四十一話 太陽の申し子と漂鳥
「ふんぬっ!?」
時雨は道場の中で必死に攻撃を捌く。
時雨だって前よりもはるかに強くなっている。
それ確かなことだった。
しかしそれは瀬戸香も同じ。
各々試練に立ち向かって打ち勝ってきた。
「まだまだあ!!」
瀬戸香は苛烈な攻撃を繰り返した。
拳に纏わせた赤い炎は爆発して攻撃範囲を広げる。
さらにそのエネルギーの多さたるや時雨の液状化など構うものかとダメージを通してきた。
(瀬戸香…!こんなに強かったんだ…!)
瀬戸香は以前からの火力に物を言わせたスタイルは変わっていない。
その長所を最大限に活かしながら相手にペースを渡さない。
時雨は全力で立ち向かいながら劣勢に立たされていた。
「!!」
攻防のさなかで周囲に漂わせていた水を吹っ飛ばされる。
前までの瀬戸香ならそれもお構いなしにやっていただろうが、相手のからめ手を分析して予防する視野の広さも獲得していた。
「…育ったな瀬戸香…」
あまねが思わず声を漏らす。
同上の端の方ではあまねと颯が様子を見に来ていた。
颯も目を細めて黙ったままだった。
だがその目を見れば瀬戸香を観察しているのは確かである。
自分に届きうる存在だと判断しているようだ。
「…育ったのは火力だけじゃない」
颯がつぶやく。
あまねは「そうだな」と肯定で返した。
瀬戸香の能力は「太陽の恵み」。
これは赤い炎による攻撃以外にももう一つ効果がある。
太陽光を浴びることで自己回復と霊力のチャージができるということ。
しかしこの道場の中には申し訳程度の太陽光しか入っていない。
まだ温存しているのだ。
「はあっ!!」
炎が爆ぜて時雨の体を焼く。
時雨はお構いなしに刀を浴びせる。
瀬戸香の胴に直撃して道場の端まで吹っ飛ばす。
「あっつ…」
時雨は流石に悪態をつく。
爆発の中にダメージ覚悟で突っ込んでそのまま強引に攻撃を通した。
その結果いたるところがぶすぶすと焦げている。
(何度も通用する技じゃない…)
自分があと何回この攻撃ができるかは限られている。
それにこれだけでは瀬戸香も対応してくるようになるに違いなかった。
しかし守りに入れば攻撃のチャンスはない。
負けるの自分。
「やるね!」
瀬戸香は地面に手をついて勢いを殺す。
壁にぶつかるよりも早く復帰する。
瀬戸香は足にも炎を纏わせて多彩な攻撃を繰り出すようになった。
「ぐっ…!」
時雨はさばききれずに直撃をもらう。
そのままドン!と壁にぶつかった。
「日の下じゃなくてもここまで戦えるようになった」
颯はつぶやく。
「ああ。前、ひどい目にあったからな。特定の条件下でのみ戦えるじゃだめだって気づいたんだろう。」
あまねは瀬戸香の成長ぶりに驚嘆する。
時雨と比較しても爆発的な成長ぶりだ。
時雨だってアビスを扱う上に圧力と水を使って多彩な攻撃ができる。
それでも瀬戸香には届かない。
(ヘコむなよ時雨…)
瀬戸香は自分の弱点を知ってから血のにじむような鍛錬を繰り返してきた。
自分の霊力総量の強化。
能力に依存しすぎない戦いの技。
チャージ可能な量の増幅。
これらすべて、限界を高めていく地道な作業の上に成り立つ。
自分の限界まで何度も何度も到達してきた。
それがどれだけキツい作業かは幹部のほぼ全員が知っている。
「くぅ…」
時雨はなんとか立ち上がる。
蓄積したダメージは相当だ。
これ以上食らっていたら耐えられなくなってくる。
(僕は液状化が通用しない相手には不利なんだ…!)
時雨は瀬戸香との闘いと晴斗との闘いを振り返って学んだ。
でも時雨はそれに対してぶっつけ本番で対処するなんて無茶なことはできない。
「はっ!」
アビスを起動させた。
場所は頭と胴体。
アビスの装甲なら硬さは時雨の出せる中では随一。
攻撃ではなく防御に使うのは初めてだ。
刀を再び構えて突撃する。
「いいね!」
瀬戸香は歓喜し両者はぶつかる。
ドドドド…と大きな音が響いていく。
瀬戸香の攻撃が装甲を容赦なく削り時雨の刀が瀬戸香を滅多打ちにする。
(装甲あってもだいぶきつい…!!)
