(ミスによる重複した三十四話)
すみません、こちらのミスで同じ内容の話を投稿してしまいました。
こちらは無視していただくことになります。
翌日。
日差しが高い頃だ。
ほぼてっぺんに上った太陽は時雨たちをぎらぎらと照らす。
激しい運動をしていなくても汗が湧き出ては流れていく。
夏らしさが一気に勢いを増してきていることを肌で実感する。
やってきたのは京から少しだけ離れた場所。
人家がいくらかあるけれどかなり山間にある小さな町である。
(桐谷以上に田舎だ…!)
昔は林業で栄えていたようだが最近は人口減少がすさまじいらしい。
町の大半は傾斜で平坦な道は少ない。
林業で栄えた街らしくところどころに重機や切り倒した木材が顔をのぞかせている。
「まだ町の中は無事みたいだね」
播磨がつぶやく。時雨もその言葉にうなずいた。
この町自体にはまだカマキリは降りてきていないらしい。
だがちょうど山で仕事をしていた人が突然姿を消したそうだ。
そしてその原因を京が調査した結果、声を上げる間もなくカマキリに刈り取られて持っていかれたとのこと。
人の味を覚えてしまった怪人や異獣の類はやがて人里に降りて人を食うようになるだろう。
他の動物に比べ明らかに身体能力が低く簡単にえさにできるという点で最も効率よく栄養を摂取できるからだ。
時雨と播磨はこれから被害の出た山道に入り、カマキリを探して撃たなければならない。
二人がこのカマキリの討伐に向かうことになったのにはおそらくはカマキリ相手にもっともやられにくいからだろう。
時雨は液状化により拘束を無視できること、そして播磨は言わずもがな完璧に対応して見せる男である。
時雨と播磨は示し合わせた通りの場所へ向かう。
町から少し外れて山の中に入っていく。
「気を付けてね」
播磨君はよくこちらを気にかけてくれているようだ。
林業のために重機も通れるように舗装されて広めの道が整備されていた。
付近には細い枝、といっても人の身長くらいある木材としては使えない木の部位が転がっていたり、ゆくゆくは切り倒されることになるであろう立派な木がそびえ立っていた。
道が広いおかげでとにかく山の整備されていない部分にさえ入らなければ不意打ちの可能性はかなり低いと見える。
時雨は周囲を確認しながらだいたいのことを把握した。播磨も同じく状況を把握しているようだ。
「…進もう」
事故が起こったのはもう少し先の方の道なのでこのまま進んでいく。
カマキリは縄張りの範囲は狭いとされており、異獣となってもその習性は変わらないらしい。
事故があった周囲にならまずもってそこに存在するだろう。
(道の様子が変わった…!)
進んでいくと次第に舗装されていた道路ががたがたになっていたり、枝が転がりっぱなしになって荒れた様子を見て取れる。
すぐに作業していた人たちは撤退することになり後片付けをするまもなく追い出されてしまったのだろう。
そう考えると随分不気味な山であると感じた。
カマキリはまだ姿を現さない。
時雨は冷や汗をかいて播磨の方を見ると、瞳孔が開き荒い息で座り込んでいた。
「?!大丈ー」
急に様子が変わったので時雨が心配して駆け寄ろうとするが、「寄るな!」という荒々しい叫び声に足を止める。
そして刹那、ほとんど気が付かないほどの速度と隠密性を秘めた鎌が播磨に襲いかかる。
「っっ!!」
身を捩ってなんとか躱した播磨。
震えながらも播磨は警戒を続ける。
鎌の色は茶色。おそらくは木の幹に擬態する色となっているのだろう。
見たところ人の背よりもはるかに大きな体格を持っているため、葉っぱと枝に擬態するのではサイズが合わないと見た。
(どこへ行った…!?)
まるで忍者のように気配も姿もくらましてしまったカマキリ。
だが同時にどこかから狙われているような気がして、時雨の背筋が凍るように冷たくなる。
播磨は息を整えて構える。
流石にカマキリの異獣を相手にするのは緊張するに違いない。
一度掴まれればほぼ脱出は不可能なはずだ。時雨は液状化があるから強引になんとかできてしまうだけで、播磨からすれば脅威そのものである。
播磨と時雨ではこういう相手をする場合の緊張感が違うだろう。
ここは自分が積極的に戦わなくてはなるまい、と時雨は刀身を限界まで引き延ばす。
(周囲を探る!)
