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三十六話 激動の刻

 あいも変わらず痛いほどの日差しが町中を照らし続けていた。

 木々もあまりの暑さで音を上げてしまうようで、しょぼくれたように葉っぱが下を向いてしまっている。


 トカゲも日陰や物陰に身を潜めて隠れている。

 しかし元気なものもあり、蝶やらトンボやらは動き回っていた。

 同様にセミも夏本番らしく激しく鳴きかわす。


 「こんな暑い日に依頼とは…まあ行く場所はちょっと涼しいからいいけど」


 額の汗をぬぐって一人の青年が空を見上げる。

 場所は町の中央にある奉行所。

 建物の直ぐ側に掲示板があり、各地から寄せられた依頼が張り出されている。


 その掲示板にあった1枚の紙を手に持って青年は奉行所に入り、受付を済ませてきた。


 狼の耳に、紫色の瞳。灰色の髪は後ろで結わえてある。まつ毛は長い。

 青年こと膳所はやがて1人で御影山へと入っていった。


 京のすぐそばにある御影山は非常に標高が高い。

 そしてある程度標高が高くなると地層や動植物の分布が大きく変わる。

 基本的に上へ行けば行くほど良質なものが採れるようになる魅力があった。

 同時に上へ行けば危険性がさらに高まることとなる。


 この状況を踏まえ、あらかじめ防人の中でもある程度の実績と経験、そして階級がなければ一定以上登ってはいけないと規制されている。


「前に比べて…俺も進歩はできたんだよな…」

 

 膳所は一応標高1500mまでは単独で登っても大丈夫だ。

 今回の依頼で採掘しなきゃいけないのは、蒼天石と鴻黒炭(こうこくたん)である。両方とも下層ではとれず、標高1000mを超えたあたりでしか取ることができない。


 蒼天石はその名の通り暗めの青色をした鉱石である。一番の特徴はその軽さ。

 丈夫な鉱石は普通かなり重いものだが、この鉱石は軽くて丈夫であるというなかなか珍しい特徴を持っている。

 依頼主である一郎は義手を作るときに重すぎたらいけないだろうということでこの鉱石を選ぶようにしていた。


 鴻黒炭は蒼天石の純度を高めるために、同じ溶鉱炉で溶かす物質だ。鴻黒炭は丈夫な鉱石に含まれる他の物質と結合しやすい性質を持っている。


 これにより純度の高い鉱石を抽出できるほか、何かと結合することで多種多様な性質を持つようになるという。


 周囲の気温、湿度、霊力の量、結合する物質の種類とその組み合わせ、比率などの条件により性質が決まるとされているが、条件が少しでも変われば性質も変わってしまうために量産が難しいというものでもある。


 言ってしまえばロマンの塊。



「ふんふんふーん♪」

 

 膳所は持ち前の足で、軽々と山を登って行く。

 ふかふかな腐葉土も岩肌であろうとも関係ない。


 風のように駆ける。

 あまりの速さに周囲の空気が揺らぎ、葉がこすれて音を奏でる。


 昼間の御影山はそこまで危険ではない。

 少なくとも1000mよりも下なら。


 わずか20分もしないうちに標高1000mへ到達する。


「…」

 もう鼻歌をやめてしまった。

 

 膳所はさらに速度を上げる。

 鉱脈がある場所以外はすべて無視してよく採掘に使われる洞窟を目指す。


 なぜならこの付近には「コウセンヤマビル」という危険なヒルが生息しているからである。

 体長は15cm行かないくらいの小柄で、暗い茶色をしていてなかなか見つけられない。

 このヒルは腐葉土や枯葉の裏に潜み、通りかかった動物にかみついて血を吸うのである。


 

 噛まれるときには血液凝固を妨げる効果を持っていていろいろと面倒である。


 標高1000m以上の御影山の脅威としてまず最初に降りかかってくるのだ。

 対処方法は素早く移動すること。


(対処が楽なのが救いかな)


 ヒルはそこまで速く動くこと自体はできない。

 待ち伏せから飛び掛かってくる動作さえ避けてしまえば大丈夫である。


 膳所は素早く周囲を見渡す。

 洞窟が少し近づくにつれて木の数が少なくなり、土の層も少なくなる。

 このあたりは雨による浸食を他の場所よりも大きく受けるようだ。


 山の中の一角にその洞窟はあった。

 入口はそこまで大きくはない。

 複数人で入るには少々狭いくらいだ。


「おっと」

 