衝撃や熱が響いてきて時雨本体まで届いてくる。
でもないよりかはずっといい。
なんかとか攻撃で返すことに成功していた。
「む」
瀬戸香は攻撃を叩き込まれて空中姿勢が崩れた。
だが炎のエネルギーを噴射させてその場を離脱する。
なんなく着地した瀬戸香はふぅと息をつく。
(時雨ちゃんも侮れない…!)
皮膚の一部が溶けていた。
臨界水まで強引に持って行ったのだ。
周囲が熱いことを利用し、ある程度必要な圧力の出力を押さえたことでなんとか間に合わせた。
(これ食らったらだめなやつ…慎重に行かなきゃ)
構えなおす時雨を目に捉えて分析する。
そして再び熱が道場に吹き荒れた。
――――
「美空さん、流石です」
執事はパチパチと拍手を送る。
一切の無駄なくデミスの力を扱い苛烈な執事の攻撃を捌き切って見せた。
さらに攻撃への転用も上手。
執事が全力で防御しなければ危ない場面も多々あった。
美空はおそらく同期の中でも最も強いどころかもう一つ殻を破れば幹部に到達しかねない実力に達している。
「いえ…教えてもらっただけです」
美空はホシや遠藤との特訓を思い出す。
自分は何度も何度も鍛えてもらった。
彼らなしに今の自分はない。
「見事ですよ。ここまでデミスの力を扱いきってしまうなんて。」
執事はにっこりとしていた。
美空ならデミスを倒すための基準に達するのは時間の問題だろう。
だが一番の心配は時雨だ。
時雨も優秀ではあると言えるだろう。しかし美空ほどの才能もない。
なによりアビスの力への適性が半端だということだ。
デミスを前にして戦えるようになるにはどう伸ばしてあげればいいのか。
「何か悩んでるんですか?」
考え込んでいた執事に気が付いて美空は声をかける。
「ええ。あなたは問題ないのですが…」
「…時雨ちゃんのことですね」
美空は執事の言わんとすることを当ててみせた。
「はい」
しばらくの間沈黙が流れる。
デミスを倒すために必須なのは時雨の持つアビスの力「破壊」。
普通に倒せばデミスはその場で大規模な爆発を起こす。
もしそうなれば地球そのものが危ないほどの危機になりかねない。
だから破壊の力により無理やり爆発させずに消滅させるのが最適解。
いかに美空がデミスという規格外の存在だとしても破壊と同じことができるわけではない。
「時雨ちゃんには…あまり危険な場に立ってほしくないんだ」
美空はこぼす。
「…」
執事は黙って聞いていた。
美空にとって時雨は大切な家族だ。
美空にとって家族というものはとても大きくてそして重いものだった。
自分を育ててくれた親は何年も前にいなくなってしまった。
そして肉親もこれから殺さなくてはならない。
もし時雨がその途中で死んでしまったら?
美空の家族は誰もいなくなる。
美空はぐっと唇をかみしめていた。
少しの間そうしていたけれどなにかを決めたように顔を上げる。
「時雨ちゃんがデミスを倒さなくてもいいように…私が頑張るよ」
「!!」
執事は目を見開いた。
執事はその後何か言いたげにしていたけれど途中でごまかすように微笑んだ。
「…いい心がけですね」
執事はその後もずっと悩んでいる感じだった。
――――
「みーーーーーそーーーーーらーーーー!!!」
快活な声が自邸の庭に聞こえてきた。
もうみんなの影は長くなってしまっている。
横から照らしてくる夕焼けは夕焼けだというのにじりじりとして熱い光を発していた。
「瀬戸香…!」
美空はぱあっと笑顔になって声のする方へ振り返る。
「え?!」
美空は予想外の事態に思わず声を上げる。
時雨をお姫様抱っこして瀬戸香が運んできたのだ。
「な、何があったの?」
「ええと…今回模擬戦で負けまくっちゃったみたいで…」
瀬戸香は気まずそうに説明する。
自分も最初に時雨をボコボコにしてしまったし。
瀬戸香に負けた直後は俄然やる気って感じだったのに次々負けてしまって意気消沈してしまった。
「あぅ…」
涙目になりながら放心状態になってしまっている。
「霙ちゃんとも当たったんだって…」
「あちゃ…」
美空は頭を抱える。
時雨は霙が有名になる前から彼女のことを知ってるし霙の先輩として活動してきた。
だからこそ霙に負けるのはショックだったことだろう。
でも霙は実力をかなり前から上げている。
時雨が負けてもおかしくはないくらいだ。
「大丈夫?なんとかなりそう…?」
瀬戸香はすごく心配そうに時雨の状態を聞く。
美空も困っている様子だったので瀬戸香も汗だくになってしまった。
「どう…しようか…」
美空も困りきってしまった。
「取り敢えず寝させようか…子守唄でも歌ってあげよう」
美空は冗談交じりに言う。
瀬戸香もそうだね…と返して家の中に連れて入った。
其の日は時雨は瀬戸香と美空2人の抱き枕と化した。その後超汗だくになった時雨が転がっていた。
そりゃくっついて寝たら暑すぎるだろう。真夏だもの。
――――
「遵。お願いがあるの。」
「私は、もう呪いに取り込まれるまで幾ばくも時間はないと思うわ…もし私が取り込まれてしまったら…私のことを…消して頂戴」
「!!」
突如として目をかっ開いた。
まるで十何年も前、祖父母の家に泊まった時に迎えてくれた天井。
…に、よく似た和の空間が執事を出迎えた。
「夢…」
執事は荒くなった息を整える。
(いや、夢ではないかもしれない…ホシ様に触れた時の呪いに起因するものか…?)
