七話 太陽と噂の新人
「や、やっとついた…」
疲れた顔をして一郎は店の看板を見上げる。
不思議な少女にからかわれた後一郎はようやく鉄火丼にありつくことができた。
いつも利用している料亭まではそこまで遠くはなく、雨宮と別れた場所から少し歩けばその青と白の暖簾が目に入ってきた。
(正直今日はからまれすぎだ)
扉を開ける。
町の中でも特に有名なこの海鮮料亭は、少し遠くの海からとれた新鮮な魚などを活用している。
季節ごとに旬の魚を使ったメニューに切り替わるので客足はなかなか途絶えない。
もちろん通年注文できるメニューもある。鉄火丼はその一つであった。
店内はお座敷。掘り炬燵のような席は椅子と同じように腰掛けることができる。
一郎は店内に入ってすぐ店員に一名であることを示す人差し指でサインを送る。
「らっしゃい!」
大将が挨拶してくれる。
店内にはメインのお座敷と、一人用の椅子が横に並んだカウンター席の両方がある。
一郎はカウンター席の方に座って、ちょうどカウンター席の前の調理スペースにいた大将に鉄火丼を注文する。
大将は「まいどあり!」と言って近くにある人の背より少し低いくらいの黒い冷蔵庫からマグロの大きな切り身を取り出し、見るからに上質だと分かる鋼の包丁で流れるような動作で切っていく。
刺身やそれに類似する魚料理では切り方が大きく味にかかわってくる。それは上質な包丁か洗練された腕前、もしくはその両方に質が左右されてくるのだ。
この大将は両方とも備えているために本当にうまい鉄火丼を作ることができる。
本来ならブランドが付けられるような高級料理扱いされてもいいはずだが、大将曰く海の幸を多くの人に味わってほしいとのことで普通の値段で売っている。
「へい、まちど」
長年修行を積んできた跡がよくわかるごつい手が大きな黒いどんぶりを差し出してくれる。
どんぶりの中に見える赤い切り身が大人しめの照明の光をつややかに反射させていた。
一郎は近くのわりばしをとってパキと二つに割って食べ始める。
うまそうに食べる常連の一郎を見るのは大将にとっても嬉しいことだった。
カツカツ、と箸と器がぶつかる音がひたすらに響いた。かっこむようにして青年は鉄火丼を食べる。
また大将は基本的に人に話しかけることはしないが、客としても鍛冶師としても一郎のことは特に気に入っていた。
だが彼の心境を少なからず知っている人間でもあり、あまり多くは話しかけない。
ただ一郎の嬉しそうな顔が大将の感じ取れる元気の証だった。
「大将。今日もごちそうさんでした」
代金を入口手前の会計で払った後振り返って大将にそう声をかける。
うん、と大将は会釈してまた来いと言わんばかりの顔で一郎の背中を見送った。
「頑張れよ、一郎」
扉を開けて本人がいなくなった後でぽつりとつぶやく。
――――
落ち着いた雰囲気の店内から出ると眩い光が一郎の目に飛び込んでくる。
あんなに曇り空だったのに、急に天気がよくなっていたのだ。先刻までの暗めの場所に慣れていた目が急な明るさの変化に悲鳴を上げる。
ざわざわとしている町中。
少し直射日光を掌で防いで周囲を見ると少し慌ただしい人々の様子が見えた。
「っ、何があったんだ?」
たまたま近くを通りかかった男性に質問する青年。
「あぁ、ついさっきまで町の中に怪人が出たって大騒ぎだったんだけど、すぐに新人の防人が対応してくれたおかげで少し落ち着いたところだよ。いやはや、今回の新人はなかなか優秀だねぇ」
なるほどと一郎が状況を把握すると、少なくとも今のところ問題はなさそうだということは他の人にも確認して理解できた。
そして一郎はその新人の武器の使い方を見るべく、こっそり戦っている場所の近くに行くことにする。
道行く人の逆の方向へすたすたと歩く一郎はやがて聞こえ始める鋼と硬い鎧がぶつかり合う音が聞こえ始めて、そっと角からその方角を見る。
(どれどれ?)
