな赤が溢れた。
それは確かに血だった。
髪は赤に染まり、瞳も赤。
瞳孔は肉食獣のような細長いかたちに変わった。
ゆらりと何事もなかったかのように立ち上がる。
顔は上げずずっと下を向いていたが細かく身体が震えていた。
地面に流れる血が御信の表面から吸い上げられていき、傷口が治っていく。
「ふふふふふ…あっはははは!!」
狂気じみた笑いを上げたかと思うと、赤い大太刀を大きく振るった。
ザンッ!!!
赤い剣撃が遥か先まで切断する。
暴れまわっていた竜をまるで紙を切るよりも簡単に両断した。
最初の赤い時よりも遥かに硬度が増していたはずの竜が一瞬にして切り捨てられて倒れ伏す。
同時にその直線上にあった巨大な塔の上4分の1が切断された。
勢いよくてっぺんはすっ飛んでいって遥か遠くの橋の近くの海に落っこちていった。
大太刀の先端を地面に引きずりながら御信は歩き出す。竜に向かって真っ直ぐ。
地面を覆う血を吸って大太刀もさらに赤みを増していく。
そして容赦なく竜へと襲いかかった。
――――
「っ…くそ!」
晴斗はひたすら走って逃げる。
どこまでも続く白い空間の中は今無数の弾幕攻撃に包囲されていた。
すべてを避けることなど不可能。
いくつもの剣の形をしたエネルギーが晴斗の身体へ直撃していく。
晴斗は赤い稲妻を走らせながら、いくつかは弾き返し素早く移動して対処する。
目に見えて最初よりも攻撃の数が増えてきた。
しかも彼には霊力切れの心配がないのか顔色一つ変えずに攻撃を続けている。
(殴りにいけねぇ…!)
晴斗には余裕がない。
流石の彼でも当たるすべての攻撃を受けていれば動けなくなる。
だから強引にこの空間の主を叩きにいけなかった。
執事はもっと状態が悪い。
晴斗と違って耐久力があるわけではない。
それにいくらウィネリマと言えども体力は人間から強化された程度。そう長く全力での戦闘には加われない。
あちこち傷だらけになって黒いスーツを血で赤く染めながら持ちこたえている状態だ。彼も攻勢には出られない。
「そんなものか!?」
空間の主、空白は叫ぶ。
自ら叩き潰しに来たとはいえこれほどあっさりといくとは思っていなかった。
執事は言わずもがな以前引き分けた相手。
それに急成長している晴斗の実力も侮れるものではない。
だと言うのに相手がここまで劣勢になるのはなんだかおかしい。
違和感に気がついた空白はじりと汗をかいた。
「気がついたようですね」
執事は血みどろの顔でニヤリと笑う。
その瞬間空間が崩壊して元の景色へ戻っていく。
荒廃した公園の敷地内。
誰にも管理されなくなっていた遊具は塗料が剥げて錆色がむき出しになっている。
付近の戦闘の余波でそれらの一部はへし折られていた。
「…お前の動きが鈍かったのはこのためか」
空白は地面に着地して分析した。
空白という名前はそのまま自身の能力に由来する。
何もない空間を作り出し、相手を閉じ込めたりできるだけでなく、自分の能力に上昇補正をかけて同時に霊力の消耗をゼロにすることができるらしい。
それだけ破格な力だ。
破るのはかなり困難なはず。
今回で破られたのは2回目。
執事に破られたのは初めて。
「まあいい。やることは変わらん。」
空白もまた笑みをこぼした。
その程度で自分を倒したつもりかと。
空白の体からエネルギーが噴き出した。
それは間違いなく強者の証。
ビリビリと空気を揺らし、押し出していく。
風速10mを超えるような風が吹き荒れて、執事たちへ吹き付けてきた。
「なんて圧…!」
晴斗は風を一身に受けて後退りする。
ただでさえ強大だった相手の姿がさらに大きく見える。
「晴斗くん。今のうちに先に塔に登ってください。」
「な、何言ってんだよ…!?執事さん、そんなケガで…!」
「大丈夫です。」
執事の提案に晴斗は反発する。しかし執事は声を低くして晴斗をなだめた。
これは命令だ。そんなメッセージを受けた晴斗は黙って駆け出した。
ゴゴゴ…
地面が激しく揺れる。
「磯垣さん、交代です」
肩で息をする彼の背中に声がかかる。
そこへ現れたのは草薙。
本来桔梗様の隣にいるべき人物だが一時的に天城と交代して戦場に降り立った。
草薙の姿が一瞬にして姿が消えたかと思うと、晴斗を逃がすまいと迫っていた弾丸をすべて叩き落とした。
「!!」
空白もチャージ中の威力が低いものとはいえどすべて対処されたことに驚きを隠せない。
速い、そして上手い。
正確に叩き落とされた弾丸はちりちりと甲高い音を立てて転がり、やがて消えていく。
「そうか…あんたか。草薙というやつは…」
バァン!
