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五十四話 焔と砂嵐

「うーん…」


 天城は唸っていた。

 京のシンボルである城のてっぺんに座って考え込んだ様子。


 「なんか妙なんだよね…時折不思議な音が聞こえる」


 遮るものが何もない高い場所で耳を澄ます天城。

 彼女はジョウビタキの形質を持つ京人だ。

 普段は昼行燈な性格が表に出ているが、仕事の時は随分と雰囲気が違う。


 仕事はいたって真面目。

 ゆったりとした声色も鳴りを潜め冷静かつ的確に物事を判断する。

 


 鳥特有の視力と聴覚を活かして情報を集めるのが得意としている。

 幹部にまで上り詰めたその感覚は極まっており逃れることは困難だ。


「…見つけた。」


 天城は素早く飛翔し何十メートル先にあった小さな砂の塊を捕まえる。

 町中の排水溝の付近にいたそれは瞬時に粉々になっていった。


 まるで能力で作られたもの。

 恐らくは財団からの偵察だろう。


 天城は顔をしかめる。

 確か前イルミューンが戦を起こしたときに砂を使うやつがあちら側にいたはずだ。

 確かその時は草薙と戦っていたはず。


「油断できないね」


 天城は再び飛翔して周囲を探り始めた。


 ――――


「んー、もう見つかったか」


 男は後ろに倒れ込む。

 アイマスクをしたままずっと座っていた彼はそのままクッションに寝ころぶ。


 男のコードネームは「真砂」。

 財団の幹部《ウィネリマ》を務める男だ。


 砂を操る力を持ち、自身の体も一時的に砂にすることが可能。

 しかも彼の能力はそれだけじゃないようだ。


「できれば正面衝突は避けたいが…多分見つかった以上俺の場所もじきに分かっちまうよな」


 アイマスクを上にずらして天井を見上げる。

 そこは彼が作った別荘であり作戦用の拠点だ。


 以前交戦した草薙という京の防人は強かった。

 力自体はそこまで変わらずとも長く戦ってきた歴戦の技にほぼ敗れたも同然。


 イルミューンの分断がなければあのまま負けていただろう。

 荷物を整理していつでも行動できる状態にしておく。


「昼間の行動は危険だな」


 わずかに砂の偵察で得た情報は相手が鳥型であること。昼間に動けば簡単に見つかってしまうだろう。


 コンコン。

 ドアをノックする音が聞こえる。


「…まじか」

 真砂は外にいるのが誰か理解してしまった。

 居留守でなんとかごまかそうとする。


「いないふりするんですね。なら…」

 

ドオオン!!

 爆炎が吹き荒れた。易易と建物を跡形もなく焼き尽くしてしまった。


 真っ赤な炎が下草を媒介として燃え広がっていく中砂が集まって形を成し始める。


「…!」

天城は身構える。


「いきなり家ごと吹っ飛ばすなんて酷いと思わないか?お姉さん」


 真砂は後頭部らしき場所をかきながら文句を言った。

 全身はまだ砂のまま。


 砂の状態だと炎はあまり効かないらしい。


「流石に俺も…怒っちゃうなッ!!」

 周囲の砂が巻き上がりそれらがまとめて竜巻のように横へ吹き荒れた。


「…ッ!」

 天城は即座に飛び上がろうとするが間に合わず砂の竜巻に巻き込まれてふっ飛ばされた。


 砂の竜巻はいとも容易く周囲の木をへし折ってしまうほどの威力だった。葉も幹もいたるところが傷だらけになっていることが砂の威力を物語っていく。


「うおっ!?」

 ふっ飛ばされたはずの天城は既に真砂の背後に迫っていた。渾身の蹴りを顔面に繰り出す。


 しかし寸前で砂となって攻撃をいなしてきた。

 天城は流石に苦い顔をする。


 (やっかいな相手だ…!)

 天城は宙返りして後ろへ下がる。

 真砂も真砂で警戒して後ろへ下がった。


「砂にふっとばされてたのに無傷だぁ?なんつーやつだ」


 真砂は悪態をついて構えた。


「いや、無傷じゃないよ。治っただけ。」

 天城は返す。

 天城の能力は「不死鳥」。

 特殊な焔を操ることができる上に高い再生能力を持っている。


 霙のそれとはちがいゆっくり再生するのではなく傷がついたその瞬間から修復されるという強力なものだ。


「くっそ…厄介な!」

 真砂は砂で作られた槍を飛ばす。


 ゴオオオオオ!


