三話 始まりの試練
ここに来てようやくド派手なバトルシーンが出てきます。お待たせいたしました!
怪人には等級が存在する。
1から5まで存在し、数字が大きくなるほど強力な怪人だ。
厳密にはもう少し上の存在を示すものもあるが、めったに現れないためあまり言われることはない。
アリの怪人を倒してからというのも3日ほど前のことだった。
京の中に現れた怪人を討伐するべく、時雨と美空が派遣された。
この間の蟻の怪人は等級1。今回相手にすることになる怪人は等級3。
時雨と美空にとって初めての等級3。
二人の顔には緊張の色が見えていた。
「大丈夫…大丈夫…」
時雨は走りながら小さくつぶやく。
遠くからビリビリと空気の振動が伝わってくる。
まだ離れているはずなのに、とんでもない威圧感だ。
今回出現したのはキリギリス型の怪人。警戒すべきは跳躍力と大顎だろうか。
しばらく瓦葺の屋根伝いに目的地へ急ぐうちに、街のはずれにある神社の敷地内に怪人が見える。
先に到着して交戦していたのは2人。
「ふっ!」
一人は炎系能力の巨大な包丁使い、鬼道。
その名のとおり鬼のような角が右側の額に生えた力強い熱血男。
その髪色は黒色。少しはだけた作業着のような簡素な服の隙間から鍛え上げられた筋肉が見える。
彼の持つ包丁は、鯨包丁を彷彿させるような大きさだ。
もう一人は狼の男、膳所。灰色の長髪からピンと立つ狼の耳が特徴的だ。
普段の切れ長で、それでいて優しそうな紫紺の目は今は真剣さを宿している。
こちらも比較的軽装。武器はまさしく己の拳。格闘を主体とした、影を使う能力者。
相手の影に潜り込んで回避しつつ、周辺の木や鬼道の影に移動して連携をかけている。
変則的な動きは怪人を惑わせ、自由な攻撃を許さない。
「…すごい」
二人とも時雨たちから見てから見て先輩にあたる人物であり、実力も高い。
二人で連携攻撃をしているため優勢に見えるが、実際のところ彼らの動きにあまり余裕はない。
というよりも慎重に立ち回っているというべきか。
仮に相手の攻撃次第で連携が崩されてしまえば一対一に持っていかれるからだろう。
等級3の怪人は基礎能力は京人よりも高い。
それだけでなく昆虫型である分腕が多く手数でも劣る。
顎で噛まれたら大けがをしかねないことに加え、場合によってはそれ以上の重傷を負う危険性も高い。
相手の特性上一対一に持ち込まれるという展開は最悪である。二人ともそのことを熟知しているのだ。
「美空は遠距離から攻撃を!時雨は前衛に加わってくれ!」
こちらに気づいたらしく、攻撃の合間に鬼道が叫ぶ。
その指示が出るとほぼ同時に各自戦闘体勢に入る。
時雨と美空は瞬時に襲を起動し、戦闘用の武装に身を包む。
京人は、普段武器や防具などの戦闘に必要なものは襲という収納空間を持つ道具に収納する。
霊力さえあれば瞬時に戦闘用武具を装着することが可能であり、重装甲であればあるほど恩恵は大きくなるようだ。
ただし、襲は重さと体積を軽減するだけなので装備が重ければ当然襲も重くなる。
襲は人それぞれ形や作動方法が異なるが、たいてい瞬時に起動できるよう設計されている。
腕時計型や髪飾り式など、それぞれの好みに合わせて京の職人に依頼することができるため、その姿は実に多様。
持っている刀「水妖」を操って鞭のようにしならせつつ接近して、間合いに入ればキリギリス怪人を叩いて物理的に気を散らす。
(硬い…!)
打ち込まれた水の刃は衝撃を逃がすように形を変え、あえなく硬い外骨格の上で飛沫となって散った。
堅牢な外骨格が攻撃をタダでは通してはくれない。
それでも関係ない。今は一人じゃない.。
鬼道と並んだ時雨は自分の背丈よりも高く威圧感のある怪人の前に立つ。
軽く2Mを超えるだろう屈強な体は、小柄な時雨を威圧感だけで押しつぶしてしまいそうだ。
湧き出てくる恐怖心を押さえつつも、刀を振るって攻撃態勢に入る。
「はっ!!」
相手よりも低く。
大きさで他の「京人」にすら劣る時雨は大きく見積もっても1.6Mに届かない。
小柄で非力な時雨が自分の得意で戦うべく訓練で身に着けた方法。
相手が大きければ大きいほど有利に働くように、自分がさらに低い位置で行動する。
基礎は絶対に欠かさない。
自分が持つものを最大限利用する。
――
時雨は自分が周りほど武勇に優れる人間でないことを理解していた。
基礎能力も軒並み低い上に、その上僅かに突出している霊力量をうまく利用できるほど操作に熟達しているわけでもない。
戦いの才能に恵まれているわけでもない。
武器や戦闘スタイルは扱えるものが多いようだが、その分何を使っても他の一流には届かない。
経験と時間が足りていないとはいえ、何をやっても二流以下。
いわば、伸び悩む器用貧乏。
それが訓練を始めたころに突き付けられた自分の実態だった。
器用貧乏なりに他にもできることがないわけではなかった。
工作や事務仕事なども選択肢はあったが、結局どれも優れているとは言えない状態だった。
本人に自覚はないのだろうが、戦いに身を置くようにしたのは美空のそばにいようとしたからだろう。
彼女の存在は時雨にとって安心材料となっている。
部分的にとはいえ時雨はまだ庇護を求める子供のような幼さを持っていた。
――
戦況が変わる。
上空の風が強いせいか、さっきまで晴れ渡っていた空は少しずつ雲の割合が増してきている。
もこもことした大きな雲がせかせかと流れてきた。
日陰の増加と時雨が前衛に加わったことによって膳所の影移動が楽になり、連携が取りやすくなった。
(かなり動きやすくなった!)
