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二十七話 イルミューン

「美空、ここだよ。」


 金髪の青年は美空に街中の一つの大きな建物を指さす。

 とても高いわけじゃないけれども何かの聖堂を彷彿させる白い建物。


 昼時の眩い光を反射するので美空は目を細めて見上げる。

 ガラスの厚い自動ドアを通り、青年の後について美空は建物の中に入った。


 少し廊下を進んでは曲がってを幾度か繰り返した。

 やがて木でできた重厚な両開きの扉が目の前に現れる。


 コンコン。


「どうぞ」

 

 中から女性の声が聞こえた。

 ギィ…と見た目通り重々しい音を立てて扉が開いて、真ん中を通れと青年は横にはける。


 美空はその様子に戸惑いながらも歩き出す。

 高い天井に、大きな窓。

 入口から見て左側は壁ではなくほとんど窓だった。


 床には深い赤色のマットが敷かれている。

 部屋の中には白い豪華なテーブルセットとレースのついた同様に大きなベッド。


 右側にはキッチンやらいろいろついている。

 右手の奥の方にも小さな廊下があるが恐らくはトイレとかお風呂があるのだろう。


 中央の椅子で一人の女性が待っていた。

 紅く長い髪は床につきそうな勢いの長さ。

 白いレースの衣装を身にまとい、髪と同様に紅い瞳が美空を見つめていた。




 美空が歩いて近づいてくるとその女性は立ち上がって「ウラシア…」とこぼす。


「変な名前で呼ばないでください」

 

 美空は警戒の色強く断った。


「…ごめんなさい」


 女性はうつ向いて謝る。


 もっと高圧的な相手を予想していたので美空はたじろぐ。

 何のためらいもなく美空に対して謝ったのは不可解だった。

 これが怪人を生み出す存在の姿なのか?


 横からいつの間にか傍にいた執事が声をかける。


「ホシ様は悪いお方じゃありませんよ。」

 

 まったく接近に気付かなかった美空はぎょっと驚いて飛び上がった。

 執事は美空とホシの分の紅茶を盆にのせて持ってきた。


 白い皿の上にカップを乗せる。

 小さく高い音が美空の鼓膜を震わせる。


 昼の日差しが窓から斜めに入ってきてその光を紅茶が少しだけ反射する。

 透き通るような紅茶の色が妙に暖かかった。


「…教えてよ。あなたのこと。聞きたいことがいっぱいあるわ」

 

 美空はホシに声をかける。


 じっと美空はホシを見つめていた。

 例え彼女が悪人だったとしても、その技術を盗んでくると心に決めたばかりだ。表情を伺い、本心を見定めようとする。

 言葉をかけられたことで顔を上げたホシの目は、少しうるんでいるように見えた。


 揺れる紅い瞳が綺麗だった。


「ええ…そうね…なんでも聞いてちょうだい」


 執事は静かに礼をしてから下がり、大きな部屋の中に2人だけになった。

 少しの間静寂はあったけれどやがて2人はずっと語り合うようになった。

 ――――


 やがて日が暮れて夜が街を覆い始めた。

 美空はひとしきり話した後、与えられた自室に戻ってベッドの上で寝っ転がっている。


 与えられた個室の天井はいつも生活する自邸よりも高い。

 見慣れぬピュアホワイトの天井をぼんやりと見つめながら美空はずっと考え込んでいた。


 額に左の腕を乗せて、桃色の髪をふかふかのベッドの上に流している。


(あの人はなんと気弱で、儚げな人なんだろう。)

 

 そう思わずには居られなかった。

 美空の顔を見て嬉しそうにはするけれどもなんだか距離を置いているというか、申し訳なさそうにしているというか。


 何かの後ろめたさを原因として美空に近づくのをためらっているのかもしれない。

 思っていた人物とあんまりにかけ離れていているものだからどう対応するべきか分からなくなった。


(まだ警戒しておいたほうがいい?)

