六十六話
ゴオオン!!!
激しい轟音が響き渡って、塔が振動する。
思わず京人でさえよろめいてしまうほどの激震が3人を襲う。
「雨宮さんっ!」
一人振動への対処が難しい雨宮を美空が手で引っ張ってマンタの上にのせる。
相対するのは巨大な赤黒い何か。
それは神格として汚染されたホシの姿でもあった。
人の形をした本体を覆いつくすように無数の触手が発生して、周囲を無造作ながら強力無比な力で薙ぎ払っていく。
触手の中心は同じ色をした球になっているのがちらと見える。
美空は長い髪を風に揺らしながら目の前に敵を見据えて憂いた。
(…母さん…)
もはや原形をとどめないほどになった母は一切の躊躇もなく触手を振り回して3人を叩き潰しにかかった。
明確な拒絶の姿。
「すまない…助かった」
雨宮は冷や汗を流す。
時間に関与する彼女は正直相性が悪い。
大規模な回避に毎回時間操作を使って強引に対処する羽目になるから消耗が激しかった。
藤原も空間をつないで回避しながら攻撃を加える。
なめらかな曲線を描く薙刀の一閃をはじくほどの堅牢な触手。
いかにアビスの力と言えども簡単には通してはくれない。
(これではあまりにも手数が足りなさすぎる…!)
藤原も焦りを禁じ得ない。
触手の数はもはや数えてられないほどあって、そのどれもが攻撃に転じてくる。
しかも一つ一つの触手の能力は違うようで、切り裂くためのナタの形をしたものから叩き潰す鎚のものもある。
中にはビームまで放つものもある。
今ホシの前に配置されているのはアビスの2人と美空。
対抗手段を持つ者だけ。
そうでなければこいつの相手は難しい。
他の場所にも無視できない怪人や財団の姿があるから無理にここに人員を割くことはできなかった。
「はっ!!」
美空が中心にある触手のダマへビームを放つ。
同時に美空の生み出した怪人たちが加勢する。
ゴウ…!
激しく触手とビームが押し合うことになった。
ビームは高威力ゆえに触手の表面を焦がしていくがそれでも突破できない。
「美空!危ない!」
雨宮が即座に時間操作を適用して触手の連撃を強引に回避させる。
母は安定した定点攻撃はさせないつもりらしい。
瞬時に削り切れなければすぐに触手は生えてきてらちが明かない。
「ありがとうございます…!」
「礼を言ってる間に周り見ろ!」
礼を言う美空を雨宮が叱咤する。
直後にそこを真紅の光の壁が上から叩きつぶした。
ズズウン!!
塔の屋上がなんなく崩落して下の階を押しつぶしてしまう。
雨宮はなんとか回避したが、美空はそれを直で受け止めることになる。
怪人が身を盾にして美空を守り、散っていく。
いかにデミス同士と言えども力の差は歴然。
美空が勝てるはずもなく下に埋められてしまう。
「ふん!」
美空は瓦礫を押しのけてもう一度飛んで戦線復帰する。
頭からは血が流れているが幸いにもまだ致命傷ではない。
再び3人は激化するデミスの攻撃に立ち向かっていった。
――――
場所は混戦する広い平野。
もともと町があった場所が岩の攻撃によっていとも簡単に押しつぶされて無情にもすべて平坦にならされた場所だった。
そこではあまたの怪人が発生して京の防人との戦いを繰り広げている。
戦況は五分五分と言ったところ。
数で勝る怪人に、質で勝る京人。
そこへ一体の竜が舞い降りてきた。
それは大きな翼に強靭な手足と爪。
長い首をもたげた西洋の竜に酷似した存在。
周りを気にせず悠々と降りてきた。
日の光を反射した純白のうろこと甲殻。
体の側面には迸るような赤く光る器官が存在し、もはや神々しいとまで言える姿。
その場にいた全員がその威圧感に瞠目する。
刹那、竜は咆哮した。
『ビシャアアアアアアアアアアアアッ!!』
怪人と、やや弱い防人がそれだけで吹っ飛ばされて意識を失う。
あれだけ混沌としていた広間があっという間に静かになった。
立っていたのは膳所とあまねだけ。
みくもは耐え切れずに気絶してしまった。
「…こいつは…!!」
あまねが冷や汗を流す。
目の前でビリビリと感じる威圧感。
そしてその姿。
かつて草薙から聞いたことがある雲海の主。
「七征龍…!!」
膳所が威圧の影響で立てなくなり、膝をついたままかの竜の名前を呼ぶ。
(くっそ…!こんなに消耗した後に戦えるかっての!!)
