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六十話

 時刻は少し前。


 真っ暗な空間は4人を二人ずつに分断した。

 ゆっくりと幕が張るように間を閉ざす。


 (…瀬戸香さん)

 藤原は横目でそれを確認する。

 藤原の力なら無理やりこじ開けることも可能だろうけれど、それをしないのには理由があった。


「他所見とは余裕だなッ!!?」

 真砂の怒号が響く。


 もはや砂嵐以外の何物でもない応酬。

 視界など簡単に閉ざされてしまうような砂は絶大な切れ味を持って藤原に襲いかかる。


 これを瀬戸香にも届くようにしてしまえば追い詰められてしまうだろう。


 あっという間に蓄積した力を削りきられてしまう。それに彼は炎があまり効かないということがわかっている。

(彼の相手は私ですね)


 藤原は空間を展開した。

 赤い光が淵を彩る。


 妖しくドス黒い赤色だ。

 藤原は砂のなかでもほぼ傷を負わずに行動できた。


 なぜなら、自分の周囲の砂をすべて空間へ飲み込ませてしまえばいいのだから。


 バリバリバリ!!!


 砂の間を緑色の稲妻が駆け抜けていく。

 藤原がそれに対応するよりも速く、雷鎚は藤原の体内へ流れて轟く。


「あぐっ…!?」

 藤原はあまりの激痛に悲鳴を上げる。

 まさか雷が出てくるとは思わなかった。


 彼の力は砂ではなかったのか…?!


 さらに藤原の首筋に黒光りする鎌が襲いかかる。


 ガギィン!!!

 重い金属のぶつかり合う音が響く。


 藤原は薙刀の柄の部分で鎌を受け止めた。

 柄の部分は特殊な石材を使っている。


 御影山の一部地域でしか産出しない「黄爛石」。

 一番の特徴は軽く強度が高いことに加え、絶縁性も断熱性にも優れること。


「やっと…近くまで来ましたねぇっ!!」

 藤原は鎌をはじき飛ばして、一瞬軸がぶれた真砂の胴体へ三日月のような軌道を描いた薙刀が繰り出される。


 斜め右下から左上へ、一切ブレることなくまっすぐな弧を描く。


「っ!!」

 砂で無効化しようとした真砂はぞっとする感覚に任せて全力で回避した。


 数回バックジャンプを繰り返して距離を取る。


「鋭いですね」

 藤原はくっと眉を寄せる。


 はっきりと彼女の目に真砂の姿が映った。

 手には砂で形成された長い柄。

 基本の色を白としながらも緑色や紫の組成が目立つ死神の持っていそうな形の鎌。


 先ほどの雷撃は間違いなくこの鎌から発せられたもの。


 鎌の本体は電気石で作られている。


「…あんたは俺にとってはかなりやり辛い相手だな」


 真砂は冷や汗を流しながら言う。


 彼の特性は天城でさえ手を焼くほどの物理攻撃や熱への耐性。


 その性質としてはまさしく時雨の液状化の上位互換ともいえるだろう。


 だが、目の前にいる藤原にはその手は通じない。

 なぜなら空間ごと削り取られては意味がないからだ。


 否応なく藤原は真砂に回避を強いる。


 しかし真砂とてそれだけで一気に劣勢に陥るわけではない。砂になって受け流すのではなく器用に躱す。


 ある時は勢いよく横へ、またある時は左右両方に回避する。

 砂になれるからこその回避手段も豊富にあった。


(戦い慣れている)

 藤原は真砂の動きを見て思った。

 自分よりもはるかに短い人生の中でこれほどまで鍛え上げたのは見事としか言いようがない。


 藤原の攻撃の後隙に放たれる砂の槍も、トルマリンの雷撃も確実に藤原の体を削ってきた。

 服が切られ、焼かれてひらりと舞う。


 防御に意識を向けなければうっかり致命傷を受けてしまいかねない。

 これを以前草薙が一人で抑え込んだというが、それにどれだけの実力がいるのかが良く分かった。


「らあっ!!」


 トルマリンで構成された鎌が藤原を襲う。

 藤原は紙一重で姿勢を低くして回避する。


 目の前が金属特有の光沢のある白に染まっていく。

 藤原は旋回した。

 回避したと同時に、遠心力を乗せながら姿勢を低くする。


 相手の懐へ入って薙刀を横に振るった。

 空間ごと削る赤い光とゴウンという重低音が響く。


 赤月が真砂の一部を消し飛ばした。


「ッ!?」

 真砂は痛みの全くない違和感に困惑する。

 同時に気持ちが悪いとも感じた。


 砂から戻ると右腕の二の腕の一部だけがなくなっている。

 血がぽたりと滴るのを目視で確認した。


(まだ…これだけで済んでよかった)

 真砂は構えなおす。

 痛みがないから錯乱することはない。

 

 冷静に相手の出方を見極める。

 下手にこちらから接近して攻撃するのは難しいようだ。


 藤原はどうやらカウンターを得意とするらしい。

 先ほどの動きでよくわかった。


 他の攻撃よりもキレが良い。

 同時に隙を狙うのもうまい。


(こいつは…強い)