ところどころ周囲の木に引っ掛けながら網状に伸ばしていく。
水流操作を受けた時雨の愛刀は周囲の変化を察知する結界となる。
カマキリのガタイは大きいので、少し動けば空気が揺らぎ、その揺らぎが刀身を伝わって時雨に状況を伝えてくれる。
後ろ。
「あぶなっっ!」
時雨は即座に液状化してカマキリの攻撃を躱す。
結界を張っていてなお背後をとられた。
「でもっ!」
時雨はそんなことはおかまいなしに攻撃に転ずる。
圧力を利用してほぼ最速の攻撃を繰り出す。
刀身が急速に刀の形に戻りカマキリに襲い掛かかった。
だが即座にカマキリは姿を消した。
「うそ!?」
瞠目する時雨。
カマキリは時雨が攻撃に転ずるや否や、目にもとまらぬ速さで跳躍する。
そして足を周囲の木の枝を蹴りすぐに襲い掛かってくる。
あまりに予想外の攻撃。
時雨も液状化する暇さえなく屠られる。
はずだった。
思わず目を閉じた時雨がおそるおそる目を開くと、播磨に抱きかかえられていた。
「播磨君…!」
カマキリの攻撃を読み切ったのだろう。
播磨は時雨を抱えて瞬時に退避した。
カマキリの複眼はなんとなく驚いているように見えた。
ほとんどの相手ならほぼ確実に勝負を決められたほどの初見殺しの技。
だが播磨は対処しきって見せた。
播磨は即座に道具を取り出す。
「まずは…!」
まずは閃光弾。
眩い光とともにカマキリの視界を閉ざす。
そして小規模の爆弾。
ドパパパパパパン!!!
山に火が付いたら大惨事になりかねないからか、爆発の規模は小さい。
だが数発の手投げ爆弾によりカマキリの体は確実に焼かれる。
『ッ!!』
即座に身を引こうとするカマキリ。
足で跳躍しようとして踏ん張ったほんの一瞬を突いて播磨が特殊なロープで捕縛する。
「っし!」
カマキリの足は比較的細いためバランスを崩しやすい。
体勢を崩して横になったカマキリに立て続けに爆弾を投げつける。
ドドドドド…
カマキリの体はそこまで堅い表皮を持っているわけではない。
小規模の爆弾でも十分に戦える。
攻撃一辺倒の体のつくりの弱点を突く形で見事に形勢を逆転させて見せた播磨。
時雨は彼の姿を見てすごいという言葉しか出てこなかった。
(僕も…!)
時雨も負けじと攻撃に加勢する。
恐らくカマキリが体勢を立て直したらまた次攻撃に出てくるまであちらのターンとなってしまうだろう。
あの攻防を繰り返すのは流石にしんどい。
「はああッ!」
時雨は圧力を全開にしてものすごい速さで攻撃を加えていく。
空気が揺れるほどの速さ。激しく空を切る音が響き、確実にカマキリの体を削っていく。
カマキリは体を起こすと同時に時雨にカマを振りかざすが時雨は液状化ですり抜ける。
そしてそのまま顔面まで移動し、渾身の一撃を加える。
「ふっ!」
圧力により厚く煮えたぎる体から出る力は普段よりもはるかに強い。
3連撃で顔面に攻撃を叩き込み、カマキリの後ろかつ上へ素早く移動する。
移動する間にカマキリの首を伸びた刀身で引っ掛けて引っ張った。
カマキリの上体が強引に浮き上がり踏ん張りがきかなくなる。
「はあああああっ!!」
時雨は今度は圧力を下方向にかけて急降下する。
位置エネルギーまで上乗せした攻撃がカマキリの長い首にヒットする。
ズバァン!という激しい音が響いてカマキリは倒れ伏して動かなくなった。
辺りは静かだった。
カマキリがいたころも静寂に包まれていて今もまた静寂が二人の周囲を覆う。
ただひとつ脅威を倒したことで同じ静寂でも感じ方が全然違う。
少し無茶な動きを繰り返した時雨は激しく呼吸を繰り返す。
時雨は下へ伝う汗を腕でふき取る。
播磨はただ黙ってカマキリをかるたに吸収させる。
時雨が酸欠で動けなくなっている間に周囲の上体を確認して追加の脅威がないかどうかを明らかにしてきた。
「…時雨。君はすごいね」
歩いてきた播磨が時雨に声をかける。
時雨はそんなこと言われるなんて全然思っていなかったから驚いて顔を上げる。
「そんな…僕は全然だ」
時雨はまた顔を下げて答える。
流れ落ちる汗が水玉模様をアスファルトの上に形作っていた。
