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6/20

六話 鉄

 うねる様な熱を込めた鍛冶工房密集地の一帯で、16やそこらの若男は少し薄暗い曇天を見上げていた。

 年齢不相応なくらいに鍛え上げられた肉体は大玉の汗を浮かべている。

 

 身長は170cm代前半といったところか。先端だけ白くなったゴツイ黒色のショートヘアも、長時間の鍛錬で吹き出た汗でぐっしょりになっていた。

 

 青年は首にかけたタオルの位置を直しながらもう一度工房の中に入る。


 熱気の漂う無機質な石造りの工房の中で白髪のじいさんが無心に鎚を振っている。

 

キィィン…キィィン…

 

 熱されて眩く赤く光る金属は、綺麗なほど甲高い音を立てる。

 まだ塊にしか見えないその金属はやがて洗練された刀の姿になる予定であった。

 

「…」

 

 中心部に凹みを作り、折り返して強度を高める「折り返し鍛錬」を行うそのじいさんは、工房に入ってきた青年の姿を見るでもなくただ作業に集中している。

 そんなじいさんの傍らで若男、くろがね 一郎いちろうは自分の鎚を握る。

 

 握り慣れた槌だ。重さも、感触もいつも通りだ。


(なのになんでこうもうまくいかないんだろうな)

 青年は心の中で自嘲する。

 

 彼は見習いの鍛冶師だ。京の中でも名匠と名高い くろがね 哲郎てつろうの指導の下鍛冶技術の会得に勤しんでいる。

 一郎にはライバルが多かった。というよりもむしろ他の見習い鍛冶師に比べ特段目立ったところのない人間だった。

 

 哲郎の元で育ち小さなころから跡継ぎとして期待されてきたが、平凡な一郎にはその期待が重くのしかかっていた。

 自分の成長の遅さにはうんざりすることも多々ある。

 手にできたマメの多さと硬さだけなら負けないだろう。


(…やるしか道はねぇ。)

 

 一郎は課題として与えられたナイフの原型を研磨していく。

 

「いって」

 

 まだ金属の板にしか見えないそれは、一郎の思う通りには形を変えては行かない。

 苛立ちや焦りが出ていたのだろう、誤って自分の指をこすってしまって血が滲み始める。


 顔をしかめながら続けようとする一郎の肩に、しわがれた豆だらけの手がのせられる。


「一郎。金属ってのは鍛冶師の心情を反映するもんだ。焦ってやるんじゃいいモンはできあがらねぇ。一旦落ち着いてこい。散歩でもして気分転換するのも大事なもんだ。」


 いつの間にか鍛錬に区切りをつけていたじいちゃんこと師範の言葉を受けて、一郎ははっとする。


「ふぅーーーっ…」

 苛立ちを込めた深い息が、曇り空に消えていく。

 

 落ち込み気味に哲郎の言葉に従う一郎は、工房の外の空気に当たりながら曇天を睨みつけていた。

 

 テーピングした指を見つめる。まだ小さい傷で良かったというしかない。

 大けがなら作業を長いこと中断する羽目になっていたことだろう。

 一郎は少しでも早く作業に戻りたい気持ちを抑えて、切り傷が落ち着いたら一旦好物の鉄火丼でも食べに行くことに決めた。




―――――――― 



 工房からさほど遠くもない中心街の民家の中に銭湯はあった。ひときわ大きい木造の建築は客足の途絶えない場所人気な場所である。

 

 トレードマークは白くて大きな暖簾。真ん中に円とそのさらに内側に牡丹の花の文様が描かれたそれは、雅さを醸し出している。

 それこそ種類を問わず鍛錬で汗を流した者たちがさっぱりする場所である。


 「やっっとお風呂だ!美空、早く早く!!」

 

 その女湯の更衣室には訓練を終えたばかりの美空とその友達である瀬戸香とカグヤの姿があった。

 

