五十九話 眩い光
空間の中を駆け巡るのは鋭く直線的な流れだ。
それは無情にも反応できない者を強引に削り、滅多打ちにする。
流れとは杠の鞭のこと。
(なに…このっ…!速すぎる!?)
瀬戸香はほぼ動けずにいた。
目で捉えきれないほどの速さ。
気がついたら無数に攻撃を受けている。
瀬戸香は最初は牽制として炎を巻き起こしたりはしたが、関係ないとばかりに攻撃は飛んできた。
(相手の武器は鞭…!でも本体が見えないってことは彼女自身も動いている!)
瀬戸香は鞭の端で大きく切り裂かれた腕を押さえて分析する。
こういうときこそ焦ってはダメだ。
あらかじめ蓄積しておいた光の恩恵で素早く傷は治っていく。でも悠長にはしていられない。
「はあっ!!」
瀬戸香葉足元へ這うように炎の床を展開した。
めらめらと輝きながら燃え盛るそれは、瀬戸香の力を削る動作でもある。
「それが…どうした!」
杠の声が響く。
高速で空中を駆けながら複雑な軌道の攻撃を放つ。これしきの炎ではダメージにならない。
世界を幾重にも切り裂くような斬撃が瀬戸香の無防備な背中へ迫る。
だが。
「ふっ!!」
瀬戸香は回避してみせた。
杠は驚きの表情を見せる。
しかし空中へジャンプした瀬戸香は踏ん張りが利かない。そこを突くために杠は鞭をしならせて軌道を変える。
ダァン!!
銃声が響いた。
「くっ…!?」
それは杠の利き腕の肩へ寸分たがわず命中する。
その威力はウィネリマへ大きなダメージを与えることは叶わずとも、姿勢を崩すことに成功した。
鋭く焼けるような痛みに杠は肩を抑える。
「ないす工房の兄ちゃん!」
瀬戸香はこの場にいない功労者へ礼を述べた。
瀬戸香が手に持っていたのは火縄銃。
正確には火縄銃の形をした瀬戸香専用エネルギー放出装置。
以前瀬戸香が痛感した遠距離攻撃に乏しいという弱点を補うために製作してもらったからくり武器だ。
地を走る炎はセンサーの役割を果たし、視覚よりも正確に早く状況を把握する。
鞭を跳躍して回避してわざと隙を見せて攻撃の一瞬に銃撃を叩き込む。
瀬戸香の狙いは確かに命中した。
(けど、この不意打ちはもう使えない。利き腕の肩を損傷させただけで特に優位には立てない!)
瀬戸香はすぐに構え直す。銃は再び襲へ収納して拳を構えた。
「へぇ、面白いじゃん」
杠は不敵に笑う。
相手の出方には少し驚いた。
それでもまだ焦る必要はない。かといって慢心はだめ。
歳を重ねた京人ほどではないにせよ戦の場を潜り抜けてきた杠には確かな実力があった。
「ふっ!」
杠は再び地を蹴って姿をくらます。
先程よりも多くの風切音が響くようになった。
彼女の能力は反射。
それにより何も衝突するものがなくとも簡単に軌道を変え、速度を上昇させていく。
杠の反射は自分の身体にも適用可能だが、常に使うには燃費がすこぶる悪い。
だから必要な時のみ作動させる。
「ぐぅっ!!」
瀬戸香の肩が切られる。
先程までよりもさらに鋭く深く。
炎の探知でもそう簡単には感知できない。
しかも、地を走る炎の勢いは目に見えて少なくなっていた。
(風圧で強引に消し飛ばされてる!?)
瀬戸香は驚愕する。ちょっとやそっと風が吹いただけではある程度燃え広がった炎は勢いを失わないはず。
「くっ!」
瀬戸香は銃を構え直す。
恐らく相手が接近してくることはない。
追いかけても追いつける相手じゃないなら、迎え撃つしかない。
(やっぱり捉えられない!!)
