三十八話 激闘心火
「ちぃっ…!」
財団の幹部は舌打ちする。
自らの前に現れた京の幹部は手強かった。
確かに身体能力で言えば大きな差はない。
だが明らかな差があった。
戦闘経験の差。
京の幹部は100年以上戦いに身を置き、鍛錬してきた。
対して財団の幹部は齢20半ばのものが多い。
どう考えても場数が届くはずはなかった。
財団の幹部同士でほぼ毎日模擬戦をひたすら行ってきた。かけてきた時間の割にはかなり質が高いと言っていい。
「その年でそこまで磨き上げたのは見事だね」
相対する幹部こと草薙は素直に相手のことを称賛した。
全くというわけではないが息が上がっていない草薙。
息を荒げながら攻撃を繰り返す財団の幹部。
両者の力の差は明らかだった。
そしてもう一組幹部同士で戦っている者がいる。
颯と杠だ。
颯の場合幹部の中ではとても若い。
年も20半ば程度と財団の幹部との年季の差にほとんど差がなかった。
お互い速度に特化した戦法と能力。
こちらは互角。
「っ…!やるわね」
杠は苦々しくこぼす。
服の一部は槍によって切り裂かれ、血が滲んでいる。
対して颯も皮膚がはち切れて血みどろの状態になっていた。
「…人間にここまでやられるとは思っていなかった。」
悪態をつく颯。
相手の能力と戦法を見て間違いなく神社で戦いを起こしたやつがこいつだと見抜いていた。
自分でも自信のあった速度において多少の傾向の差はあれど優位に立てない相手がいるのは屈辱的。
風を纏い縦横無尽に空中も駆け回ることができる颯。
鞭を使い本体も高速で動くことができる杠。
どちらかといえば直線移動なら杠に軍配が上がり、颯は小回りがきく機動性に優れる。
お互いに傷をうけて体力が低下気味。
颯はふうっと深く息を吐く。
すっと澄んだ目で槍を前方に構える。
その目を見てぞっとした杠も鞭を構える。
荒々しくそして同時に細く細やかな風が周囲に吹き荒れた。
――――――――――
東側のエリア。
それは時雨と鬼道その他防人が配置された場所。
そこには上級怪人が降り立っていた。
鬼道は地面を赤く染めながら地面を転がる。
ほぼ一方的な蹂躙。
時雨が晴斗と激戦を繰り広げている間鬼道は幾度となく相手に挑みかかった。
硬すぎる外骨格は鬼道の膂力と火力をもってしても傷をつけるのは困難だ。
だがそれは当てられたらの話。
怪人の周囲はなんだかおかしな物理法則となっているらしい。
あるときは気がついたら明後日の方向に包丁を叩きつけていたり、はたまた外骨格に触れる一歩手前で止まってしまったり。
わけのわからない状況を整理するまもなく苛烈な攻撃が繰り出され対応を余儀なくされる。
鬼道は立て直すこともできずに防戦一方となっていた。
攻撃にもおかしな物理法則が適応されるようで、何もない空間に殴り飛ばされたり押しつぶされそうになったりする。
鬼道は既に満身創痍。
だが鬼道は立ち向かい続けた。
「ぐっ…げほっ」
血反吐を吐いてなおなんとか立ち上がる鬼道。
がくがくと足が震えていて、くらくらとした視界はだんだんと不明瞭になっていく。
自分の限界はとっくに超えているのは明らか。
立っているのがやっとだ。
それでもこいつをこの先に行かせるわけには行かない。
鬼道はその思いの元踏ん張っていた。
「…無駄だ。お前はオレに勝てない。そろそろ引導を渡してくれよう。」
怪人は言い切った。
拳を構える。
突如として怪人の腕を水が巻きついて動きを阻む。
「っ…!!」
時雨は歯を食いしばりながらなんとか怪人の動きを止めようとする。
鬼道は目を見開いてありったけの声で叫ぶ。
「無茶だ!離せ!」
血の混じった怒号が時雨の耳に届くよりも早く時雨の視界は一気にぼやけた。
まるでカメラを横に急に動かしながら撮ったブレブレの写真のような、そんな視界が広がったと思えば重い衝撃が時雨の頭部を襲う。
「〜〜ッ!?」
動転する頭に遅れて激しい傷みが襲いかかる。
