二十六話 商店街の激突
「困ったな…」
流石に人的被害が出ている状態の怪人を逃すのはかなりまずい状態だ。
時雨たちが知らぬ間にまた人が犠牲になるかもしれない。
時雨は焦る気持ちをなんとか抑えながら、なんとかして怪人の居場所を探る方法を探していた。
必死に思考しても見当がつかない。
「多分猫の怪人なので雨に濡れてまで移動はしないでしょう。恐らくこの付近に隠れていると思われます。」
碧は冷静だった。
彼女は猫習性はいくらか知っているらしい。
自分の知識を活用して少なくとも捜索の範囲を絞ることにした。
「そうだね。まずはこの辺を探してみようか」
後輩の落ち着いた様子と提示してくれた提案に心から安堵する。
時雨も碧の意見に賛成した。
2人は今近くの商店街で雨宿りもかねて探索を開始する。
(多分ここから離れてはいないはず…)
今はかなりシャッターばかりが見えていて閑散としているが、昔はかなり人が行きかう人気の場所だったらしい。
雨に濡れずに猫が逃げ込めるのもこの商店街の中だろう。
店が立ち並ぶ道の上は大きな透明の屋根が覆っていて、雨の降りしきる黒っぽい雲を映し出している。
(しばらくは止みそうにないですね)
碧は上を見ながら目を細める。
ざあざあと次第に勢いが増しているからしばらくやまないのかもしれない。
梅雨時の天候が今は味方してくれている。
「少し動いてみようか」
「はい」
風が吹き抜けて肌寒いくらいの商店街の中を探し回ってみる。
基本的にシャッターばかりなので探さなければならない場所自体は多くはない。
時々小さな道が分化するのでそちらの方もじっくり見て回る。
そもそも外出禁止と言われているので店が開いていないのは当然。
店の内側には入れないはずだ。
十分程度も探せば見つかるかと思われたがどこに身を隠しているのかが見つからない。
「ちょっと強引な手段に出るしかない。」
「え?」
時雨はそう言うと集中して霊力を操作する。
外に降りしきる雨を操作して大きな塊にして商店街の端に順番に配置する。
そして建物を壊さないように数センチ程度の隙間を設けたうえで一気に流す。
勢いよく水が流れ込んでいく。
ドドドド…!!
これにより無理やり自分たちのいる場所までおびき出そうというわけだ。
(なるほど。そういうことですか!)
碧はどの方角から怪人が出てきてもいいように構えながら準備する。
怪人をしとめるのは碧の役目。
ここまで大規模に能力を使えば時雨も余裕はなくなる。
流石に怪人にとどめを刺すのは碧なしでは無理だ。
『ニャアア!!』
ゴウゴウと勢いよく塊になって押し寄せる水から、怪人が逃げてくる。
その怪人に向かって碧はスパナーをぶん回す。
振り回す前に何度も地面のアスファルトと豪快にこすり合わせることで熱を帯びたスパナーは、夕日もかくやという明るさを放ち輝いている。
「はああああっ!!」
そのまま強引に怪人ごと地面に叩きつけた。
ズドンッ!!
アスファルトは豪快に砕けてクレーターが形成される。
傍にいた時雨はとんでもない衝撃で少しの間動けなくなった。
想像以上の威力に時雨も驚かざるを得ない。
当然直撃した怪人はぴくりとも動かなくない。
かるたを刺して吸収させる。
「あ…すみません、やっちゃいました…」
碧は血の気が引く顔で時雨に言う。
彼女の瞳が助けを求めている感じでうるんでいる。
思いっきり巨大なクレーターが商店街の中に出来てしまった。
これでは修繕しないと危ないだろうし、なにより不便。
「あちゃ…」
時雨は何も言えずちょっと頭を悩ませた。
どうしよう。
修繕できる能力は持っていないし、ここは正直に商店街と京に言っておくしかない。
京から修繕班が動いてくれるはずである。
(連絡筒は…雨でも使えるのかな)
時雨は襲に収納していた赤い筒を取り出す。
何気に使うのは初めてな気がする。
ひとまず屋根があるところから出て筒を上に向けて底を押し込む。
ガコン、と音がして勢いよく花火のように上で咲いた。
色は黄色。
おお、と時雨は感心する。
これなら遠くだったしても連絡が取れそうだ。
どういう仕組みかよくわからないけどこれで安心かも。