執事はなんとなく問いを立てて布団から起き上がる。
彼女のSOSなのかもな…と考えながら朝ごはんを用意する。
(焦ってはダメだ…)
執事に貸し出された一人用の一軒家は常識の範囲内で好きに使っていいと言ってもらった。
いつもホシ様に用意するみたいに手早く朝ごはんを作る。
「…2人分は…いりませんでしたね」
執事は悲しげにつぶやく。
いつものクセで2人分作ってしまった。
食べる人のいない料理が寂しげにゆらゆらと湯気を上げている。
――――
「もごもごもご」
「晴斗くん何言ってるかわかりませんよ」
作りすぎた朝ご飯を掻っ込んでいるのは晴斗。
晴斗はおなかがすいていたらしくすごい勢いで朝ご飯を食べていた。
なんとか呑み込んだ後で晴斗は問う。
「京の人たちみんな訓練し合ったりしてるんだって?俺も参加したい」
晴斗は意気揚々と執事に向かって言う。
「まだ病み上がりなんですから…」
「病院の人はもう大丈夫だって言ってたぞ」
止めようとする執事に晴斗は病院のことを引き出して応戦する。
「じゃあ連絡とってみますね」
執事は病院に電話かける。
その後すぐに病院の人が出たので執事は晴斗のことを聞き、はい、はいと何度か繰り返していた。
挨拶してそっと受話器を下す。
「…疑ってごめんなさい」
執事はしょぼしょぼして謝る。
分かればいいなだよ!と嬉しそうな晴斗。
京の医療技術は人間の病院とは一線を画すようだ。
かなり詳細に教えてくれたので晴斗の体調に気を配る必要もないことが分かった。
(京の病院…想像以上ですね)
執事は今度いろいろ教えてもらえないかな…と天井を仰ぐ。
「行ってくる!」という晴斗の元気な声を聞き届けて、執事はため息をつく。
「本当に時雨君のことはどうしたらいいんでしょう…」
一人頭を悩ます。
時雨はデミスと戦う上で欠かしてはならない人材だ。
でも彼にはついていけるだけの器があるだろうか。
美空の言い分も分かる。
もし殉職すればあの子にとって大きなダメージとなることだろう。
それではだめだ。
どう指導してあげればいい?
