五十話 激流
激しいぶつかり合いだった。
洞窟の中を振動が、轟音が響き渡っていく。
ゴオオオオオッ!
余波の規模も凄まじく竜が出てきた時の土も全て嵐に流される。
怪物は極太のトゲを自在に飛ばし、さらにブレスを駆使して上空にいる美空を狙い撃つ。
対して美空は純白の姿となり頭の上に輪を浮かべる本気の姿。
隕石や彗星などを作り出して怪物に対して砲撃を見舞っていた。
キュインキュイン!
空中には小惑星が浮かび、位置を変えながら光線を反射させていく。
放たれた光線は様々な角度から竜の体を削り取る。
それでも。
(押しきれない…!)
美空は手加減など一切していない。
あまりにも大規模な攻撃。
この場所が崩れてしまうのではないかという心配が出てくるぐらいの威力のぶつかり合いだった。
相手が硬すぎる。
外角を削るだけで内側に全然届いていない。だからこそ決定打に欠けていた。
「美空!」
時雨の声が聞こえた。
2人のほうへ駆けつけた時雨が戻ってくる。
時雨は全身をアビスに変えて竜へ突撃し拳を叩きつけた。
ゴウウン!!
竜の体が蹌踉めく。
『ガアアアッ!?』
竜もようやく効いたというリアクションをした。
アビスの方がこいつに効きやすいのかもしれない。
「はっ!」
時雨は地面からアビスの双剣を引っ張り出す。
ズバババ!!
そして流れるような動きで次々に切り刻んでいく。一撃を加えるごとに竜へ破壊のエネルギーが蓄積されていくのがよく分かる。
青い切傷が数を増していく。
竜は本能的にその力を恐れてか針の山を展開する。
シュザバババ!
「ぎゃっ!」
時雨は攻撃一辺倒だったためにトゲが直撃する。アビスの装甲が簡単には攻撃を通さないがそれでも十分すぎるほどの衝撃が時雨を襲った。
時雨は地面を数回転がる。
「時雨ちゃん!?」
美空はその様子を見て悲鳴を上げる。
動揺した美空の隙を見逃さず竜はブレスを放つ。
「しまっ…!!」
美空がまずいと思ったのも束の間、ブレスに巻き込まれた。
先程よりもさらに威力が高いらしく岩盤を貫通して外まで美空はふっ飛ばされていく。
「こ…っのっ…!!」
美空はなんとか身を捩ってブレスの軌道上から外れる。
ドスン。
力なく地面に落下した。
体中を瘴気が蝕み始めて体の表面がぐずぐずに崩れ始めていた。
いかにデミスと言えどもこの量は凶悪。
全身に脱力感が走り、立つこともできない。
「くっ…!」
なんとか召喚物を生み出す。
ハコフグの召喚物がすぐに美空の解呪を始めた。
「時雨ちゃん…!」
まだ洞窟の中で戦っている時雨のことを案じながらも美空はそこで気を失う。
――――
「げぼっ…」
時雨は血を吐いた。
今まで美空に向いていた猛攻が自分に全部向くことになったからだ。
その結果ビームもトゲも全部処理しなくてはならない。
美空はこんなやつ相手にあそこまで戦えていたのかと思うと気が遠くなった。
まだまだ美空の横に並び立つことはできない。
時雨は既にミヅハノメを覚醒させている。
今の紫色の輝きは薄く弱々しい。
(前みたいな火力が出ない…!)
時雨は先刻ブレスを相殺しようと水砲を放ったのだが威力不足で押し負けたのだ。
以前ヤミカゲと戦った時の威力なら押し負けることがなかっただろうに。
そこから体を蝕む瘴気に苦しめられ始めた。
「どりゃあっ!」
そこへ竜を蹴飛ばす少年が現れる。
赤い雷鎚に変わり、紅白に輝く光。
今度は相手を押し飛ばすように蹴りを加え竜の動きを阻止してみせる。
「晴斗…!」
以前晴斗が見せた新しい力だ。
相手に雷を浸透させて内側から破裂させる力。
あの力なら竜に有効打を与えられるかもしれない。晴斗はさらに攻撃を加えようとするが、竜はすぐに起き上がってブレスをうえに向かって撃った。
「なっ…!?」
予想外の攻撃に驚く2人。
ブレスがこちらに向かってくると思っていたから完全に不意を突かれた。
ブレスの先には天井の紫色の紋。
コウン…!