とエネルギーがはじけて空白の姿があらわになる。
黒光りする装甲が手足をつつみ、禍々しい姿になっていた。
黒ずんだピンク色の光を放ちながらゆっくりと足を地面につける。
空白は理解した。
京の幹部の中でも上位に食い込むだろう実力。半端ではない存在感。
かつて真砂が無茶苦茶だと言っていた京の幹部。
彼から話を聞いていて気になっていたのだ。
「わざわざ目の前に出てきてくれるとは…なんたる幸運。」
空白は心底嬉しそうだった。執事と戦っているときはあんなに不機嫌だったのに今は上々。
(あのガキよりもこいつを止めるほうが優先だ。)
空白は嬉しく思いつつも戦況の把握を怠らない。
自分が好きに動いたばかりに計画が破綻しては本末転倒。あの方が望んだように事を運ぶ。
(ああ。本当に運がいい。計画の遵守も戦いたいやつと戦うのもどっちもできるなんて。)
「はああっ!!!」
空白は突撃した。嬉々とした思いを反映したようにくすんだピンクの光がガスとなって激しく溢れ出していく。
草薙は大剣を構えて静かに、同時に強く迎え撃った。
――――
御信が敗北する少し前。塔の屋上では相変わらず激戦が繰り広げられていた。
触手の数はさらに多くなって雨宮たちを追い詰める。
美空が生み出した怪人も次々撃破され、3人ともすでに後がない状態。
すでに攻撃を受けてしまっている藤原も動きが鈍くなり、雨宮も避けきれずに直撃した腹を押さえたままマンタで運ばれている。
美空は自力でなんとか太刀打ちしているが依然として突破口は見られない。
「このままだと…!」
美空が残酷な判断をせざるを得ないと思ったその時。
ズバン!!!
紅蓮の斬撃がとんできた。
それは誰を狙ったものでもない。
しかし確かにその規模で戦況を大きく揺るがした。
塔の上部分が切り飛ばされてすっ飛んでいく。
もちろんホシごと。
偶然にも斬撃が戦況を一旦白紙に戻すことになった。
屋上とともにホシは遠くの海の方に沈んでいく。
「ちょ…嘘おお!?」
しかし同時に足場が崩落して下の階層や近くの町に落っこちることになる。
ズズウン!!!
重い地響き。
瓦礫のせいでまともに退避もできず3人は塔の破片と一緒に埋もれた。
「ぶはっ…!?」
美空は瓦礫を押しのけて外に出る。
そこは塔の下の階層らしき場所。
「雨宮さん!?藤原さん!?」
急いでほかの二人の名を呼ぶも返事がない。
気を失ったのかそれとも別の場所に落ちたのかは分からないが、少なくとも彼女らを探す時間は美空には与えられなかった。
「ほう、君が例の星の子か。」
気配は一切感じなかった。
しかし確かに強大な相手が目の前に立っている。
「加賀…さん…!」
美空は目の前にいる相手を呼ぶ。
晴斗の叔父でありウィネリマのトップに立つ男。それが加賀だった。
以前ホシのところで教えを請うたときにも会ったことがあるが、なんだか別の人みたいだと思うほど雰囲気が違う。
口調も声色もかなり高圧的になっている。
前はあんなに優しい感じだったのに。
まるで母みたいな…
(これは…汚染の影響がこの人にも出てるからだ…!)