 しなやかに洞窟の中に入った膳所は、突如として襲いかかってくるコウモリを回避する。

 洞窟の中に生息するコウモリも危険極まりない相手だが、膳所はそんなことお構い無しで行動できる。


 彼の能力は「潜影」。かつてキリギリス相手に戦ったように一定以上暗い場所であれば潜り、そして瞬時に影の中を移動できるのだ。

 洞窟の中ならどこへでもすぐに移動できるから鉱脈探しもやりやすい上、コウモリへの対処も簡単だ。


「そい」

 

 一度見つかってしまったコウモリは何度も追いかけて攻撃してくるので、さっさと蹴り砕いてしまう。


「あったあった」

 

 洞窟の壁から色の違う突起が顔を出している。

 深い青色。間違いなく蒼天石だ。


 膳所は強靭な足で的確に鉱脈を削る。

 そして塊が出てきたらそれを影の中に収納してしまう。


 重量の指定量を確保すると、もう一度影の中に潜り込んで移動を開始する。

 地熱の影響か、ある程度奥まで進むと空気が熱くなるみたいだ。周りから湯気が出たり、地下水がお湯になって出ていたりする。


 下にマグマ溜りがあるのかもしれない。

 鴻黒炭はこういった地下の熱い場所で形成されるらしとかなんとか。


 だから蒼天石よりも深く進んでからでないと採掘できないのだ。


 すんすんと壁の匂いをかぎ、それ特有の匂いを探る。

 ピクリと耳を動かした膳所は壁に思いっきり蹴りを入れる。

 このあたりの岩盤は硬いため一発で削れるものではない。


 そうでなければ洞窟が崩れて下敷きになってしまうだろう。

 岩盤を数発、威力を調節した蹴りで削っていけばやがて塊が出てくる。


「よしよし、だいたい順調だね」

 

 珍しく上機嫌になった膳所は、影に潜って来た道を引き返した。


 ――――


 膳所が出発してから約数時間。

 その間に一郎は武器の鍛錬をしていた。


 義手を作ったことで有名となったが、通常の鍛冶技術でも彼は進歩していた。

 一本の両手剣の原型を研磨していき、形を作っていく。


 京で主に使われる金属は霊力の影響を受けて非常に尖った性質をしているものが多いため、加工は大変だ。

 大玉の汗を浮かべながらも真剣に研磨しある程度の形が出来上がると、少しずつ手直しを繰り返していく。


 剣の原型は柄もなければ研ぎ具合も不十分だ。それらに関してはそれ専門の技術者に任せることとなっている。

 そうとうな年月を鍛冶に捧げたもの以外は、基本的に武器の製作は分業制である。


 一つの武器を作るにしても6つくらい分業することも特段珍しいことではないのだ。

 一つ一つを極めることは非常に難しく、時間がかかる。

 すべてを一人でやるともなれば修行に百年以上はかかるだろうと言われているし、そもそも効率が悪いのであまり行われることはない。


「これで、いい感じだな」

 

 青年は作り上げた原型を様々な角度から確認してにっと笑う。


 ――――


 膳所は、御影山の麓付近まで既に帰ってきていた。


「…妙だね」

 

 膳所は周囲の異常を感じ取っていた。

 よく御影山の麓で異変感知器代わりとされるリスが一匹も姿を現さない。


 セミは相変わらず鳴いているが、それ以外に驚くほど音がない。

 何年も防人を続けてきた勘があまり良くないことが起こるぞと警鐘を鳴らしている。

 急いで戻ろうかと思ったが、その前に違和感の正体は目の前に姿を現した。


「!」


 怪人。

 怪人の姿はイノシシ。

 といっても異獣の類ではないから2足歩行だ。


 体は怪人と比較しても一回りは大きそうだ。

 大体2.7mくらいだろう。


 イノシシそのものと比べれば小柄かもしれないが、背が高い分威圧感が大きい。

 それに大きさでは測ることのできない実力も当然ある。



 膳所はイノシシを前にして冷や汗を流していた。

 

 (こいつはやばそうだ。)


 既に奴は真正面にいる。

 ずっと何も言わずこちらの様子を観察しているようだった。


 なぜ何もしてこない…?

