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第四部 三十七話 戦乱の幕開け

 朝になって多くの防人が各地にある会議所に召集された。


 ざわざわとした会場。

 多くの人の会話が重なり、言葉としての体を耳に入る頃には失う。

 それと同時に不安が渦巻いた。


 時雨や美空たちにとっては完全に初めての緊急招集。


 そして一部の人々は新人以上に顔をこわばらせている。彼らは知っていた。


 これは良くない兆候だと。


 会場で説明されたのは防衛の時の配置。

 何かの危機が迫っているということだった。


 時雨は無意識に美空の袖を握っていた。

 美空はそれに気づいてそっとその手を握る。 

 

 ――――――


「いざとなったら私も出ます」

 

 幹部の一人、御信が凛とした声で首領へ伝える。

 ここは首領が普段生活する京の中心部。


 朝廷と呼ばれるこの場所は複数の幹部によって守護されていた。

 そして御信は首領のすぐ傍に控えている。


「本当にいざというときだけだからね。」


 真剣な顔をして机の上の盤を眺めているこの方は首領である桔梗様。

 このような大事態において全体の指揮をとられるのである。


 集中してシュミレーションしているところなのかほとんど何もおっしゃらない。

 周囲に使えている数人もその集中を邪魔せぬようにと沈黙を貫いていた。


 膳所が昨晩連絡をしてきてから多くの者たちが状況を把握。

 敵対者は財団であると特定された。


 山荘でもアビス持ちの二人が反応したらしく京の中でも美空と時雨も反応を示している。

 このことから財団にいるデミスことイルミューンが動き出したとみて間違いなかった。


「…もうですか。予定よりも早い…!」

 

 桔梗様は焦り混じった少し悲しそうな顔をしなさった。


 ――――――――


 はるか後方でイルミューンは確かに進軍していた。


 財団の戦闘員を数多く引き連れている。

 しかも離れた場所にはあまたの怪人が控えていると見えた。


 財団の幹部《ウィネリマ》はわずか3名。

 

 それ以外の者は財団本部で警備をしているらしい。

 幹部のうち2人はイルミューンのそばに控え、1人は最後尾で後ろから隊を整えている。


 戦闘員のほとんどは特殊なパワードスーツで身を包んでいた。


「行きなさい」

 

 イルミューンは静かに合図を出す。

 すると即座に戦闘員は4人一組で一気に攻め込んできた。


「…迎え撃ちなさい」

 

 首領からも命令が下される。

 両者は激突した。


 ――――


「財団…」

 

 時雨は戦場の東側の控えの陣地で待機していた。

 以前財団と関わりを持ったときは敵対的な態度をとるものもいたが、同時に加賀の親子のような人格者もいた。


 加賀はかなり立場が高いはずなのにこの衝突を止めることができなかったのだろうか。


 (いいや情報が少ないから考えても仕方がない)

 時雨は割り切る。


 防人として京に向かってくる脅威は取り除くだけだ。東側の陣地にはそこまで多くの人員は配置されていない。


 主に中央からやや西側の場所が激しい戦乱となっていた。

 やぐらに登って状況を見ていた鬼道が降りてきて、状況を伝えてくれる。


「前よりかはまだ相手側が善戦してるみたいだが、流石に破られるとは思えないな…けど、問題は相手側の幹部とイルミューンだ。時雨が前交戦したやつと同じくらいの力量があるとしたら、ひっくり返されなくもないと思う。」


 ちょっと神妙な顔で鬼道は教えてくれた。

 東側の陣地において有力な戦力として置かれている鬼道としては、直に相手にすることになるかもしれないというのが重たかった。


 当然緊張もするだろう。

 時雨はなんとなくその様子を感じ取ったが、どう声をかけたらいいのかがわからなくてただ鬼道の話に頷くしかなかった。


 今日はどんよりとした曇り空が空を覆っている。

 もはや熱風という感じしかしない風が吹いては静かになってを繰り返す。



「っ!敵襲!」

 

 他のものが叫んだ。

 鬼道に変わりやぐらに登っていたものが声を張り上げる。


 ほぼ全方位から怪人が現れた。

 どこからともなく現れたそれらに一同は動揺せざるを得ない。


「!!」

 

