二十八話 束の間の団らん
其の日の深夜くらいだった。
前日と同様に咳き込むホシと彼女を看病する執事の姿があった。
一通り咳き込んだあと、水を飲んでホシは話し始める。
明日は雨が降るらしい。
「ねぇ、遵、今日美空が私のこと聞いてくれたのよ。」
「おや、そうだったのですか。それはとても嬉しいでしょう。」
丁寧に接しているが執事の顔は相変わらず真っ青なままだ。
「ええ。でも…まだお母さんと呼んでくれてはないわ。…それもそうよね。ずっと今まで一緒にいてあげられなかったんですもの」
ホシは少し自虐気味に嘆いた。紅い瞳が揺れる。
他の部屋に比べれば少々無機質な保健室の床をずっと眺めていた。
なんだかそうしていないと、我慢できなくなる気がした。
白い床をベースに十字に黒く細い線がずっと交わっては伸びてを繰り返している。
「それは確かに悲しいですね…でもあなたもずっと余裕がなかった。そばにおいておけなかった。そうでしょう。」
執事はそっとフォローする。執事の顔もなんだか悲しそうな目だった。
近くでその様子を見てきたからだろうか。
「ええ…そしてまた近い内に会えなくなるわね…」
「そうですね」
執事の手に思わず力が入りそうになって、慌てず止める。
きっとこの人には見透かされているのだろうけどもと執事は内心思った。
「明日、姫様にも話しておきましょう。あなたの…これからのこと。」
「ええ」
執事の話にホシは頷く。
一見満月にしか見えないほんの少しだけ欠けた月が、夜空を横断していった。
――――
再び慣れぬ天井が美空を出迎えた。
2回夜を明かした部屋。
美空は部屋の中でぼうっとしている。
時々星の子としての力を試してみて、度々考えながら部屋の中をうろうろしていた。
(よく整備されてる…)
まるでホテルのワンルームのように整備されている。
備え付けのテレビがあるし、トイレもあるし、風呂もある。
なんだかんだ風呂とトイレは分けられている。
もしかしたらこの部屋は普段ホテルとして使われているのかもしれないと、美空は思った。
特別眺めも良くなければほとんどコンクリートの壁が迫ってくるような窓の景色は、朝の時間帯しか部屋に日が差し込んでは来ない。
今日はぽつりぽつりと静かに雨が降っているからどちらにせよ全然お日様は見えない。
「なんだこれ」
壁には小さな絵が飾ってあった。
なにかの宗教画だろうか。
夕方の曇り空を背景に、光を放つ中心の人物に人々が集まっているような形の絵。
真ん中の人は髪が真っ赤だから、もしかすると真ん中の人はホシなのかもしれないと美空は思った。
神様なのか…?と不思議な感覚に陥る。
ありえない話ではないのかもしれないと思い直しながら、美空は絵から離れてもう一度部屋の中を見渡した。
自分の良く知る和風建築とはずいぶんと変わった部屋だと美空は思った。
ホシと似たような白い薄手のワンピースを着る。
この手の服は感覚的になれるまでだいぶかかった。
ホシとおそろいであるこの服を平然と寝巻にしていたが、これ実は普段着なのではと勘繰った美空は少々頭を悩ませる。
「洋服について後で勉強しておこう…」
――――
コンコン、と部屋の扉を叩く音がする。
はあい、と美空は返事をして扉を開ける。
ドアの向こう側にはこの間の青年が立っていた。
「やぁ、美空。おはよウ。」
「おはよう」
「ちょっと模擬戦しなイ?もう少し練習しとこウ。あ、やっぱりその服寝巻に使っちゃったタ?」
青年が提案すると同時に美空の格好を見てくすりと笑う。
やっぱりって、そっか…と美空は苦い顔をした。
その後美空は少し考えて、鍛錬に同意する。
そもそも自分はここに修行しに来たんだった。
癖の強い人に圧倒されてるせいで忘れていた可能性があったことに絶望しかける。
これで相手が悪い人だったらどうするんだ…
ひとまず着替えるから、と青年に声をかけて一旦扉を閉める。
なんなく召喚物を使いいつも通りの服を再現する。
(やっぱりこっちのほうがいい)
青年に連れられて建物の中を移動する。
執事は廊下で部屋の掃除をしていた。
流石に広いとはいえこの建物の中で模擬戦するわけにはいかないので、執事に聞いてやってもいいところを教えてもらった。
財団が持っているサブアリーナを貸してもらえるそうだ。
徒歩3分もかからぬくらい近いところにそれはあった。
(でっか)
それが建物を目の前にした第一の感想。
この間一悶着あった財団とホシはつながっているらしい。
どのような関係かは全然つかめないけれども、やっぱり警戒しといたほうがいいのかなと思い直す。
わざわざ紹介してくれたことを不審に思ったが、貸し切りなので他の人は全然いない。
それは室内に入っても同じだった。
周りの人の様子を探ることもできない。
実はこれが罠だったり…
「財団って聞いたから警戒してル?」
最初とよく似た感じで明らかに警戒している様子の美空を見かねて青年が声をかける。
青年はちょっと飄々としていて掴みづらい。
「当然よ」
不信感をつのらせている原因は剣に被害を出した謎の銃弾のことだ。
あれはこの間の調査で財団と関係があることまでつかめた。
何を予定としてあんなものを作っているのか知らないが、多分いい方向には転ばないだろう。
「そうだねェ…下の子が完全に下手やったから当然と言えば当然カ。でも今君に手を出すやつはいないヨ。罠とかそんなのもなイ。ここのアリーナはトップ層しか来れないかラ。トップ層はみんなホシ様のことを信奉してるし、娘さんに手を出すなんてしないサ」
「…本当に?」
美空は探りを入れる。
ジト目で青年を見つめた。
「本当ダ」
青年は堂々と答える。
美空はその様子を見て、少なくとも怪しい感じではないかと考えて一旦保留にする。
そもそもこの人が相手だと腹の探り合いで負ける気がした。
「じゃあ、模擬線よろしく」
美空は構えの姿勢をとる。
そして白い髪に変化して、触手を3本出現させる。
もうすっかり星の子の力は馴染んだ。
美空の様子を見て青年は少し笑って同様に構えのポーズをとる。
久々に両者が拳を交えた。
ーーーーーー
サブアリーナは大きい施設だ。
それこそバスケットボールのコートが8個は入り切るほどの大きさを誇る。
そんな巨大なアリーナの中で振動が、空気の圧が、音を奏でる。
ドドン!