案外軽い痛みが来たと思えばぐわんぐわんと頭の中を響くような傷みが波及していく。
時雨の手足の感覚はなくなり、立とうとしてもどこに力が入っているのか分からぬ状態になってむなしく地面の上でもがくことしかできなくなる。
時雨の視界は真っ白になったと思えばどす黒い色に変わって周りの状態なんて見えやしない。
半分パニックになってもがけど意味はない。
時雨は何もできなかった。
「勇敢だな。だが実力不足だ」
怪人は時雨の様子を見届けて鬼道に話しかける。
「…時雨!」
鬼道は拳を握りしめて悔しがる。
後輩がやられているところをまざまざと見てはいられない。
再び立ち上がろうとしてぐらりと姿勢が崩れる。
軌道だってもう後がないのだ。
鬼道の目の前に来た怪人は勢いよく鬼道を蹴り上げた。
無防備に空中に投げ出されそして地面に物言わぬ人形のように無抵抗に転がっていった。
やがて鬼道の意識も真っ暗な闇の科へと消えていく。
――――――――――――
小さい頃鬼道はずっと自分のことをすごいやつだと思っていた。
家はかなり有力な防人の家系。
常に幹部入りしているわけではないが、着々と実力をつけて位が上がっている家だった。
先祖のうちの何人かは幹部入りしたことがあるらしい。
生まれがそんな状態だから当然鬼道もよく周囲からもてはやされる。
それはただ実家のおかげというわけではなくて、本人の生まれつきの力強さも評価される一因だった。
幼稚園のころとか小学生の頃とかが顕著。
よく先生に褒めてもらった覚えがある。
多少傲慢ではあったけれど心優しい性格でもあり、ひとりぼっちの子に手を差し伸べては仲間内に入れていた。
そのうちの1人が膳所だった。
もともと引っ込み思案だった膳所は最初何度も鬼道のことを拒絶していた。
「…お前には関係ないだろ」
そう俯いて遠ざけるばかりしていた。
その当時彼の家では任務の途中で父親が亡くなって大きな騒ぎになっていたらしい。
それが大きな原因となって周りもどう気を使うべきなのか分からなくて、なんとなく距離が空いていたように思う。
それでも何度も誘ってを繰り返していたら膳所のほうから根負けしていろいろ話してくれるようになった。
それから鬼道は特に膳所とつるむようになった。
鬼道とは真反対の性格。
一見馬が合わないように見えた。
喧嘩もよくしていたと思う。
でもその関係は壊れなかった。
互いが互いにないものを持っていたからリスペクトがあったのだ。
鬼道は力強いがガサツで器用さがあんまりない。それに頭が悪い訳では無いが、体を動かしているときは頭が硬くなってたり視野が狭くなってしまう癖があった。
膳所はそれを補完できる頭脳と冷静さを持っている。だからバディを組んだときに相性の良さは顕著に出た。
防人としての初の任務。
先輩が同行したとはいえ大きな成果をあげてよく称賛された。
期待の新人だって言ってもらって2人とも嬉しいと感じていたのが懐かしい。
それから数年経ったときに膳所はなんとなくな雰囲気で言っていた。
「鬼道はすごいよ。まるで太陽みたいだ。僕とは違ってみんなを明るくしてくれる。」
「…何でそんな自分のことを下げていくんだよ。お前だってすげえさ。お前がいなかったら困る場面めっちゃあるんだぜ?こないだ別のやつと組んだときに実感したよ」
その言葉を聞いてちょっとあんぐりしていた膳所はふと笑い出す。
なんだか吹っ切れたように見えた。
「な、なんで笑うんだ」
鬼道は少し困って膳所に問う。
「いや、何。やっぱり君は太陽だよ。いつでも君は僕を照らしてくれる。ありがとな」
照れくさそうに膳所は言った。
「ん…お、おう!もちろんだぜ」
彼が何を思ってこんな風に言ったのかが分からなくて、でもぎこちなく鬼道は返した。
夕日に当てられてか、それとも恥ずかしくてか2人ともちょっとのぼせたような顔をしていたからその後お互いの顔を見て大笑いした。
それから半年もしたくらいだ。
鬼道も膳所も伸び悩むようになった。
