四十八話 真気覚醒と幕開け
ドドンッ!
真っ黒な斧が地面を割り重々しい音を響かせる。
時雨はその厄介かつ変幻自在な攻撃に手を焼いていた。
(なかなか付け入れない!)
時雨は空中で身をくねらせ今度は鞭になった影を回避する。
相手の体表は不思議な物質で構成されているらしくほとんど手ごたえがない。
少なくとも打撃はそこまで効かない。
戦いの合間になんとか刀を取り攻撃にも回ったことがある。
腕の切断などはできるがそれでも再生したりくっついたりするため効果は薄いと感じた。
「なら!」
時雨は刀で攻撃した直後反対側の手に水を作り出す。
紫色の輝かしい光が影に向かう。
影が驚いてひゅるんと距離を取った。
状況判断が早い。
「?!」
しかし結果は不発。
水滴は飛散し、時雨の体の自由が一瞬だけなくなる。
動きが止まったのを見逃すはずもなく、影は思いっきり時雨を殴り飛ばした。
ごろごろとぬかるんだ地面を転がっていく。
時雨はなんとか身を起こしながら先ほどの事象について思考を巡らせた。
(多分、遠距離攻撃の術だから近接用のものとは使い勝手が違う…!)
時雨は今まで放出系などの術を使ったことがない。
それゆえに扱いに慣れていないうえ、近接攻撃からの急な入れ替えに体が対応しきれなかったのだ。
時雨はすぐその結論へ至る。
そこで時雨はその場で水の攻撃を展開した。
田んぼの水も使い渦を3つほど作り出す。
それらは意思を持ったかのように自在に影に攻撃しに行った。
「シッ!」
影は渦の動きを冷静に見ながら攻撃を避けて間を縫って時雨に接近していく。
時雨もそのことは分かっている。
自分がこの術をなにかと並行しながら行うのは困難。
だからこそ今この瞬間だけ固定砲台となる。
同時に使うにしても遠距離の術同士なら体の硬直を起こさないだろうと踏んだ。
時雨は指先に水のエネルギーを集中させた。
紫の光が眩く光り瞬時に大地を駆け巡る。
近くに接近していた影に至近距離で高火力の術をぶっ放す。
ゴゴオオオオオッ!!
一拍遅れて激しい音が周囲を飲み込んだ。
ビーム状の特殊な水が高圧で放たれた。
影の体を豪快に削りそのまま勢いよく押し流していく。
はるか先まで地面を一直線に削り取った。
「はあ…はあ…」
時雨の扱うこの力は、母のものとほぼ同質。
その名を「罔象紫水」と呼ぶ。
古い文献には「ミヅハノメ」として表記されることもあるらしいが、時雨は文献など見たことはないからそんなことは知らない。
普通の水と異なり高濃度のエネルギーを内包した特殊な水である。
そのエネルギー量ゆえに威力も規模も絶大。
あの影であろうがたやすく削り取るほどの威力であるが、同時に使用者にもそれだけかなりの負荷がかかる。
時雨は反動だけで後ろに吹っ飛んでしまった。
(無茶苦茶すぎる…!こんなに威力高めて撃ったつもりないのに!)
尻もちをついていた時雨は急いで立ち上がり、影へ追撃をすべく次の術を準備する。
地面がいきなり真っ黒になった。
時雨は即座に飛び上がるが、影の攻撃を避けきれない。
無数のビームとなった影の攻撃を時雨はまともにくらった。
「ぐっ…!」
激痛。そして激しい異物感。
再び影の毒素が時雨を蝕み始める。
今度は無理やり追い出せない。
あの強引な回復は使いすぎると後がなくなる。
「はあっ!!」
空中で水砲を放つ。
ドオオオンッ!
地面にぶつかり激しく高く水しぶきが上がった。
地面に広がっていた影もろとも削り取る。
その場しのぎの荒業だけれど、今はそれで構わない。
同時に踏ん張る場所のない空中にいた時雨は上にふっとんでいく。
時雨はすぐに刀を使って遠くの木に巻きつける。
「ふっ…!」
時雨は木の近くに着陸する。
「!!」
空に大きな大きな影が作り出された。
はるか上の方で巨大な闇の球が浮かんでいる。
(あれはやばいやつだ…!)