鬼道はにやりと笑う。
ドドンッ!!
複数の光線が怪人に炸裂する。
前衛3人に加え、家屋の屋根の上から放たれる美空の遠距離攻撃は自在に曲がるビームは回り込んで相手の不意を突いたり、体勢を崩したりする。
この攻撃が前衛に有利な状況を作り出していた。
『ッ!!』
しかし、等級3の怪人はそう簡単には倒れない。
連続攻撃を煩わしく思ったのか、今までのダメージを感じさせないような軽やかな動きで近くの大きな木の上に退避した。
樹皮がゴツゴツとしていて体躯が大きくなった怪人でも簡単に止まることができるようだ。
神社の建築の屋根よりも高い場所で葉を展開する巨木の太い幹に止まる怪人は、瞬時に周囲を確認する。
そして戦況を把握した。
彼の読み通り前衛のうち対応距離が長い時雨の刀を伸ばしても高い木の上には十分に届かない。
やや傾きつつある太陽が流れてきた雲に遮られ、地面の明るい色を反射させていた砂地が眩さを失う。
そして同時に怪人は跳躍する。
轟音と共に砲弾となった怪人は最も煩わしかった美空に狙いをつけた。
刹那、重々しい音を立てて怪人の剛腕が少女の腹を捕らえた。
軽く数十メートルあった距離を一瞬で埋めた怪人の身体能力に驚く間もなく、激しく鈍い痛みが美空の全身に駆け巡る。
「がっ…?!」
悶絶する美空に余裕を与えない。
怪人のギザギザとして黒光りする凶器のような顎が細い首筋へ迫る。
さらに厚い雲が空を覆う。
ゴスンッ!!
直後、無警戒だった怪人の横腹へ膳所の体重を乗せた蹴りが撃ち込まれる。
この瞬間、空を覆う雲は辺り一面を日陰にしていた。
それは同時に膳所が潜れる範囲の拡大を意味する。
今、日陰は膳所の庭だ。
不意打ちの蹴りに対応できなかった怪人は思わず美空を手放す。
膳所はその隙を逃さず、美空を抱えて影に潜る。
目標に手を出せなくなったと理解した怪人は、苛立たし気に追ってくる鬼道と時雨を見据えた。
ドンッ!
それは跳躍の音だった。
鬼道と時雨は回避すべく横に飛びのく。
轟音だった。
1拍遅れて大砲の弾と見紛うほどの高威力で剛腕を地面にたたきつけて大きなクレーターを作った怪人。
続けざまに衝撃生じた空気の圧によって体勢が崩れていた時雨に狙いをつけた。
食らえばただでは済まないのは時雨も十分すぎるほどに分かっている。
だが体勢を崩していること以上に、本能的な恐怖心が体を固まることで攻撃を避けられないのが明白だった。
怪人に攻撃を許さないのは鬼道。
ザンッという豪快な音を立てて怪人の腕の一本を斬り飛ばす。
重心が狂った怪人へさらに光線が打ち込まれていく。
近くに立っている橘の木の下から、まだ痛むらしい腹を抑えながらも援護を続ける美空の姿があった。
時雨がそれを見るのと同時に膳所が割り込んでくる。
そしてすれ違いざまに「下がれ」と伝言を残していく膳所。
時雨はその言葉に少し遅れて弾かれたように従う。
もう太陽が顔を出している中、完全に自分が足を引っ張っていると悟った時雨の頬に雫が伝う。
その後ろで怪人と戦う二人は状況が思わしくないことを重々分かっていた。
既に辺り一面の地面は眩しさを取り戻している。
こちらの連携が取りづらくなっているのは目に見えていることは、怪人含め全員が把握している。
怪人にとって自分の影にさえ気を付けてしまえば,厄介な不意打ちはない。
明確な不利対面。
しかし、鬼道は不敵に笑う。
「膳所!奴を3秒でいい!足止めしてくれ!」
「!君の考えは分かった.タイミングは任せる!」
二人の仲は長い。
少年時代から良く連れ添ったことによる相互理解は、言葉を介さない意思疎通を可能としていた。
鬼道は遠距離で包丁を構え、力を溜める。次第に紅く煮えたぎるように刀身が変化していく。
警戒した怪人はすぐさま飛び退いて距離を取った。
膳所は怪人の着地の瞬間を逃さず怪人の足元の影を沼へと変化させる。
こうなった以上キリギリス由来の強靭な脚力をもってしても抜け出すことは容易ではない。
『ッ!!?』
焦る怪人が藻掻けどその場を離れることはできず断罪の時は満ちる。
鬼道が足取りを変え、振り切る姿勢に変わる。
「行くぞッ!」
それを確認するや否や膳所自身は影に潜り込んで退避する。
そして紅い残像を残しながら振りぬかれた包丁から、高熱を帯びた紅い斬撃が飛び出して怪人を両断した。
ドオオオンッ!