 激しい音を立てながら砂は旋回し天城に襲いかかる。


「はっ!」

 天城は焔を展開して砂を押し返す。

 完全に押し戻すことはできないが軌道を変えることくらいわけない。


 砂の槍は明後日の方向に炸裂したようだ。

 遠く木が軋みながら倒れていく音が聞こえる。



 真砂は間髪入れず砂を巻き上げて巨大な人形を作り出した。


 その高さは10mクラス。

 この量はすさまじい。その力は並の防人よりも上。


 天城は即座に上空へ飛び上がる。

 捕まえようとする人形の手をひらりと躱して反撃に焔のビームを放つ。


 凝縮された熱量を宿すそれは豪快に人形を吹っ飛ばしていく。

 さらに分岐することで真砂本体にも攻撃を加える。


 真砂は即座に砂に切り替わって無力化した。


 流れるように砂の刃を作り出して天城を撃墜しにかかる。戦い慣れている動き方だ。

 巨大な刃が飛び10個ほど一気に襲い掛かってきた。


「ッ!」


 攻撃を避けきれずに翼が切断される。

 バランスを失って落下し始めた。


 翼はみるみる再生していくが飛ぶには数秒の時間が必要だ。


「!」

 そこへ人形の拳が炸裂する。


 ゴオオオオオンッ!


 激しい衝撃音が響きわたる。

 地面が波打っていく。


 地面にたたきつけられた天城。


 押し返そうにも砂の質量が違いすぎる。

 焔を展開してなんとか抜け出す作戦に出た。


「はあっ!」


 真砂は天城に向かって砂のビームを放った。



 ドドドドドド…!!

 激しい音とともに周囲の地形ごと押し流していく。無数の木が巻き込まれて濁流のように流されていった。



 上空から見ればその規模は瞭然。


 半径100mはあるだろうの扇形。

 そのすべてが更地と化した。


 「…これでなんとかなった…ってわけじゃないよね流石に…!」


 地面が揺れる。


 爆発の音だ。

 天城はこれでもダウンしていない。


 焔を使って強引に地面の下から掘り進むつもりらしい。


 ゴオオオオオオッ!!

 直径10mの炎の柱が天に向かって放たれる。


 辺りが赤に染まるほどの光量。

 そして真砂まで届く圧倒的な熱気。


 押し寄せてくる熱波に耐える真砂。

 砂となれば吹き飛ばされてしまう。


 だから耐えるしかない。


 こんなに離れているのに服が焦げてぶすぶすと黒い煙を上げる。皮膚も焦げたがでもそれだけ。


 まだ真砂は余裕だ。



 天城は丸い穴の底から飛翔し、地上に出てくる。


 全身を覆う炎がめらめらと燃えていた。

 翼は完全に炎にしか見えず、瞳も赤に染まっている。



「ようやく本気出したってことかよ…!」


 真砂は額の汗を拭って構える。

 周囲の砂を巻き上げて自分の周囲に浮遊させる。


 さらに操るのは岩。


 彼の能力は「地形操作」。

 周囲にある地形を操る力だ。

 大規模な地殻変動を起こすには彼の技量が足りないが、それもできることは多い。


 たとえ大きな岩だろうが操って姿を変えさせることができる。


 砂をメインに使うのは持ち運びもやりやすいことと大抵の場所で手に入るからだ。


 近くにあった大岩を変形させて鎌の形に変化させる。

 さらにポケットから取り出したトルマリンを鎌に組み込んだ。


「来いッ!」

 真砂は構える。


 巨大な火の鳥が周囲を焼き払った。

 身を焼かれ、どろどろに鎌が溶かされる。


「上等っ!」

 真砂はダメージを受けながらも反撃に出る。

 砂の槌を作り出して天城を殴り飛ばす。


 はるか先までふっとばされて地面を転がる天城。

 だがその闘志は尽きることなく、足をつくなりすぐに反撃に出た。


 火球が上空から降ってくる。

 真砂はすぐに移動を開始した。

 できる限り砂にならずに走る。


 なぜなら砂になっていられる時間はそこまで長くないから。

 砂になれる時間を使い果たした後で火球が直撃したら目も当てられない。


 当たる前に砂に変わっては無効化していく。


「はあっ!!」

 砂を巻き起こして傘を作って安全地帯を作る。といっても数秒だけだ。火球の威力を前にして何度も耐えられるものではない。


 僅か数秒。

 砂をかき集めて再びビームに変える。


 放たれたビームは地面を巻き上げ、砂の総量を増しながら天城に向かう。


 天城は即座に上空へ飛び立つ。

 しかし前もって用意していた砂嵐が突如現れて天城を阻む。


 直径3mかつ長さ80mのビームを操りながらも、さらに上空で砂嵐を巻き起こしたている。


 (こいつ…!)