直感的にその危険性を理解した時雨はそれに対抗する攻撃をチャージしようとする。
だが影がそれを許さない。
即座に巨大な爪が時雨を引っ搔いた。
胴体に3つの大きな裂け目ができる。
「っ!!」
時雨は堪らず後ずさりし傷口を押さえる。
影が今度はドリルの形を成して時雨を削りにかかる。
ギュルルルルッ!
激しい回転音を伴って時雨へ突進してきた影。
それをなんとか横っ飛びにはねて躱す。
バァン!!
ドリルは弾けた。
破片が時雨に突き刺さる。
「あぐっ?!」
時雨の右目に直撃した。
思わずのけぞる。
体にも無数の破片が突き刺さり時雨を黒く染めていく。
黒の浸食が深い場所は次第に感覚がなくなっていく。
顕著なのが腹部と、右足。
(これ…食らいすぎたら僕も取り込まれるのか…!)
時雨の右足が全く予期しない方向へ動いた。
影に乗っ取られ始めている。
これは…仕方がない。
「!」
時雨は迷わず進行度の高い部分を弾き飛ばす。
駆け巡る激痛。
それを堪えながら即座に水の生成と取り込みを行う。
「はあ…はあ…げほっ」
体力も霊力も激しく浪費する。
思わず膝をついた。
呼吸が乱れて立てなくなっていく。
時雨は玉の汗を浮かべる。
使い慣れない大規模の術。
強引な影の追い出し。
疲れないはずはなかった。
時雨は既に限界を超えている。
ちらと渦が視界に移る。
後輩を閉じ込めたままの渦だ。
「…まだだ」
時雨はつぶやいてふらつきながらも立ち上がる。
勝たなくちゃいけない。
たとえどんなにしんどくても。
相手が強くても。
やることは、変わらない。
一度輝きを失いつつあった紫色が輝きを取り戻していく。
ドドン!
時雨は水砲を下に向かって撃った。
たちまちその付近の地面は吹き飛び、影も巻き添えを食らって吹っ飛ばされる。
地面に谷を形成した水は硬い地下の岩盤にぶち当たって勢いよく跳ね上がる。
水柱が複数飛び出し時雨たちの何倍もある高さまでしぶきを上げた。
当然、それだけの威力の術の反動で時雨は再び空中に放り出された。
時雨の紫の輝きが増す。
「これでいい…!」
時雨はつぶやく。
今度は狙い通り。
空中に出ればおそらくすぐには影の攻撃が届かない。
数十メートル上空。
高い場所から影の位置を確認する。
そしてすぐに上の災厄の様子も確認する。
「大丈夫」
時雨は既にチャージを開始していた。
右手に今まで以上に眩い光が収束し始める。
紫色に水色。
2色の混ざった輝かしい光はあまりに眩く周囲が暗くなるほどだった。
まるで夜のような暗さの中にひときわ明るく紫水が輝く。
影はその様子を見て即座に黒玉を落下させる。
「行くよ」
時雨は右手をまっすぐ伸ばす。
まっすぐ下へ。
同時に時雨の全身の色が完全に戻る。
人差し指と中指を揃えその間を凝縮した水を通らせていく。
幻想的な光景。
やがて水滴は静かに下へ落ちていく。
次第に地面が明るく照らされ光の中心地でぽちゃんと静かな音がした。
水の王冠が形成された。
水しぶきが広がると同時にエネルギーが完全に開放される。
ドドドドドド…!