大地を震わせるような大きな砂煙と轟音、そして風が巻き起こる。
緊張を解かない面々の前で、遅れて砂埃が晴れ怪人の体が崩れ落ちるのが見えた。
安全を確認した膳所は怪人にかるたを乗せ、かるたの中に吸収する。
近づいてきた鬼道と、膳所は拳を合わせる。
と、突如思い出したように慌ててこちらへ駆け寄ってくる二人。
「大丈夫だったかお前らっ!? ってうおっ!!?」
鬼道は駆け寄ってきて、もう大丈夫そうな美空の横で盛大にべそかく時雨にぎょっとする。
すぐに懐からハンカチを出して時雨に渡すと同時に、ジトッとした目で膳所を見る。
膳所は冷や汗を流しながら意図せず戦力外通告っぽくなったことに謝罪した。
(そういえばこの子泣き虫だった…)
膳所は苦い顔をする。
正直なところ時雨がデリケートすぎるところが大きすぎるだけだ。
正直なところ等級3の怪人は新人を派遣するには高すぎる壁である。
怪人との闘いの最中に細かい説明できる余裕があるなんてことは相当な実力者でなければ難しいだろう。
下手すれば殉職者もでかねないために、ある程度高い怪人を相手にする場合には実力に余裕のある上級者を同行させる制度になっていた。
これは下位の者に試練を、上位の者に下位の人員の指揮などをする練習させる意図が含まれている。
京で長年探求されてきた、殉職者を減らしつつ成長の機会を促す方策の一つだった。
時雨と美空が出動するよう言われたことが確かと分かる文も確認して、また「首領」のサディステックな部分が出たのだなとため息をつく先輩二人。
(あの人ねぇ…)
京の統括を行う「首領陛下」は、今は滅びたがかつて栄光を極めた狐の一族の生き残りだ。
陛下はストイックということで有名である。なにかと人員の実力を上昇させるべく試練ともいうべき格上と意図的に当てなさることが多かった。
とはいっても今回のように保険として実力に余裕がある人員も同時に派遣するなどして、ただできなければ死ぬ、なんていう事態は起こすまいとされている。
――――――
その後は医務室に美空を送り、ネチネチと首領のやり方に文句を言う医務室担当の者に愚痴を聞かされた。
「はい、確かに受け取りました。」
奉行所にかるたを届けると、いつも通り職員が対応してくれた。
かるたには取り込んだ怪人と関連した何かの力が内包されており、それらは京の中のからくりや鉄道などの動力として活用される。
(あいつ…大丈夫かな…)
要件を済ませたはいいものの、鬼道は時雨の事が気になって仕方がなかった。
奉行所の玄関をくぐり、 日が暮れて西側以外すっかり夜模様になった空の下に出た。
ひゅうっ!
まだ夜は肌寒い。周囲の木をゆらす風は鬼道に薄着のまま出てきたことを若干後悔させる。
やや黄色味を帯びた提灯のような形をした街灯に照らされた、家々の間にある細い通路。
京には数多のこんな小道が存在する。
その中のいくつかを通って、鬼道は時雨の家に行くことにした。
時雨の家まで大した距離はなかった。
鬼道の耳にも段々と近づくにつれてある音が聞こえ始める。
ブンッ… ブンッ… ヒュンッ…
素振りの音だ。
広めにとられた庭の一角で時雨が鍛錬しているのが見える。
鬼道は、その姿を見て杞憂だったかなと思い直す。
たしかに時雨はうまく動けなかったことが原因でヘコみこそしたが、折れはしなかった。
目の下が赤く腫れているのが不釣り合いなくらいに真剣に、時雨は舞うように小太刀を振るっている。
きらり、と一際明るい青い星が夜空で輝いた。