一安心した後は使った水を丁寧に道路付近に流しておく。
量が量なので適当に流したら大惨事になりかねない。
排水溝などを利用して少しずつ分散した。
流し終えるまでに十分はかかった。
「ふぅ」
時雨は額に浮いた汗をぬぐう。
流石に今までに扱ったことのないくらいの量なので負担がそこそこ大きかった。
しかしあれだけの量を扱っておきながらこれだけで済んでいるというのは成長したからなのだろう。
ルリマダラ怪人の時の量と比べたら数倍どころの話ではない。
「やぁやぁ、随分ド派手にやったねぇ」
誰もいないはずの商店街。
そのはずなのに商店街の奥の方から人が現れる。
真っ赤なスーツに青いネクタイ。
黒いブーツを履いてコツコツと足音を立てている。
顔はよく分からない赤い天狗みたいな仮面をつけているし、その面の上にサングラスをかけているという不思議なファッションだった。
驚く時雨。
彼の服は濡れていない。巻き込んでいないことに安心する。
内心自分も何かやらかしていないか不安になっていたから余計に。
「あ、危ないですよ今出てきたら!怪人を倒し終わってなかったらどうするつもりだったんですか!?」
碧は驚きと心配の入り混じった声で応じる。
流石は碧だ。すぐに声をかけている。
碧の髪の色と瞳の色はすでに戻っていた。
「ああ、大丈夫さ!私の大好きな商店街が残り続ける限り私は不滅!たとえ相手が怪人だったとしても!」
困惑する碧はえぇ…と汗を流す。少し引いているような様子さえ見える表情をしていた。
「ところで君たち。さっき商店街に盛大に水を流したり、クレーターを作ったりしたね…?」
あ゛っと二人して声を詰まらせ、碧は目線を逸らし、時雨はしおしおになる。
「んぎぃーーっ!!よくもやってくれたな二人ともーっ!!この私商店仮面が成敗してくれるーっ!!」
ハイテンションだがギリギリ怒っていそうな声色で奇声を上げながら飛びかかってくる。
どうしようかと考えあぐねる時雨をよそに商店街仮面とやらは空中で姿勢を変えた。
特に理由があったわけではない。ただ何となくぞっとした。
ヴオン…
次の瞬間その周囲は突如として光りに包まれる。
無意識の間に碧を庇っていた時雨を文字通り焼いた。
「あっつ!!?」
時雨の背中はほぼ丸焦げになり、じゅうじゅうと音を立てて沸騰している。
激しい痛みを感じるがそんなことよりも相手だと時雨は商店街仮面に向き直る。
(霊力を持っている人間?!)
それ以上の正体は端から分かりなどしない。
京人は常に霊力を発しているが、霊力を持つ人間の場合は能力を使う場合しか霊力を感知できないという点を考えれば、相手は京人ではない。
出力を考えると恐らく晴斗の雷撃よりも強いだろう。
「とうっ!!」
仮面の男は再び襲いかかってくる。
ひとまずは相手の攻撃をいなし続けるしかない。
拳を交えると相手の異常さがよく分かった。明らかに力負けするし速さも能力の出力も負ける。
なんなら戦いの技術においても完全に後手に回ることになった。
(なんなんだこの人…!)
液状化の隙を突いてみぞおちに、攻撃の合間の隙に脇腹に、的確に攻撃を繰り出してくる。
刀の攻撃を難なく掌で受け止めてカウンターを放つ。
「あだっ!?」
数を増やそうが相手は落ち着いて対処している。
水流操作も含めた刀の複雑な動きを瞬時に見極め、いなし、もしくは軽やかに回避する。
相手の攻撃に関しては三回ほど液状化で無効化したはいいものの何度も繰り返せば相手は理解してくるようだ。
どのタイミングなら殴れるのか。
弱点を探り、隙をつく。
(巧い…!?)
当然時雨は食らう度にダメージを負う。
腰の入った勢いよく繰り出された拳に軽く時雨は数メートルもふっ飛ばされていく。
ガンッ!!
地面にたたきつけられ数回は地面を転がった。
明らかに手を抜かれているため正確に相手の実力を測れるわけではない。
しかし戦っている感触で言えば神社で戦った女性に匹敵しそうだ。
時雨の方からほとんど攻撃を当てることはできない。あちらと違い完全に避け切られることはないが、うまいこと受け流したり防御したりはたまた勢いを利用して地面に激突させられたり。
(この人戦い慣れている…!)
