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四十二話 託された願い

 ドドンッ!


 大きな音を立てて塩柱が姿を現し枝状に展開して怪人の行く手を阻む。

 怪人は少なからず傷を受けつつも俊敏に空を舞って回避し続けた。


(すぐ飛ぶから攻撃しにくい…!)

 霙は悔しそうに歯噛みする。


 霙が持つ能力は、液状化、塩操、打撃強化。

 塩操は規模も大きく中距離攻撃くらいならできないことはない。


 しかし鳥の身体能力を前にそれらはどうしても効きが悪かった。


「だりゃあ!」


 雷が迸る。

 怪人を追いかけるように屋根伝いに跳ね回っていた晴斗。


 勢いよく突撃するが怪人が認知して避ける方が早い。

 ひらりと軽く躱してみせる。

 

 「くっそ!」


 晴斗が跳ね回っている理由は漏電するから。

 電気が漏れること自体は晴斗の負担にはあまりならない。


 問題は霙に電流が流れてしまう。

 だから屋根の上で活動することによりなんとか同士討ちを避けていた。


 ザザザ…


 塩が崩れて水たまりのなかに溶け込んでいく。

(もうこんなに使ったのか…!)


 霙は焦る。

 塩操は塩自体を作ることも可能だ。


 だがそれだけ霊力を消費することでもある。

 塩操の弱点は持続力に欠けること。


 限界は既に近かった。


(私が塩で上におびき出して晴斗くんに攻撃させるのはうまくはいかないか…)


 「晴斗くん!」



「なんだ?!」

 晴斗は蹴りを繰り出しながら返事をする。


 怪人はまたひらりと躱して蹴りを見舞う。

「ぎゃっ!?」


 晴斗はたまらず吹っ飛ばされて外壁に衝突した。


「下で戦おう」

 

 霙は晴斗に近づいて言う。

 その間も怪人から目を離さなかった。


「でも…そうしたらお前が…」

 晴斗は下で戦うことに反対する。

 漏電すれば霙にダメージが行くことになる。


 上で戦うよりかはずっと楽なのはそうだ。

 鳥相手に空中戦は厳しいだろう。


「いい。なんとかする」


 霙は塩を展開して自らのバリアを形成した。


 「大丈夫なんだな?!」


 晴斗は確認する。


「うん」


 霙の返事を聞くなり晴斗は雷を全開にする。

 バリバリと大気が震えるような勢いだ。


『…』

 怪人はその様子を見て危険と判断したらしい。

 一度飛び上がって逃げる体制に入った。


「にゃろっ!!」


 晴斗は即座に駆け出す。

 今障害物のある所に入られたら追いつくのは難しくなる。


 (行けるか…?)


 晴斗の雷が赤色のスパークへ変わる。

 強引に火力を上げてなんとかなればいいが…!


 キィィィンン…

 そこへ塩のジャンプ台が現れる。


「霙…!」

 晴斗はナイスだと舌を巻く。


 霙の周囲は塩の壁に覆われて彼女の表情は見えない。

 ありがとうと念じて爆ぜる。


「らあああああッ!!」


 全身が赤色へ変わり、晴斗の体を朱色と白色の鎧が覆う。

 ヴィヴィヴィッ!


 雷のスパーク音が変わり音速を超えようという速度で晴斗は砲弾となる。


『…ピッ!』


 怪人も反応が遅れ雷を免れることはできなかった。

 赤い雷が怪人の体の中を迸り破裂する。


 ドオオオンッ!!