瀬戸香が杠の姿を捉えるよりも早く、瀬戸香の身体はズタズタに引き裂かれていく。
これ以上受けたら駄目だ。
強引に炎を爆発させて鞭を強引にはじき飛ばす。
杠は驚いたように目を見開く。
鞭が溶けた。
おそらく触れたのは一瞬だけだと言うのに、半分以上が焼かれてなくなる。
(…火力は相当あるわね…!特殊な組成だっていうのに)
それでも杠は焦らない。
まだ半分あるリーチに合わせて、標準を調節する。
爆炎の中から出てきた瀬戸香を狙うつもりでいた。
ほんの少し。
首を傾けて杠は銃弾を回避する。
間一髪、左の三つ編みの一部が焼けてほどけた。
「…そうだったわね」
杠はすぐに構え直す。
相手だって遠距離武器がある。
立ち止まっていたら撃たれるのは当然だ。
「なっ…!?」
しかし、背後に気配を感じて杠はすぐに後ろ向きに防御姿勢をとる。
炎の華が咲いた。
それは巨大な椿のように展開して触れた杠を吹き飛ばす。
拳の単純な威力に加えて太陽から得たエネルギーが炸裂する。
瀬戸香は背後から杠を殴り飛ばした。
「ぐぅっ!?」
杠は数m吹き飛ばされてなんとか受け身を取る。
咄嗟に胴体を庇った両腕の肘から先が焼き焦げていた。
「…いつの間に背後に…!」
杠の問いに対して瀬戸香は答えない。
というよりもそんな余裕はない。
爆炎を起こしたときに彼女は上を通過したと見れる。
爆炎の中心には誰の手にも握られていない銃の姿があった。
自動発射機能を付けた銃撃を起こすことでその中に瀬戸香がいると思い込ませる作戦だったらしいと杠は結論付ける。
杠は瀬戸香の作戦に引っかかったがゆえに反応が遅れた。
「そう、でも目の前に出てきたのは危ないんじゃないかしら?」
杠の声が聞こえたと思えば瀬戸香の体は8連撃を食らう。
目にもとまらぬ速さの鞭は複雑な軌道を描き、瀬戸香の体を削り取っていく。
「っ!!」
腕の皮膚があまりの衝撃に耐え切れずの破裂し、腕の関節がおかしくなる。
さらに胴体に入った鞭の反動で瀬戸香は横へ大きく吹っ飛ぶ。
そのまま数回転がった後、立てずに呻き始める。
回復効果があるとはいえここまでの攻撃を異なる部位に受け続けたらすぐに復帰はできない。
おまけに蓄積してきた太陽の恵みもアッと今になくなっていく。
その様子を見ていた杠はぎゅっと肩を押さえる。
最初に食らった銃撃。
それは利き腕の動きを阻害する位置と深さ。
攻撃する際に痛みを無視して動かした反動が来た。
「抜け目ない子…!」
さらに先ほど食らった拳。
それは単純なダメージだけにとどまらず、さらに肩への負荷をかけるものだった。
そして鞭の攻撃の対処が難しいと知りながら当たり前のように鞭に流したエネルギー。
それは鞭から杠の体へと流れて熱する熱さを立ち込め始めた。
「くっ…ふぅ」
瀬戸香はなんとか立ち上がる。
(鞭の攻撃はちゃんと横腹に入った…普通はもっと長いこと息ができなくなるはずなんだけど)
杠は心の中で悪態をつく。
京人と霊力を帯びた人間は同一の存在ではない。
見かけ上は変わらずとも体の構成は大きく違う。
京人は人間のように弱点だらけの体ではない。
京人はクマなどの野生動物と同じく基本的に弱点部位はほぼないと言っていい。
横腹を強打したところで呼吸困難にはならない。
それに対して人間は正中線に横腹やら非常にもろい部分が多かった。
人間が持っている身体能力は持久力以外ほぼ目立つものはない。
それは霊力を帯びたとて人間の性質としてはさほど変化しないもの。
体の組成の差が杠を劣勢に立たせる。
「悪いけど…倒させてもらうよ」
瀬戸香は拳を構える。
炎が渦巻いて集中し始める。
歩きながらエネルギーを溜めていく。
真っ暗な空間の中で眩く輝く赤い炎は渦巻いて次第に大きくなっていく。
「はっ!」
瀬戸香は拳を繰り出した。
炎が爆発する。
ゴオオオオオ!!
