六十七話
「どけよ」
「断る」
多くの猛者が集う場所から少し離れた土地。
岩の攻撃が届かずそのままの地形が残っている森林。
そこには2人の姿があった。
肩に鯨包丁を担ぐ鬼道とその行く手を阻む真砂。
「お前たちは…ホシ様を殺すんだろう?行かせられるかよ」
真砂はトルマリンを刃に組み込んだ大鎌を構える。きらりと暗い森のなかでも鎌がその存在を主張していた。
真剣な瞳が鬼道を睨んでいる。
「話しても無駄だな。押し通る。」
鬼道も前に包丁を構えた。
多分、自分も相手みたいに慕う人を殺さなきゃいけないってなったら同じように行動すると思う。
なんとか、助けられないかって方法を探りたくなる。
たとえその方法がなかったとしても。
今こいつがどれだけ辛い思いでここに立っているのか、それをわかるとは言わない。
実際に相手の立場に立ったことはないから。
簡単にわかるよなんて言えない。
それに、例え理由がどうであったとしても。
ホシがこの地球自体を滅ぼすほどの脅威となっている以上は彼らの言い分を聞くわけにはいかない。
「おおッ!!!」
紫の炎が爆ぜた。
爆発する速度で真砂へ肉薄する。
真砂もすぐに鬼道の攻撃に対して砂に変化して攻撃を受け流す。
鬼道の攻撃も空しく回避されて、鬼道の首筋へ鎌が迫る。
「舐めんなッ!!」
鬼道は鎌を包丁で打ち払う。
鎌の直撃は避けたが雷撃が鬼道の体で轟く。
「がッ…!?」
意識が飛びそうになるほどの雷撃。
鬼道の鍛えた肉体であってもそう簡単には対処できない。
ぶすぶすと黒い煙を上げる。
だが鬼道はすぐに包丁で周囲を薙ぎ払う。
ゴウッ…!!
灼熱が周囲を包む。
妖しい紫の炎が空中へ漂っていき真砂の周囲を囲んでいく。
「トラップか!その手には乗らんぞ!!」
真砂は言い放つ。
砂嵐が巻き起こって竜巻に変化する。
周囲の木ごとその場一帯を薙ぎ払った。
地形が変化してしまうほどの規模の攻撃。
20m以上の場所がえぐれて更地に変換される。
漂う鬼灯は砂に埋もれてしまう。
同時に鬼道も土砂の中に巻き込まれた。
ゴウン!!ゴウン!!!
振動がその場を包み込む。
真砂はすぐに距離を取った。
ドオン!!!
紫の炎が立ち上り、土砂を強引に吹き飛ばす。
鬼道は土を払いながら立ち上がる。
その体には鋭い石が刺さり打撲した傷がいくつも見受けられた。
それだけの傷にも関わらず燃え上がる闘志が真砂をたじろがせる。
「行くぞオラァッ!!!」
鬼道は突き進んだ。
右足の関節が少しおかしくなっている。
地面に足を付くたびにきしむように痛い。
それでも止まる理由にはならない。
もしこいつを自由に行動させれば大変になる。
これだけの広範囲攻撃に単純な戦闘での強さ。
そして何より砂化による打点の少なさ。
だから俺がこいつを倒す。
包丁に輝くほどの紫の炎が宿る。
刀身が美しい銀色から紫へ色を変えていく。
じりじりと灼けるような熱さが空気を揺らめかせて、数メートル離れた場所にいる真砂の皮膚をじりと焼いた。
「はああっ!!!」
真砂も大鎌を振るう。
直撃すれば力負けするのは自分の方。
大鎌を振りかぶった姿勢のまま近くにあった大岩を自分の手足のように動かす。
大岩が突如として動いて鬼道の行く手をふさぐ。
「上等だッ!!!」
鬼道は吠える。
さらに高温となった包丁が振り下ろされて、岩に触れた瞬間爆発した。
周囲を吹き飛ばす爆発が土埃を上げ風圧がそれらを吹き飛ばしていく。
煙が晴れた頃には二人は距離を取っていた。
真砂は左半分が焼き焦げてしまう。
対して鬼道は首筋を大きく切断されている。
それでも鬼道は倒れなかった。
たとえ電流がさらに体を蝕んだとしても。
依然として彼は立ちふさがる。
「だが…いくら京人と言えど戦闘継続は無謀じゃないか?」
彼のことを称賛こそするが真砂は言い放つ。
事実だった。
普通の人間なら既に頸動脈を断たれている。
まごうことなき急所だ。
京人の場合はそれで即死することはなくても重症には違いない。
とめどなくあふれる血が体を伝って地面を染めていく。
「ああ…そうだな…」