 膳所は疑問に思いながらそっと後ろに下がろうとする。


 その時だった。

 

「待て。逃げるつもりか?」

 

「っ!?」


 怪人が喋った。

 今までになかった行動。


 少なくとも膳所は経験したことはない。

 だが昔図書館の資料で見たことがある。

 怪人には何らかの拍子におかしな個体が生まれることがあると。


 喋ったり、等級5を遥かに上回る実力を持つらしい。

 そのような怪人を上位怪人という。


 瞬時に頭の中から記憶が呼び起こされた内容に膳所は戦慄する。


 なぜ…今?!

 膳所の頭は真っ白になった。


「そう緊張せんでええよ」

 

 怪人は膳所に声を掛ける。

 困惑する膳所は異変に気がつく。

 自分たちの周りを光の壁が覆い尽くしているのだ。


 まるで周囲と隔絶するようなドーム型の結界…だろうか。

 得体のしれない術に膳所は警戒する。


 (これは…自分を逃げさせないためか…!?)


「そんな緊張すんな。お前の実力が分かんなくなるだろ」


 イノシシの目がぎらりとして膳所のことをみたと思えば、目にも止まらぬ速さで突進してきた。


「ッ!!」


 勢いよく風が揺らぐ。

 反射的に跳躍していなければ猛進する怪人に文字通り轢かれていたことだろう。


 間一髪避けてみせた膳所は地面に片手をついて着地する。


 眼下に相手をとらえ、行動を伺う。

 とんでもない速度だ。


 直線での移動に限れば膳所よりも遥かに速度が出ていたに違いない。


 それにあの巨体だ。当たればただでは済まないだろう。

 イノシシの怪人はぼそりと「避けたか」と呟いて、膳所の方へ向く。


「悪くない」

 

 怪人はにやりと笑い、今度は4足での突進ではなく2足で走ってくる。

 心臓が握りつぶされたような錯覚に陥った。まるで彼の気迫に、物理的な質量があるかのようだ。


 走りながら彼はどこからともなく巨大な斧を取り出した。

 両手で持ち、間合いに入ればものすごい勢いで振り回してくる。


 当たれば真っ二つなくらいだ。

 膳所は必死に避ける。


 森の中ということもあり避けることに専念すれば影に潜って対処できる。

 日なたであったり局所的に影がある程度の場所では簡単にやられてしまっていた。


 膳所は状況を分析し攻勢に出る。

 影に潜り相手が探知できない内に背後へと回る。


 屈強な脚に勢いよく蹴りを見舞う。

 ゴンッという凄まじい音がする。


「ぬうっ!?」

 

 怪人は堪らず声を上げるが、膳所はしかめっ面をする。

 足の太さからしてありえない話ではないが体勢を崩すことができない。


 僅かに体幹をぶらして見せただけ。

 連撃を加える余裕があるとは思えなかった。


「くっそ…!」

 

 再び影に戻る。

 一瞬遅れて膳所がいた場所の地面が吹き飛んだ。


 盛大な音を立てて土が飛び散る。


「なかなか厄介な能力だ」

 

 怪人は周囲を警戒しながらつぶやいた。

 それでいてなんとも楽しそうにしている。

 他方、膳所は影を通して脱走しようとしたものの光の壁に阻まれて強引に弾き出される。


「ぐあっ!?」


 無防備に空中に放り出される体。

 まずいと思っても一切行動などできない。



 そのままやや柔らかい土の上に叩きつけられることとなる。


「…なぜ…今攻撃しなかった…!?」

 

 膳所は少々咳き込みながら怪人へ問いかける。

 怪人からすれば無防備膳所など簡単に一刀両断できたはずだ。

 なのに軽い攻撃どころか一切手を出してこなかったのである。


「…俺は真っ向勝負が好きだ。」


 怪人は静かに答える。

 お前は実力がある。

 そう膳所に言った。


「…?いや。全然だ。俺なんて大したヤツじゃない。」


 膳所は起き上がって悪態をついた。


「俺にはそうは見えない。お前は状況分析も、能力の使い方も優れている」

 