 確かに全く隠れる場所がないかと言われればそうではないが、感覚の鋭い京人の五感に引っかからずにこんな至近距離まで近づいていた。


 これがどれほど恐ろしいことだろうか。

 外部の力によって姿を消していたならともかくこれが完全な技量で掻い潜ってきたとなれば相手は只者ではない。


 等級5のやつがごろごろいても何らおかしくはないだろう。

 この場にいる誰もがそれを理解している。


 大混乱が起きた。

 陣形は崩れ一部のものはダウンする。


 鬼道は中に混じっていた明らかに違う風格を放つ上級怪人を相手取る。


「…!!」

 

 時雨は息を呑む。

 目の前にいたのはかつての少年だったから。

 晴斗。


 前と変わらぬ淡い水色の髪。

 少し背が伸びて体格はがっしりしたかもしれない。


 久々に会った。

 そして彼の目を見て再会を喜ぶことはできないことを理解した。


(戦う気だ。)

 まっすぐ彼の瞳は時雨を捕らえている。

 この間とはまた違った目をしていた。

 普段は柔らかい目つきをしているけれどそんな感じではない。かといって憎しみに支配された目でもない。



 雷鎚が走る。

 ゴゴゥと雷鳴のような音を伴って少年は時雨に渾身の蹴りをかました。


「…!」

 

 目を見開く晴斗。


 時雨は間一髪顔の前で少年の足を手で受け止めきってみせる。

 少年の力は前よりもはるかに大きくなった。

 だがそれは時雨も同様である。


(止める…!)

 

 髪色は濡烏色から紫色へ変化し、左目のみ黄金色の光を宿す。


 時雨は掴んだ足を振り回して投げ飛ばす。

 少年は猫のように柔軟な動きで着地し身構える。


 今回も戦わずにはいられないようだ。


 時雨は刀を構える。

 少年もまた拳を構えた。


 そして2人は再び衝突する。


ズバァン!

 

 片や広範囲に及ぶ水の刀での攻撃。

 片や雷撃を伴うシンプルな体術。

 

 雷撃は液状化をもってしても無効化できず時雨へダメージを与えてくる。

 これは前から分かっていたこと。

 水の刀による攻撃もまた回避困難な技であり晴斗に幾度となく攻撃を加える。


 この状況において有利なのは耐久力の高い方。


「くっ…!」

 

 劣勢になるのは時雨。

 純粋な耐久力は高くないことに加え晴斗の耐久力が高すぎることが原因だった。


 前回は時雨が攻撃したのはごくわずかな回数。

 その時に違和感を覚えた感触の正体。

 

 それは晴斗の持つ能力。

 「打撃変換」と「打撃耐性」である。


 打撃変換は自身の受ける攻撃をすべて打撃に変換してしまうというもの。

 斬撃をもってしても斬ることはできない。


 火で攻撃しようが火傷などしない。

 異質かつ厄介な能力に間違いなかった。


 さらに打撃耐性によって打撃に対する耐性を獲得している。

 つまり彼は相手からの攻撃を自分の得意な攻撃形態に変えて受けることができてしまう。


(条件はわからない…だがこれでは酸による攻撃も効くかどうかわからない…!)


 時雨は焦る。


 このままではこちらが負けるのは確実。

 切り札である攻撃もまだ不安定な上に明確に隙ができる。ましてや相手に十分な効力を発揮できるかどうかも分からない。

 切り札は使えないと見た。

 

 時雨は圧力を全開にして急上昇する。


 仕掛けるのは空中戦。

 今まで通り水の刀を展開しながら自身は空にとどまる。


(翻弄できるか…?!)

 

 相手の拳を避けながら刀ですれ違いざまに攻撃する。

 何度か相手を翻弄することに成功したがある程度は慣れてくるらしく時雨に反撃を加えてきた。


ゴンッ!

 

 バランスを崩して時雨は落下する。

 地面に叩きつけられた時雨に晴斗は攻撃を加えようとするが今度は周囲の水によって捕縛される。


「…!」

 

 慌てる晴斗だが簡単には振りほどけない。

 何度かにわたる空中での攻防の最中時雨は攻撃と同時に檻を形成していた。


 幾重にも重なった水の束は簡単には離してくれない。時雨は水による拘束を強める。


 ギチギチと音が鳴る。

 時雨はさらに圧力を加えることで強引に絞め潰す姿勢に入った。


 (申し訳ないけども…!今長期戦にするわけには…!)