鬼道の声は既にか弱くなってしまっている。
「だが、それはお前も同じだ」
鬼道の言葉に真砂は驚く。
「俺は半身が焼けただけだ。まだ戦えるぞ」
真砂は自分の体を確認して大鎌を構え直す。
「今この瞬間まではな」
鬼道の不敵な笑みとともに紫の炎が発火して真砂の体を蝕み始める。
「なっ!?」
真砂は驚愕した。
即座に砂化して受け流そうとも考えたが、砂になってもその熱さは引くことがなくじりじりと真砂を焼いていく。
「なっ…なぜだ?!」
真砂の体が崩れ始める。
痛みに悶えて立っていられない。
「俺の炎は蝕む効果を持っていてな。まさか砂化しても貫通するとまでは思っていなかったが…どうやら十分な効果があったらしい」
鬼道はふっと小さなナイフを投げ渡す。
ナイフはさくりと地面に刺さった。
「俺の火に焼かれて死ぬのは苦しいだろ。このナイフを使って自害するといい」
鬼道は踵を返して去っていく。
――
くそ…くそ…
真砂は悔しかった。
ホシをなんとか助けたい。
だからこそ彼らを止めるために戦ったのだ。
しかし結果として負けた。
自分の無力を嘆く。
せめて…せめて…彼だけでも…!!!
真砂は震える手でナイフを手に取った。
銀色の金属光沢が光る綺麗なナイフ。
その時、反射して映る自分の顔が見えた。
『もう、真砂ちゃん。そんな怖い顔してちゃだめよ。いい男なのにもったいない!笑顔笑顔!』
ひどい顔だ。
かつてのホシの言葉がよみがえる。
あの人はずっと優しかった。
ずっと一緒にいたくなるような人だった。
正義感が強くて、どこまでも人たらしで。
…きっと自分が去っていく彼へ攻撃したら彼女は怒るだろう。
同時にきっと悲しみもするだろう。
ホシはそんな人だ。
今自分がホシを助けるためにこんな風にして自分が傷つくことも悲しむに違いない。
真砂は悲しげな顔をしてそれでも少しだけ口角を上げた。
悲しい笑顔だった。
ナイフから手から滑り落ちる。
地面にコン、と軽い音がした。
パチン。
指を鳴らす音が響く。
その音に呼応して炎が一瞬にして消える。
「…あんたを殺さなきゃいけないとかじゃなくて、よかったよ」
振り向きもせず鬼道は言う。
もう気を失った真砂への言葉。
真砂からぽたりと雫が落ちる。
地面に吸い込まれていく水滴はやがて目の届かない場所へと深く潜っていく。
鬼道は歩いて彼に近づいて肩に担いだ。
「…あんたの話、また今度聞かせてくれよ」
鬼道のつぶやきが風の音に乗って去っていく。
少しよろけながら、落ち着かない足取りで鬼道は京へと向かっていった。
ほんの少し冬ながらに暖かい風が吹いた。
優しく真砂と鬼道の髪を揺らしていく。
――――
中央の広間では激闘が繰り広げられていた。
竜はさらに色を変えて緑色へと姿を変えて地中から攻める形態へと変化したらしい。
地面の下からの砲撃に加え自身も地中から急襲する。
大太刀が当たるチャンスはそう多くはない。御信は劣勢を強いられていた。
「くっ…!」
突き抜けるような緑の光が天へと昇っていく。
周囲に再び群がり始めた雑多な怪人が撃ち抜かれて蒸発した。先程までタイマンを張るにはもってこいという状況だったというのに、混戦へと強引に押しやられている。
この状況を煩わしく思っているのは御信だけでなく竜も同じらしい。
放たれるビームの中にはどう考えても御信を狙ったものではないものが含まれていた。
「ちょちょちょっ…!!」
碧は慌てふためく。
当然自身も狙われる羽目になっていて苛烈な攻撃をなんとか避けたり凌いだりした。
漆黒から繰り出される棘は例えモノクロの世界でも色を失わない強力な力であっても減衰させることができる。
それでも大変なのは怪人の相手をしながらそれを処理しなければならないということ。
絶大なエネルギーを持ちながらもそのビームの存在感は希薄だ。
経験の浅い碧はギリギリで立ち回っている。
影の力がなければすでにお陀仏だったに違いない。
(このままではいけない)
御信は分析する。
自分も回避してばかりで消耗するだけだ。
後々不利になるのは明らかにこちら側。
しかし地中にいる奴をどうやって叩く?