少し広い道の真ん中でイタチ怪人と新人が戦っていた。
怪人の背丈は2mという大柄で、鋭い爪や牙が光る。軽くしなやかな動きはなかなかに厄介そうだ。
対する新人は瀬戸香。少々いらだち気にイタチ怪人へ猛攻を仕掛ける。
瀬戸香は純粋なパワーファイターである。力と霊力においては同期の中でも抜きんでているためその点が評価されることが多いそうだ。
彼女の能力は「太陽の恵み」。
太陽エネルギーを吸収してさらなる自己強化に加え、炎に似たエネルギーを生み出すこともできる。
瞬間火力に長けているが当然欠点もあり多少燃費が悪い。
しかし太陽光が降り注ぐ真昼間であれば太陽光を浴びて簡単に失った体力も霊力も戻っていく。
今がまさにその状況。激しい動きをしようがほとんど消耗が気にならない。
あまりに苛烈な攻撃にはイタチ怪人も手を焼いており、簡単には攻勢に出られないと見える。
イタチが受け止めようとしてドドンという激しい音とともにふっ飛ばされていたことからも威力の高さはピカイチだ。
人々に優秀といわれるだけの実力があると言えよう。
影から見守っていた一郎はその実力のほどに驚かざるを得なかった。
(瀬戸香さんは拳が主な攻撃手段か…メリケンサックとかは使わないんだろうか)
一郎は戦いの様子を見ていろいろ思考した。
「あだっ…!?」
しかしイタチの怪人もやられっぱなしではなく、腰の入った瀬戸香のパンチをギリギリで回避した後的確に瀬戸香に反撃を加えていく。
太陽光があるので次第に傷が修復されていくもののその間は消耗するスタミナと霊力のカバーができなくなる。
能力の弱点に加え、瀬戸香の攻撃のスキが大きいことを見抜いて的確な判断をするイタチの怪人。
「はああっ!!」
ドドンッ!
大きな爆発音が度々響く。
数分間の戦いが続く。
周囲の人は既に離れているためすぐ近くの人に襲い掛かる危険性はない。
「んもうっ!」
瀬戸香がいらだちを完全にあらわにし始める。
お互いに疲弊し始めているのは確かだった。
両者は互いに大きく距離を取り、にらみ合いの状態になる。
互いに消耗が激しい。
両者はお互いに苦戦していた。
しかし瀬戸香は力こそ怪人を上回るものの身のこなしや防御力、素早さでは完全に劣る。
総合的に見れば怪人のほうが上手であるのは間違いない。
能力のおかげで均衡を保ってこそいるが、仮に曇天や夜間だったらもっと厳しい戦いになっていたことだろう。
「ふぅーっ…」
瀬戸香は息を整える。
少なくともにらみ合いの間は瀬戸香にとって有利である。
その間に回復できる。
当然怪人もその事を理解している。
怪人からしたらあまり悠長にしている時間はない。
ダッ!
怪人は、十数秒のにらみ合い兼休憩を利用してある程度体力が回復すると、すぐに瀬戸香とは異なる方向を駆けだす。
行く先は中央通り側。多くの家屋が並ぶ道の真ん中を風のようにかけていく。
「っ!?」
瀬戸香はその怪人の予想外の行動に焦る。
逃走を図るにしても、おそらく中央側に向かうということは人を襲う危険性が非常に高い。
イタチは完全に追いかけっこの状態に持ち込んだ。
イタチの怪人というだけあって足が本当に速いため、彼にとっては有利な対面。
瀬戸香は全力で怪人を追いかけるも足の速さの違い故にどんどん離されていく。
「こんのおおおおお!」
走る途中で瀬戸香は足裏にエネルギーを収束させ次の瞬間大きく前進する。
太陽の恵みによって生み出せる紅い炎がロケットのように瀬戸香を前に押し出す。
この操作は非常に扱いが難しく瀬戸香は霊力の操作が少々ガサツなために失敗しやすくあまり使いたくない技。
それでも緊急事態が選択を迫ってくる。
炎の勢いを増して、やや上に上昇しつつも大きく前進した瀬戸香にイタチの怪人は驚く。
ふらふらしながらも勢いよく突進してくる瀬戸香は、今この瞬間に限り怪人よりも速い。
追いつかれると思った怪人は瀬戸香に向き直り迎撃態勢をとる。
瀬戸香はそのまま突撃する…