 時雨が苦しそうな顔でトドメを刺そうとした時晴斗は強引に振りほどくことに成功する。


「!」

 

 だが圧力も加わった水は圧力の行き場をなくし破裂するようにして晴斗に追撃を加える。


 ふっ飛ばされた晴斗はすぐに飛び起きて、首を鳴らしながら前傾姿勢をとる。


 それなりにダメージがはいるものだと思ったがまだ平気といった様子だ。


 膝の上に手を乗せて少し何かを溜めるようにしていたと思うと今度は髪色が白へと変わり、瞳は緋色へと変化する。

 首筋や腕の血管が燃えるような赤色を浮き出させていく。


(これは…!)

 

 晴斗の強化形態だった。

 ここに来てようやく晴斗は本領を発揮する。


 身を包む衣服の上から白と赤の帯を伴った武装が現れて体を覆った。

 額の部分には炎のような文様が浮かぶ。


 まっすぐ緋色の瞳で時雨を再び見つめていた。

 先程よりも落ち着きのある目だがさらに油断できないという印象を与える目。

 

 時雨は汗をかいた。


 (これは苦戦することになりそうだ)

 

 感が告げている。

 時雨も圧力を再び全開にして攻勢に出た。


 今までにない手加減無しの剣撃。

 あっという間に距離を詰めて胴体に直撃させる。


 (この子は切れないから…!)

 

 遅れて自分に言い聞かせる時雨。

 間違って殺めたらとんでもないことになるだろう。


 だがある意味その思考は傲慢と言えた。

 晴斗は多少吐血するにはするがそれ以外にほとんど応えた様子もなく殴り飛ばしてくる。


 液状化して対処するが、相変わらず雷撃は貫通しする。

 全身を穿つような雷撃に耐えるも、時雨は次の瞬間内側から爆発した。


「〜〜っ!??」

 

 液状化しているために発声はできないが言葉にならない悲鳴が飛び出してくる。

 

 液状化のおかげかそれで即座にバラバラになるとまでは行かなかったが、液状化が終わって大きく咳き込む。

 液状化していなかったら間違いなく爆発四散というものであっただろう。死んでいたと見ても大げさではない。


(今のは…)

 

 時雨は慌てて晴斗に向き直る。

 ぐらりと平衡感覚が失われるのをなんとか手をついて体勢が崩れるのだけは防ぐ。


 これが晴斗の新しい力。


 「緋響」。

 自身の他の能力に適応させることでエネルギーを相手の体内で響かせることができる。

 時雨の液状化でさえ大きなダメージを負わせることができることは間違いなかった。


 先程は雷撃に反映することで時雨にダメージを通し、それを反響させて攻撃してきたのだろう。

 液状化でいなすのではだめだと時雨は考えた。


 ちゃんと回避しなければいけない。


 じり、と相手との間合いを取り相手の様子をうかがう。


 (ヘタに攻撃に出たらやられるのはこちらのほうだ。)


 それに対して晴斗はゆっくりと沈み込んで横っ飛びに跳躍してくる。


 その緩急もあって反応が遅れた。

 気がついたらもう目の前に迫っていてほぼ何もできず正拳をもろに食らう。


 液状化は中途半端。

 液状化していない部分はもはや失われてしまうかもしれない。




 そして、爆ぜた。

 バキャンと激しい音がして砕け散った。



 義手が。

 義手は金属でできている以上伝導率が時雨の体に比べてずっと高い。

 電気は時雨の身体よりも義手に流れそしてはぜたのだ。


 蒼天石でさえほぼ粉々に砕いてしまうような威力。だが義手は辛うじて時雨の身を守ってくれた。


「…!!」

 

 時雨は内心鉄の名を呼んで抱きつきたくなるような思いをしながら反撃に出る。

 まだ攻撃の体勢のままである晴斗へ全力で攻撃を仕掛けた。


 流れるように目にも留まらぬ速さで。

 圧力を全開にして推進力も威力も、速度も上乗せして水流操作による多段攻撃をぶちかました。


 今は片手しかない。


 18連撃。

 それが僅かに3秒にも満たぬ間に繰り出され少年を襲う。


 流石に白い装甲もヒビが入ってめげるような音とともに砕け散った。

 少年も堪らず血を吐きながら額から血を流す。


 渾身の一撃で時雨は両方の刀で体重を乗せた一撃を放つ。

 持つことができない右の刀の刀身を伸ばして左の刀に結びつけて無理やり動かした。

 ゴン!と大きな音を立てて少年を地面に叩きつける。


 「はあ…はあ…!」


 時雨は酸欠気味になって膝を折る。




 確かに攻撃は効いた。

 例え高い耐久力であったとしても全くダメージがはいらなかったわけじゃない。


 だが晴斗は立ち上がってみせた。

 ふらふらとしていたがやがてはっきりと時雨を捉える。


(マジですか…!)