鬼道の攻撃力はさらに伸びていき、火力なら幹部級と言われた。
一方でそれ以外があんまり伸びなかった。
膳所も火力不足が深刻だった。
応用は効くがサポート系に偏りがち。
2人とも単体で評価されるとあまり良くない成績だった。
最初は神童だと持て囃された防人が、成長して凡人となってしまう例は別に京でも珍しい話ではない。
ただ鬼道は自分に自信を持つタイプだったからその事実はとても重かったしそれだけショックだった。
いつもにまして修行をしたり努力を怠らず鍛錬はしたけれどそれだけでは足りないらしい。
問題は解決しなかった。
親もそう厳しくは言わなかったし、まあまあとなだめたり慰めてくれたりした。
余計、悔しかった。
…今、すごい後輩たちが追い上げてきている。
ギリギリとはいえ等級4の怪人を新人ながら一対一で倒してみせた時雨。
優秀と言われた新人の中でも特に早く昇格しとどまることなく実力をつけている美空。
新人ながらに怪人を完封してみせたという記録を何度も打ち出す播磨。
自分と似た傾向ながら恵まれた自己回復能力で踏み倒せてしまい、成果を上げる瀬戸香。
その上の代も何人かは自分以上に活躍している。
自分よりも年下で幹部の座に最年少でたどり着いた颯。
自分は無能ではないが平凡なのだと言うことを嫌と言うほど突きつけられてきた。
唯一の救いは自分が無能ではないこと。
平凡なら平凡らしく有能な奴らが暴れる土台を作ってやらなきゃならない。
そんな風に考えた途端心の炎が再び勢いよく燃え盛りだした。
――――――――
「まだ立つのか。」
怪人は少し驚いたように振り向く。
動かなくなった鬼道の前を通り過ぎようとして足をつかまれて立ち止まる。
鬼道はゆっくりと立ち上がって不敵に笑ってみせた。
自分に余裕はない。
既に受けた傷は重く体にのしかかるようだ。
ぎゅっと力強く鯨包丁の柄をつかんで持ち上げて構える。
怪人は鬼道に宿る闘志を見て鬼道にもう一度向き直った。
「…」
怪人は複眼の奥で鬼道を観察する。
戦う前よりもずっと闘志が大きい。
熱く燃えるように煮えたぎった闘志が彼の体の中に充満している。
フ、と怪人は少し微笑んだ。
「いいだろう。全力で来い。」
怪人は油断も隙もない構えで鬼道に言い放った。
「おおおおおおおおおおっ!!」
鬼道はその声に応じ、雄叫びをあげて猛進した。
包丁は赤熱し近くにいるだけでやけどしそうなほどの熱量を帯びる。
包丁を振り、渾身の一撃を放つ。
怪人に振り下ろされた包丁は空しく手前の空間で止まった。
怪人は少し悲しげな顔をしてこれまでかと思った。
鬼道を今度こそ殺めようとする。
だが怪人の判断は時期尚早だった。
怪人の胴体に蹴りが届く。
ゴンッという硬い音が響いた。
それ自体は怪人にとって痛くもかゆくもない。
だが怪人はここで理解する。
「そうか。分かったか。」
なんだか嬉しそうな声色に変わり怪人は声色以上に歓喜する。
「ああ!ようやっとな!」
鬼道はその問いに対して肯定で返す。
「てめぇのその能力!意味わかんねぇが一度に二つは使えねぇんだろ!」
鬼道はようやくいつもみたいに吠える。
このカブトムシの怪人の能力は空間を変異させる力。
鬼道の攻撃を変な方向に向かわせたり何もないところで止めたりしていたのはこの能力に他ならなかった。
また鬼道への攻撃にも使われている。
この能力はすさまじいが同時にそれゆえの扱いの難しさがある。
それは技量が足りなければわずかな範囲にしか適応できず、適応できる数も限られていること。
例えば先ほどのように鬼道の包丁を空間を変異させて受け止めている間は、ほかの部位に対する攻撃を防ぐことはできない。
だからこそ鬼道の蹴りは届いた。
「こっからァ!今までやられた分やり返させてもらうぜ!」
鬼道は勢いよく包丁の熱を膨張させ爆発させる。
それ自体は届くことはなくてもごくわずかな時間だけ怪人に攻撃を当てることができた。
攻めろ!攻めろ!