 

 大人しそうな外見の下に本性を隠していないのか。

 悩んでも結論が出ることはなった。

 

 窓のカーテンは閉め切られている。

 美空を照らすのはただ天井から下がっている洋風な、若干赤っぽい照明の光だけ。


 ガチャ…

 美空はふいに立ち上がって部屋を出る。

 

 相も変わらず白い廊下。

 床はグレーの敷物がされている。


 なんとなく広いわりに誰もいない建物の中をぶらぶらと歩いていく。

 夜になった建物の中では照明器具が惜しみなく並んでいる。

 どこもかしこも照明がつけられていたのには違和感を抱いた。


「げほっ…げほっ…」

 

 不意にせき込む音が聞こえた。

 美空はそのことを不思議に思って近くにあった部屋のドアを開ける。


 ガチャリと勢いよく扉を開いて入った部屋ではホシがベッドの上に座ってせき込んでいた。

 ここはどうやら保健室みたいな場所らしく、応急処置用の救急箱やペン立てに立てられた体温計などが見えた。


「いけませんよ姫様、いきなり入っては。」

 

 ホシに向かい合う形でパイプ椅子に座っていた執事が優しくとがめる。

(姫様…?)

 姫様と呼ばれることに何ともいえぬ違和感を感じるが、すぐにごめんなさいと美空は頭を下げる。

 少なくとも執事さんにも害意は感じられない。


「いいのよそんな…」

 

 ホシは美空に声をかけようとしてまた激しくせき込みだした。


 執事はそっとホシの背中をさする。

 しばらくして黄色い光の粒がたくさんホシから出てきて、やがては消えていった。


 美空はその様子をじっと見ているだけだった。


(こうしてホシの意思に寄らず、怪人が生み出されているのね)

 

 怪人はホシから離れたところで形を成すらしく、出てきた瞬間に倒すということはできないらしい。


 本来ならホシの意のままに怪人を生み出したり制御できるものだが、ホシの状態が悪くなってからはずっとこうらしい。

 場所の探知すらできないそうだ。

 まるで怪人を生み出す機能だけが独り歩きしているようだ。


 美空は昼間に話したことを反芻する。

 昼間の話は嘘ではないのだろう。


 そろそろ信用してもいいんじゃないだろうか。

 相手が相手だから仕方ないと思う一方、あんなに申し訳なさそうにしている人物にいつまでも警戒しているのではまるで自分が意地が悪いようで嫌だった。


 しばらく無言で悩んでいた美空はぐっと拳を固めた。


「ちょっと倒してくる」

 

 美空は部屋を出ようとする。

 その背中へ声が投げかけられる。


「お待ちなさい。」

 

 ホシが呼び止めたのだ。


「どうやって探すつもり?」

「召喚物で探る」


 ホシの問に美空は即答する。


「ちょっといい?」

 

 ホシは手で美空においでとジェスチャーを送る。

 ホシのとなりのスペースを手でぽんぽんと叩いて、隣においでと言っているようだった。

 美空は不思議な顔をしたが少し考えてホシの隣に座る。



 ーーーー

 

 街の空に浮かぶ満月。

 多くそびえたつビルのうちの一つの屋上で、遠吠えする怪人が一人。


 オオカミの怪人。

 ふさふさと毛深いグレーの毛に包まれ、胡坐をかいて座るように街を眺めていた。

 黄色い目は行き交う車に興味を惹かれているのか一つの車を目で追っては他の車を目で追い始めていた。




 ふんふんと周囲の匂いを嗅ぐ。

 そして慣れない匂いに驚いて風上の方向へ素早く振り返る。


 向かい側のビルの屋上には銀髪の少女が立っていた。

 夜の景色に馴染む神々しい姿。

 月明かりを背に怪人を睥睨している。

 黒い瞳に、白い瞳孔。


 ゆらゆらとゆらめく髪は少し光っていてただならぬ気配を宿していた。


 オオカミの怪人は慌てて立ち上がり前足を地面について毛を逆立たせて威嚇する。

 低く唸るオオカミ怪人にひるむことなく少女は、跳躍する。



「行くよ」

 