紫色の呪いが共鳴して閃光を放った。
思わず目を庇う2人を光が包み込んでいく。
――
「!ここは!?」
周囲はどこまでも平坦だった。
果てしないほど向こうには星空のようなものが広がっている。
遠くに瞬く星は全て紫色だった。
「なんなんだここは…!」
晴斗も目を覚ましたらしく後頭部を押さえながら起き上がる。
2人とも身体に異常が起きたわけではない。
そして近くに敵の姿はなかった。
ここがどこかもわからないしさらに相手がどこにいるのかもわからないときた。
どうしたものかと時雨が考えていたところで重低音が響く。
ゥ゙ゥ゙ンッ!!
すぐに音がした方向へ振り返ると大きな渦の姿があった。
紫色と黒と白がどろどろに混ざって渦巻く台風のようななにか。
ギョロ…
そしてその中心で不気味な眼球が現れる。
「「!!」」
本能的に恐怖を感じた時雨と晴斗は思わず後退りした。
『ウォォォォォオオオン!!』
ビブラートの入った咆哮が響き渡った。
不気味で、でもどこか神秘さを感じさせる声。
言うなれば広い海のなかでどこかからかクジラの声が聞こえてきたみたいな感覚。
思わず耳を塞ぐ2人。
咆哮が響き渡ると同時に床ともとれないが確かに足のついていた場所からエネルギーが突き上げてくる。
「やべぇ!走れ!」
晴斗は時雨に警告する。
弾かれるように時雨も走り出す。
床から光の柱が現れたと思った瞬間、爆ぜた。
ドオン!
大量にその爆発は現れては消えてを繰り返す。
弾幕攻撃に2人は翻弄された。
「ぐっ…!」
晴斗は動きを読まれていたかのように進行方向に光の柱が現れて強引に弾き飛ばされる。晴斗は打撃として受けようとも関係なくふっとばされた。足が浮いて空中に放り出される。
「いってぇ…!!」
晴斗が苛つく間もなく着地地点に次の光の柱が展開される。
息が止まった。
そこを時雨の刀が鞭のようになって縛りつけて軌道を変える。
「ぐおっ!?」
晴斗は地面に叩きつけられはしたが爆発に巻き込まれはしなかった。
(サンキュー時雨!)
声に出す余裕がないから晴斗は心の中で言う。
すぐに渦から離れる移動から接近へ切り替える。
(このまま離れたところで相手から一方的に攻撃されるだけか!)
赤い雷を再度全身にまとい晴斗は光になった。
光の柱が形成されるよりも速く駆け抜けていく。
「!」
時雨もその様子を見て接近する方向に切り替える。
でも時雨には晴斗ほどの機動力がない。
だからこそ慎重に光の壁を回避していく。
足の裏に紫水の球を配置し、エネルギーを解放して自分の体を押し出す。
「だりゃあっ!」
晴斗は助走をつけて横っ飛びに飛び上がった。
渦に向かって飛び蹴りを見舞う。
ドゴッ!!
大きく渦の身体が跳ね上がる。
流石に全力の攻撃を無傷では受けられないようだ。
さらに追撃として赤い雷が渦の中を迸って炸裂する。
バリバリバリッ!
激しいスパーク音。
赤い光は渦の内側からその強烈さを主張する。
攻撃を受けたことで渦の弾幕攻撃が途切れる。
そこへ時雨の高圧ビームが到達した。
ゴゴゴ…!
激しい流れの音が響き渡り渦を吹っ飛ばす。
しかし溜めが足りないせいかじきに押し返された。
「あぶなっ!」
時雨は押し返された水を身を翻して避ける。
ザバァン!という音が響き、はるか後方まで水たまりが形成される。
「すげぇ…!」
晴斗はその様子を見て感嘆する。
押し返されたとはいえ時雨が大きく進歩した様を間近に見せつけられて晴斗も奮い立つ。
「負けてらんねぇ!」
晴斗は吠える。
即座に晴斗は横へ走り渦の真正面から退避した。
ドオオン!!
直後、渦の眼球から放たれたビームがその場所を爆破させた。
後ろに風圧を感じながら晴斗は急に向きを変えて攻めに入る。
進行方向とは逆の足を軸に方向転換。
そのまま勢いを殺さず突撃して蹴りをかます。
ただ一度では止まず、ステップを繰り返し何度も何度も蹴りや拳で攻撃を加えていく。
ズバババンッ!!
音が一瞬遅れていると感じるほどの速度の猛攻。
雷も少し遅れて渦を襲う。
渦も流石に耐えきれず晴斗を引っ剥がそうと無数の手を出現させた。
「げっ!」
晴斗は気持ち悪い真っ黒な手がたくさん近づいてくるものだからすぐに退避する。
再び空間を駆け抜けていく晴斗を手は何処までも伸びて追いかけてきた。
「はっ!」
そこへ時雨が割って入る。
自身の軌道上に残してきた刀の水を利用して手を縛りつけた。
しかし手は当然抵抗する。じきに振りほどかれそうな怪力に時雨は焦らされた。
(これは数秒しか持たない!)
