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五十三話 西の海風

 時は少し戻り、時雨と美空が行方不明になったという知らせが京を激震させた頃。

 上層部の混乱と晴斗たちの奔走。


 晴斗はできる限りの情報を伝えて時雨たちの捜索を願い出た。

 

 動けなかった。

 目の前で時雨が奈落の底へと落ちていく様を眺めていることしかできなかった。

 底の深さは知れず。


 急いで飛び込んで探そうとする晴斗をかぐやと巫女さんが必死に止めた。



 ――――

 

 京の西の端。

 暖かな海沿いにある町まで知らせは風のように飛んできた。


 町並みは京と似てはいるが実態は異なる。

 京が文字通りの都であるならこの辺りは漁師町であった。


 町の西を海原が覆い、潮風が海に浮かぶブイを揺らす。

 昼時の日差しに波がキラキラと光るのどかな町だった。


 家から少し離れた場所にある広間。

 そこの橘の木の下で物憂げに霙は幹にもたれかかる。


「…」

 

 ころんころんと蹴とばした石が地面をはねて転がっていく。

 

 霙は実家が嫌いだった。

 両親は少し前の代から裕福になった地主だ。

 それゆえ霙は大切に育てられてきた。

 過保護と言えるくらいに。


 危険に立ち向かう防人という仕事に両親は納得してくれなかった。

 しかし霙にとっての防人は憧れの仕事。


 かつてこの町が災害に見舞われた時に助けてくれた防人が霙の脳に焼き付いているから。

――――

 

「霙…やっぱり防人辞めないか…?」

 家に帰って割とすぐのこと。父親がまずそう切り出したのだ。

 分かっていた。うちの親が防人についてよく思ってないことくらい。


「なんで」

 霙は食い気味に返した。

 理由はわかってる。


「お父さんたち心配なんだ…霙の身に何かないか心配で心配で…」

 

 霙は親が自分のことを大切にしてることくらい分かっている。でも自分のやりたいことを否定されるのは嫌だった。


「大丈夫って言ってるじゃん。私は再生能力もあるんだし」


「そういう問題じゃない!」

 

 ドン、と父は机を拳で叩いた。

 霙はびくっと触角が揺れる。


「どういうことよ!?私かなり評価されてるんだよ!?」

 

 父の言葉の意味が分からない。

 怪我したって後遺症が残らないならいいじゃないか。防人に向いてる。

 それに霙は同期の中では頭一つ抜けて優秀と評された。階級も上の代に追いついている。


「痛い思いしてるのは変わらないだろう!お前が辛い思いしてることを思えば…俺たちは…!」

 