 瀬戸香はみかん色の髪を右側でサイドポニーテールにまとめた快活な女の子で、眩しいくらいに顔を輝かせて銭湯に早く入りたいと美空の手をぐいぐいと引っ張っている。

 その後ろで黒髪の長髪を束ねた女の子「かぐや」が幸せそうにその光景を眺めていた。


 3人とも同期ゆえか仲がいい。体を洗った後湯舟に浸かった瀬戸香は幸せそうに「ふぁ~~~」っと息を吐く。

 

 残りの二人も少し遅れて湯舟に浸かる。

 黒基調のタイルの床と、優しく淡い青色のタイルに包まれた湯舟は上品な景色であった。

 

 ぼんやりと景色を見つめる美空に対して瀬戸香は気になっていたことを質問する。


「美空さ、時雨ちゃんと一緒に暮らしてるのずるくない?あんなかわいい子が妹みたいな感じとかすごく羨ましいんだけど!ここ最近でどんどんかわいくなってるよね!」

 

 嬉しそうに聞いてくる瀬戸香の言葉に美空は少し驚いた。


 普段身近にいる故に美空は自分が鈍感だったのかもしれないと思って考え直してみる。

 

 瀬戸香の言葉通り、確かに羨ましいというのもそうかもしれない。

 美空にとって時雨はかわいいかわいい()も同然である。

 

 甘えっこ気質だが成長しようと頑張る姿が健気で仕方ないが、特に見た目はまごうことなき美少女そのものであった。

 

 4年前と同じ幼さを残してもいるが、左目の泣き黒子や綺麗な黒い髪など色っぽさがどんどん増してきているのも間違いなかった。

 

 日の光の下でだけ髪が濃い青色に見えるところも魅力的である。

 

 身長も出会ったばかりのころと比べればだいぶ伸びた方で、最初は本当に小さな童といっても差し支えないくらい幼い見た目であった。

 それでもまだ美空の方がだいぶ背が高いが。


 瀬戸香の言葉をきっかけとして今まで意識していなかったことに気付くとともに、昨晩の出来事を問いただすと様子がおかしくなる時雨の様子を思い出す。

 

 結局小一時間問い詰めても話してはくれなかった。状況が分からないし、変な考えまで浮かんでくることに悩み始めてしまう。


「?」

 

 美空が思い悩んで上の空になっている姿を見た瀬戸香は一瞬はてと首を傾げた後、何か気付いたようににへぇと笑う。

 

「もしかして恋煩い?」

 

 そして考えすぎて熱を込めた美空の頭にとんでもない爆弾を投げ込んだ。


 当然美空は弾かれたように真っ赤な顔にしてすぐに否定する。

 

 少し話をするうちに落ち着きだした美空は昨晩のことを説明し出した。


 瀬戸香は狐につままれた顔をした。

 予想外の内容の話と、すぐに落ち着いた様子から見て恋煩いではないとわかって少々残念に思ったのだろう。

 

 かぐやはそ話の内容を聞いて時雨と謎のお姉さんの秘密の話に想像を膨らませて頬をにやけさせていた。



――――――――

 (…)


 ほぼ同時刻、鉄火丼を食べるために財布など最小限の荷物を持っていた青年は一人町中を歩いていた。

 

 行き交う人は各々の職業を反映するかのような服装をしている。

 そして青年の着流しも職人の類であることは京の人から見ればすぐにわかるようなトレードマーク。

 

(着替えてきた方が良かったかな)

 青年は少し後悔する。

 

 それに、鉄工房の若手とあればいやでもその知名度と期待は肩にのしかかってくる。

 

 周囲に何度か嫌味を言われたこともあり人前に出るのはあまり好きではなかった。

 青年は少し背を丸めるようにして町中の大通りを歩いていく。


 しばし歩いた後だった。

 

「お、一郎じゃん。」

 

 とその背中に軽い一言が投げかけられる。

 少し嫌な気分になりながらも振り返る一郎の後ろには、同期の男たちが3人集まっていた。

 