大太刀で掘り起こすのは不可能ではないが、まず切れ味が落ちてしまうだろう。
時折上がってくるタイミングがあるがあれは恐らく息継ぎのため。
(なら、その瞬間に勝負を決める。)
御信は神経を研ぎ澄まし、狙ってくるビームを回避しながら様子を伺う。
「せやあっ!!」
その時だった。
碧が過負荷に耐えきれずに苛ついて地面へスパナを豪快に叩きつける。
衝撃が大地を揺らし黒に染めていく。
あまりにも威力が乗ったそれは豪快にクレーターを作り出す。
『コオオっ!?!』
衝撃を直に食らった竜が悶絶して飛び出してくる。
思わぬ誤算にも御信は即座に対応してみせた。
「繚乱っ!」
奥義が炸裂する。
桜色の花びらが風に舞うような錯覚を起こさせるような剣技。
竜ですら反応できないほどの速度で切り刻み、御信は数m先で納刀する。
絶華が爆ぜた。
もはや視認できないほどバラバラに切り伏せられた竜。
しかしそれでもなお、奴は死ななかった。
(色々試してはみたが…少なくとも私は条件を無視して倒すことはできないらしい)
御信は鋭く竜を見つめていた。
少しだけ息が上がる。
当然だ。こいつを相手にすでに長時間の戦闘に突入している。
御信はこれまでにここまでの戦いを継続したのはそこまで多くない。
自分の体質上ミスは許されず、体力を補助する天賦もない。
だがそれがどうした。
劣勢がなんだというのだ。
それでへこたれるようでは、京の幹部は務まらない。
それにあいつだってそうだったろう。
あいつはやり遂げた。
白の武人の姿を思い浮かべて御信は笑う。
例え自分が生き残れなかったとしても。
こいつだけは絶対に倒す。
今度は緑から青に変わって肉片が集まって無傷の竜の姿へ戻る。
迸る青が周囲から浮くほどの輝きを以ってその存在感を示す。
「!!」
竜は素早く動いた。
今度は速度に特化した形態か。
御信は唐突に上昇した速度に瞠目する。
これまでよりもはるかに速く、御信が全力で回避してすれすれを巨体が通っていく。
素早く身を翻して次の行動へ移る両者。
拮抗する実力。
双方とも緊張の走る表情で攻防を繰り返す。
火花が散る。
洗練された鉱石で作られた大業物と遥かな硬度と軽さを両立させる鱗や外殻。
速度はさらに一段と上がり、周囲から見たところで目で追うことができないほどの高速戦闘が繰り広げられた。
風圧だけで近づいたら死を感じさせる。
碧も周囲の怪人もその圧力には萎縮して動けなくなる。
飛び散った火花が両者の動きよりも遅れて見えたかと思えば吹き飛ばされていく。
『コオッ!!』
竜は短く吠えて飛び上がった。
跳躍した高さは30mよりもはるかに高く、あの巨体が小さく見えてしまうほど。
「そう来るか!!」
御信は即座に退避した。
ゴオオン!!!