時雨は水砲を放とうとした。
「んっ!?」
水砲の操作がぶれてそのまま作り出した水が破裂する。
ドバシャアン!!
時雨はその衝撃をモロに受けてふっとばされていった。手は解放されたのもつかの間、水の塊に強引に押し流されていく。
「大丈夫か!?」
予想外の事態に晴斗は焦って問いただす。
しかし返答を待つ間もなく渦はビームを飛ばしてきた。
「ぐっ!」
ビームを咄嗟に手のひらで受け止める。
打撃に変換され、呪いに蝕まれることはない。
だが威力はもともと上等。
反対の手で支えて対応しようとするが、手のひらが押されて軌道がズレて晴斗の右肩を強引に削っていった。
(肩の骨が…!)
晴斗は激痛に耐えかねて声を漏らす。
姿勢が崩れる晴斗は光の柱に包囲された。
晴斗の隙をついた攻撃。
これでは晴斗は避けられない。
「…しまっ…!」
ドオオオンッ!!
激しい音が謎の空間の中へ響き渡っていった。
――――
「美空さん…!美空さん起きて!」
神社のはずれ。
叢の上で力なく倒れている美空を巫女さんは必死に揺すっていた。
ある程度影響は残るものの侵食を問題ない程度に抑え込んだかぐやがその傍らで必死に解呪していた。
バチン!
(また失敗した…!あの竜は何種類も呪いを持ってるっていうの?!)
焦るかぐや。
いくら美空といえどこのままでは命に関わる。
呪いには系統がある。
それこそ自然界の毒と同じように効力と効果がそれぞれ違うのだ。
それゆえに呪いの解除に必要なのは仕組みの解析。かぐやは魔神の呪いの解析がうまくできなかったようだ。
(でも呪いを押し返してる時もある…?一体どういうこと?呪い以外の外部の力でも作用してるってこと!?)
巫女さんも神通力で浄化しようとするが、それでもなんとか進行を食い止められるだけ。
曇天の元しばらくの間美空は意識を取り戻さなかった。
――――
「はあっ…はあっ…!」
時雨は幾度となく巨大な水砲を放った。
既に20回を超えて限界が近づいてきている。
(こいつ…全然効いてない!)
時雨は渦の様子を見て理解する。
どれだけ威力を高めてもすぐに反撃してくる。
(なにか条件がある…!?)
「おらああっ!」
晴斗もラッシュをかけ続けているが流石に息も荒くなり精度も落ちてきていた。大爆発に巻き込まれた傷も深く、血は流出して体力を一層奪っていった。
渦の攻撃を前に応急処置をする余裕などない。常に動き回らなければならないから止血も難しい。
(打撃の方はなんとか効いてる…!雷の方は慣れてきやがった!)
しかし晴斗ができる打撃といえば殴ったり蹴ったりするだけ。渦の大きさを考えればひどく局所的にしか攻撃をできない。
(どうすれば…いや、ある!あいつを倒す方法が…!)
晴斗は思案する。
そして今この場の2人でこいつを倒す方法があると気がついた。
「時雨っ!ちょっとあいつを拘束できないか!?」
大声で晴斗は時雨に語りかける。
「!」
時雨は何か作戦があることを察し、愛刀をめいいっぱい伸ばして渦を拘束しようと試みる。
だが流石にあの巨体だ。完全には抑え込めない。
『ウオオオッ!』
雄たけびを上げ、乱れ抵抗する渦。
時雨はなんとか振りほどかれないように踏ん張る。
「時雨!俺にとびっきりの術を打ってくれ!」
「な…!?流石に抑えながらはちょっと!!」
「術の準備を始める前に拘束を解いていい!多分あいつは打撃以外ほとんど通らない!」
「だから、俺に当てて術を打撃に変換してやつにぶつける!」
「!!」
時雨は理解した。
晴斗が何を考えているのか。
以前戦った時に感じた違和感の正体。
晴斗の持つ「打撃変換」の天賦だ。
自身の受けるダメージを全て打撃に変換する能力だと思われる。
だが彼の作戦を聞く限り自身の受けるダメージの変換だけには留まらないということなのか。
触れた攻撃を打撃に変換する能力ならこの場を切り抜けることができるということだ。
「でも…!晴斗は大丈夫なの?!」
時雨は問う。
ヤミカゲと戦ったときほどの威力はないがそれでも高威力なのには変わりない。
晴斗にもかなりのダメージがいくはずだ。
「大丈夫!俺硬いから!」
晴斗は堂々と叫ぶ。
彼の天賦はもう一つある。
「打撃耐性」。
打撃の攻撃に彼はめっぽう強い。
だからこそ晴斗は今までずっと戦い続けてこれた。
「わかった…!」
時雨はすぐに準備を始める。
時雨は術と刀の扱いを同時には行えない。
渦の拘束は瞬時に解いて術の準備に入る。
晴斗は即座に前方に走り出した。
(俺が触れた後であの怪物に術を当てるなら、俺と渦と時雨が一直線上にいなきゃいけない!見極めろ!)