 彼らも見習いの鍛冶師であり、それぞれ別の師範の元で修行している者たちだ。

 だが彼らの師範よりも鉄のじっちゃんの方が実力も評判も遥かに上の職人である。

 

 それなのに彼らの方が腕の上達が早いことが災いして、彼らにからかわれてしまうことも少なくない。

 

「おい一郎、手。ケガしたのか?」

 

 一人の同期が青年の手の様子を見て質問する。


 「っ」

 

 いやなことを指摘されたと思った一郎は少し眉間にしわが入る。

 

 彼らからすれば最高峰の師範の指導を受けているのにただでさえ進歩が遅く、そのうえ手をケガするなど迂闊すぎると思われることであった。

 

 優秀な師範の元で指導を受けることは誰にでもできることではなく、多くの見習いから中堅の職人からしたら羨ましいこと限りないことである。

 

 師範に恵まれたにもかかわらず一郎は、という声も鍛冶仲間だけでなく武器の使用者から発せられることも決して少なくはなかった。

 


 苦悩する一郎の元へ凛とした静かな声がかけられる。


 「失礼。鉄一郎さんだろうか。」


 聞いたことがない人の声で呼ばれた一郎は驚いてそちらを振り返る。

 


 

 声の主は淡い金髪に青色の目。無表情のままこちらを見ていた。服装はセーラー服。身長は一郎よりも遥かに低い。

 その声の主は少し困惑したようにはてと首を傾げる。


「?私は何か間違えてしまったのだろうか」

 と無表情のままぽつりとこぼす。


 不思議な雰囲気に困惑していた一郎も慌てて自分が鉄一郎であることを明かす。

 その後少し話がしたいと少女は言って、すっとその場から一郎を連れて「消える。」


 その様子をはたから見ていた鍛冶仲間たちは驚いてしばらくの間騒ぎ立てていた。


 ――――――――


「こんな店があったのか…」

 

 一郎は突如ワープするかのような勢いで移動させられ、見知らぬ店に連れ込まれていた。

 

 といってもこの店は京の中のある老舗の料亭である。客足はとても多いとは言えないが毎日一定数の客が来ているようだった。

 随分と黒っぽい落ち着いた雰囲気の木の椅子に腰掛けながら、目の前で梅のジュースを飲んでいる少女に向き直る。

 

 とんでもない美人だがどこか感情が読みづらく、何を考えているのかもわからないために緊張、もしくは警戒が青年の中で渦巻く。

 少女は青年の視線に気づいて、いったんストローから口を離す。


「自己紹介がまだでした。私は雨宮。高屋喜兵衛の遣いです。ぶいっ」

 

 超無表情のままから淡々と抑揚の薄い声が通る。そして彼女の淡白な態度から繰り出される予想外なピースサイン。

 相手のペースに完全に流されてたじたじしながらも、一郎は聞こえた人名に驚く。


 (高屋喜兵衛…?)

 

 かつては京の重臣として重宝されていた人だったが、途中で病気を患ってからは京を離れてある別邸に住んでいると言われている人物だ。

 

 なぜその遣いの人が今、それも自分の元に来たのかがわからなかった。

 分からないという思いが一郎の表情に出ていたのだろう、雨宮は一郎の様子を見て簡潔に話すことにしたようだ。


 「単刀直入に言いましょう。この羽飾りについてどう思いますか?」


 懐から雨宮が取り出したのは鳥の羽が付いたピアスのようなもの。

 羽の先は黄色く光っている。ピアスらしき輪の近くには緑色の玉と黄色い玉が短い金メッキのチェーンでつながれている。

 

 その羽飾りについてどう思うか。おそらく自分は試されているのだろうかと感じた。

 また未熟な自分をからかっているやつが声をかけてきたのだろうと、青年はそう思った。


「…わかりませんか?」

 

 そう覗き込んでくる雨宮。

 うんざりした一郎は、半ばそっぽを向くように言い捨てた。


「そういうのはおやじに聞けばいいだろ…」

 