 父は言葉を返す。

 いつもこういう話をすると高圧的だった。

 声を大きくして自分の言い分を通そうとしてくる。


 机の下で震える父の手は霙からは見えなかった。


 霙にはカチンと来た。


「何よッ!それ自分の理由じゃない!私はお父さんのお人形じゃないッ!!」


 霙も机を両手で思いっきり叩いた。

 ドゴンと大きな音が鳴って、机は真っ二つになってしまう。大股で霙は何も言わずそのまま家を飛び出していった。


 防人として鍛えている以上そうでないものとの間には圧倒的な差がある。


 真っ二つになった机を瞳を揺らしながら父と母は見ていることしかできなかった。


 ――――


「あれ、早かったね!?ちゃんと話できた?」

 橘の木の下へぱたぱたと少女が駆け寄ってくる。


 同期の碧だ。

 少し前に影に囚われてからの後遺症が残る彼女は休みがてら霙についてきたのだ。


 病院の方で危険な容体ではないことが確認できたことで数日ぶりに外を歩くことができていた。


「…そんな話すことなんかないもの」

 霙はふいとそっぽを向いてしまう。


「え…なにがあったの…!?」

 驚く碧は近くで買ってきたアイスを片手に霙の横顔を見つめる。霙は「別に。」とだけ言って遠くの水平線を見ていた。


 どこまでも青い海が広がっている。

 遠い水平線の向こうがどんな風になっているのかは分からない。霙の目にははるか遠くで空と海の青が混ざっているように見えた。


「んぅ、変な感じ…色が綺麗なところほど左だけ色が見えないのが気になる…」

 霙の眺める先を同じように見えていた碧は頬を膨らませる。


 碧の左目の瞳は真っ黒に変色していた。

 その影響なのかは分からないが色覚に異常が出ているようだ。


 髪の一部も真っ黒に染まっているし、アイスを持ってない右手の親指と薬指と小指も黒くなってしまっている。


 時雨の尽力でかなり早く解放されたことで命に別状はないが、それでも爪痕は大きかった。


「…本当に来て大丈夫だったの?」

 霙は碧に言う。

 霙の心は確かにここにいる友人のおかげで和んでいた。彼女がいなかったはずっともやもやしてただろう。


 でもこの子は病み上がり。


「大丈夫だよ〜直葉さんに見てもらったし。まあこれ以上は治療できないってことでもあるんだけど」


 碧はバニラアイスを舐めながらにっこりと笑う。

 その笑顔に嘘偽りはなかった。


「そっか…良かった」

 霙は呟く。頬を淡い桃のような色に染めて少し体を揺らした。


 この辺りはまだ残暑の息吹がまだ街を覆う。葉は青々として日差しをめいいっぱい浴びている。


ぺた。


 軽い音がした。

 何かがひっつくような音。


「ひゃんっ!?」

 

 碧はなんか音がしたなくらいに思っていたが足に何かくっついた感触で飛び上がる。


 そこから無数の足が碧の体を拘束した。

 全く気づかぬ内にタコの怪人が接近していたと後になって気付く。


 全身の色胞を巧みに使い、色を変えて紛れていたと思われる。


「こ…このっ…!」

 碧は振りほどこうとするが吸盤の力がすごいし手をくるんと足で固定されてしまった。


 体のほとんどを構成する組織が筋肉。

 いわばタコは生まれつきの筋肉モリモリマッチョマンである。


 タコの特性を反映した怪人ともあらばなんなく病み上がりの防人くらい無力化できてしまう。


「碧っ!」

 即座に塩の槍を作り出して攻撃する。

 地面を突き破って尖った塩がタコを串刺しにしようと襲いかかった。


『!』

 タコはすぐさま上へ飛び上がり、近くにあったトイレの天井に張り付く。


 塩の攻撃を避けきった。

 碧に当てないようにと意識したことで攻撃の手は緩んだのもあっただろう。


「霙ぇぇ…!!」


 肌に伝わる感触が嫌で涙目にながら訴えかけてくる碧。

 碧は影の影響で能力が使えない。自分では振りほどけなかった。

 


(碧が捕まってる間は迂闊に攻撃できない…!)


 霙は歯噛みしながらタコを追跡しつつ攻撃を加えていく。塩の攻撃を当てるのが難しいなら接近戦。


 液状化がある霙なら拘束される心配もなく直接ぶん殴りに行ける。

 

「はあっ!」

 霙は捕まえようとする足をかわして一瞬の隙に蹴りをぶち込む。


 しかし相手は軟体動物。

 柔らかすぎる体は物理攻撃の効果が薄い。


 碧を捕まえている腕を攻撃したいが蹴る動作は液状化と同時にはできない。

 不用意にければすぐ吸盤に捕まるのは明確だった。


 胴体を蹴飛ばしたとて効いている様子なんか全然ない。すぐに触手が迫ってきた。


「くっ!」

 8本の触手をいなし、攻撃のチャンスをうかがっては攻撃する。

 殴るのがだめなら…!と霙は至近距離で塩の槍を形成する。


 タコは本能的にそれが有効打になり得ると理解したらしく大量の墨を吐き出した。


「わぶっ!?」

 水中ではないから墨が煙幕になることはないが 何リットルもある墨が霙に吹きかけられる。

 目くらましの効果は十分。


 目をぬぐって霙が周囲の様子を確認したころにはタコの怪人の姿も碧の姿もなかった。


 ――――

 