 怪人は理解に苦しむとばかりに首を傾げた。


「遠く及ばないのさ。京で功績を残してる人たちに比べれば」


 膳所はあぐらをかいて下を向く。

 悔しそうだった。

 歯を食いしばっていた。



 怪人はそんな膳所をしばらく黙ったまま見つめていた。

 

「京にはお前でさえ、そう悩むほどの強者がいると?」


 怪人は問う。


「そうだ」

 

 膳所は立ち上がって怪人のことを今一度見る。


 こいつは本当に何を考えているんだ?

 怪人だからといって一括りにできるわけではないらしい。

 そのことくらいは理解できた。


「フフ、そうか。」

 

 怪人はとても嬉しそうにしている。


「…?」


「いいことを聞いた。京には我々がまだ見ぬ強者がいると。」


 まさか。

 京の中にでも攻め込むつもりか?!

 膳所は全身の毛が泡立つような思いがした。


「帰る」

 

 怪人は満足げに笑って踵を返していった。


「…は?」

 

 膳所は素っ頓狂な声を上げるがそれに怪人が反応することはなかった。

 そのまま森の奥の方に姿を消していく。


 ざざ、と周囲の葉が揺れる音ではっと我に返る膳所。

 ちょっとまだ体が震えている。

 落ち着いて深呼吸して、気持ちを落ち着かせたあと依頼されていた鉱石があるかをきちんと確認して、京へ急いで帰っていった。


「なにがなんだかよくはわからない…だが、これは何かの変化…!上の方へ伝達したほうがいい!そんな気がする…!」


 怪人の実力は半端ではなかった。

 相当手を抜いていた。


 膳所は経験から相手の実力がよくわかる方だ。

 その経験が大きな警鐘を鳴らす。


 とんでもない脅威だ。

 あの怪人は幹部とも戦えてしまうかもしれない…!!



 ―――――――― 


「京人に会ってきた」


 怪人は静かに発言する。

 厳かな場所。

 真っ白な壁に、床。


 大きな建物の中、幕が張られたベッドの前で怪人は跪いている。


 周囲には何体かの怪人が控えている。

 そのどれもが強烈な力を秘めていた。



「どうだった?」

 静かに声が響く。


「決して弱いわけではありませんでした。それに、京には今日会った者が悩むほどの強者が揃っているとのことです。」


 怪人は声に応じ、知り得た情報を詳細に話していく。



 幕の向こう側には一人の女性が座っていた。


「…そうね。京は昔から強い子たちがいるものね。」


 ワインに口をつけてつぶやく女性。


「ねぇ、加賀ちゃん。今度の土日、京へ行きましょう。」


 幕の外側にいるのは怪人だけではない。

 財団の幹部が揃っていた。


「…そうですね」

 加賀は単調に返した。


 ずっと後ろで手を組んだまま。

 特段何かいうでもなく、シンプルな肯定で返したのだった。


「ふふふ。楽しみねぇ。」


 幕の後ろにいた女性は立ち上がって、幕を押しのけて皆の面前に出てくる。


 真っ赤な長い髪に瞳。

 ワインを上に掲げて月明かりに照らす。


 ホシだった。まるで美空と会っていた頃とは別人のような風貌。


 前の優しく気弱な彼女ではない。

 その瞳に野望を灯すような、そんな印象を持たせるようであった。

 



 ――――――――――



 ほぼ同時刻。


 京の自邸で寝ていた時雨と美空ははっと目を覚まし、慌てて布団をはねのける。


 起き上がって周囲を確認する。

 何の変哲もない自邸の部屋の中だった。


 何か脅威が迫っているような気がした。

 でも気の所為だったのかな、と思ったがお互いに目が合って気の所為とも思えなくなった。


「時雨ちゃんも…起きちゃった?」

「…うん」


 満月の夜の下一部のものが突如として目を覚ました。さらに上層部は夜遅くにも関わらず会議室に籠もっていた。


 これから一波乱起きる。そんな感じだった。


 時雨と美空の自邸の隣の家では、不気味なほど真っ黒なテッポウユリが夜にも関わらず咲いている。

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