 いらだち気に答えた一郎を見て雨宮は無表情のまま、吸い込まれそうなほど深い青色の目で一郎を見ていたかと思うと、一郎に声をかける。


()()()()に聞くのならば最初から彼の工房を訪ねています。 私は率直な一郎さんの答えが聞きたい。」


 そう雨宮は淡々と告げた。

 一郎はその言葉にはっとするが、それでも雨宮の感情が見えない口調と態度からまたしかめっ面に戻る。

 

 そして少し投げやりになってため息をつく。


「避雷の羽飾りだろ?装備した者を雷から守る術が織り込まれたものだ。それ、多分高屋のじぃさんが意図をもって低品質に作ったんだろ?」

 

「では低品質なのはなぜ?」

 

 少し口角が上がった…ような気がする雨宮にさらに問われて、一郎は続けて答える。


「使い手と連動して成長する羽飾りだから、少なくとも高屋のじぃさんが意図した相手の手に渡らない限りは品質が本来よりも下がっているだけだ。」


 その答えを聞いて、雨宮はふっと息を吹く。


「ふふ、やはりあなたは優秀だよ。それを見ただけで見抜けるのだから」

 

 と、全く笑っていない顔でそう答えた。


「お前、もしかして俺をバカにしてるのか?」

 

 一郎の眉間のしわが深くなる。


 その言葉に初めて雨宮の表情の変化らしいものが見える。ほんの少しだけ驚いたような顔をした。


「心外です。自分なりにすごく愛らしい笑顔を見せたつもりだったのですが」

 そう告げた。


 一瞬も笑ったところを見てない一郎からすれば嘘だと一瞬思ったが、今この瞬間の雨宮は素で驚いているように思えてならなかった。


(なんなんだこいつは…)


「私はよく表情筋が死んでいるとよく言われてしまいます。む、もう一度鏡の前で笑顔の練習をしなければなりません。」


 無表情ながら落ち込んだ声のトーンになる。

 その様子を見て申し訳ないと思った一郎は頭を下げて「すまなかった」と謝罪する。


 しばらく何も反応がなく、恐る恐る目を開けた一郎の視界には膝を曲げてふんぞり返るように上体を起こしながら、姿勢を低くして一郎の視界に顔をねじ込んでいる雨宮がいた。


「…笑顔できていますか?」

 

 そう問うてくる。

「…無表情だよ」

 

 一郎はそう目の前の顔に向かって返した。

 ふっと視界の外に消えた雨宮はほっぺたを膨らませた。


 「怒りました。その羽飾りはあなたにあげます」


「はっ…?!えっ?!どういうこと?!!」

 

 と明らかに動揺する一郎。

 その慌てた顔の一郎の唇にそっと人差し指の腹を当てて静かにさせる。


「元からあなたに渡す予定だったのでかまいません。ふふ、怒ったのは嘘です。」

 

 左の窓から入ってきた昼過ぎの白い光が雨宮を艶やかな肌と金髪を照らす。

 その様子に若干ドキっとしてしばらく惚けていた青年が我に返るまでの間に、雨宮は忽然と姿を消していた。


 いつの間にか支払いを済ましたことを示していますと言わんばかりのテーブルの上に残されたレシートが視界に入る。一体あの少女は何のためにこんなことをしているのだろうか。


「ほんとなんだったんだあいつ…」

 

 一見クールなように見えてすごく自由奔放な不思議ちゃんに振り回されたことでどっと疲れを感じる一郎は、右手の中にある避雷の羽飾りを見る。

 

 特段持つべき者の手に渡ったという光を発しない羽飾りを見てやはり自分は遊ばれていたのかと思わずにはいられなかった。


 後からこみあげてくる小さないらだちを抑えながら、一郎は店を後にする。

 いつの間にか彼の右手の傷は、跡形も残さぬくらいすっかり癒えていた。

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