 爆発音とともに怪人は力なく落下を始める。

 勢い余った晴斗は着地した後も靴の裏を滑らせた末になんとか止まる。


「や…やった…」

 晴斗はほっと一息をつく。


 電気のエネルギーを解除して漏電しないように気を配る。

 音から周囲の状況を把握していたのか霙が塩の壁を崩した。


 霙は晴斗を見るとぐっと親指を立てて笑う。


 「…!」

 晴斗もつられてにっこりとしてグッドサインで返す。



 その後は後片付けをする。

 怪人をかるたに吸収した。

 

 霙の塩はやがては消えてしまうものらしくこのままでもすぐに消えるようだ。

 邪魔になる柱としての形は完全に崩してしまってこんもりとした山もならしておく。


 ——

 

「すごいね晴斗」

 霙は帰り際に晴斗に言った。


「いや…霙のおかげでもあるから」

 晴斗は照れ臭くなりながらも自分は今回動いてただけだと思い直す。


 相手の状況を把握して作戦を立てていたのは霙だ。

 自分が霙と同じように脳の働きをできるかと言われればまだまだ修行が足りないと言わざるを得ないだろう。


「経験の差を感じたよ」


 晴斗はこぼす。

 霙はちょっと驚いたような顔をしたが「まあね!」と嬉しそうだった。


「今回は二人の能力があんまりかみ合ってなかったし、相手との相性を良くなかった。でもちゃんとやれた。」

 霙はまっすぐ前を向いて話す。


 雨によって晴斗の雷は霙に伝わってしまう。

 塩は水に溶けてしまえば電気の通りを良くしてしまう性質を持っているから。


 しかも相手の主戦場は空。


 確かに相性は良くなかった。

 一つ条件が違えばもっとうまくいったかもしれない。


「それでもやれた。君はすごいよ。もっと上に通用する」

 霙は伸びをしてそういった。


 雨が上がってからも結構厚い雲が空を覆っていたが、ようやく夕日が顔を見せた。

 夕日の反対側で高い高い入道雲が流れていった。

 

 ――――


「だいぶ出力が上がりましたね」

 執事はそっと胸をなでおろす。


 ぐっと、化け物の拳を握り締める。

 時雨の姿は、頭、義手をつける右手部分、左の膝よりも下の部分を除き鎧の姿だ。

 正直この姿だけ見るととんでもない恰好をした変態である。


 商店街の戦いのときは両腕だけ発動してギリギリという感じだったから大きく進歩したと言える。


(ただ、やはり時雨は破壊の適性が決して高いわけではない。)

 執事は時雨の様子を見てこう思った。

 

 時雨は肩で息をし大粒の汗を浮かべている。

 アビスの負荷は大きいとはいえそれでも維持するだけで消耗しすぎだ。

 実践にはまだ遠いかもしれない。



「時雨さん。今日はここまでにしよう」

 執事は時雨に告げる。


「…はい」

 時雨も疲労困憊で膝をつくとなかなか動けない状態になっていた。


「このまま毎日特訓するのは得策とは言えません。明日私と美空さんと君で外出しましょう」

 「?外出ですか?」


 時雨ははてと思って聞き返した。


「はい。ホシ様と仲が良かった方たちです。」


 「…」

 時雨はそのまま黙りこくってしまった。

 何の目的があるのだろうと測りかねている様子。


(これは決して無駄なことではないはず…美空さんはともかく、時雨さんは義務感でやっている…これでは実りが薄い)


 執事はそう考えた。

 時雨はこの特訓と将来的にデミスを倒すことをやらなきゃとは思っている。


 すでに真剣にやっているのは間違いなかった。

 それでも心から納得して自発的にやるのとでは成長具合が違う。


 何かきっかけが欲しかった。

 時雨を心からやらなければと感じさせる何かが。


 きっとそれを呼び起こすのは感情だ。

 もしかすれば逆効果になるかもしれないけれど。


 (でも、必ず意味がある。)


 執事は自分を言い聞かせるように考えをまとめた。


「立てますか?」

 そっと執事は手を差し出す。

「…はい」


 とても疲れた様子の時雨を引っ張り上げて肩を貸して歩く。


(まさかここまで…)

