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五話 核心

ここで明確に物語の核心が語られます。

個人的には後半部分の情景描写がいい感じにできたのではと感じております。

「はっ、はっ、」


 美空とはぐれた時雨は、学校の敷地内を走り回っていた。

 校庭、中庭、別館、とにかく手当たり次第に探し回る。

 

 時雨はこんなに急いで走り周ったことは今まであっただろうかと、冷たい空気が喉の水分を奪っていく中で考えてる。


 夜な夜な初めて来た場所をどこがどこだがわからぬまま走り続けるうちに、電灯の白い光に影を揺らす蛾はいつの間にか姿を消していた。

 

(どこ?!どこに飛ばされたの?!)

 

 美空だけ別の場所に飛ばされたとみて間違いない。

 こんな心霊現象じみた場所で彼女を一人っきりにさせるのはあり得る中で最悪の事態である。

 

 時雨はこの状況に関してはなるたけ早い対応が必要であると考えていた。


(ここでもない…!)

 

 空を覆っていく厚い雲は、次第に雨を伴い始める。


ざあざあ…

 

 最初はぽつぽつといった程度だったのに、雨足は次第に勢いを増して不気味なくらいに逃げ込んだ校舎内に響いていた。


(取り敢えず逃げ込んだけど…ここは?)

  

 時雨がとっさに逃げ込んだ校舎は中庭と本館を結ぶ渡り廊下としての側面を持っているようで、部屋は図書館とその準備室、向かい側に位置する剣道場のみだった。


(…外だとあんまり見ない窓の仕組みだ…) 

 

 窓の開閉に関わる鍵は付属している金属の棒を押し込んでくるくるとネジ式に回す形式だった。

 建てられた時代を感じさせる機構に少々驚きつつも、窓の向こうに見える真っ黒な空と雨の景色を眺める。


(しばらく止みそうにないか…)

 

 少なくとも外を経由するのは避けた方がよさそうだと判断した時雨は、渡り廊下となっている通路を見据える。

 

 屋根は途中で途切れて半端に雨が当たるようになっているが、走って通れば少し濡れるだけで済むと見えた。


 息を整えて再び走ろうとした時雨。



 ガタン。


 音がした。

 

 音源は図書室の内部。誰もいないはずの図書室から物音がするのはずいぶんおかしな話だと思い、震えながらも確かめに行くことにした。


(……誰もいないはずだよね)

  

 腰に差してある刀はすぐに取り出せるように少し上側に引っ張っておく。

 ドクン、ドクンと心音が体全体に響くような感覚を伴いながら扉を開こうとするが、扉はガチャンと引っかかるような音を立てて開かなかった。


 当然である。戸締りしないほうがおかしいだろう。

 

 そもそも入れないじゃないかと自分の思慮不足に呆れる時雨の目の前で、ガラガラと扉の開閉にかかわる滑車の音がする。

 

 恐る恐る振り返った時雨の視線の先で図書室の内部からすっと人影が現れる。


「あら、ごめんなさい。驚かせちゃったよね?」


 扉の向こう側に立っていたのは藤のような薄く、それでいて強かさを持つ紫色の髪を横に束ねた髪型の女性だった。

 

 サイドポニーテールといったところの髪型は腰よりも少し上くらいの長さでまとまっていて、先端だけは紫の色が濃かった。

 

 優しそうなたれ目で唇の厚い別嬪さんは時雨を見るなり微笑んだ。


(近い近い!!)

 時雨は頭が真っ白になる。 

 

 小柄な時雨なんかよりもずっと背の高いその人は、少し屈んでずいっと顔を近づけてきたのだ。

 

 時雨の目線の先で豊満な果実がゆさっと動く。

 胸元は着物が少しはだけて開放的であった。

 

 無意識に視線がそちらにいってしまうのと同時に、彼女の胸元にある紋様が目に入る。


 (…これは?)

