三十五話 京の職人
箸休め回です。
同時に鉄親子のことがわかります。
夏になれば気温は上がり、工房の中となればさらなる灼熱が入る人々を襲う。
その工房の中で一郎は義手の手入れをしていた。
時雨に使用させている義手は京でも例を見ない作品だ。
本人の霊力に反応して活着と作動する代物。
一郎としても会心の出来とも言うべきで、改善の必要があるもののかなりの自信作に違いなかった。
どこかに攻撃を受けてへしゃげていないか、耐久力に問題はないか。内部のからくりが正常に反応するか。
念入りにチェックしてメンテナンスは終了する。
「大事に使ってくれてるんだな」
一人嬉しそうに零す。
「おう、一郎。」
ぬっと工房の入り口から彼のおじいさんこと鉄哲郎が顔を出す。
彼は京の中でも名だたる名匠の一人。
年齢は大体500くらい。
本当に気の遠くなるような鍛錬を積み重ねてきた肉体と技量は半端ではない。
20年も生きていない一郎は祖父がどれだけ努力を積み重ねてきたのか全く想像できない。
「じいちゃん、どうした?」
一郎は祖父に用件を聞く。
この間義手を作ったことで一郎は自信を持てるようになった。
今までの一般の武器や防具ではないけれども確かに優秀な作品を生み出したことに変わりない。
前みたいに肩身狭い思いをすることはあまりなくなった。
周囲からの評判もかなり良くなっている。
京の人々は意外にも新しいものに貪欲で、新技術に対する抵抗感はあまりないらしい。
もともとはある利き腕をけがした剣士のためにと始めたことだったが、ここまで功を奏するとは思いもしなかった。
わずかではあるが義手の注文も入っている。
怪我しないにこしたことはないが、もし片腕を失ってもなんとかできるということは大きな進歩であるだろう。
「おう、鉱んとこ行ってくる。なんか定例会があるんでな」
京の工房仲間同士では定例会が行われている。
切磋琢磨する間柄で、現状どうなっているのかなどを話し合うそうだ。
もちろん技術に関してはその工房や人材の宝に他ならないので秘匿にすることも可能である。
お互いの功績に刺激を受けたり落ち込んでいる時は助け合ったりするとのこと。
他の技術者に対する劣等感が薄れた今一郎を誘おうと思ったが、次の義手の制作に必要な道具や素材が並べられているのを見て、哲郎は一人で行くことにした。
工房に所属する人間ならだれでも参加可能である。
昔鍛冶師デビュー前に一度連れて行ってもらったとき、一郎はあまりの熱量や圧に泣き出してしまったことがある。
鉄工房の跡継ぎという点で子供にはあまりに重すぎる期待がかかってしまったのだ。
その場にいた人たちは後々すんませんと哲郎に謝ったらしいが、一郎がその後定例会への参加を嫌がるようになってからもう10年以上経つ。
哲郎は「もう少し後でも構うまい」と思って工房を後にする。
一郎は目の前の素材を吟味しながら慎重に作業を始めた。
――
「おーう鉱。来たぞ」
街中にある会館のうちの一部屋。
だいたい50人前後に席が準備できるような少し大きめの会議室だ。
会館の2階部分にあるその部屋は201と番号が振られている。
哲郎はかなり来るのが早いのでまだ部屋の中にはそこまで人があふれているわけではない。
部屋の一番奥、真ん中の座席に座っているのが鉱の親方だ。
鉱 与一。
京において4つある強豪派閥の中でもとくに有名な名匠だ。
4つの中でもさらに格差があり、鉄と鉱が2トップ。
事実上のライバルと言えばこの2人であった。
鉱は哲郎に向かってこいこいと手招きをする。
哲郎は彼に招かれるまま彼の隣に座った。
「…一郎、いい感じみたいだな」
出会い頭にいきなり鉱が一郎のことを褒めたので鉄は目を皿にした。
「なんだその顔ぉ。わしだって褒めるときは褒めるさ」
鉱は若干不満そうに抗議する。
鉱は昔から超負けず嫌いの性格である。
鉄以外がこの発言を見ても驚いたことだろう。
そのくらい負けず嫌いで他人を褒めることはしない男なのだ。
「うちの孫はまだ幼いからなぁ…張り合えんな」
「まだ幼すぎるわ。鍛冶始めるにしても体力足らんて」
鉱はつぶやき、それに哲郎はふんと言って返す。
二人の年は500くらいと近い。
別に片方が家庭を持つのが早かったわけではない。
京人は寿命がひどく長いから人間とはライフスパンが全然違う。
子供との年の差が100超えてるなんてことも珍しくない。
当然下振れも上振れもある。
鉱は若干下振れ気味だが決して外れ値というわけではない。
鉱の孫はまだ5つとかで本当に小さな子供だ。
対して一郎はもうすぐ20になるくらい。
「…お前みたいに一代またいでるわけじゃねぇからな」
鉱は返す。
「…そうだな」
鉄は苦笑いする。
ーーーーー
鉄哲郎は未婚である。
完全に独身の人間である。
当然息子も娘もいない。
家族は親と一郎だけ。
祖父母も元気だったならまだ生きていただろうけども、残念ながら病気を患って亡くなった。
一郎と哲郎は血のつながった者同士ではない。
十年ちょっと前くらいだっただろう。
その時は未曽有の大災害が頻発していた頃だ。
京も大きく被害を受けて住む場所を失った者たちも当然いた。
一郎は、ある京のはずれにあった町の孤児だった。
なんとか家族に逃がされて命からがら泣いて歩いていた少年。