「…ここは…」

 うっすらと意識を取り戻した碧はなんとか目を開けた。天井は見知らぬごつごつとした湿った岩。


 自分が怪人に捕まっていたことを思い出し、すぐに体を起こして周囲を確認する。


 そこは海の中の空洞だった。

 正確に言えばこの空洞のところだけ海面よりも高い場所。


 出口と思われる穴は海水でゆらゆらと揺れている。それに人が通るには狭すぎるだろうという幅だ。


 ここはタコの根城なのだろう。

 本来なら岩盤ごと爆破して強引に脱出を図れただろうが、能力の使えない今それは不可能だ。


「…ふっ!」


 いつもみたいに爆発の力を出そうとするが出てこない。感覚は同じなのに出せないという感覚が妙に嫌だ。


 悔しい。

 自分が何もできないという状況。自分の無力を過去一番と言えるくらい嘆いた。


 ぼんやりと黒くなった指先を見つめる。

 そうしているうちに頭がぼんやりとしだして気を失った。


 力なく岩の上に倒れ伏す。


 ――――


 気がついたら真っ暗な空間のなかにいた。自分のところだけスポットライトが当たっているみたいに明るかった。よく分からないまま、気がついたら椅子に座っていた。


「ようやく君と話をできる場ができたみたいだね」

 

 知らない声。目の前の闇の中からいきなり声をかけられた。姿は全く見えなかったけれど、確かに彼はそこにいた。


「誰…?」


「僕は…月行…とでも呼んでくれ。既に死んだ亡霊さ。」


「月…行…?」

 碧はその名前を初めて聞いたような。でも彼の本名かは分からない。


「僕はかつて…人類の大半を消し飛ばした張本人だ。」


「なっ…!?」

 碧は驚愕する。十数年前の悲劇。あらゆる場所で原因不明の大量死が起こった。その原因は不明とされてきた。もしかしたら京の上層部は知っていたかも知れないけれど。


「…あなたは…何をしに来たの…?なんで私の前にいるの…?」


 碧は震える声で尋ねる。


「おっと僕は全く君に危害を加えるつもりなんてないさ。怖がらなくてもいい。君はいい子だから。」


「…?」


「答えよう。僕は君が受けた影響を解除しに来た。僕が君に接触できるのは…君がほかならない影に取り込まれたから。影はもともと僕の力で生み出された存在だから、つながりがあるんだ。」


「…状況がのみ込みきれない」

「そうかもね。でも…君の立場からしたら僕の言うことはそこまで意識しなくてもいい。うん?これは…」


 不思議そうな声が聞こえた。


「解除しようと思ったけど…君は適合したみたいだ。影の力を取り込んでしまうなんて。」


「まあ端的に言おう。君は力を取り戻したし、影の力も使えるようになった。」


「…!?えっ!?」


「おっとお嬢さん。またタコが帰ってきたみたいだよ。襲われる前にやっつけちゃいな。」


 謎の男の声と同時に闇の空間は崩れていく。

 

 ——

 

 崩れた先の景色は気を失う前の岩肌の姿。


「!」

 碧ははっきりと目を覚ました。ばっと起き上がったのでタコの怪人は驚いて後ろへ跳躍する。


バチイィン!

 碧は自分の両頬を強くはたいた。赤くなった頬のすぐ近くに、はっきりと眼を開いた碧の姿があった。彼女の左目の黒はどこかへ消えた。


 (気になることはたくさんあるけど…!今は目の前の敵を倒す!)


 碧は立ち上がって襲を起動する。手になじんだ巨大なスパナを握った。襲を起動できたということは霊力がまた使えるようになったと言うこと。


「はああっ!!」

 碧はスパナを天井に叩きつける。爆発する光を放ち一切の躊躇なくその場を崩す。


「!!」

 タコの怪人が焦る間もなく大量の岩が上から襲いかかってきた。


 ――――

 ゴオオオオオン!!