 天城が油断したと思ったのも束の間、ビームが直撃した。


「このおっ!」

 焔を展開して強引に押し流す。

 軌道をずらして攻勢に転ずる。


「ぐっ!?」

 真砂が砂になるよりも速く蹴りを加えた。


 ふっ飛ばされる真砂に追いついている追撃を加える。顔面を足で摑んで宙返りし、頭から地面に叩きつけた。


「ぐおっ!!?」

 真砂は血を吐き悶絶する。

 更地に響く鈍い音。


 更地は衝撃を緩和なんてしてくれなかった。

 真砂は無理やり周囲に竜巻を発生させた。


 自分を巻き込みつつ強引に天城を引っ剥がして起き上がる。


 頭の中がぐわぐわんと響いているし、平衡感覚もない。このまま戦うのは無理だ。

  

「悔しいが…撤退だ」

 真砂は額から垂れてくる血を拭って砂嵐に紛れて姿を消した。


 砂嵐が止んでからなんとか起き上がる天城。

「…逃げたね」

 天城は砂を払って起き上がる。

 再生能力がなければ負けていた。


 あの質量に、防御の穴のなさ。

 最高速度を隠していなければこちらからの打点はなかっただろう。


 それに岩を溶かしてしまわなければもっと厄介だった。


 ある意味自分が助かった側とも言えなくもない結果。

 財団の幹部(ウィネリマ)があれほどの力を持つとは。

 天城は驚きを隠せなかった。


 ―――― 

 

「もう帰るのか?」

 里長はコーヒーを入れながら時雨に言葉をかける。

 里の中はそんなに広くはない。


 6つくらいの大きな建物と庭が広がっているくらいの規模だ。その一角にある休憩用のラウンジに里長はいた。


「はい。やらなきゃいけないことがありますから。」


 後ろで目をこする美空。

 まだうとうとしているようだ。

 呪いの影響が大きかったせいもあるだろう。


 美空が目が覚めるまでに相当時間がかかってしまった。

 だからこそ時雨がじっくり修行できたともいえる。


「いろいろありがとうございました。」

 時雨は頭を下げる。

 里長はよいよい、と言って手首を上下にぷらぷらさせる。


「身体には気をつけるように」

 里長は時雨に声を掛ける。


「…!はい!」

「?…はい…」

 時雨の返答に、頭が回ってない美空の生返事。

 里長はくすりと笑って2人を見送ることにしたらしい。


 カップを近くの机に置いたまま席を立つ。

 淹れたてのコーヒーは寂しく湯気をたなびかせていた。


 ――――

 

 秋風に真っ赤な葉が揺れる。


 一つのモミジの葉がはらりと落ちてきて時雨の髪の上にふわりと乗った。


「童、葉っぱ葉っぱ」

 里長は葉っぱを取ってくれようとする。



「…届かん」

 必死に何度か背伸びしたあと里長は呟いた。

 時雨は苦笑して葉っぱを自分で取る。



「里長、かわいいところあるんですね」

 時雨は微笑んだ。



「童。今度余計なこと言ったらカルパッチョにするぞ」

 無表情で里長は言い放つ。


「か、カルパッチョ!?」


 時雨は思わずびっくりして飛び上がった。やっぱりこの人相当手練れだからこういう事言うと怖い!!


「ふふふ、冗談じゃ。」

 時雨の反応が予想以上だったのか里長はころころと笑い出した。


「面白いやつよのぅ。気をつけて帰れよ。」

 里長は嬉しそうに2人が帰っていくさまを見守っていた。


 里長は2人の姿が見えなくなると引き返す。

 途中でふと何かに気がついたように走って町のほぼ外側のところへやってきた。




 

「…やめとけというたのに。声も出せないくらいに弱っているではないか。わらわが気づかなかったらどうするつもりだったんじゃ?」

 

