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五十五話 鷹と疾風

 岩山を縦横無尽に駆け回る蛇。

 高低差も利用しながら二人へ攻撃を仕掛ける。


 二人とも液状化は持っているが捕食行動を多用する相手には分が悪い。

 回避に専念するしかなかった。


「くっ!」

 一番しんどいのは霙。

 敏捷性に欠ける霙は常に全力での回避を強いられるがゆえにスタミナの消耗も激しい。


 回避した先で躓く霙を時雨がとっさに庇う。


「はっ!」

 突っ込んできた蛇に向かって水砲を放ち、強引に吹っ飛ばす。


 ドドン!

 多大な質量とエネルギーが蛇に襲い掛かり、巨体を難なく上へ。


(やっと一撃入れられた…!)

 時雨は冷や汗をかく。

 完全に隙を見せた霙に攻撃する蛇相手だからこそ命中させられた。


 合気法を学んだとはいえまだ数週間だ。

 時速180㎞かそれ以上の速度で器用に動き回る蛇に命中させるのは簡単ではない。


 蛇はしなやかに着地する。

 それでもかなり効いているらしい。


 明らかにこちらのことを警戒するようになった。

 そして地面へ潜り始める。


「また…!」

 また地中から襲ってくるパターンかと思い、時雨は足裏に紫の水球を作る。


 ザシュ


 しかし時雨を襲ったのは地中の蛇ではなかった。


「…へ?!」

 予想外の事象に驚く間もなく血しぶきが散る。


 視界の端にに映る鮮血はやがて色を失っていく。

 それが自分のものだということに気がつくまで少し時間がかかった。


 鋭い爪で引き裂かれていたらしい。

 左の肩から、腕にかけて。


 なんとかつながっている部分はあるが、もはや使い物にならない状態になってしまう。

 それに気が付いたころには、既に上空へ引っ張り出された後だ。


 叫ぶ後輩の声は届かない。


「な…っ!?」

 あまりに速すぎる。

 自分は今鷲掴みにされていた。


 ガンガンと響く痛みが目の前の事象に対する驚愕で吹っ飛んでいく。


 上を見て何者が自分を襲ったのかを理解する。

 クマタカの怪人。

 

 翼を広げた姿は時雨よりもはるかに大きい。

 日差しを豪快に遮るその姿はまさしく勇猛な猛禽類。


 


 足もその先のツメも巨大らしく、時雨の太ももと同じくらいのサイズがあると見えた。

 本来のクマタカよりも大きい。


 「くっ…!?」

 時雨は液状化して逃れようとするが、うまく発動しない。

 あまりに強くつかまれていると作動できないのか、それとも爪が能力の使用を阻害しているのかはわからない。


 ゴオオオン!!!


 困惑する時雨を思いっきり岩にたたきつける怪人。


「がっ…!!」

 時雨の意識が飛ぶ。

 

 間違いなく上級怪人の力だ。

 時雨は完全にノックアウトされて気を失う。

 

 叩きつけた岩は容易く粉砕されてしまって、飛び散る破片はもはや弾丸か何かに見まがうほどの速度で飛び散る。


 足に掴まれたままの時雨を怪人は満足そうに見て捕食を試みた。


 『!』


 霙がすぐに駆け付けようとするが、地中に潜っていた蛇が飛び出して行く手を阻む。

 とぐろを巻いて霙の周囲をふさぎ首をもたげてきた。


「!!」

 霙は蛇の行動に顔をしかめる。

 すぐにでも時雨を助けに行きたい。


 ゴスン!!

 強引に塩の槍を作り出して蛇のうろこを穿つ。


 飛び散る血はあるけれども、うまく受け流したらしい。

 高速で回転するように移動することでぶつかる寸前で強引に槍の角度を変えてしまうのだろう。


「はあああああああっ!!」

 苛立ちも交じる雄たけびを上げ、さらに数を増した槍を四方八方へ突き出す。

 塩の槍の攻撃は精度も威力も、そして槍の硬度も格段に増していた。


 蛇は驚いて飛び上がるが、さすがは範囲攻撃。

 体の至る所の鱗を削り一部に風穴を開ける。



 悲鳴を上げる蛇は空中に躍り出た。

 そこをクマタカが一瞬で仕留める。


 時雨を掴んでいないほうの足で胴体を掴み、ほんの少し浮き上がった首を嘴で切り裂いた。

 蛇の頭よりも少し後ろの体から、ぶらりと力なく垂れさがる。


 そのまま空中で軽やかにクマタカは旋回し、遠心力まで加えて岩山にたたきつける。


 ズウウン!!