 少女こと美空は空中で触手を展開する。

 白、黒、赤の3色の竜の頭のような形をした触手。

 触手は後ろの腰辺りを根元として生えてくる。


 その大きさは美空自身の胴体にも匹敵するような太さで、先端も顔2つ分よりも大きい。

 竜の頭のような形状も相まって威圧感を放っている。

 オオカミは身震いし後ろへ素早く下がる。


 ビルの間を飛び移ってきた美空はそのまま怪人との戦闘を開始する。


 白の触手が、怪人を横なぎにしようと迫った。

 怪人は素早く上に跳躍して回避するが、空中で赤の触手が怪人をとらえる。


 怪人は懸命にもがくが拘束から逃れることはできず、赤い触手から放たれた赤いガスに包まれて消滅した。

(こんなにあっさり…!?)


 なんともあっけない勝利に、そしてとんでもない力の上昇に、美空は驚く。

 掌を見つめて何回か開いて閉じてを繰り返す。


(大丈夫…扱えてる)

 

 その後ぎゅっとこぶしを握り締めた。


 白い髪も黒い瞳ももとの色へ戻る。

 ホシに指導してもらってものにした星の子としての力。


(もう暴走なんてしない。誰も傷つけなんてしない。)


 思っていたよりもはるかに早く調整が終わったのもあって怪人討伐がスムーズに行った。

 美空に備わったのは星の子としての能力に加え、怪人の感知、怪人の吸収。

 そしてもう一つは、怪人の生成。


 一気に増えた能力は完全に使いこなすまでにはもう少しかかりそうだ。

 怪人の生成は今回全く触れていない。


(試すのは…嫌だ)

 

 今のホシとは違って通常は美空の意のままに動かせるらしいので問題はないだろうが、今まで敵として戦ってきた相手を作り出すというのにはまだ抵抗感があった。


 ホシ曰く召喚物の上位互換として使えるらしい。

 それこそ怪人と召喚物ではその力に雲泥の差がある。

 青年との闘いで発覚した耐久力も能力の出力の問題も大きく改善することだろう。


 (戻ろう。)

 まだ結論を出すには早い。

 美空は静かにビルの上を跳んでホシの元へ帰る。

 心地よい風を受けて髪がなびき、服がぱたぱたと音を立てる。


 ――――

 

 その夜はぐっすりと眠った。

 気付けば朝になっていたくらいだ。

 布団からもぞもぞとはい出した美空は目をこすりながら、窓のカーテンを開ける。


「ん」

 

 ざっ、と音を立てて光が飛び込んでくる。

 建物の間にある小さく細い道から差し込んできている朝日が眩しかった。


 美空は身支度をしたら部屋を出てホシのところへ向かう。

 昨日の部屋にはいないらしく執事に聞いたら大きい部屋の方にいると教えてもらった。


 大きい部屋に向かう途中なんだか香ばしい匂いがしてきていた。

 恐らく焼き菓子の香り。


(あの人こういうことするんだ…)

 

 意外に思って美空は早足で扉を開けて入る。


「美空!マフィン作ってみたの!」

 

 なんだか嬉しそうに声をかけて来るホシ。

 大きな黒いプレートに乗ったきつね色のマフィンが複数並んでいた。


 美空は少し気になったので覗いて見てぎょっとする。

 熱々のオーブンのプレートを素手で持っているのだ。


「っ!?何してんの!?」


「え?」

 

 ホシは何に驚かれているのか全く分かっていないという感じだった。

 慌てて駆け寄ろうとしてずっとぽかんとしているホシの顔を見て踏みとどまる。


 ただうっかりしているとかそういうのではなくて…

「…熱くないの?」

 

 美空は思わずおずおずと問いかける。

 自分の導き出した答えが正直信じられなくてホシに答えを求めた。


 「全然?」

 