 里長は木の陰にいる者へ声を掛ける。

 ゆっくりと歩いて近づくたびに銀杏の落ち葉のカーテンがさりさりと音を立てた。


 里長はしゃがみ込み、自身の気を分けて治療する。


「しかしまあ…よく生きておったなぁ。」


「片腕しか使えないやつが単独で2回も禁足地に飛び込んで生還するとは。わらわはどうやらすごい瞬間に立ち会っているのかもな?」


「…剣。無茶しすぎだ。次禁足地に入りおったらカルパッチョにしたるから覚悟しときよ。」


 急に声色が変わり、里長の周囲の空気がビリリと揺れる。落ち葉が浮き上がって風に吹かれるように散っていった。


 鋭い目つきで里長は愚か者を睨む。

 怒った気迫に剣は思わずびくりと身を震わせた。


 剣はここで再認識する。

 そうだった。里長は禁足地の怪物よりもはるかに強大な存在なんだと。本能的に体が恐怖を感じ、心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。


「わかったな?」

 ぐいと里長は顔を近づける。


「…はい」

 剣は絞り出すように呟いた。

「よろしい」

 その後は穏やかな秋の空気が戻ってくる。


 ――――


 それから数日。

 時雨と美空は京に帰ってきた。


 京の方でも体が大丈夫かどうか念入りに調べられた。

 そのうえで動いても大丈夫だと分かり、二人ともそれぞれ任務に出かけていた。


 時雨は久々に霙とペアを組んで任務にあたる。

 御影山の標高が少し高いところ。


 今まで時雨の階級が足りずに立ち入りが許されていなかった場所だ。

 1000m以上の標高になると生態が大きく変わり、同じくらい危険度が変わる。


 「先輩、なんだか久しぶりですね」

 霙は触角をぴこぴこさせながら歩く。


 二人が一緒に行動していたのは随分と前のことだ。今に至るまで二人とも大きな成長を果たしている。


「そうだね。霙、元気だった?」


 時雨は振り返って霙に問いかける。

 霙と会話をしながらも、地べたの落ち葉を全部水の刀で薙ぎ払っていく。


 わざわざこんなことをする理由はコウセンヤマビルというヒルの仲間の対策だ。

 1000m付近に生息する吸血性のヒルの仲間。


 落ち葉の裏に隠れて獲物が通るのを待ち、気付かぬ間に血を吸う生態を持つ。

 唾液の中には凝血を妨げる成分が含まれていて非常に厄介である。


 しかもこの付近には大型の肉食の動物も多く、血の匂いに敏感だ。

 ここをできる限り消耗せずに進むならヒルの対策は必須。


 薙ぎ払った後の土がむき出しになった道を進んでいく。


「まあ…そうですね元気にやってます」


 霙はいろいろ思い返しながら答える。

 先日失った腕はすでに再生しきっていた。


「よかった」

 時雨はくしゃっと笑う。

 落ち葉が多く存在するエリアを抜けて岩山がそびえたつ場所へやってきた。

 ここまでくればもうヒルの心配はほとんどない。


 キュイ、と鳴きかわす声が聞こえた。

 ぴょこりと顔を出したのはウサギ。


 岩の色に溶けこむ灰色の体色に垂れ下がった耳。

 真っ黒でつぶらな瞳がかわいらしかった。


 岩山に存在する無数の穴を住みかとしているらしい。麓のあたりで言えばリスに近い役割だろう。


 彼らの動きを見ることで脅威がいるか否かがある程度判別できる。


 今のところほとんど問題はないようだ。


「進もう」

 時雨は霙に小さくつぶやく。

 霙もこくりと頷いて時雨の後へついていく。


 ひとまず安全とみることができても油断は禁物だ。

 時雨たちは情報自体は知っているものの経験としてこの付近を熟知しているわけではない。


 今回目当てとしているのはこの岩山に生息するヘビの素材だ。

 独特な模様をしているしそもそもかなり大きいそうなので、近くにまでくれば発見できないということは早々ない。


 今までの探索と違ってヘビを討伐しなければ目的のものは入手はできない。


「…いるみたいですね」

 霙は周囲を見て呟く。

 いつの間にかウサギたちも姿を消した。


 何かが近くにいるのは確かだ。

 2人はすぐに襲を起動する。


 ゴゴ…

 わずかに地面が揺れた。京人の感覚が敏感に振動を感知して警鐘を鳴らす。


「「っ…!」」

 瞬時に飛び退く2人。

 下から突き上げるようにヘビは姿を現した。硬い岩盤などもろともせずに突き破って一口に食おうとしたらしい。


 空中へ躍り出た蛇は巨体をくねらせてしなやかに着地する。


 ズズウン、という重々しい音を響かせながら二人に顔を向けて首をもたげた。

 思わず体が強張ってしまうような感覚。


 体がマヒしたかのように動きが鈍くなる威圧感。

 二人は自分の足をひっぱたいて気合を入れ直す。

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