 黒く細長い影が空を横切ったかと思えば地響きを巻き起こす。

 振動で足を取られた霙は屈んだ。


 岩山にはあれだけ苦戦させた蛇がたった一瞬で刈り取られた。

 霙はその光景に驚く間もなく、鷹の目に捉えられていることを自覚する。

 

 霙はざり、と思わず後ずさりする。

 手が震えて足もうまく動かない。

 本能的な恐怖心が呼び起こされる。


 息が早くなり、心臓が悲鳴を上げるほどどくどくと響く。


「っ!」

 だが。時雨がまだ捕らえられている以上引くわけにはいかない。


 霙は強引に一歩目を踏み出そうとした。





 「下がれ」

 その時だった。

 耳元で短い声がかかる。

 自分の横を通り過ぎていく緑色の疾風。


 ズバァン!!


 空気を裂く音が遅れてやってくる。

 クマタカは大きく上に飛び、近くの岩山の頂上に着地した。


 明確な警戒の様子を見せる。

 よく見ると鷹の足の指から爪にかけて血が流れていた。


 流石に堅牢なうろこと爪を一撃で突破するのは不可能だ。

 それでも。



「…遅くなった」


 一瞬のうちに取り返した時雨を姫様抱っこして少年は謝罪する。

 時雨はまだ気絶しているからその言葉が届くことはない。

 新緑のような鮮やかな若葉色の瞳がクマタカを睨みつけた。


 

 霙は瞠目する。

 彼の年はまだ自分たちと大きくは変らない17。

 それでもなお圧倒的な速さと正確な槍捌きで、霙が捉えきれぬ間に時雨を取り返して見せた。


 これが最年少の幹部。


 颯の姿。

 以前人間の町で助けてもらった時に少しだけ近くで見れたが、あの時よりも遥かに強くなっている。

 肌でそれをビリビリと痺れるように感じた。


「霙。こいつのことを頼んだ。」

 時雨を優しく放り投げて霙にキャッチさせる。



 霙はちょっと乱暴ではないかと文句を言いたかったが、さすがに上級怪人を目の前にしてそんな余裕はないということなのだろうと考える。

 すぐに岩陰に隠れて時雨の容態を確認した。

 頭部の強打に、左腕が千切れかけている。

 霙は治療系の術はかじった程度で到底これを治せなんてしない。


 だがないよりかはマシだと思って術を展開する。

 柔らかいオーロラのような光が展開されて、時雨の周囲を照らし始める。


 (大丈夫みたいだ)

 颯はその様子を肌で感じ、クマタカに完全に意識を向けた。

 クマタカもかなり颯のことを警戒していたらしくすぐには攻撃できなかった。


 下手に先手を打てばやられるのはこちらの方。

 双方は理解している。


 しばしにらみ合った後、両者はほぼ同時に空中へ躍り出た。

 今までいた岩山をはるか下に見下ろし、木々が小さく見えるほどの高さ。


 もはや霙たちの姿はゴマ粒程度にしか見えない。

 京の街を遠くに望み、反対側はあいも変わらず頂点の見えない御影山が聳え立っている。


 僅か1秒足らずで上昇した後、激しい空中戦を繰り広げる。


 方や純粋な飛行能力の高さを活かした戦法。

 相対するのは風の力を開放した颯。


 竜巻や風球を展開して攻撃する。

 緑に光る風は颯の思うがままに動き、どんな形にもなる。


 自身も高速で動きそれによってソニックブームまで巻き起こしていく。


 文字通り音を置き去りにする速さで空中を自在に飛び回り、一瞬にして無数の槍による攻撃を放つ。


ズバババン!!

 遅れて響き渡る轟音に、吹き荒れる嵐。

 遠くの木が激しく煽られて傾きに傾く。


 上空だからこそ颯は惜しみなく能力を使える。


「!」

  

 だが大きい体格に加え羽毛まで攻撃をはじくような硬さを持つクマタカ。

 そ苛烈な攻撃をものともせず急上昇し、上から急襲する。

 巨体故の空気抵抗なんて感じさせないほどの速さ。時速500km以上の速度で蹴りを見舞う。


「っ…!」

 

 寸前で身を翻してかわしながら颯は反撃に出る。

 空間そのものを切り裂いてしまうような鋭さの斬撃が鷹を襲う。


 ザザンッ!


 寸断された羽毛の欠片が宙を舞って、ひらひらと散っていく。


 だがそれでもまだ傷は浅い。

 鷹を倒せるわけではなかった。


「ぐっ…!」

 今度は攻撃される側。

 ひらりと上へ弧を描くように上がったかと思えば、前よりも鋭い角度で一気に切り込んできた鷹の蹴りをまともに食らう。


「ぐぅっ…!!」

 

 颯ははるか下の岩山へそのまま叩きつけられることになる。


ドオオオオオン!!