 執事は頭を抱えたくなった。

 この子をデミスと戦わせるには危険すぎるのではないか。


 それでもアビスの破壊を扱えるのは今この子しかいない。

 だからなんとしてでもこの子を育て上げなければ。


 「?大丈夫ですか?」

 時雨は執事の様子を見て声をかける。


「?私のセリフですよ」

 執事は知らんぷりした。


「…磯垣さん、さっきすごい顔してました。悩んでるんですか?」


「…表に出ていましたか」

 今度はあっさり執事は認めた。

 こんな子供に指摘されるくらいには自分は余裕なくなってたのかと自嘲する。

 

「何か…僕にできることなら言ってくださいね」

 時雨は疲れ切った顔で笑って見せた。


「…そうしますね。もう少し後で。今は…まだだめです」


 執事は空を見上げながら答える。

 夏の大三角形が既に夜の天井付近で輝いていた。


 とても小さく見えるけれど、それらはとてつもないエネルギーを秘めていて果てしないほど大きいのだ。

 執事は自分の存在がいかにちっぽけかほんの少しだけ感じることができた。


 自分では星の力に到底かなわず年若い子に星への対抗をさせようとしている。

 なんとむごいことか。

 そう思わずにはいられなかった。


 その後執事は時雨を自邸に送り届けた。


 執事は自邸の庭を出て宿に帰る途中、もう一度澄んだ青さの光を見つめる。

 はるか遠くからでもわかるくらい輝いていた。


「…人の気も知らないで」

 執事はぽつりと呟いた。



 ――――

 

 翌朝。

 朝には既にセミの鳴く声が響き渡っている。

 けたたましいと言えるくらいの大合唱だった。


 執事はレンタカーで車を借りてきたらしく京の外で美空と時雨を乗せてくれた。

 こういうのは初めてだから、車の座席やら窓の開閉をするスイッチやら気になるものがいっぱいある。


 「ちなみに今日どこへ行くんですか?」

 美空がひょいと顔を前に出して執事に尋ねる。


「白楽(ばくろ)道の方です」

 執事はハンドルを切って右へ曲がり店の多く立ち並ぶ通りへ入っていった。

 といっても白楽街道のど真ん中ではないらしく、ちょっと車一つが通れるくらいの道を進んでいく。


 そうすると店の裏辺りにはちょっとした建物群があった。

 これらはいかにもボロボロだったので何かあった場所だろうかと時雨は思った。


 ガチャ。

 車のドアを開けて執事がエスコートしてくれる。

 美空も時雨も降りて執事の後へついていった。


 人間の町にはあまり詳しくはないのだが、一見栄えている場所でも少し離れたらこんなに様子が違うのだろうか。

 桐谷の方も観光地の外側は閑散としていたのを思い出す。

 

 コンコン。


 執事は家々の間の小さな道に入って錆び錆びのドアをノックした。


「おおう」

 中から声が聞こえてきた。


「磯垣くんか、久しいね」

 すぐに中年のオジサンたちが出てきて執事と握手を交わす。

 

 「お久しぶりです。」

 執事も少し嬉しそうだった。

 時雨と美空がぽかんとその様子を眺めていると、おっちゃんの一人が声をかけてくれた。


「おう、磯垣の連れさんだろ。入っといで」

 手を招いてくれたので時雨と美空は「はい」と返事をして建物の中へ入る。


 それこそ昭和の時代に作られた建物なのだろう。

 窓が割れていたり、壁の一部がはがれていたりしていた。

 