あまねは悪態をつく。
あまねは幹部としていかんなく実力を発揮してこの場の誰よりも多くの怪人を屠ってきた。
相手が相手でなければ問題ないくらいの消耗具合。
しかし目の前の敵は完全に予想外でありなおかつ最悪レベルの実力者。
僅かな消耗が命取りになるような、むしろ万全でも全滅があり得るほどの脅威。
「膳所!できる限り倒れたやつを回収して逃げろ!」
「…!?あまねさん?!」
「いいから動け!!」
あまねは声を荒げた。
膳所はすぐに仲間たちを影の中に入れて退散する。
ズバァン!!!
空気を鋭く裂く音がした。
それははるかかなたから放たれた矢。
「…あやね…!」
その矢を放った者の名前を呼ぶ。
他の場所に配置されていたはずだが、その場所からわざわざ援護射撃してくれたらしい。
あまねはぐっと薙刀の柄を強く握り直して構える。
矢は翼に阻まれこそしたが深く突き刺さった。
竜は煩わし気に翼をふるって矢を放り投げる。
(あやねの矢がここまでしか効いてないか…)
あまねは即座に情報を分析する。
翼は硬いと見た。
「はあああああっ!!!」
あまねは猛進する。
竜が迎え撃つ。
翼を広げ、翼の先にある巨大な爪を振り下ろす。
それをひらりと躱して薙刀で翼の軸の部分へ攻撃を叩き込んだ。
ズバン!!!
いい手ごたえ。
しかし鱗が飛び散り、深い傷までは与えられない。
「上等ッ!!」
そこから返す力で足を斬る。
複数の斬撃が僅かに遅れて翼の軸を切り刻んでいく。
流石に鱗を削り切って血が飛び散った。
真紅の波となってあまねは突き進み、竜の懐に入って腹に留まらず脚まで切り刻んでいく。
怒涛の攻撃に驚いたらしく竜は後ろへ軽々と跳躍した。
あまねはそれを追いかける。
『コオオオオオ…!』
竜は鮮やかな赤のブレスを放つ。
扇状に展開して爆発していく不思議なブレスが襲い掛かる。
「はああああああッ!!」
あまねは薙刀をプロペラのように回して空気の流れを変え、能力と合わせて強引にブレスの位置を曲げてしまう。
そうして僅かに生まれた隙間から潜り抜けて突進する。
今度はブレスのために下がっていた頭部へ、渾身の一撃を見舞う。
ガギィィン!!!
(…!顔が一番硬いのか…!!)
あまねは歯噛みする。
相手も生物である以上は様々な器官が集中する頭部は急所であるはず。
しかしこいつは頭部の甲殻をガッチガチに硬くしてその弱点を補っているらしい。
薙刀がはじき返されてノックバックで体が少し浮いたところへ、隙を逃さず竜は旋回して翼であまねを殴打する。
「がはっ…!?」
はるか遠くまで吹き飛ばされるあまね。
その一撃はあまりに重いわりにとても俊敏。
鍛え上げられ通常以上の耐久力を持つあまねでさえもその攻撃には悶絶する。
飛ばされた距離は30mを超えた。
攻撃された右側の腕とあばらが折れて内臓も傷ついたと見える。
大量の血反吐を吐きながらあまねはなんとか立ち上がろうとする。
たった一撃もらっただけでこれだ。
すでにまともに戦うには難しいだろう。
弓矢が雨のように竜に襲い掛かる。
甲殻に刺さりはすれど豪快に削ることもなく効果が薄い。
流石にあやねの位置が遠すぎるのもあるが、同時にこいつの防御力が高いのもある。
全然足止めにならなかった。
(立たなきゃ…やられる…!)
血を流しながらでもあまねは立ち上がる。
他の奴はまだみんな戦ってる。
竜は再びブレスを撃つ体制に入っていた。
戦わなきゃ。
せめて役に立ってから…!