 轟音が響き、岩山があっという間に崩れ去っていく。


 大きな岩の陰に隠れていた時雨と霙も風圧でふっとばされそうになった。

 霙が足を粘着させて時雨を掴んでいなければ危なかっただろう。


  

 血反吐を吐き、もがく颯。

 鷹は鋭い目つきで睥睨する。


 霙は岩陰からそっと様子を探ろうとして鷹の目を見てしまい、足がすくんで動けなくなった


 しかし颯の瞳は光も闘志も失わず、ただ目の前の敵を倒すことだけを見据えている。


 しかし相手のほうが力は強く簡単には抜け出せなかった。


 鷹の嘴が迫ってきて、颯を食い破ろうとした。


 ズバン!!


 鋭い切断音。

 目にも留まらぬ速さで颯は風を爆発させた。

 攻撃のために向かってきた鷹の顔を風が切り裂いた。


 目をつぶされた鷹は高く悲鳴を上げてよろける。

 そこを颯は見逃さない。


 颯にも真っ黒な翼が生えた。

 今までよりもはるかに強いオーラを纏う。

 黒と深い緑色の風を巻き起こし、周囲の塵を残さず吹き飛ばしていく。


 颯は純血ではないが天狗の一族だ。

 それ故力を解放しきった場合翼が生えてくる。

 ただこの状態を維持できるのは現状10秒間だけ。   それ以上は強制的に解除されてしまうようだ。


「はあああっ!!」

 深緑色の旋風が巻き起こる。

 槍で鷹の全身を滅多切りにした。


 その速さたるや前よりも大きく音を置き去りにしてソニックブームを巻き起こし、複雑に何度も何度も切り裂いていく。


 目の見えない鷹は飛び立つこともできず、翼をはためかせてなんとか相手をけん制しようとする。


 しかし颯にはそれは完全に見切られた。

 瞬時に懐へ入り、全てを吹き飛ばす。


 ゴオオオオオ!!

 竜巻が巻き起こり、バラバラになるまで斬り刻まれた怪人の身体が上へ上へと流されていく。


 颯の作り出した風のエネルギーに食われ、一つ一つの破片はどんどん小さくなって消えていく。

 岩山の上で静かに立つ少年を日の光が照らしていた。


―――― 


 時雨たちは病院に搬送され、霙も一度体の検査をすることになった。

 颯は二人を届けてすぐその後は別の仕事へ出向いていったそうだ。

 あれだけの戦闘を繰り広げていながら、まだ元気に動き回れるだなんて。

 幹部の実力は果てしない。


 霙がそんなことを思いながら歩いていたとき、病院の近くを歩く金髪の少女とすれ違う。


「久々に来ましたね」

 

 いつも山荘で仕事をしている彼女こと雨宮が出向いたのには理由がある。

 時雨が今どうしているかの確認だ。


 以前指導してから風の噂でいろいろできるようになったと聞いている。

 調子は大丈夫そうかとかいろいろ確認しに来たのだ。


 適性が中途半端なアビスはこういう時期が一番危ない。


 慣れてきた後で一気に浸食されてしまったりする。他の人にいろいろ聞いてみたところ、今時雨は病院で検査中で立ち会えないとのことだった。


 様子を聞くだけ聞いたところ少なくとも今は大丈夫みたいだ。今回の負傷はアビスとは関係ない。


「さて、面会できるまでどうしていましょうか。」

 雨宮は京の街の中をぶらぶらと歩いていた。

 誰かにちょっかいでもかけに行くかとか考えていると、ふと京の姿に意識が向く。


(ここはあんまり変わらない)