 「ほい」

 おっちゃんは盆にのせてちょっとしたお茶とお菓子を持ってきてくれた。


 ほうじ茶と市販のお菓子だろう。

 赤く小さな包装に入っていた。


「ありがとうございます」

 礼を言って2人は少し茶を飲む。



 この家に住んでいるおっちゃんは6人。

 ちょっと狭いのではないかと思っていたが、おっちゃんたち曰く隣の家の壁が壊れてるしだれも住んでいないから中は広いんだとか。



「おらたちゃ、ホシ様に助けてもらったんだ何十年も前にな」


 話をしてみるといろいろ教えてくれた。

「それこそおらたちが…普通なら小学生?くらいの時やったよ。おらたち孤児でよぉ」


「おらたちを拾ってくれて、学校にも行かせてくれたんがホシ様や。居場所とかも作ってくれてよ。いい人なんだ」


「天来会とかいうカルトのせいで警戒するかもしれんけどよ、もともとはホシ様に助けられた人のつながりの場所やったんや。」


 彼らは昔財団でもかなりえらい立場にまで上り詰めたらしく、かつてホシ様にしてもらったように支援活動とかを行っていたらしい。

 そのおかげで当時の彼らを知る人からは評判が良い。町内会でも重宝されているようだ。


 「おらたちゃ、全員変なやつでよぉ。でも、ホシ様はそれを個性だって言ってくれた。嬉しかったよ。」


 (きっとこの人たちにとってコンプレックスだったんだ…だからこそそれをよく言ってくれたホシのことを敬っている)

 美空はおっちゃんたちの話を聞いてそうまとめた。


 おっちゃんたちの話ぶりを見るに本当にいい人だったんだなと思った。

 時雨はきゅっと机の下で両手を握り締める。


 (そんな彼らを救ったホシ様を、僕は殺さなくてはならない)

 張り裂けるような思いだった。


「でも、あの人はもう変わっちまったんだ」

「!!」


 おっちゃんたちはそっと言った。

「…知ってたんですか」


「ああ。執事からあの人がどういう状況にあったのかは知ってる。それにあんな大きい音がすりゃあ遠く離れててもわかるさ」


 京の近郊をふっとばしたあの赤い災厄の影響は計り知れなかった。

 遠くの国でもその光を観測できたというし衝撃音はすさまじく駆け巡ったという。

 まさしく星の災害の規模だった。


 それでも随分と威力を押さえていたとは思う。

 その気になれば地球など簡単に消し飛ばせてしまうだろうから。


 「…おらたちは…本心ではあの人に生きててほしい」

 「…」


「けど、あの人は執事に言ったんだ。『もしそうなったら、私を殺して』って」


「!!」


「あの人は、嫌だったんだろう。呪いにのみ込まれて自ら愛してたもの全部壊しちまうのが。おらたちはあの人がそう願ったんなら…それを尊重したい」


「頼む。彼女がこれ以上苦しまないように、ちゃんと看(・)取(・)っ(・)て(・)やってくれ」

 

 おっちゃんたちはぐっと頭を下げた。

 時雨たちには見えなかったが必死な思いが彼らの顔ににじみ出ている。


 執事はその様子を見てそっと目を伏せる。

 その時だった。


 ドオオン!と地響きがする。


「!!」

 執事はその音に即座に反応した。

「美空さん、時雨さん、すぐに移動します!!」


「このままここにいたらこの人たちを巻き添えにしてしまう!」

 執事の必死さを感じ取り時雨と美空もそれに従う。

 返事をできなかったから後ろ髪を引かれる思いがあった。


「「行っといで!!」」

 おっちゃんのうち2人が後押ししてくれる。

 おっちゃんたちは執事の状況を聞いていた。


 彼らは財団から追われる身となったのだ。

 ならこんなところでぐずぐずさせている場合ではない。


「「はい!」」

 美空と時雨は精一杯の返事をして駆け出して行った。

 

 ――――

 

 街で起こっていたのは怪人の出現。

 3体も出現していた。


「交戦します」

 執事の声に従って美空も時雨も戦闘態勢に入る。

 襲を起動して即座に武装する。


 既に囲まれていた。

 怪人は駐車場方向の道に一体、付近の屋根の上に一体、そして目の前に一体。


 執事と美空と時雨はそれぞれ一番近い怪人に相対する。

 倒さなければどこまでも追っかけてくるだろう。


 それにこいつらは強い。

 時雨はビリビリとその気迫を感じ取っていた。


 等級5の中でも上位に位置することだろう。

 今までの怪人とはまた違う雰囲気を纏っているのも緊張を上乗せする。


「「「はああッ!」」」


 3人同時に動き出す。

 それぞれ一対一で戦闘を開始する。

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