背丈も随分小さくて、下手に触れれば壊れてしまいそうな子供。
子供に対してそんなに心得がなかった当時の哲郎は彼を見ていることしかできなかった。
すぐに他の人が介抱してくれたから問題はなかったが、哲郎にとってはそれから数日間ずっと少年のことが気がかりだった。
(なんであいつのことが頭から離れんのだろう)
彼の町は壊滅していて、同時に住人もほとんど死んでいた。
少年の家系は別に武勇に優れているわけでもなかったから、あっけなく殺されていたという。
帰る場所と家族を失った少年に哲郎は何の縁か再び出会うことになった。
半端に曇った日の昼頃だった。
『…どうした坊主。』
少年はじっと工房の外から哲郎の作業を見ていた。
視線を感じて思わず哲郎は声をかけた。
『ずっと見ていたい』
少年は独り言みたいに返した。
目を見るわけではなくただ淡々と哲郎の手元ばかり見ていた。
『こういうの、好きか?』
『うん。やったことはないけど。家の向かいの人がやってた』
少年は哲郎の問いかけに答える。
『…辛いこと思い出させちまったか』
哲郎は下を向く。
作業中だから彼に座して謝ることはできない。
でもすぐに詫びたい気持ちでいっぱいだった。
また子供を泣かすのは嫌だから。
『…辛くなんかないさ』
『…なんで』
『あの町は…なくなっちまった。けど、いい町だった。そんな、僕の街を腫物みたいに言うなよ』
体全体が震えていた。辛くないはずなんてない。
いい町だったからこそなくなってしまったのがつらいはずだ。
『…昔のわしみてぇだ』
思わず哲郎はこぼしてしまってはっと我に返って謝る。作業は一区切りした。
『…おじいちゃんもそうなの?』
少年は初めてまじまじと哲郎の顔を見た。
曇りなき眼だった。純真というのはこういうことを言うのだろう。
そうだ。
哲郎もそうだ。
形は違えど自分の生まれ故郷を失った。
家族に生かされた。
そして一人になった。
周りの大人から変に気を使われて距離を取られていた。
同世代とも付き合いが悪い。
そしてこの少年みたいにまるで辛くないみたいに言い張って周りから気持ち悪がられていた。
(本当に、わしとおんなじだ)
唯一まともに接してくれたのは、水の民であったあいつだけだ。
その後そいつと意気投合したのを覚えている。
もう一人全然考えを読めない不思議なやつがいたけれど。
流石にあいつほど仲が良かったわけじゃない。
多くの時間をあいつと過ごした。
馬が合ったのは性格だけじゃなくて好みの異性も同じ。
同じ女性に惚れて、競い合ったのはとても懐かしい思い出だ。
結局2人とも受け入れてはもらえなかったけども。
それから20年くらいして、あいつは結構早い段階で大成した。
京の重臣となっていろいろな功績を残した。
哲郎はその後そいつとは縁が遠くなって、鍛冶仲間であった鉱とよくつるむようになったのを覚えている。
『…鍛冶に興味があるなら、うちに来い。たくさん教えてやる。』
ふっと意図せずそんな言葉漏れた。
今までほとんど弟子なんて取ったことなかったのに。
自分でもびっくりはしたけれど、でもすぐに納得した。
少年は目を輝かせて、うん!と頷いた。
それからその少年が鉄一家に入るというのは話題になった。
鉄は京最高峰の工房となっていたから、周囲の大人たちははやし立てていた。
3日もしないうちに少年は鉄のもとへやってきた。
名前はそのままに、家名はどうするか何日もしっかり悩んだ末、鉄に合わせることとなった。
体力づくりをして、体が大きくなるとともに腕は上がっていった。
最初の頃細かい作業で苦戦した哲郎とは違って、段違いの手の器用さが売りだった。
最初のころは随分伸びが良かったから周囲も非常に喜んでいた。
同時にそれが後々伸び悩むようになってからは彼にとって重い圧になっていた。
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「…腐らせんなよ」
鉱は言った。
じっと鉄のことを見ていた。
「師範のお前が、ちゃんと見とけよ」
哲郎はあたぼうよと返す。
哲郎からしたら全く放っておくつもりはない。
血が繋がっていなくとも大事な弟子であり、孫だ。
鉱は哲郎の様子を見てふん、とだけ言った。
あたぼうよと言ったあとの哲郎の表情はとても真剣だ。今一度覚悟を決め直したような、そんな目だった。
それを見てふと安心したように鉱は天井を見上げる。
もう長いこと見てきた木の板の天井だ。
それでもいつもよりなんだか照明の光が眩しく見えて、そっと目を細めた。
びゅう、と部屋の中に熱気が入ってくる。
そして大きな声とともにこれから定例会で盛り上がる話をする仲間たちがやってきた。
口々に運動部みたいな元気のいい挨拶をして、それぞれに椅子に座った。
先ほどまでとはまるで異なる音。
「おい哲郎さんや!最近は新素材の相場が上がってて困るぜ!」
「鉱さん、あんたんところの新作、強度はいいが重すぎやしねぇか?」
それぞれの足音が、イスを引いて動かす音が、そしてそれぞれの会話の声が重なり合ってがやがやという音に変わる。
鉱はその光景を見てにやりと笑いとんでもなく賑やかな会が幕を開けた。
それはそれは夏の炎天下にも負けないあついあつい会だった。