 

 時雨もその視線をびりびりと感じている。

 だがすぐに動ける状態ではない。


 無理にでも体を動かそうとする時雨を少年は蹴飛ばした。


ドオオンッ!!

 

 雷撃が体を焼く。

 まだ本調子ではなかったためか響いてはこない。


「がはっ…!」

 

 しかし液状化もできなかった時雨はふっとばされ大きくせき込んで血を吐く。

 血はやがて色を失って無色透明になる。


 少年は歩み寄って時雨に手を伸ばす。



 しかし鎧のような堅くそして冷たい手が阻んだ。


 バチバチと深い青色のスパークが迸る。

 本能的に晴斗は大きく後ろに下がった。


 

 時雨の右腕はアビスに変化している。

 右目だけがアビスのものに変化する。


 白目が深い青色に、瞳は淡い黄色へ。

 鋭い目つきになった時雨は地面に手をたたきつける。


 すると地面の下には宇宙空間のような暗い空間が顔を見せた。

 その空間から時雨は二丁の双剣を引っ張り出す。


「…勝負だ」

 

 時雨は言い放った。

 暴走はしていない。

 出力は今までよりも高くなっているが制御できている。



 晴斗は身構えた。

 初めて彼が動揺しているように見える。


 おおよそ今まで使っていた小太刀とは異なる剣。

 両刃ではないが青色刀身に黒い柄。


 黄色と緑色の玉が埋め込まれている異質なそれを持って時雨は晴斗に斬りかかる。


「ふっ!!」

 

 アビスの力が溢れ出し時雨の周囲に波を作るように動く。

 剣を振ると同時に青い光の斬撃が飛んだ。


 ズババババッ!

 

 無数の斬撃は逃げ場をなくすほどの弾幕となり晴斗を切り刻む。

 晴斗に無数の斬撃が当たるがそれは斬撃としてではなく衝撃として晴斗へ伝えられる。


 防御力の高さ故数発当たっただけではびくともしなかっただろう。



 だがアビスの攻撃力の高さに晴斗の頑丈な身体も悲鳴上げる。

 衝撃に耐えきれなかった皮膚が破れ血が噴き出した。


 するといきなり動きが鈍くなってその場にへたり込む。

 ぜぇぜえと息を荒くしていたがやがて目眩を起こしてその場に倒れ込んだ。


 (な、なんとかなった…!)

 

 時雨もその場にへたり込む。

 流石に休みを入れなければやっていられない。


 周囲は完全に乱戦。

 油断していれば不意打ちされることになる。


 周囲の様子を確認しながら息を整えるつもりだ。

 すると、周囲で爆音が鳴って時雨は衝撃と風圧でふっとばされた。



「うわっ!?」

 地面を数回転がった後這いつくばりながら爆発がした方向を見る。

 爆発によって巻き上げられた土煙の中で辛うじて鬼道の姿が見えた。


 至る所から血を流し消耗しきった様子。

 鯨包丁を地面に突き刺して自分の体をなんとか支えているようだった。


「…!」

 

 煙の中からぬうっと巨体が現れる。

 カブトムシの怪人。


 それも只者ではなかった。

 幹部に匹敵する火力を持つ鬼道の猛攻を受けただろうにほぼ無傷の外骨格。

 空気が重すぎて呼吸すら拒絶されると思うほどの威圧感。

 

「もう終わりか?」

 

 怪人は確かに鬼道へ語りかけた。


 喋る。知性を持った怪人。

 集会で言及された上級怪人で間違いなかった。


 青ざめる時雨。

 鬼道を助けようにも時雨はまだ動ける状態ではない。

 全快していなければまず何もできずにノックアウトされることは時雨の感が告げていた。


 背筋が凍るような思いで時雨は体力の回復に努める。

 誰か動けないかと時雨は周囲を見渡すが他の人だって怪人との戦いで余裕などない。


「はあ…はあ…まだ…行けるぞ虫野郎」


 鬼道は怪人に対して啖呵を切ってみせる。

 まだ他の奴らに手出しなどさせないという意思だ。


 こいつが他のところへ行けば被害が大きくなる。鬼道は状況を冷静に見ていた。

 しかし鬼道は明らかに余裕があるようには見えない。


「そうか」

 

 短く怪人は返答し、拳を作る。

 真っ黒な剛拳が鬼道を殴り飛ばした。

 

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