 ホシは平然と答える。

 やっぱりこの人は化け物なのかもしれないと美空は冗談交じりに考えた。


 プレートを鍋敷きもせずに置いて、マフィンの金属製のカップも全く意に介さずに掴んで並べていた。

 美空は火事にならないのかと思ったが僅かな霊力を感知して大丈夫な理由を察する。


 この建物全体に全面保護の術がかけられているのだ。

 星の子としての力が馴染んでようやく感じることができたのでこのことにはひどく驚いた。


 それに照明器具も電力を介したものではなくホシのエネルギー供給によって成り立っているらしい。

 

(嘘…)

 

 建物自体もかなり大きいはずなのになんなく全体を覆って、それを維持する力。

 恐らくほんの一端だけにしか過ぎない力をみても、自分とは桁違いの実力者だということが理解できた。


 しかもその術は本人には掛けられていない。

 なんの工夫もなく熱に耐えているのだ。


 (かもしれないじゃない、化け物だ。)


「ほら、食べてみて」

 

 ホシはマフィンを皿に乗っけて渡してくる。フォークも受け取って美空は一口食べてみた。


「うぐっ」

 

 美空は咳き込んだ。

 なんとも形容し難い味。


 ただ一つ言えるのは、ぶっちゃけて言ってしまうととても美味しくない。


「大丈夫!?」

 

 と背中を擦ってくれる。


「やっぱり私生まれ育ちが地球じゃないからうまく作れないのかも…」


 しょんぼりするホシ。

 話を聞いたところ何年も繰り返し練習しているそうだが、味だけはどうしてもよくならないらしい。

 味見したところ本人が美味しいと感じているそうなのでそれこそデミス本来の味覚と地球の人間の味覚に差があるということなのだろう。


「で…でもまだ練習始めたばっかりだもの」

 

 ホシは少し強がってみせる。

 

「数年はずっと練習してるんでしょ?本当は始めたばっかりなの?」

 

 美空は疑問に思って問いかける。


「数年ってまだ最初も最初でしょ?」

 

 ホシも問いかける。むぅと頬を膨らませて言う。

 怒り方がかわいらしいと思ってしまったのは黙っておく。


「執事の人はなんか言ってなかった?」

 

 美空はジト目でホシを見つめる。

 多分あの生真面目そうな執事の性格からしていろいろ関わっていそうなのだが。

 


「そうですねって言ってくれるのよ」


 自信満々に胸を張って答えるホシを見て、あ、これ多分執事さん否定しないように立ち回ってるなと美空は察する。

 それはそうとしてこれ言ったらホシが泣きそう。


 あと執事の頑張ってきた立ち回りを無下にするのはなんか違う気がする。

 執事さん顔真っ青にしてしまうのではないか。

 

「その…聞きづらいんどけど…あなた何歳?」


 ひとまず話を逸らすために聞いておきたかったことを聞く。

 美空は体中に心音が響いているのを感じた。

 さっきだって数年をナチュラルに最近って言ってたし、自分と時間感覚がずれるくらいには長く生きている可能性がある。

 自分の母の年齢も知らなかったから単純な好奇心もあり、同時にデミスということはもしかしたらすごく年上なのではないかという不安もあった。


「2000から先は面倒くさくて数えてないけど…今多分1億くらいしゃないかな?」


 なんだか嬉しそうに微笑んでホシは返す。

 美空はマジか…と想定よりもはるかに年上だったことに衝撃を受けた。


「…そっか」

 

 美空はたったそれだけしか言えなかった。

 かなり話し上手な方だと自負していたが流石にこの年の差があると言葉が出てこない。


 もくもくと謎の味が口の中に広がる。

 ホシは美空が黙ってしまったのでまた笑みが消えて悲しそうな表情に戻ってしまう。


 残った4つのマフィンは後で執事が食べていたが顔を真っ青にして「美味しいです」と言っていた。

 その後トイレに籠っていたのを美空は見逃さなかった…


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