その時、世界の色が変わった。
ほとんどすべての色が失われる。
モノクロの世界が彼女を包み込んだ。
あまねの髪色だけは色彩を失わずにいる中、目の前にある光景に瞠目する。
桜色の長い髪。
凛としたそのたたずまい。
モノクロの支配よりも強大な存在感を以って、その人は立っていた。
「…御信…!」
ブレスは真っ黒な棘に阻まれて存在自体を打ち消されたかのように消滅する。
しかし竜もまたその存在の大きさ故に色を保っていて底知れぬ強さを今一度認識させてきた。
「すみません、さすがにあの竜までは無理みたいです」
恐らく御信に連れられてきたであろう少女は彼女に謝る。
「いや、ほかのやつの横槍を防いでくれるだけで十分だ。ありがとう」
御信はその少女に向き直って礼を言う。
黒い髪と真っ黒な瞳。
同様に黒で統一されたドレスが目立つ少女こと碧は近くに控えているらしい。
万が一のために巨大なスパナを取り出して構えている。
「あまねさん!今のうちに!」
碧はあまねの周囲だけの色を元に戻した。
すると近くに膳所が出現する。
「あまねさん、あなたも治療しますよっ!」
膳所は慎重にあまねさんを影の中に引き入れて退散していった。
碧はそれを確認したら一部だけの有彩色の世界を消す。
すら、と音を立てて大太刀が引き抜かれる。
まっすぐ竜へ向かって構えられたその太刀を見て竜もほんの少しだけひるんだようだ。
しばらくは静寂が流れたが、やがて火蓋は切られる。
「ふっ…!!」
風よりも疾く軽やかな足音が地面を鳴らした。
竜が迎え撃つ体勢に入り切る前に御信は一閃する。
目にも留まらぬ速さで懐に潜り込み、大太刀を豪快に振るう。
ズバァン!!!
翼の軸がいとも容易く切飛ばされた。
翼が宙に舞っている間に御信は返す力で右腕を両断し、それだけにとどまらず胴体まで寸断してしまう。
「うそ…!?」
碧は目の前の光景に瞠目した。
あれはいとも簡単そうに切っているが、それがいかに難しいか。
あまねの剣筋だってかなり洗練されている。
極みに近い二人の間であっても、ここまでの差があるのだ。
あれだけ荘厳華麗な竜はたったそれだけで撃沈した。
倒れてそのまま動かなくなる。
「…まだだ」
御信は大きく後ろへ下がる。
そして竜の周囲に橙色の光が溢れ出す。
空気中を漂うように広がった光は突如として爆発する。
『コォォォォ!!』
鳴き声が変わった。高く細い、ある意味美しいような咆哮を上げる。
迸る赤い光はオレンジ色へと変化していく。
切り落とされた胴体はいつの間にか繋がっていて、全身が無傷の状態になっていく。
グアン!!
翼の形が豪快な音を立てて変化してて、今度は複数の槍になる。
「ふぅ」
短く御信は息を吐く。
やつは恐らく今までとは違う挙動をするだろう。
大太刀を前に構えて相手の出方を窺う。
『コォォォ…!』
竜は跳躍した。
先程まで翼だったものは槍の形をした武器へとかわり飛翔することは叶わない。
だが今までからは想像できない速度で低く跳躍し、御信へ襲いかかる。
「!!」
御信は即座に槍の動きを見定めて最小限の動きで回避していく。
ズウゥン!!!
槍が地面を穿つ。
激しい振動が巻き起こる。
突き刺さった槍は地面から振り抜くには時間がかかるだろう。
その隙に御信は反時計回りに竜の側面に回り込む。
「はあっ!」
横に大太刀を正確な動きで振るった。
甲殻を突き破って血が噴き出す。
血の色までもがオレンジ色に変化しているようだ。
ズ…
槍が地面を抉り、横向きに振り払われる。
地面を強引に削るのは相当力が必要なはずだが土の重さを感じさせない速度で槍が暴れた。
御信は上体を反らせて間一髪で槍を回避する。
目の前を槍の表面がほんの一瞬だけ埋め尽くす。
槍が視界から消えれば次の槍が縦向きに御信へ襲いかかった。
「甘い!」
視界を閉ざしていたといえど、それだけでは御信を捕らえることはできない。
身を翻して側面へ移動し回避ついでに太刀でカウンター。
ズバン!!