上空から急降下して地面に翼を叩きつける竜。
その威力は碧の力の倍以上。
地面が波打つように軋み、土が吹き飛ばされる。
退避していた御信のところまで石が礫として飛んできた。
キンと、短い音で礫は切り伏せられる。
御信は目の前の光景を見て状況の不利を悟った。
(既に…私は消耗し始めている)
肩で息をしながら御信は思った。
相手は色が変わるごとにその力の変化だけでなく全体的な身体能力までもが上昇している。
御信は段階的にそれに合わせて行動してきたものだが、すでに全力での戦闘を強いられるようになっていた。
緑の形態の時の厄介な能力も御信の浪費に関与している。
やはり時間が経つごとに有利になるのは竜の方。
かといってそう簡単に削り切れる相手でもない。
これが雲海の主。
上級怪人が当然のようにはびこる場所の主として君臨できるだけの強さが確実にあった。
「すぅ」
御信はゆっくりと息を整える。
竜はこちらへ向かってきていた。
正面に立ち続けるという危険行為。
それを継続するには精神力が必要だ。
見極めるのは相手の攻撃の中にあるほんのわずかな隙。
タイミングを外したら終わり。
うまくいっても体のどこかに引っかかったら終わり。
「今ッ!!」
突進する竜に合わせて居合抜刀。
桜色の閃光が走る。
御信は姿勢を低く鋭く刀を振った。
走っていた竜は転倒する。
突進の勢いを殺しきれずに地面に豪快に転がていく。
御信が攻撃したのは足すべて。
竜はそう簡単には起き上がれない。
御信はすぐに駆け出した。
すぐに追撃する。
今度も大技を放たなければ仕留められない。
攻撃の体勢に入った瞬間だった。
モノクロの世界に色が戻ってくる。
「!!?」
御信は瞠目した。
まだ碧の限界時間には到達していない。
まさか碧がやられたのか。
能力を一切使えないこの場面で。
碧だってかなり強くなっているはず。
つい先ほどまで碧が交戦している様子はなかった。
碧が能力なしで一瞬にして昏倒されたとでもいうのか?!
その思考が命取りだった。
「っ!?」
地面から小さな針が出てきて御信の肌にほんの僅かな傷をつける。
辛うじて直撃を避けはした。
本来なら問題にもならない横槍。
しかし緊急事態かつ大敵を前にして余裕をなくした一瞬をついて、なんの変哲もない怪人の攻撃が御信に届いた。
ズバン!!
怪人を即座に切り捨てる御信。
その表情には明らかな焦りがあった。
すぐに向きを変えて立ち上がり始めた竜へ目掛けて跳躍する。
速度が落ちていた。
怪人たちにとってははるかに速くても竜を前にすればゆっくりでしかない。
竜は素早くブレスを吐いて御信を撃墜する。
「ぐあっ…!?」
力なく地面を転がる御信。
皮膚の色が変色して髪の毛先は枯れ枝のような茶色に変わりつつある。
これは桜族の宿命だった。
桜族は一撃ももらってはいけない。
ごく小さな傷であったとしても免疫の弱い桜にとっては致命傷になり得る。
だからこそ桜族は常に慎重に行動するしそもそも前線に出たりしない。
代わりに身体能力はかなり高いがとても防人には向いていないのだ。
数秒でこの衰弱具合。
御信は死を悟った。
久しい感覚だ。
傷を負って体がまともに動かなくなって。
食らった針も先ほどのブレスも免疫を考慮に入れなければ大したことはない。
でも、私は桜族だから。
この不利を承知で戦ってきた。
少しずつ瞳の輝きを失いながら御信はそのまま地に倒れ伏す。
もう無理は効かない。
体はほとんど動かない。
次第に深い夜の底に沈むような感覚だけが御信を包み込んでいった。