播磨は黙って時雨のことを見ていた。
その後はしばらく少しきゅっと唇をかみしめていて、歩いて帰る途中で少しだけまた話をしてくれた。
「君が強引に攻めてくれたおかげで戦況が悪くなる前に倒せた。僕ではあんなことできないから。」
帰りはバスだった。
別に京のバスではなく人間の町で営まれているバスである。
人口減少の影響なのか随分と客が少ない。
ほんの1、2席はおじぃちゃんおばぁちゃんが座っているけれどほかの座席は椅子の青色ばかりが目立っている。
時雨と播磨はだいたい中ごろの座席に二人で腰掛けた。
窓際は播磨で通路側は時雨。
当然すぐ近くの座席には誰もいない。
流れていく山の景色を播磨はずっと頬杖をついて眺め続けていた。
時折トンネルに入って車内の様子が窓に映る。
そのたび播磨は眉をひそめていた。
「…」
時雨は播磨にどう接していいのかわからなくなった。
今回播磨だってほぼ完ぺきな立ち回りもしていた。
なぜここまでこの人は自己肯定感が低いのだろうと改めて感じる。
本当なら播磨に聞きたいところだ。
なんでそんなに自信なさげなのかって。
ただそれはなんとなく触れちゃいけないもののような気がして聞けなかった。
播磨の言葉を聞いてなんとか相槌を返すくらいしかできなくて。
会話はぎこちなくなり、播磨がしゃべらなくなればたちまち沈黙が二人を包んだ。
――――
その夜時雨は寝付けなかった。
布団の中で頻繁に寝返りを打つ。
目はずっとさえていた。
昼間のことが気になるのももちろんだ。
ただ一番気にかかるのは両親の話だった。
おじいちゃんから聞いた話。
父親は術を得意とする水の民にしてはとても珍しくほとんど術が使えなかった。
ただ不幸中の幸いと言うべきか身体能力には恵まれていて剣を持って戦う前衛だったそうだ。
徐々に頭角を現し始めると水の民の中でも人目置かれる人材になったという。
体力もあり仕事はこなすし、戦うことになれば飛び切りの活躍をしていたそうだ。
おじいちゃんは「わしに病気がなければ術も使えただろうに」と申し訳なさそうにしていた。
お父さんがそれについてどう考えていたのかは、全然わからない。
ただそれはおじいちゃんが謝ることなのだろうか。
母親は生まれつき特殊な体質だったらしい。
体を構成する水は「罔象女」というそうだ。
粘り気が強く同時に強大なエネルギーを宿すらしい。
その水を使った術の規模や威力は尋常ではなく、島一つくらい沈めてしまうような威力だったという。
二人のことはいくらか分かった。
そして一つの不安が生まれる。
(そんなにすごい両親なのに、自分はどうしてそうじゃないの?)
時雨は無意識のうちにずっとずっとそれについて悩み続けた。
本当に自分は二人の子供なのか?
何か理由がある?
理由を考えればいくらか関係していそうなことがある。
かつて自分が2つに分かれたこと。
冬樹の言う通りそんなことはそうそう起こらない。
京の文献を調べてみたが、あくまで神話の話に出てきたくらいで信憑性は低いし、別に自分に関連するようなものではなかったと思う。
(一体過去の自分に何があったのだろう。)
そしておじいちゃんは両親のことを話すのはためらっていたみたいだった。
大体は話してくれたのだろうけど、まだ話さなかったこともあるはずだ。
それに両親の話以外にも言いかけてすごい思い詰めた顔をして黙ってしまったこともあった。
問いただしても何でもないよとばかり言って話してくれない。
彼の泣きそうな顔が、ずっと頭から離れない。
経験値の低い時雨でも明らかにわかる嘘だった。
ただ時雨はそんな事象を聞く勇気がなかった。
自分のことで手いっぱいだし、自分がなんとかできるとも思わなかったから。
(自分は未熟だ。)
精神的にも肉体的にも、そして防人としても。
そんなふうに考えるほど目は冴えて疲れていようと寝付けやしない。
かといって考えないとどうしようもない不安がこみあげてくるのだ。
時雨はずっと迷路みたいな天井の木の模様をじっとにらみつけるようにしていた。