 激しい爆発音がして遅れて何かが崩れる音がする。


「なっ…!?」

 必死に海岸でタコの痕跡を集めていた霙が驚いて音のした方向を向く。


 土煙が上がっていた方へ霙は走り出す。 

 

――――

 

「はああっ!!」

 勢いよく振り抜かれたスパナが容易く岩を砕く。

 怪人はそれを寸前で避け続けていた。しかしスパナ本体を避けただけでは無傷とは言えない。


 周囲に舞うピンク色の光に触れれば爆破し、凄まじい熱と衝撃が怪人を襲う。

 はっきりいってタコにとって碧は天敵だ。


 爆破で身を焼かれるだけではない。

 ふつうこんな大きな獲物ならタコらしく吸盤で張り付いて翻弄してしまえばいいもの。


 だが光の粒子がそれを許さない。

 スパナにとりつこうものなら無数の爆破に巻き込まれてあっという間に焼きタコになることだろう。


 タコは手を打てないと判断して墨を吐いた。

 霙を相手に行ったものと同じめくらまし。


 ドドドド!

 破裂音が響き渡る。

 墨と光の粒子が接触して破裂する。墨は十分な効力を発揮するまでもなく霧散した。


 視界を奪えたのはたかが一瞬。

 


 されど一瞬。

 タコは巧みな擬態能力を発揮していつの間にか姿をくらました。


「…!」

 


 ――――


 「霙お姉ちゃん!」

 霙の元へ一人の少女が駆け寄ってきた。


「ごめん!今急いでるの!」

 霙は息を切らしながら少女へ答える。

 この子はお隣の子だ。時折遊んでいたのが懐かしい。


「こらこら、霙ちゃんは忙しいのよ」

 ご両親が少女を宥める。


 「えっ!?」


 霙の言葉に反応すると同時に少女の目の前にゆらりと影が現れた。

 先ほど碧から逃げたタコの怪人である。


 両親も驚愕し怪人を目の前にして硬直する中、霙はすぐに方向転換をして少女を守りに行く。


「ッ!!」

 

 だがほんのわずかな猶予。

 霙は足が速い方ではなかった。




 そのとき腕が飛んだ。

 腕だけ。空中をすさまじい速度で飛んだ。


 タコの体にぶつかったその瞬間塩の柱が展開された。



「~~~ッ!!」

 涙目になりながら霙は能力を発動させる。

 襲ってくる痛みを言葉にならない叫びで無理矢理誤魔化す。


 柱は瞬時に起動して少女と両親を押し出して退避させ怪人を強引に押しのけていく。

 いつもより大規模かつ繊細な動き。


 制御に失敗したらいけない賭け。

 それでも霙は実行して見せた。


 自分の片腕を切断し、なにがなんだろうが推進力にして間に合わせた。


 『オオッ!』

 怪人は悲鳴を上げて大きく押し戻される。

 霙は滑り込むように少女たちと怪人の間に割り込む。


「大切な町の人たちに…手なんか出させない!」

 

 霙は真剣なまなざしで言い放つ。それはまごうことなき民を守るために戦う防人の姿だった。


「!!」

 両親は霙の姿を見て涙ぐんだように見えた。

 すぐに少女の手を引いて避難しに行く。


 その様子を見て怪人に視線を戻す霙。

 だがお世辞にも状況がいいとは言えなかった。


 隻腕かつ体力を失った状態。

 しかも相手に対する打点は塩の塊による斬撃か刺突のみ。



「はああああっ!!」

 そこへ乱入するのは碧。

 空中から勢いよくスパナを叩きつける。

 爆発も続いて巻き起こって威力を増強した。


 ドオオオン!!