 京の大通りは相変わらず昔と変わらず街並みと人混みの姿があった。


 目を細める雨宮はふと細い道の奥へと歩き出す。懐かしみのある町並みを見て、確かこの先には工房があるはずと思い足を速める。


 懐かしいアイツがいるはずだ。


 中へ入っていくと一気に木造から燃えにくい石づくりの建物が立ち並び始める。

 至る所から熱された金属を鍛錬する音が聞こえていた。


「鉄…」

 その中でも少し大きな建物にかけてある看板を見る。京の中でもとくに有名な鉄の工房だ。


 弟子をほとんどとらないから名門の割には工房が小さい。


 コンコンとノックをする。


「はい」

 重厚な金属製の扉の向こうで籠もった声が聞こえる。雨宮はガチャリと錆の目立つドアノブを回して扉を開いた。


「らっしゃい…ってあんたは確か…」

 中にいたのは一郎。

 ちょうど作品を作り終わって休んでいるところだった。すごい熱気が充満していたのだろう。

 窓が空いているのにこの暑さ。


「はい。雨宮です。」

 雨宮は即答した後じぃっ〜〜と一郎のことを見つめる。


「な、なん…だよ」

 どぎまぎしながら一郎は尋ねた。

 前会った時もそうだったが本当に考えが読めない。


「哲郎はいないのですか」


「あ、ああ。今奥の方でお茶してるよ」

 一郎は指をさして工房の横にある扉を示す。

 この工房の後ろの方に普段鉄が生活している家があるのだ。


「ありがとう」

 すたこらさっさと雨宮は奥へ入っていった。

 その背中を不思議そうな顔で眺めていた一郎はふと呟く。


「…普通に呼び捨てにしてたな」

 ぼりぼり首の後ろをかいて、まあ気にしても仕方ないかと引き続き休むことにした。


 この後また依頼されているものもあるから。


 ――


「やぁ哲郎。久しぶり」

 気さくなあいさつで雨宮は茶を飲んでいる哲郎に声をかけた。

 や、と人差し指と中指をくっつけて目元から星を飛ばすような恰好。


 しかし相変わらずの無表情であるのが違和感を抱かせる。


「…久しぶりすぎるとお前の調子にはついていけんな」

 哲郎は苦笑する。


「なんだい、まるで私のセリフと顔が合ってないみたいじゃないか。」

 腰に手を当てて頬を膨らませる雨宮。

 頬を膨らませるのは見たらわかるが目も眉も動いていない。


「昔からずっとそうだ」

 哲郎は上を見上げた。

 彼の過去を懐かしんでいるのか、木でできた天井を眺めている。


 木目は昔っから変わらないな。

 それでも家自体は次第に古くなって歪んでいたりする。


 「ふふ、じゃあ今も変わらず私のこと好きなの?」

 雨宮の問いかけに哲郎は首を横に振る。


「お前と同い年ではあるが…残念ながら俺は若くないからな」

 天井から視線を降ろして雨宮に向き直る。


 麗しい見た目は本当に変わらない。

 艶やかな金髪も澄んだ青色の瞳も何一つ変わっちゃいない。


 それに比べて自分はどうだ。

 こんなに老いぼれてしまっている。


 同じ京人にしたって寿命の差は存在する。

 この様子を見るに雨宮の方がずっと長生きするだろう。


「…喜兵衛も同じこと言ってた」

 

 雨宮は寂しげに窓の外を見る。

 基本的には京の景色は変らないけれど道を行く顔ぶれは変わり、町の一部も変わっていく。

 奉行所の近くにある桜の木もはるかに大きくなった。


 まだ3人が若かったころは幼木だったのに。

 高屋喜兵衛も鉄哲郎も昔は幼馴染の雨宮に恋焦がれた時期があった。


 結局雨宮はその当時の二人の申し出を断ったのだけれども。

 今はおちゃらけているがもともと雨宮は少し周りよりも大人びた感じだった。

 二人が精神的に幼いところが雨宮としては恋愛対象としてみられなかった所以。


 雨宮だけ飛び抜けて寿命が長いから、本人の感覚でちょっと忘れている間に二人はそれぞれの形で家庭を持っていた。

 同じ京人でも同じ時を歩めるとは限らない。


「喜兵衛…あいつは水の民にしては長生きだけどな」


 哲郎はつぶやく。

 水の民は京人にかなり近い存在だが寿命が京人の平均よりはるかに短い。

 平均150年くらいで寿命を迎える。


 それでも喜兵衛は今でも生きながらえている。


「きっと性転換できなかったからだろうね。その分の体力を使ってない。」

 雨宮は壁にもたれかかる。


 だろうなと哲郎は同意した。


「…ていうか要件聞いてなかったな。何かあったのか?」

 哲郎ははっとしたように気が付いて雨宮に尋ねる。


「時雨の様子を見に来たんだけど、今立ち会えないらしくて。ちょっと旧友の顔を見に来たんだよ」

 雨宮はいやいやと手を横に振って答えた。


 さらに後ろ手でドアをそっと開ける。


 雨宮はそのままドアの向こうに顔を出して「盗み聞きかい?」と静かに聞いていた一郎に声をかける。


「っ!!いや…、えっと…すんません!」


 哲郎はいきなり声をかけられて飛び上がり、しどろもどろしながら全力で頭を下げる。


「いや~まあいいけどさ、いいでしょ、哲郎。」

 雨宮はおどけながら哲郎に振り返って言う。


「俺は構わん」

 哲郎は椅子に座ったまま頷く。


「じゃあ、哲郎の昔の話を教えてあげよう。哲郎はね~8歳くらいの時に…」


「やめろ恥ずかしい」

 哲郎は一郎に話し出す雨宮の話を遮る。

 一郎はそんな様子を見て思わず笑った。


 雨宮は哲郎と話をしている時とか、思い出話をするときになんだか違う人に見える。

 こういう時はほんのわずかではあるけれども感情豊かに見えた。 

 

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