外からでもゴゴゥと音が聞こえるほどだった。
以前よりも強めにかけた身体強化による青年の蹴りは凄まじい威力だ。
まるで押し出された空気まで武器になるほどである。
(なんて頑丈に作られた施設なの!?このくらいの戦いをする人が何人もいるってこと?!)
美空は戦いながらも驚愕する。
「わっ!?」
美空は見えない風の攻撃に苦戦する。
美空は戦ううちに青年が今までほんのわずかな力しか出していなかったことを痛感する。
(想定以上に手加減されてた!!)
大幅にパワーアップした今の美空に全く劣ることもなく、その実力を見せつけられている。
しかも本人の表情を見るに、まだ随分と余裕があるように思えた。
(しかも今回も手加減してる…)
一体この男はどれほどの実力者なのかと美空は少し身震いした。
触手から光のリングを放って、空中で円盤状に回転して青年を襲いかからせる。
「ふッ!」
青年は美空の攻撃に臆することなく前へ出て横から円盤を蹴り砕く。
多少の反動は当然足に来るが、そんのものお構い無しに行動できるほど青年は頑丈だった。
身体強化は防御力も対象にするのだろう。
「はあっ!」
接近された美空は肉弾戦に応じる。
前に青年に敗れてから多少は磨いたので善戦はできるが、攻撃が確実に通るわけではない。
そもそも日が浅いので青年の格闘術に正面きって打ち勝つのはほとんど無理に近い。
だからこそ相手の攻撃をさばくことにのみ集中し、隙ができたら触手で反撃する。
一瞬だけがら空きになった横腹に右側の触手からビームを放つ。
青年は腕で寸前でガードするも流石に腕が焼けている。
「やるネ」
強化状態の青年に対しても攻撃を通せるようになり、なおかつ僅かな隙にも攻撃をねじ込めるようになった。
純粋な動体視力もそれに追随できるだけの身体能力もはるかに向上している。
(成長してる…それもすごい速度で!)
星の力を引き出した美空は確実に腕を上げていた。
元々センスが良い美空はちょっと使う内に感覚を掴み、工夫に繋げられるようになる。
怪人と戦い、青年と模擬戦をして確実に掴んでいった。
「怪人は出してみないのかイ?」
青年は一度距離をとって話しかける。
「…出さない」
美空は渋い顔をして答える。
「出してみなヨ。怪人の姿じゃなくていイ。今まで召喚物を出していたあの形で使ってみなヨ。」
美空は明らかに嫌そうな顔をしていたが、腹をくくって能力を使用する。
(どちらにせよ…熟知してなきゃいけないか…)
手のひらを上に向けてその上で白く丸い光を作る。
やがては形を変え、クラゲとなって中を舞い始める。
(…っ)
紙に絵を描かずとも作り出すことができた。
便利だと感じた自分に少し嫌気がさす。
ゆらゆらと動いていたクラゲは青年を感知すると、いきなりほとんど透明で見えない触手を瞬時に伸ばす。
青年はその速さと視認性の悪さゆえにもろに食らう。
「うぬッ!?」
青年は声を上げる。
青年に毒が打ち込まれ苦しそうにし始めた。
「ほら、力が違うだロ?俺の強化された免疫でもすぐに分解できないシ、スピードも全然違ウ。」
咳き込みながらも青年は話しかける。
美空は自分が生み出したクラゲの恐ろしさに青ざめていたが、青年がものの十秒足らずで毒を分解してしまうと再び攻撃してきたので応戦する。
美空は今度も押されていた。
「迷わなくていイ。その力は君のものダ。君の使い方次第で仲間を守れる力になル。恐れちゃだめダ。他でもない使い手の君がこの力を信じてあげなくちャ。」
青年は美空にアドバイスする。
それがどんな意図なのかは分からない。
彼が美空を育てて何を望むのか。
美空はまだ迷っていたがじきに押し返し始める。
「うおッ!?」
そして、ダツが青年に突如として突進した。
青年は白羽取りで何とか防ぐも、ダツのパワーではるか後方まで押し戻されていった。
美空は青年に見えないように体の後ろでダツを生み出していていきなり突撃させた。
ダツを放り投げた青年を美空がまっすぐ見つめる。
向こう側の壁にぶつかったダツは目を丸くしてジタバタしていたが割とすぐにまた宙に浮き始めた。
「確かにあなたの言う通りだ。ありがとう。あなたの言葉のおかげでようやく吹っ切れた」
美空は礼を言う。