 地面がひび割れ、クレーターができる。

 あまりの衝撃に霙は足を取られてしまった。

 碧のパワーがかなり上がっていると霙は理解する。


 タコはそのクレーターの中心。

 土煙の中で碧は即座に回避に移った。


 足がその場を薙ぎ払う。

 もし直撃していたら吸盤にひっついて大変なことになっていただろう。


 砂煙の中からバックジャンプで軽やかに出てくる碧。


「碧!」

 霙は驚きを隠せぬ声で友の名を呼ぶ。

 能力を復活させた碧が来てくれたことでかなり状況が良くなった。


 風に流されて土埃は流されていく。

 タコの怪人は流される前に周囲の色に擬態したようだ。


 姿を忽然と消す。


 霙と碧は背中を合わせて周囲を警戒する。

 タコは確実にこちらに近寄ってきているはずだ。


 ならばどこか不自然に動く場所がある。


 「そこだ!」

 碧は爆破を纏わせたスパナーで地面すれすれを掠めるように薙ぎ払う。

 さっきのように地面にたたきつけてしまってはまた土埃が上がり、相手の隠密戦術の下地を作ってしまう。


 だからこそタコだけをぶん殴る作戦。

『オッ!?』


 的中。

 タコだけを殴り飛ばす。

 空中に放り出されたタコを遅れて爆破が襲う。


 これなら視界を遮ることはない。

爆破に巻き込まれ肉を焼かれたタコの体は黒くなってきている。


 確実にダメージは蓄積してきているのは間違いなかった。


 タコは触手を伸ばして街路樹に巻き付かせる。


 体勢を立て直したタコそのまま覆いかぶさろうと飛び掛かってきた。


「うわっ!?」

 狙われたのは碧。

 タコはもうすでに霙を捕縛することは難しいということを知っている。


 だからこそ碧への接近戦に挑んだ。

 スパナを盾にしたもののそのまま押し倒される。


「くっ!」

 碧は自分を巻き込みながらも爆破させて抵抗する。身を焼かれるのはお互い様。


 タコもそのことは百も承知。

 ダメージ覚悟で碧を押しつぶそうとする。


 碧の視界は完全にタコの体に覆われた。

 助けに入ろうとする霙を無視してタコは窒息させに入った。



 碧の視界が完全に闇に覆われた。


 

 それがトリガーとなって黒い力が解放された。


「!!」


 周囲の色が失われた。

 輝かしい海の色も空の色もすべて灰色へと色を失う。

 無彩色の世界がそこに出現した。

 かつてヤミカゲが現れた時のように。


 遅れて真っ黒な棘が形成されてタコを串刺しにした。


 タコはもがいて足を数本犠牲にしてなんとか抜け出す。


 タコの拘束がなくなった碧はゆらりと立ち上がった。


 真っ黒な瞳に漆塗りのような艶やかな黒の髪。

 衣装も真っ黒なドレスへと切り替わっていた。


「これ…」


 碧は自分の手を見つめてつぶやく。

 ヤミカゲの力と同じだ。


 なんとなくだが初めて使うはずなのに使い方が分かった。


 黒い球を2つ生み出し、弧を描くように地面を削り取り取る。


 タコは即座にその危険性を理解して回避した。


「…!能力が出ない…!?」

 影の力を知らない霙は塩の攻撃で援護しようとするも能力の不発に驚く。


 影の力は敵味方関係なく霊力に由来する力を封じてしまうらしい。


「霙!」


 それはタコも同じ。

 瞬時に周囲の状況を把握し霙を攻撃するチャンスを逃さない。タコは霙に襲いかかった。


「…!」

 霙の視界の奥で色が戻っていくのが見えた。



 ザシュ!