美空はその事実に気がついてなんとか体を起こす。状況的に交戦しないわけがない。
こちらに対してまごうことなき害意が存在する。
怪人を新たに作り出して戦闘態勢に入った。
――――
『できる限り加賀には遭遇しないようにしてください』
事前に打ち合わせをしていた時執事が言った。
『加賀さんって…ウィネリマの首席の人ですよね…理由を聞いてもいいですか?』
時雨がそれに反応する。
『理由は、絶望的に強いからです。彼の力は「頭の中で思い描いたものを現実に反映する力」です。』
執事が言うにまさしく言葉通りの意味だという。
彼の霊力や存在値による制約はあれどそれ以外にほとんど阻害するものがなく彼の思い通りの現象が起きるのだという。
『彼はその能力を嫌っているので極力使わないようにするのですが、今精神汚染が彼に影響していないとは言い難い。だからかなり無茶なことをしてくると思います。』
『何か対策はないんですか…?』
美空は恐る恐る質問する。
彼女は加賀よりもステップが一つ多いが、同系統の能力を持つ美空なら加賀の強さがよく分かった。
『あるにはありますが再現性がないんです…ですがその能力を持った人が敗れたということはあるので何かの条件で攻略できるのだとは思いますが、それが具体的にどうやるのかはわからなくて。』
執事も困った様子だった。
下手したらホシ自体よりも加賀の方が頭を悩ます原因になっているらしい。
その夜美空に時雨は聞いてみた。
『ついさっき思いついたんだけど…頭の中で思い描いただけで現実に反映しちゃうなら、マイナスなこと考えさせればいいんじゃないかな…』
『うーん…どうだろう…そもそも精神汚染の状態でそれができるかもわかんないし…下手に世界滅亡とか考えられたら終わりな気がする…』
美空もげんなりしながら答える。
流石にそう簡単に攻略はできないかと時雨は肩を落とした。
『美空は絵に描いてそれを現実に反映するじゃん?美空はマイナスなこと反映しちゃうことないの?』
『流石にないかなぁ。嫌なこと描くってそれ自体に相当モチベーション高くないといけないし。普通嫌なこと描こうなんて思わないしね』
美空は苦笑する。
時雨は確かにと思った。
やはり頭の中で構成するのとそれを実際に何かにアウトプットするのとでは違いが大きい。
いくら似ているとはいえヒントを導き出すのは難しそうだ。
『…一応確認するよ時雨ちゃん。加賀さんに出会ったら?』
『『何としてでも生き残る』』
2人の答えは至ってシンプル。
二人してにっと笑った。
執事さんとの約束でもある。
逃亡を図るのは無謀。
単体で勝つのも無謀。
だからこそ仲間が来るまでなんとしても耐えて、みんなで倒すか足止めして、その間に誰かがホシを倒す。
――――
激しいぶつかり合いが塔の階層で繰り広げられる。
炎が、雷撃が、岩が、水が何の規則性もなく出現して美空に襲い掛かった。
軌道も不規則に変化しては美空に何度でも襲い掛かる。
(本当に規則性がない…!!)
これが加賀の力。
目の前で体感して美空はひしひしとそれを理解させられる。
美空とて今や幹部に並ぶ実力者になっているのは確かだ。
それでも全力を出しても押される。
能力行使までの早さが違う。
だから数でも負けるし、生み出した怪人が何もできないまま粉砕される。
「はっ!!!」
ビームを発射するも瞬時に加賀を守るように出てきた鉄の塊がそれを防ぎきってしまう。
ノータイムで作られ続けるやつが相手ではまるで付け入るスキがない。
そして美空は無理やり攻撃に転じたことで手痛い反撃を食らうことに。
衝撃波がふっとんできて美空に直撃する。
塔の壁にぶつかって美空は動けなくなった。
この塔自体が加賀が作ったものらしい。
硬度は最たるもので美空の攻撃どころか加賀の攻撃でもびくともしない。
明確に塔を破壊したのはホシの攻撃と先ほどの斬撃だけ。
崩れもしない外壁は衝撃を分散してくれることもなく、硬くないほうに衝撃を反射してくる。
「がっ…はっ…!?」
美空は血反吐を吐いて立ち上がれなくなる。
つぶれた腹を押さえてうずくまった。
たった少しの被弾でこれだ。
相手の力量は美空よりも格上。
立ち向かっちゃいけないのが身に染みて理解できる。
「もう終わりか?」
加賀は歩み寄って尋ねる。
目の前で立ったまま見下ろすその視線はとても冷たかった。
「あ…ぐ…」
美空は受け答えができない。
既にしゃべれないのだ。
美空はもがくが体をうまく動かすことができない。体が自由を取り戻すまであと2分はかかりそうだ。
加賀相手に2分は致命的どころかもはや勝負にならない。
その時美空が絶望するよりも早く、塔の階段を上る音が聞こえてきた。
足音に驚いたのは加賀も同じようだ。
階段を上り切ってきたのは少年。
「叔父さんッ!!!
その声に加賀が少し揺れた。
大事な甥っ子の姿に確かに揺らいだろうか。
それとも、それはただの楽観視か。