静寂を破る眩い激流が周囲を包み込んでいく。
閃光と激流が辺りを覆いつくした。
――――
夕焼け色がきれいだった。
遠くの山は次第に緑から色を変えつつある。
太陽の反対側では既に夜が始まっていて星が姿を現し始めていた。
空の下時雨は碧を姫様抱っこしたまま時雨の姿はすうっと元へ戻る。
碧は意識を取り戻さないがすぅすぅと息をしていた。
影は完全に消えた。
熾烈な激流に飲まれ黒玉もはじけ飛び、洗われて消滅したのだった。
「…ちゃんと…できた」
時雨はふっと息を吐く。
後輩も守った。
ちゃんと生き残って美空との約束も守り切って見せた。
でも影に取り込まれていた彼女が無事であるかどうかはまだ確定ではない。
時雨は急いで後輩を京の医務室へ連れていくべく走り出す。
――――
星が降るような夜。
各々の家から零れる暖かい光が時雨を照らしては流れていく。
少し前。
病院で聞いたことだ。
碧は確かに無事ではあったがもうしばらくは影の影響が出るとのこと。
直葉さんとたまたま居合わせた御信さんに状況を伝えると驚いていた。
「…ヤミカゲに会ったのね」
直葉さんの驚いた声。
ヤミカゲは影の中でもかなり上位の存在である。周囲の色を奪って特殊な能力をいくつも持ち合わせているのだとか。
幹部でも危ないレベルの災厄だそうだ。
いくら真気覚醒があったといえど時雨が生き残って見せたことは特筆すべきことだという。
「…時雨。強くなったね」
御信さんが褒めてくれた。
時雨はそれがうれしくてたまらなかった。
後輩に後遺症があるけどまだそれで済んでいるだけ相当すごいとのこと。
時雨はわしゃわしゃ頭を撫でられた感覚がずっと消えなかった。
――――
それから2日ほど。
美空が見つかったそうだ。
捜索隊の奮闘により美空を確保できたという。
さらに天城さんと颯さんが空白と交戦し見事撃退したという。
しかし幹部2人をして撃退どまりとなれば相当な実力者だったのだろう。
特に颯さんは怪我が大きかったそうだ。
「…」
時雨は拳を握り締めてそっと開く。
「だーれだ」
目の前に柔らかい手のひらが広がる。
「美空…じゃ…ない…?」
声を聞いて間違えるはずもない相手。
なのになんだか違った。
声の主はいつの間にか自邸に入ってきていた。美空ならすぐただいまとか言っていたと思う。
ふふ、と声の主は笑って手を引っ込めて顔の横でひらひらとさせた。
「やあ。久しぶり」
銀髪の少女。
見た目はほとんど美空のそれだ。
でも髪色も雰囲気もやっぱり違う。
「…美空は?」
時雨はそっと尋ねる。
アビスが警鐘を鳴らしていた。
体中が痛いくらいに響いている。
前会った時と同じ。
「今は…眠ってる。空白相手にあんなに頑張ったから。」
少女は胸にやさしく手を当てる。
慈しむ様な表情だった。
優しく目を細め、頬を少し緩ませている。
もう少しは眠らせてあげたいと思う。
そう少女は告げた。
「改めて…というか自己紹介とかしてなかったね。私は…ウラシア。星の子よ」
ウラシアは微笑んだ。
にっこりと柔和な笑みで。
そんなに警戒しないで頂戴、とウラシアは椅子に座る。
背もたれに胸を押し付けながら背もたれのてすりに腕を乗せて時雨の方を見る。
時雨はその様子に困惑していた。
前感じていたこの子に対する恐怖心が前よりもおだやかだ。
この子の考えは読めなくて、何を狙っているのかわかりはしない。
目の前の事象を参考にするなら多分悪意はない…と思う。
ウラシアはちらとどぎまぎしている時雨の様子をちらと見ていた。
「かわいいね」
ウラシアはずいと顔を近づけてにっこりと笑った。
時雨は突然の言葉と行動に驚く。
「なっ!?なあっ!?」
時雨は慌てて後ずさりして顔を真っ赤にする。
手をわたわたしながら相手の様子を探る。
「ちゅーしてもいい?」
悪びれもせずウラシアは時雨に言う。
時雨は顔を真っ赤にして「ダメです!」とつっぱねた。
えー、残念。と言わんばかりに口をとがらせるウラシア。
本当にこの子は何を考えているのやら。
「会えてうれしい。元気でいてね。私は…少し家で安静にしておくよ。」
どうやら体が同じである以上、美空が目覚めるためには意識的にウラシアが休息をとる必要があるのだとか。
ウラシアは自分で布団を出して畳の上に敷いて布団をかぶる。
「そうだ、今日の夜人間の町で祭りがあるらしいよ。せっかくだし行ってみたら?」
寝ころんでそのまま寝るのかと思いきやウラシアは時雨の方を向いて声をかける。
返事を待たずしてウラシアはそのまますぅすぅと寝息を立て始めた。
時雨はその様子をじっと見ていた。
ウラシアは何を思ってこのことを言ったのだろう。
確かにキクイタダキがいたから、ウラシアからも時雨が何をしていたのかはわかるのかもしれない。
ねぎらいなのだろうか?
それとも何か狙いがある?
時雨はいろいろ考えてみたが結論を出せないのでいろいろ調べることにした。
祭りが行われる場所。
そしてその辺りに何があって何が起ころうとしているのか。
時雨は支度をして駆け出していった。
結果として時雨は祭りに参加することになる。
この時は微塵もあんなことになるとは思ってもみなかった。