大きな音が炸裂し、熱風が吹き荒れる。
果たして熱風の中心に立っていたのは瀬戸香ではなく杠だった。
瀬戸香は地に倒れ伏して動かなくなっている。
杠は確かに人間であり瀬戸香と比較すればそこまで体は強くない。
だが彼女はその体で幾多の死線を潜り抜けてきている。
自分の限界などとうに知っているし、そんなのは上等で戦っていた。
それでも状況を覆す策と駆け引き。
それが彼女の強さだ。
もはや打てる手はないと思わせるために瀬戸香の接近にはしゃがんだまま対応しなかった。
相手が完全に拳を振りかぶり、回避できない姿勢になった瞬間に反射を起動。
攻撃の威力をすべて相手に返した。
当然相手の攻撃力が高いゆえにダメージは相当入った。
しばらくは立てないだろう。
杠はふぅと息をついて踵を返す。
真砂のもとへ合流しなければ。
藤原というあの武士は間違いなく強いだろう。
自分も少しだけでも助けに入らなければ。
少しふらつきながら歩いていく。
瀬戸香から受けたダメージは決して小さくない。
「っ!?」
がしっと、瀬戸香の手が杠の足首を掴んだ。
もはや動けないと思っていた。
否。既に動けないほどのダメージを受けている。
今にも風に吹かれて消えてしまいそうな火のように弱々しい瀬戸香の握力がそれを物語っていた。
「…離しなさい」
杠は静かに告げた。
「嫌だ」
瀬戸香は突っ伏したまま言う。
「まともに動けないんでしょう。できればそんな相手に手荒な真似はしたくないのだけど」
杠は忠告する。
これ以上邪魔するなら例え動けない相手でも潰すぞという警告。
「あんたは…私の立場になったときにこうはしないの?」
瀬戸香は告げる。
杠は目を見開いた。
言おうとしたことをぐっと飲みこんで、代わりの言葉を告げた。
「…そういうことしてるといつか痛い目に合うわよ」
杠は瀬戸香からは目を離して瀬戸香の手首を踏んで無理やり手放させる。
「ぐっ…」
瀬戸香は抵抗できずに思わず手を離す。
杠はぎゅっと唇をかみしめたまま歩き始めた。
数歩歩いたとき、ぶわっと熱気が立ち込めた。
杠は思わず足を止める。
既に彼女は限界を迎えたはず。
立てるはずはない。
でも見ずとも彼女が立ち上がっているのが分かった。
杠は瀬戸香へ向き直った。
驚愕を含んだ瞳が光る。
「まだ…終わってないから…!」
瀬戸香はぐっと拳を握り締めて言い放った。
ボロボロな体で立ってるのもやっと。
でも藤原のところへはなんとしても行かせないと瀬戸香は立ち上がった。
(熱気が出ていることを見る限り、蓄積した力が戻った?光が差さないこの場所で?)
杠は瀬戸香をじっと見つめる。
いや違う。さっきの反射でエネルギーが彼女に戻っていったということか。
そうするしかなかったとはいえ悪手だったかもしれない。
光が差した。
それは真っ暗な空間を突き進み、杠の揺れる髪を照らす。
(かもしれないではないわ。完全に悪手だった。)
杠は心の中で断言する。
目の前の少女の放つ炎の光は赤色からまっすぐな白い光へと変わっていく。
まるでマグネシウムの燃焼反応のような、むしろもはや太陽の光そのもののような真っ白な光。
すべてのスペクトルの光を含有した光の中の光。
瀬戸香の髪色は炎に呼応するように真っ白に眩く輝き出す。
炎のように揺らめいて髪留めを溶かしてしまう。
髪を固定するものがなくなってサイドポニーテールはふわりとほかの髪と合流した。
「…そう」
杠は構え直す。
非常にまずい状態だ。
できれば早めに片づけたい。
そうでなければやられるのは自分だろうから。
「「はあああああっ!!!」」
閃光が迸る。
瀬戸香の爆発的な炎と、反射によって増幅された鞭。
鞭全体にまで反射が加わって燃やし尽くされることなく勢いよく瀬戸香へ向かっていく。
瀬戸香の肩を大きく削った。
「!」
瀬戸香はたじろぐ。
全く勢いの衰えない鞭。
炎で埋め尽くされた視界を縫ってまっすぐやってきた。
あと少し反応が遅れていれば頭を飛ばされていただろう。
(でも…鞭全体に反射を適用するのは相当キツいんじゃない…!?)
瀬戸香の観察眼は確かだった。
偶然にも自分が燃費の悪い術を持っていることがその類の術の傾向を理解するに至らしめる。
瀬戸香は一瞬おののいた心と体を前に押し出して攻撃へ移る。
中距離と遠距離は確実に不利!
超近距離で勝負しなきゃダメ!