 塩の槍がタコを貫いた音。

 完全に攻撃態勢に入っていたタコは避けることもできず胴体を貫かれて動かなくなった。


 霙はタコにかるたを突き刺した吸収させる。


「「…」」

 数秒の間沈黙がその場を流れた。


「ちょっとぉ!!今超危なかったじゃん!!」

 霙は怒って碧に問い詰める。


「ご…ごめん!初めて使ったもんだから全然わかってなくて…!」

 碧の色はもとに戻っていた。

 必死に汗を流しながら謝る碧。


 碧の言い分にも納得できる霙は頬を膨らませたままそれ以上は問い詰めなかった。


 タコに覆いかぶさられたことで影の力の発動条件を満たしたという感じ。碧自身の意思で出したわけではなかったということもその後話をして分かった。


「まあ…2人とも無事でよかったです」

 霙はふぅと一息つく。


 痛み出した腕の付け根をそっと手で押さえた。

 周囲の状況を確認してから2人は場所を移動する。霙の実家に移動することになるのだ。


 霙はうわー、と露骨に嫌そうな顔をしていた。

 碧も大丈夫なのか不安になってくる。


 今夜泊めてもらう身だからあんまり言える立場にないし…


 まだ夜は遠いけれど戦ったあとだから休むのは早めにしたい。


 ――――


「霙…」

 両親は玄関で出迎えてくれた。

 複雑な顔をしたまま沈黙を保つ家族の雰囲気はなかなかに居心地が悪い。


 霙は黙って靴を脱いで上がっていく。

 両親もそれを咎めることはしなかった。


 両親は去っていく娘の腕をじっと見ているだけ。


「お、お邪魔します」

 碧はなんとか雰囲気を変えられないかと思って挨拶をして上がる。

 霙はそうそうに2階にある自分の部屋に上がっていってしまった。


「…何があったんですか?」

 碧はおずおずと聞く。


「ああ…ごめんね気を使わせてしまって…」

 父親のほうが経緯を説明してくれた。

 それを聞いて碧はなんとも言えなかった。


 仲直りするべきだとは思うけど、でもそれをどうしたらそれができるのかわからなかった。


「…霙は優秀だし防人に誇りを持ってる。でも心配で仕方ないんだ。防人って危険と隣り合わせだから…」


「さっきお隣さんがお礼を言ってくれたのよ。何があったのかは…聞いたわ。ウチのコを守ってくれてありがとうって。霙ちゃんは立派な防人だねぇと褒めてくれて…嬉しかったわ。ウチのコがすごいことをしたんだって…」


 お母さんの方も口を開いた。

 お母さんも心配する気持ちは強いみたいだ。声色に出ている。



 (応援したい気持ちもあって、でも心配で仕方ないっていう気持ちもある…)


 

「…霙には…応援してるって言ったんですか?」

 碧の言葉に両親ははっとする。

 はっきりと言葉にしたことはなかった。


 でもそれを言っていいのかどうか分からなくて。これを言ったらもっと遠くへ行ってしまうんじゃないかって思っていた。


「いや…」


「伝えるべきだと思います。言わないと伝わらないですし…心配してるってことだけを伝えて仲が悪くなっちゃうのは違うって思います。…ってすみません!よそ者なのにこんなこと言ってしまって!」


 碧は言ってしまってからすごい勢いで謝る。


「いや、ありがとう。君の言うとおりだ」

「ありがとう碧さん。これからも霙のこと、よろしくね。」


 2人は微笑んだ。

 お部屋の空気が暖かくなったような、そんな気がした。

 

 ――――

 翌朝。

 京に帰る娘に父は声をかけた。

「無茶するなよ」


「分かってるって。大丈夫だから」

 霙は父をまっすぐ見て父と同じように微笑んだ。

 

 2人は帰路についた。京までかなり遠いから使えるところは鉄道を使った。京人は身体能力の高さゆえにあまり交通機関の需要が少ない。


 だからあまり交通機関が行き届いていないのだ。

 ローカル線に揺られながら碧はにやにやしながら隣の霙に尋ねる。


「もう少し実家にいなくてよかったの?」


「うるさい!大丈夫だし!」

 ツンとそっぽを向いて霙は答える。

 霙は窓の外の景色を眺めた。


 頬を染めてにやけた様子を隠せていない霙の顔が窓に反射してうっすらと見える。


「ふふっ」

 碧は霙の様子を見て微笑む。

 この子は本当は両親のこと大好きなんだ。


 (素直じゃないんだから)

 碧は反対側の海沿いの景色を眺める。

 少しだけ空いた窓から潮風が吹き込んできて、2人の髪を揺らす。


 暖かいこの場所にも秋の匂いが混ざり始めていた。

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