悩みは尽きない。
「あ!!!」
執事は突如大声を上げる。
「あの子人見知りだった…!大丈夫か…!?」
執事は机に伏せる。
後から追いかけたけれど、晴斗は結局見つからなかった。
――――
「怪人討伐ならOK!?」
晴斗は歓喜の声を上げる。
先ほど道場に行ったら断られてしまったのだ。
奉行所に押しかかて話をしにいくといい返事をもらえた。
「ただ、付き添いは必須ですよ。彼女です。」
受付の人は晴斗の身を案じているようだった。
霊力を持っているとはいえ人間である彼のことを案じるのは仕方あるまい。
「ちょうどペアいなくて困ってたから…ありがとうね」
そこへ現れたのは霙。
白に黒の混ざる髪に頭のてっぺんには黄色いかわいらしい触角。
赤いメガネをかけているその少女はまごうことなき美少女であった。
「…お、おう」
晴斗は緊張しまくりであった。
急にぎこちなくなる様子には周囲もくすりとしてしまう。
「さ、行こう」
霙は晴斗の手を引いて奉行所を出ていく。
手を引かれるまま晴斗は怪人討伐に出発した。
――――
ゴロゴロと雷鳴が鳴り響いて、周りの音をかき消すくらいのけたたましい雨音が包み込んでいた。
ちょうど霙と晴斗が怪人の捜索をしている頃運悪く夕立が通りかかったのだ。
ひとたび雷鳴が鳴ればそれを皮切りに大雨が始まったものだから霙と晴斗は雨宿りすることに。
近くにあった個人経営店らしき店の前が少し屋根があったのでそこで一息つく。
「はあ、ついてないなあ」
晴斗はがっくりと肩を落とす。
店の明かりはついているが人の気配はほとんどない。
内側をのぞいてみてもレジに立っている人はいなかった。
「ねぇ、ここのお店、なんか変じゃない?」
霙の問いに晴斗は確かにとうなずく。
たまたまレジの人が席を外しているならその限りではないが、ずっと電気をつけっぱなしで留守の状態にするだろうか?
「ちょっと入ってみる」
晴斗はドアを開ける。
「な、そんな迂闊な」
霙は思わず声を上げた。
霙の声に驚いた晴斗は少しだけドアを開けたのをすぐに戻す。
「なんだよ、確認しに行った方がいいだろ?」
晴斗は不満げに霙の方を見る。
もし人が倒れてたらどうするんだ。
「…なんとなくだけどね、嫌な気配があるの。」
「そうか?俺は特に何も感じないけど」
晴斗は霙の表情を見て言葉とは裏腹にちょっと心配になってきた。
(こういう系のことは防人の方が経験豊富だろうな…)
晴斗もそう思いなおしていったん中に入るのは後にする。
自分は素人も同然。
正直霙に従った方がいい気がした。
「まず…雨が収まってきてるから周りを確認しよう。」
霙は提案した。
晴斗はその言葉で初めて外の様子に気が付く。
そっか、夕立だからずっと降るわけじゃないのか。
二人して雨が降りしきった後の道を歩いた。
このお店は店舗の裏にもそこそこ大きい倉庫があるらしい。
中の様子は見えないが外を回ってみるだけで分かった。
「なんか…この匂い」
漂い始めた匂いに思わず顔をしかめる晴斗。
「…血だ」
霙は静かに答える。
「えっ…!?」
思わず声を上げそうになったところを霙が強引に口をふさぐ。
霙はすぐに襲を起動し臨戦態勢に入った。
霙を見習って晴斗も戦闘準備に入る。
彼には襲がないからすぐにはできない。
だが彼の武器は己の拳ではあるため特別困ることはないだろう。
体全体へ電気が駆け巡っていく。
「あだっ!?」
霙は晴斗から雨水を伝ってきた電気に思わず飛び上がる。
『ッ!!』
その声に反応したのは晴斗ではなく怪人。
血を口元から滴らせているためここにいた人を食ったりしていたのだろう。
怪人はまっすぐ上に飛び上がったと思えば急降下して攻撃してくる。
「あぶねぇ!」
晴斗は霙を突き飛ばした。
しかし晴斗ができたのはここまで。
怪人の黒い影は晴斗をつかみ勢いそのまま近くに外壁にぶち当たった。
『チチチ…!』
怪人は晴斗をつかんだはずの鋭い爪が全く刺さらないことに強烈な違和感を抱き、後ろに飛んだ。
「モズの怪人…!?なんでこの時期に?!」
霙は驚きの声を上げる。
モズが平地に現れるのは秋から冬の間。
夏には降り立つはずはなかった。
通常のモズよりも赤みの強い茶色を宿したその怪人は、鋭い目つきで晴斗をにらみつけている。
(…なんつー威圧感…!)
全身が泡立つような相手の気迫。
思わず体が固まった。
「塩槍!」
そこへ真っ白な柱が姿を現す。
それらはやがて巨大な槍となって怪人に襲い掛かった。
しかし怪人は冷静にその槍の動きを見極めて避けきって見せる。
そこから流れるように飛翔し屋根の上に止まった。
怪人は睥睨していた。
「無事!?」
霙が慌てて確認しに来る。
「あ、ああ。大丈夫だ」
晴斗も返す。
ごくり、と息をのんで相対した者たちの間を暑い風が吹き抜けていった。