防戦一方がまずいのはさっき学んだばかり!!
離れればこちらからの攻撃手段に乏しい分、空間による攻撃が激しくなる!
こいつに勝てるとすれば…!前!
接近して攻撃を続けろ!何度も、何度も!
離されるな!攻めろ!
心の中の悲痛なまでの叫び。
必死に格上の相手に食らいつきながら鬼道はひたすらに攻め続ける。
鬼道の攻撃をいなすべく怪人は刃への防御に能力を使う。
そしてほぼ同時に他の攻撃を叩き込む。
そうすれば攻撃は当てられる…!
けど…!!
こいつ硬てぇ…!
鬼道の表情はやがて苦悩に変わる。
攻撃は当てられる。だが硬すぎる外骨格はまるで傷がつかない。
巨大な包丁で攻撃を当てたとしてもそのダメージはあまりに小さい。
わずかに白い傷しか作れなかった。
ならなぜ空間で防ぐ必要があったと思うくらいに相手の防御は高い。
怯むな!!
再び猛攻を加えながら全身に熱を帯びさせていく。
俺に小細工はできねぇ!
俺にできるのは!!
ただひたすらに火力を上げること!!
小さい頃から火力だけは褒められてきた!
火力だけは伸び続けてきた!
熱を上げろ!威力を上げろ!
相手の外骨格が砕けるまでっ!
おびただしい熱量はやがて刀身だけにとどまりきらず体全体を覆っていく。
「!」
怪人はここからが本番だと悟った。
全身が熱を帯びたことで限界以上の力を発揮し同時に破壊力を底上げしていく。
鬼道は体全体が熱いと感じる。
痛いくらいだ。今までになかったほどの熱だ。
終わったあとは全身火傷してしまうくらいだろう。
だが!ありったけを!すべてを!こいつにぶつける!!!
鬼道の蹴りは爆発力を伴って外殻を砕けないまでも怪人の体勢を崩してみせる。
「なっ…!?」
怪人も予想外の事態に思わず声を上げる。
その隙を逃さず最大出力の炎斬が爆ぜた。
ドオオオオオオンッ!!
周囲の酸素すら焼き尽くし、一瞬だけ無音の真空が生まれた。
その直後圧縮された熱が一気に解放され世界が白に染まる。
周囲に吹き荒れる突風に巻き上がる土。
轟音が響きはるか遠くからでもそれを認知できるほどの規模の爆発。
周囲の者は怪人も防人も吹き飛ばされた。
巻き上がった土煙が晴れていくと結果が見えてきた。
鬼道は気絶している。
ぐっと柄を握ったまま座り込んだままだった。
対して怪人は依然として立っていた。
咄嗟に本体を庇った右腕の骨格は溶けて煙を上げている。
内側の白い肉が見えるほど大きな切り傷を負った。
「…見事だ。鬼。まさか私の外骨格にここまで大きな傷をつけてみせるか。」
怪人にはまだ余力がある。
その気になれば気絶した鬼道を処すなど造作もない。
だが怪人はそんなことはせずただ鬼道を称賛した。
怪人は損壊した右腕の外骨格をずっと眺めていた。