 恐らく京人だから自分よりも長く戦ってきたのだろう。

 少しだけ破れた胸元の服の間からでも過去の傷が垣間見えた。


 ――


 それからさらに幾度となく戦いが続いた。

 真砂は接近戦を避けて遠距離からの攻撃を展開する。

 それに対して藤原は空間をこじ開けてワープしながら対応する。


 両者ともに致命傷を受けていないが既に傷だらけ。

 傷の多さで言えば藤原の方が多い。


 多彩かつ多重の攻撃は藤原の力をもってしても対応できなかった。

 サイドポニーテルは半ばからなくなり、左の頬には大きな切り傷。


 腕や胴体など至る所へ無数の傷を負い、血を流していた。


 真砂は二の腕の一部を消し飛ばされて以降は攻撃をほとんど受けていない。

 というか藤原の攻撃をまともに受けていればそもそも生きてすらいない。


「はあ…はあ…」

 しかし真砂は消耗していた。

 彼とて人間。

 杠と同じく京人よりも消耗が激しい。


 霊力はともかく体力の方は相当消耗していた。


(このままだと負けるのは俺だな)

 真砂は思案する。

 そしてあっけなく負けを認めた。


 少なくとも真っ向勝負で彼女に勝つのは無理だ。

 もともと目的は銃弾を確保すること。


 ドオオオオオン!!!


 大きな音が響き渡った。

 藤原はその爆発音が瀬戸香によるものだと確信する。


 藤原は迷わずそちらに目をやった。


「お姉さん、ちょいといいかい。あっちはカタがついたみたいだからこっちも早いところ終わらせたい。お互いの最大の技で勝敗を決めようや」


 真砂は言う。

 これは賭け。


 「…いいでしょう」

 藤原は同意した。

 藤原としてもこれ以上の戦闘は避けたい。


 アビスの力であるがゆえに反動が大きい。

 相手の方が消耗しているとはいえど自分に分があるとは言い難かった。


「20秒後に同時にやるぞ」


 真砂は鎌を地面に突き刺して準備を始める。

 藤原もほぼ同時に準備を始めた。


 お互いの周囲には霊力から発せられる波が現れ始める。

 霊力の波に反応して真っ黒な空間が水面のように揺らめく。


 それは二人の足元を中心に咲くスイレンの花のようだった。


 真砂の周囲には砂が舞い、竜巻のように回り始める。

 藤原は胸に手を当てて力を溜める。次第に赤い光がゆらゆらと立ち上るように出現した。


 やがて波は激しく高まり、振動まで伴う。


(すごい圧だ)

(すごい圧ですね)


 両者は改めて相手の実力を垣間見た気持ちになった。

 性質は違えどすさまじいエネルギーを伴うものに間違いはない。


 そして時は満ちる。


「——」 

「——」


 あまりに大きな音に二人の声は掻き消された。


 真砂は今までよりもはるかに巨大な砂嵐と同時に、砂嵐の中でも輝く真っ白なダイヤを形成する。

 そのダイヤはもはや隕石のように藤原へ突撃していく。


 その直径は20mをオーバー。

 

 迎え撃つのは円盤状の斬撃。

 薙刀へ纏われた赤い光は薙刀を振ると同時に一気に巨大化する。


 真紅の光は複数に分裂した。


 その数は9。

 その大きさも尋常ではなく一つ一つが7mはあろうという大きさ。


 周囲の砂を容赦なく吸い込んで灰燼に帰す。

 そしてそれらは複雑な軌道を描いて真砂という一点へ集中する。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオン…


 

 耳をふさぎたくなるような轟音が響き渡った。

 風が揺らぐこともなく砂は完全に消え去った。


 真っ暗な空間は崩壊して、もとに地下室へと戻っていった。

 


 そこには藤原だけが立っていた。

 一拍遅れて膝をつく藤原。


「…してやられましたね」

 藤原は乾いた笑いをこぼす。


 空間を司る自分の力を利用して脱出するつもりだったということか。相手の策略にのせられてしまった。


 近くでは瀬戸香が気絶している。

 杠の姿はない。おそらく今の間に真砂が連れて行ったんだろう。


 木の箱の尖った角が一つだけ転がっていた。


 藤原は壁に寄りかかって座る。

 追いかけるのは無理だ。

 それに瀬戸香を置いてはいけない。


 静かな夜の月の光が、天井の出入り口から差して藤原のことを照らしていた。


 ――――


「逃げれたはいいけど箱ごと消し飛ばされた…」

 真砂は杠を抱えて逃げた先で一旦休んでいた。


 真砂はしょんぼりして愚痴をこぼす。

 本当ならあの後箱を持って逃げるつもりだったのにあったのは角っこだけ。


 肝心の銃弾は消し飛ばされてしまっていた。

 ホシに残念な報告をすることになりそうだ。


「でも…まあ二人とも無事だったし」


 真砂はポジティブに考えることにした。

 真砂は上を見上げる。


 月明りの影に隠れているから月自体は見えないけれど、星がきれいに輝いていた。

 冬らしく上空の空気が澄んでいるから普段はほとんどみえない星々が点々と見えた。


 ひときわ明るく輝く3つの星を真砂はいつになく真剣な目で見ていた。


 ――――

 

 ゴゴン。


 揺れた。

 それは僅か数秒の間。


 衝撃音はほとんどなく、頑丈に作られた病院にはなんの被害もなかった。

 しかしその衝撃は病院で寝ていたものを起こすには十分。


 外の部屋ががやがやとし始めるよりも少し前吊り下げられた豆球が揺れていた。


 ただ静かな病室の暗闇にキィ…キィ…と独特な音を立てる。


 パリン、と軽い音を立てて豆球が砕け散った。

 カーテンが閉められているがために光源を全く失った部屋の中は暗闇の一言。


 だが薄らと光る紺と黄金の相貌だけがゆっくりと見開かれた。


 カーテンが怯えたようにわずかに揺れて、結露していた窓の水分とぶつかってカーテンは窓へ張り付いた。

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