 

 濃い緑色の模様は色こそ違えど自分の腰回りにあるそれとよく似ていた。


 少しそちらに目がいったことに気付いたそのお姉さんは、くすくすと笑っていた。


(あ…しまった)

 

 自分が初対面の相手の胸元に釘付けになっていることに気が付いて真っ赤になった時雨は回れ右をして逃げ去ろうとする。

 

 が、女性はそれを許してくれなかった。


「何処行くの?」

 

 軽く抱きかかえられてそのまま図書館の中に連れ込まれてしまう。


「んむぅーっ!!?」

 

 時雨が藻掻いたところで相手の方が力が強く、抵抗などまるで意味をなさなかった。



 ――――

 そのまま連れ込まれた図書室の中は意外にもこじんまりとしていた。

 奥行は少し長く、向こう側の本棚はそれなりに背が高い。


 そこへところせましと並ぶ色とりどりの背表紙が顔をのぞかせている。


(この人は一体?)

  

 近くにあった黒いクッション付きのパイプ椅子に座らせられた時雨はドキドキしながら女性が電気をつけるのを見ていた。


 「いきなりごめんなさい。私は藤原千幸というの。あなたに聞きたいことがあって来てもらったわ。」


 そう向かい合う形で用意したパイプ椅子に腰かけた藤原は、真剣な顔でこちらを見てくる。


「あの星の子について…いえ七瀬美空について、あなたはどう思っているの?」

 

 そう時雨に問うてくる。

 

「っ!知ってるんですか!?美空は今どこにいるんですか?!」

 

 がっつくように問い詰める時雨に対して藤原は少し困ったような顔をして、まあまあと手のひらを見せた。

 

 その後美空が図書室の奥の方の椅子でぐったりしているのを指でちょいちょいと指し示して教えてくれた。

 

 特段傷ついている様子もないが、青ざめた顔は間違いなくワープさせられたことで恐怖心が煽られたからだろう。

 いまだ意識を取り戻していない彼女は時折唸っていた。


(…!良かった…)

 

 時雨は少なくとも外傷がないことが分かってほっとすると、今度は藤原が美空のことを「星の子」と呼んでいたことが気にかかった。

 

 そのことについて聞き返すと少し驚いたような顔をして、藤原はその詳細について丁寧に解説してくれた。


 星の子とは、破滅星「デミス」と呼ばれる宇宙生命体の幼体。

 デミスは星そのものとそこに住む生物を喰らって生きるまさしく宇宙の天災だそうだ。

 

 なぜ京の上層部がそんな爆弾を抱え持っているのか分からないと付け加える藤原は、憂鬱そうにちらっと窓の向こうの空に目を向ける。


「私たちはね、地球が生み出したその破滅星に対抗するための免疫の役割を任されているの。深淵アビスっていうんだけどね。あなたも体のどこかに紋様があるんでしょう?それがアビスの証よ。」


 その話を聞いて自分の腰回りを反射的に触る。あまり好きではないその模様の意味を知って驚きの感情を隠せない。


 きっとこれらの情報に関しては自分の記憶と共に無くしてしまったのだろう。

 

 自分が記憶を失くしていることを藤原にも話しておいた。

 

 自分に藤原が語っていたような大事な役割が務まるかどうかが気になりはするが、そんなことは置いておく。


「今回のワープ現象に関しては私が怪人を倒していた時にどうしても発生してしまっていたことなの。迷惑をかけて本当にごめんなさい。


 侘びを入れた直後で申し訳ないのだけれど聞かせて。時雨さん、あなたは美空さんをどう思う?」


 もう一度最初の質問を投げ返してくれる藤原の目は、じっと時雨を真剣に見つめている。

 

 優しそうな垂れ目だが、薄緑色の瞳の奥には力強さを宿していた。

 藤原に対して返す言葉は考えずとも口から出てきた。


 

「美空はすごく優しくていい人です。数年前に僕を拾ってくれて、周りのみんなを笑顔にして、困ってる人をほっとけない人です。美空が…地球を滅ぼすような人にはとても見えません。」


 正直な心のままの言葉。

 雨の音はもうほとんど聞こえない。

 少しの間の静寂が二人の間を流れる。


 その言葉を聞いて、藤原はふっと息を吐き、


 「そっか…」

 

 そう言ってまだ腑に落ちないといった顔で椅子から立ち上がって窓際に歩いていく。

 雲の移り変わりとともにだんだんと星空が見えつつある夜空を憂いありげに見つめていた。


「私もね、みんなの意見が間違ってるとは思いたくはないの。美空さんが安全な子だって思いたいの。でも、もしあの子が何かの拍子に星の子として動き出してしまったらって思うとどうしても不安になっちゃう。だれにも止められなくなるんじゃないかって。」