鋭い音とともに槍が切断される。
その鋭さ故にぐるぐると空中を舞った後地面に突き刺さった。
驚いた竜が後退する。
「はあっ!!」
御信は着地と同時に竜の方向へ跳躍。
まるで重さも感じさせない軽やかで俊敏な動き。
一切の無駄のない動きは体力の消耗を減らし、少ない力でも大きな力を生み出す。
竜は槍を数本構えて防御姿勢に入るが防御手段としては御信の力の前では叶わない。
再び胴体ごと切断された。
おおきく振り被った大太刀が日の光に輝く。
竜が倒れ伏す。
今度は橙色の輝きが失われて、黄色へと変化する。
さらに翼の形が変化して3本指の鉤爪になった。
先ほどと同じく再生して何事もなかったかのように振る舞う。
「…」
御信は一切の油断なく残心して構える。
相手が後何回再生するか。
それはあくまで伝承の話だから根拠はない。
しかし相手の今までの様子からして真実の可能性もあった。
「あと…5回…!」
御信は久方ぶりの緊張感からか、ほんの少し笑みをこぼした。
――――
「だりゃあっ!!」
立ちはだかる怪人を一蹴りで粉砕して晴斗が猛進する。
目指すのは塔。
そこに叔父がいるはずだ。
叔父が今どうなっているかは分からない。
たとえどんな状態であったとしても助けに行かなければ。
執事は言った。
もしかすれば叔父と戦うことになるかもしれないと。
(決まってる!)
晴斗は笑う。
それは心からというものではなく、ある意味自分を鼓舞するような笑み。
並走する執事は彼を見ながら軽く怪人をあしらって進む。
(晴斗くん、想像以上に強くなっている)
執事が感心するほどに晴斗は成長していた。
紅い稲妻を纏い、執事とほぼ同じ速度で移動しながら目の前の障害を突破していく。
既にウィネリマに近いほどの力。
(しかし…彼と戦う以上それだけでは安心材料にはならない)
執事はまっすぐ塔を見つめる。
しかし塔に向かって突き進む2人を星が阻まないわけがなかった。
突如として真っ白な空間に変化する。
どこまでも地平線が広がる世界。
執事は周囲を見て目を細める。
「煩わしい。また邪魔しに来たのか」
空間の中にたたずむ一人の男。
財団のウィネリマでもNo.2の実力を持つ「空白」。
かつて命からがら執事が生き残った相手。
互いにこの因縁は晴らさなければと思っていたところ。
「晴斗君、先に行けと言いたいところですが」
「わかってる。あいつを倒さなきゃここから出られない」
執事が言うまでもなく晴斗はこの領域の本質を理解している。
「来いッ!」
晴斗は拳を構えて空白に相対する。
空間の中へ無数の剣が出現した。
それらは雨のように降り注ぎ、複雑な軌道の変化を伴って2人をつぶしにかかる。
「おおおおおおおおおっ!!!」
晴斗は雄たけびをあげる。
晴斗はかなり素早いが、それでもこれらすべてを避けられるわけではない。
いくつもの剣が晴斗に直撃する。
自分の持つ打撃変換と打撃耐性をふんだんに活かして強行突破。
対して執事は剣に触れた瞬間剣の主導権を奪い、取ってほかの剣をはじき返していく。
弾く時に触れた剣は同時に主導権は執事に移り執事の思うがままに動いていく。
(俺は磯垣さんみたいに器用なことはできない…!でも…!)
バギャッ!!!
晴斗は勢いをつけたドロップキックで空白の顔面に直撃する。
空白にはあまり効いた様子はなく、すぐに拳でカウンターを繰り出そうとした。
バチバチバチ…!!
一瞬遅れて赤い稲妻が吠える。
それは空白の体内で暴れまわりあらゆる組織を焼き切った。
「なっ…!?このガキ!!」
空白の姿勢が崩れる中、執事が追いついて光を放つ。焼き切るほどのエネルギーが空白の戦闘服を焦がしていく。
「はあっ!!!!」
そこへ晴斗の回し蹴り。
今度は流石に効いた。
空白は吹っ飛ばされるが身を起こして着地してみせる。
晴斗と執事は横に並び拳を構えた。
空白は立ち上がって二人を見据える。
戦いはまだ序章に過ぎない。