青年はにっこり笑って美空に再度突進する。
今度は美空も突進して迎え撃つ。
大きな衝撃が、再びアリーナを包み込んだ。
――――
「美空はだいぶ腕を上げたヨ」
夕方に青年は大きい部屋にいるホシに美空のことを話した。
体中青タンができたり一部焦げたりして入るもののまだ余裕がありそうな青年。
その様子を見てホシは、「よかった…」と一息つく。
「美空のこと…お願いね」
とホシは青年の手を握って頼み込む。
「言われなくても…あなたがそのために俺を作ったんでしょうニ」
青年は苦笑した。
「それにしても美空…怪人をちゃんと作れてましタ。あの子も経験してるんですネ」
青年は複雑な気持ちをそのまま表したかのような顔をしてちょっと壁の方に目線を逸らす。
「…そうね。あまり大きな声では言えないけれど…怪人は経験なしだと作れないのよね。相手は誰だったのかしら。」
ホシも苦笑する。
2人ともくすくすと困り顔で笑う。
「さア。」
青年は肩をすくめながら窓の向こうを眺める。
この部屋は階が上の方だから遠くの景色を望めた。
いつの間にか雨は通り過ぎて行っている。
東の空はまだまだ黒っぽい雲に覆われているけれど。
夕焼けの赤色が海の上を通り、町の中を駆け抜けて部屋の中をオレンジ色に染めていた。
ところどころ高い建物が煙を吹き、丸いタンクが並んで見える工業地帯と、行き交う船が海の景色を彩っている。遠くにはうっすらと島々が見えていた。
しばらく黙っていた二人の静寂を破るように、コンコンとノックされる。
その音を聞いてどうぞ、とホシが声をかける。
扉の向こうには執事と美空がいた。
「…?」
美空は部屋の中にいた二人からなんだか生暖かい目を向けられて不思議に思った。
「え…?なに?」
美空は困惑していたが二人はずっとニコニコしてるままで何も言ってくれない。
執事はパンパン、と手を叩いて「ホシ様、大事な話をするんですよね?」と仕切り直す。
「大事な話って?」
美空はホシに聞く。
先ほどまでとは打って変わって真剣な顔をしてホシは話し始めた。
「美空、『神格』になっちゃだめよ。」
「?」
ホシが続きの話をしようとしたとき激痛が走って悶え始める。
「あ…ぐ…!」
うなり、苦しそうに丸くなってしまって話す余裕もなくなってしまった。
今まで以上に激しくせき込んだかと思うと、息もできないらしく話すことはもう難しそうだ。
背中を丸めてうずくまるホシからやがて禍々しいオーラが立ち込めて、部屋に充満していく。
「ちょっと!?大丈夫?!」
美空は慌てて介抱しようとするが、「なりません!!」と執事に止められる。
困惑する美空に執事は真剣でそして苦しそうな、悲しそうな顔をしていた。
「あなたに移ってしまう恐れがあります。今からすぐ…ホシ様から離れてください。できるだけ遠くへ!」
執事の悲痛な叫びだった。
執事の言葉を裏付けるように、執事の右頬の皮膚の一部が禍々しく黒く変色し始めていた。
ただの黒というよりは空間そのものがその場からなくなってしまったかというような虚ろな黒。
本能的にこれが危険なものであると理解させられる。
後ろ髪を引かれる思いはあった。
でも離れなければいけないのだと思った。
きっと執事は自分のことを心配している。
きっと誰よりもホシのことを気にかけていて、この異常事態に不安になっているはずだ。心配で仕方がないはずだ。
それでもまず自分に対応したのだ。
きっとただならないなにかだ。
ホシがあんなに苦しんでいる。
(ごめんなさい…!)
美空は全力でその場から逃げ出した。
今までに出したことのないくらいの速度で空を飛び、夕焼けとは反対方向のずっと向こう側の夜の空に消えていった。
そのことを見届けた執事と青年はホシの介抱を始める。
抱きかかえてベッドまで運んで横にする。
執事の腕はたちまち真っ黒になり、とんでもない痛みが腕に浸透していく。
執事はその痛みで歯を食いしばって、そんなもの知ったことかと言わんばかりに奮起してホシに近づいていく。青年も少し離れた後ろからサポートする。
まるで深夜に光のない山の中で見る星空のような、もしくは遠い宇宙の赤黒い空間のような、そんな黒さの何かがホシの中で渦巻いていた。