 半分独り言のように藤原はぽつりとこぼす。

 事実、藤原の言っていることも間違ってなどいない。

 仮に美空が星の子として目覚めてしまった場合のリスクが地球の滅亡に等しいのは間違いない。


(本当に…なんでなのかしら。)

 藤原は窓の向こうをずっと見ている。

 

 七瀬美空はかつて幼体としても不完全な状態だった時にある白い武人に拾われて、京人として育てられた一人の女の子であった。

 

 災いとしての本能が表出していないことから、京の上層部も危険な生物種であると知りながら受け入れているのだろう。

 

 そもそも破滅星が不完全な状態から人として育てられたことなど前例のない話。

 

 詳細を聞けば多くの人が藤原のように懸念するだろうことは想像に難くはなかった。


 (話を聞く限り、藤原さんだって間違ってないように見える…でも…)


 そんな憂いや心配事に関して、時雨も不安に思わないといえば嘘になる。


 それでも。


「もし美空が何か起こしたら、僕が止めます。アビスとは星の子を止める存在でしたよね。」

 

 時雨は少し肩に力が入って、ぎこちないながらもそう言ってのけた。

 震える膝を隠すように時雨は浴衣の裾をぎゅっと握りしめている。

  外ではいつの間にか雨が止み、雨樋を伝う雫の音がメトロノームみたいに規則正しく音を奏でた。


 藤原は目を見開いて時雨を見つめ直す。

 そんな簡単に言える事じゃない、という言葉を飲み込んだ。

 

 目の前の可憐な若者の、月夜の光に照らされた迷いのない眼はとても冗談で言っているそれではなかった。


 

 時雨の様子を見た藤原は吹っ切れたように微笑んで、その後笑いだしてしまう。

 

 変なこと言ってしまったんじゃないかと不安そうに慌てだす時雨の顔を、笑いすぎてぼやけた視界に捉える。


 自分よりもはるかに弱いこの子が、バカ真面目に夢物語を言うのだ。

 

 その実現性にひとつも疑問なんて抱かずに。

 そのことがおかしくて、でも愛おしくもあった。


 少し前までどしゃ振りだったなんて信じられないほど晴れた夜空の向こうで、月が今まで感じたことがないくらい眩しく、そしてきれいに輝いていた。



――――――



 

 翌朝。京に戻ってきた美空は直前までうとうとしていたのに、報酬の庭石を見るなり目を輝かせてはしゃいでいた。

 

 その様子を見て本当に彼女は庭づくりが好きなんだな、と感心する。

 

 時雨は人の笑顔を見るのが好きだった。自分まで釣られてにやけてしまうくらいに。


 自分たちの家に戻る途中で、美空は問いかけてくる。

 大きな庭石を二人して抱えたまま人の行き交う道を歩くのは何かと視線を集めた。



「そういえば私昨日の晩の記憶があいまいなんだけどさ、時雨ちゃん女の人と話してなかった?」

 

 ギクッと挙動不審になる時雨はそんなことはないと否定できずに、美空の質問に対して肯定で返す。


「なに話してたの?」


 その言葉を聞いて、昨晩の藤原の「他言無用よ。特に美空ちゃんには言っちゃだめ。」といっている姿が脳裏によみがえる。

 

 動揺を隠せずにいる時雨は、「大事な事だよ…」と目を泳がせて答えた。

 

 そこにずいっと美空は顔を近づけて「内容は?」と聞き返す。


「言えない」


 汗をかいてそっぽを向く時雨が返すと、いつも根掘り葉掘り聞いてこない美空が明らかに慌てて問いただしてくる。

 

 どうしても話せない時雨は慌てて逃げ出す。

 美空も時雨を追いかけて走り出す。


 その朝、しばらくの間かわいらしい二人が顔を真っ赤にして走り回っていたという。


「見てくれ親父。綺麗に百合の花が咲いとる。」

「阿呆、今の時期ユリが咲くか。」


 中心街の少しはずれにある暑苦しい鍛冶工房で、休憩がてら換気用の窓から外を眺める若男と職人肌のじいさんが短い会話を交わしていた。

次回は京の防人ではなく職人の姿にクローズアップ。

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