一瞬にして杠の目の前に現れる瀬戸香。
炎を纏った回し蹴りを繰り出すが、杠はすれすれのところで避けきってしまう。
「はっ!」
お返しとばかりにくり出された杠の渾身の蹴りは瀬戸香の腹部にヒットする。
反射までつけた高威力の蹴りはなんなく瀬戸香をはるか後ろへ吹き飛ばす。
数回転がってから瀬戸香は起き上がる。
口から垂れてきた血を拭い、めげずに接近していく。
光が幾度となく瞬き、激しい音を立てて格闘が繰り広げられた。
両者ともに傷だらけ。
直撃はなくとも体を焼いてくる超高温の熱気が杠を苦しめる。
瀬戸香には何度も鞭や体術の攻撃がヒットしていく。
技量においては完全に杠の方が上だった。
でも状況は確実に瀬戸香に味方しつつある。
杠の霊力は既に底をつきかけている。
ただでさえ燃費の悪い反射を酷使し続けた。
しかし瀬戸香の攻撃は体術で受け流せるものではなく、反射なしでは対応できない。
「はああああっ!!!」
瀬戸香は燃え盛る白炎の拳を繰り出す。
今までにないほど巨大で輝く炎。
とうとう霊力が切れた杠はここまでかと思った。
彼女の瞳にはその輝きがとてもまぶしく思えた。
思わず目を細めながら、ふと何の抵抗もなくその拳を受け入れた。
そして杠の意識は閃光とともに消えていく。
――――
杠の両親は天来会の役員だった。
財団とかかわりの深いその宗教団体でとても信心深く活動していた。
二人は決して悪意の信者ではなかった。
杠自身は当時全然気が付いていなかったが、その時すでに天来会はもはやカルト宗教となってしまっていたらしい。
そこをなんとか直そうとした両親はやがて悲劇を迎える。
周りからの圧力とかはなかったので大丈夫だと思っていたが、それはあくまで善良なウワサも混ぜることで信者を引き込みやすくするという周りの策略に利用されていただけ。
両親がそれに気が付いてまず引き込んでしまう人の数を減らすべく行動を変える。
たちまち周囲の人間は態度を変えて、容赦なくまず父を殺した。
母はそれに怒り狂って行動した。
いろいろな手を打って仇を討ち、なおかつ夫の成そうとした善良な天来会を作ることを思い続けたがやがて凶弾に倒れた。
幼いながら確かに現実を理解できた少女はこう思った。
何かのために必死になっても無駄なことが当然にあると。
それ以降少女は冷たい目をするようになった。
両親のことは知れ渡っていたから少女自身も狙われる身になる。
そこへ現れて助けてくれたのはホシだった。
大人たちを一切傷つけることなく気絶させて一瞬のうちに場をおさめた。
『ごめんなさい…辛かったわよね』
少女は両親を亡くした行き場のない悲しみをここで初めて吐露し、怒りを天来会の教祖たるホシにぶつけた。
後から思い返してみれば相当ひどいことを言っていたように思う。
ホシにとってその恨み言はきっとまさしく凶器のように心をえぐったに違いない。
ホシは望んで教祖になったわけでもなく、同時に人間同士が争って傷つくことを嫌っていたから。
聞くだけでも苦痛だったに違いなかったのだ。
それでもホシはずっと聞いてくれたし、自分のことみたいに悲しんでくれた。
最初は全然打ち解けられなかったけれど、身寄りのない杠を財団の上層部へ引き入れてくれた彼女と関わることも増えてホシの優しさがよくわかるようになった。
それ以降、杠はホシのために動く人となった。
あくまで忠誠ではなく一人の人間として好きになったから。
少しだけ彼女のために動いてもいいかと思った。
きっと本気でホシのために行動すれば、両親みたいに悲しい結末を辿るんじゃないかと恐れた。
もしそうなったらホシを悲しませてしまうことにもなる。
過去を思い返して気が付いた。
自分はやっぱりまぶしかったんだ。
誰かのために懸命に行動できる人が。
自分は残酷なところを目の当たりにしてしまったから、そうありたいと思う気持ちにふたをした。
それが身を滅ぼすと思ったから。
任務の途中で仲間が何度も死んだ。
ある者は親友を庇い、ある者は見ず知らずの子供を庇い。
果てはある男が仲間に恋をして献身的に動いた。
しかし相手は彼を囮として利用した挙句見殺しにした。
『なんで彼にあんな役回りをさせた!!』
激昂した杠はそいつの胸ぐらをつかんで壁へ叩きつけて問うた。
今にも気迫だけで首を食いちぎりそうな表情で睨みつけた。
そいつは少しおびえたように見せたが、にたりと笑った。
そいつの言葉のことは思い出したくもない。
彼がそうなって当然ということを隠しもしなかった。
――――
「なに泣いてるんだよ」
紅い炎はだんだんと勢いを失って消えていく。
もはや白い炎は姿を消した。
へたり込む瀬戸香のそばには気を失った杠が横たわっている。
瀬戸香は杠の伝う雫をそっと指で払いのけた。
何を思い出しているのか。
どんな夢を彼女が見ているのかは瀬戸香には分からない。
それでも本物の涙だけは瀬戸香の目に映る。
瀬戸香もすでに限界を迎えていて動けやしない。
「藤原さん…あとは頼んだ」
瀬戸香は座ったまま静かに気絶した。