と思えば途中でバランスを崩し、落下し始めた。
その隙を見逃さない怪人は地を駆け、落下地点に合わせて迎撃の体勢に入る。
だがそれは瀬戸香の策略通りであった。
足のエネルギーを切って落下しつつ拳にエネルギーを溜めていた。
エネルギーを蓄積した右手を体で隠すような姿勢で落下しつつ、相手の攻撃を誘う。
まんまとかかった怪人は蹴りの体勢を変えられずそのまま思いっきり胴体を殴られて爆発。
数メートルふっとんだあと数回地面にバウンドし、ぴくりとも動かなくなった。
「ふぅっ!どんなもんよ!」
疲れながらもかるたを怪人に投げつけて怪人を吸収させた瀬戸香は、誰に向けて言うでもなく大きく言い放った。
――――――
瀬戸香はその後撃破報告をした後、美空たちと合流した。
近くのオシャレなカフェで待っていた美空は彼女も怪人討伐に向かっていたにも関わらず、涼しげな顔をして待っていた。
瀬戸香が来たことに気が付いて元気よく手を振っている。
美空が座る白い円いテーブルの近くに行って瀬戸香は愚痴を言う。
「はぁ~~、今回のやつ面倒だったわぁ…」
テーブルに頭をのせて溶けたようにぐったりした様子の瀬戸香に、美空はお疲れ~と瀬戸香の頭を撫でまわして全力でねぎらって見せる。
「3体も京の中に現れるなんて、珍しいよね」
美空はひしきり瀬戸香を撫でまわした後、瀬戸香に問いかける。
その情報を知らなかった瀬戸香は後2体もいたのかと驚きを隠せなかった。
その後の会話で瀬戸香は美空も怪人討伐に向かっていたことを知る。
「お互い大変だねぇ~風呂上がって数十分でまた怪人と戦うなんてさぁ。」
そう唇を尖らせて瀬戸香はぐちぐち言っている。
美空は「そうだね」と同意をしつつも、今回話題になった同期の話をする。
「そういえばさ、播磨くんっていう同期の男の子いるじゃん?」
「ん、ああ、あのおとなしそうな子?」
瀬戸香も見たことはあるが、その播磨という男についてほとんど何も知らなかったので美空の話をじっくり聞くことにする。
「播磨くん、怪人をものの数十秒で倒して、私のとこにも加勢しに来てくれたんだよね。まるで相手の動きなんか丸わかりですってくらい完封しててびっくりしちゃった」
そのおおよそ新人らしくない活躍に目を丸くした瀬戸香は、今までなんで播磨の話を全然聞かなかったのかわからないなと考え始めた。
「予知能力とか持ってたっけ?あの子」
美空から聞いた話をもとに、瀬戸香は恐らく播磨という子が持っているであろう能力について問いかけてみる。
そうでなければまだ経験値の少ない同年代にしてはできすぎた行動に対する説明がつかない。
少なくとも訓練時代にそれらしいところを見せていないのは間違いないのだが。
一度だけ訓練の際にペアを組んだことはあるが、体術に光るものはあれど強力な能力があるとは思えない男であった。そう知り得る限りの情報を整理していると、
「あー、確かにそうかもしれないね。」
美空が少しの間考え込んだ後回答した。
彼女は今度聞いてみるね、と少しだけ付け加えて、手元のアイスココアに口を付ける。
瀬戸香は播磨という男について少し考え直した後で、目の前にいるピンク色の髪がまぶしい親友をじっと見る。
この子も大概すごいんだよなぁ…
と考えている瀬戸香には美空はやはりまぶしく見える。
瀬戸香はウェイターさんによって運ばれてきたホットカフェオレを受け取るとぐぃっと一気飲みした。
美空が、「そんなにのど乾いてたの?」と少し心配そうに瀬戸香を見る。
飲み終わった瀬戸香はすぐに美空に向き直って、うんっとうなずいた。
口元を腕でぐいっと豪快に拭く。
瀬戸香の胸の内は先ほど戦っていた時よりもヒートだ。
用意された水を完全に飲み干した後瀬戸香は、「ちょっと自主練してくる!」と言って駆け出していく。
その様子を見送った美空の目には、走って揺れる瀬戸香のサイドポニーテールが、意気揚々と跳ねているように見えた。