晴斗は自分に言い聞かせて突進した。
渦のけしかける手が晴斗に襲いかかる。
それらを必死にジャンプしたり姿勢を低くして避けて掻い潜っていく。
「っ!」
時雨が光り出すと同時に無数の手が時雨へと向きを変える。
渦は時雨を脅威として認識したようだ。
「にゃろっ!!」
晴斗はすぐに折り返して時雨の守護に向かう。
少なくとも戦い方をみた感じ時雨はあの術を使いながら相手の攻撃をさばくのはできないはず。
迫りくる手を晴斗が瞬時に叩き伏せる。
時雨はその様子を見てなんとか術を高める作業に集中した。
紫色の輝きが増して髪が鮮やかに輝き出す。
自身を中心として水面が揺らいでいく。
約10秒のチャージ。
「…いくよ!」
時雨は指先に蓄積した紫水を凝縮させていく。
輝きが一層周囲が暗く見えるほどに眩くなった。
人差し指と中指をまっすぐ渦のほうへ向けて放つ。
ただ静かに小さな光の粒は素早く前へ進んだ。
一筋に美しい光の線が残像のように瞬き消えていく。
幻想的な光が真っ暗な空間を突き進んでいった。
晴斗は素早くその軌道上に割り込んで僅かにかする。
ほんの一瞬。
ほんの少し。
晴斗は粒に触れた。
粒は展開され大きな輝く塊へ変化する。
「…まだ…!」
時雨は爆発しそうになるそれを必死に抑え込む。
ここで放ってしまったら渦には遠すぎる。
それに晴斗がどうなるか分かったもんじゃない。
まさかちょっと触れるだけで炸裂しようとするなんて…!
使い慣れていない切り札に冷や汗をかきながら時雨は渦の付近まで吹っ飛ばした。
もはや目にも留まらぬ速さで駆け抜けていき、紫の光の輪が軌道上に並んで現れる。
ゴゴウウウッ!!!
そして満を持して炸裂。
無数の手を使って防御しようとした渦ごと空間を覆い尽くすように閃光と波が揺れた。
「よしっ!ってうわああっ!?」
晴斗はその浪に巻き込まれて叫ぶ。
空間が壊れた。
上から順にまるでパーツごとに散っていくように崩れていき、元の洞窟の中へ姿を変えていく。
時雨は流されてきた晴斗を捕まえて膝をついた。
「…だ、大丈夫?」
時雨は晴斗の様子を見る。
かなりぼろぼろになってしまった。
自分のせいで…
「大丈夫大丈夫…!全身打撲で済んでる。」
「それ大丈夫じゃないでしょ…!」
時雨は涙ながらに怒る。
状況が状況とはいえ相当危険な賭けに違いなかった。
「まさかここまでとは予想外だったけど…でも倒せたみたいだしな」
晴斗はなんとか向こうを指さす。
その先には渦が崩れ去っていく様があった。
ぼろぼろと破片になって消えていく。
「…そっか…」
時雨はそこでちょっとだけ安心できた。
少なくともこれなら帰るだけだ。
髪の輝きは消え失せて元の濡烏色に戻った。
(まだ倒せてなかったらどうなってたことか…)
時雨は荒い息を必死に整える。
ほかのみんなのことも心配だ。
早く合流したいところ。
ゴウン。
音が響いた。
それは突然のことで、最初は何か分からなかった。
2人で何だ…!?と顔を見合わせている間に地面が崩れた。
バキッ!!
という音を立てて地面が割れて晴斗と時雨は分断される。
落ちていく側にいたのは時雨。
目を見開く2人はすでに限界が近かった。
「時雨ッ!」
伸ばされた互いの腕は届くことはなかった。
冷たい空気が流れ込んでくる、真っ暗な闇の底へ時雨は落ちていった。
「うそ…だろおおおおおっ!!?」
晴斗は叫ぶ。
ありったけの声が崩れていく岩の音にかき消されていく。
それはかぐやたちも同じだった。
外でも地面が崩れた。
治療途中の美空だけが穴の奥へ落下していく。
かぐやも巫女さんも力を消耗していて助けに行けない。
突然の出来事に、誰も対応できなかった。