対処が上手い。
あちらが速さを活かした戦法ならこちらは技を活かした戦法ということだろう。
変則的な戦い方に時雨は苦戦し続けた。
狐面を用いた圧力の強化形態においてもやはり同様で、時雨自身の感覚のずれもあってほとんど勝負にならない。
「くっ!?」
時雨が狐面をつけると明らかにギアが上がるがそれに難なく合わせてくる。
時雨はじわじわと劣勢に立たされていた。
ぼろぼろになって時雨が膝を折った頃仮面の男はさらにギアを上げた。
「はああっ!!」
今度は純粋なラッシュ。
速い、そして力強いというよりかは正確な拳と脚。
避けるのは液状化込みでも至難の業で対処しきれない。
また回避する方向をな誘導されているらしく避けた先に攻撃が来る。
「あぐっ!?」
身体中傷だらけで、吐血し、もはやよろよろとし始めた時雨。
「やめてくださいっ!」
強引に碧が割って入る。
勢いよくスパナーをぶん回すが、片手でなんなく男は受け止めてしまう。
「?!」
驚愕する碧に感髪入れず何かの波動を手のひらから放った。
何もふっとばされることも怪我をすることもないが、その場で碧は成すすべもなく気絶した。
「碧さん!!」
このままではまずいと思い義手を外してアビスの腕を作り出す。
義手が地面に落ちて音を立てる。
バチバチと稲妻が走り、業鎧が姿を現す。
雨の日の暗い商店街で薄らと光る青い脈動は男に恐怖心すら抱かせた。
時雨は準備が完了するとそのまま殴り合うことにする。
左右で拳に小太刀と全くリーチの違うものを扱えるほど時雨は器用ではないので義手とともに襲の中に収納した。
「!」
アビスの腕に触れてはいけないことを相手は知っているのかもしれない。
最初から右腕にのみ回避で対処するようになった。
しかし相手はまだ随分と余裕があるらしく、いくらか押し返したと思ったらまた劣勢に立たされる。
「ぐっ…!」
時雨の腹に思いっきり拳が叩き込まれた。
重ねて吐血しぐらりと体勢が崩れる。
せめて左腕もアビスにしたらなんとかなるかと考えて、時雨は無理やりにでも両腕をアビスにする。
バリバリバリ…!
左腕の神経に激しい電流が駆け巡るような激痛。
しかもそれだけじゃない。
(体中が痛い…!それに頭に靄がかかってるみたいだ!!)
でもこれならば少ない手数を補える。
予測しやすい動きから少しだけ複雑になる。
僅かながらも痛みが増していく。
本当にギリギリ保っているだけだ。
長持ちは絶対にしない。
顔を歪めるほどの激痛はなんとか戦ううちにアドレナリンで緩和されていく。
「あああああっ!」
時雨は攻勢に出た。
思いっきりラッシュをかけることで相手を一度は後ろに下がらせるが、またも完全にこちらの動きを見切ってくる。
ドンッ!!
今度は顎にサマーソルト。
強い衝撃とともに先ほどのアビスによる痛みが激化。
力が溢れ出し、均衡が崩れて全身がアビスに変貌した。
「出たなァーーーッ!!!」
男は奇声を上げて片足を上げて変なポーズをとった。
そんな変人をよそにアビスが青い光と衝撃波を生み、力を解放する。
以前の神社と同じくそこにいるのはただの怪物にほかならなかった。
今までの時雨よりも更に身体能力が上がる。
相手が放つ光の攻撃を受けながらもお構い無しに突撃したアビスは、強引に拳を放つ。
「おっと」
間一髪相手は上体を反らして回避する。
サングラスに少しだけかする。
サングラスはそれだけで吹っ飛んでいき、耳にかける軸も容易くパキリと音を立てた。
男はすぐに姿勢を低くし蹴りを繰り出してくる仮面の男。
「はッ!」
重厚な鎧の外殻に確かな衝撃を与え、さらに光を放って追撃してくる。
アビスは堪らず後ろに後退する。
しかし体勢を戻すと再び殴りかかる。
『ッ!!』
右ストレート、回し蹴り、相手の拳をつかんで投げ飛ばす。
強引なファイトに仮面の男も流石に振り回されている。
いきなり戦闘スタイルや癖が変化したので、さすがに対処しきれなかったのだろう。
何回かの攻撃を通すことに成功する。
「ふぅ…いいパワーだ」
近くのシャッターを突き破り、相手はもぬけの殻の店の中を転がる。
手袋がアビスの力で壊れるが、すぐに新しい手袋を着用しサングラスも新しいものに取り換える。
アビスはそんなものお構い無しに襲いかかった。
今度は飛び蹴り。
仮面の男はすぐに横に回避する。
ドガシャアン!!
店内に大きな衝撃が走り、内側にある商品棚が粉砕される。
遅れてガラガラと音を立てて様々な商品が床に転がってカラフルな色へと変わる。
「!!」
アビスはそれらを一切の容赦もなく踏み潰しながら走り、壁際の仮面の男を殴りつけた。
壁も関係ないとばかりに突き破り仮面の男を殴り飛ばす。
斜め上の方向へ約地上から3m浮き上がったところへ追い打ちをかけるように、宙を舞う男に追いついてアビスは下に叩きつける。
ドオオン!!
先程よりも遥かに大きなクレーターが生じ、周囲のシャッターが倒れ、もしくはバキリと音を立てて壊れる。
ガシャガシャと金属の薄い板が倒れる音がする。
内側の店舗の中身もごっちゃになって、商店街の上の見渡す限りのガラスも割れた。
パリン…!
降ってくるガラスの塊はアビスに直撃する。
なのに気にすることもなく相手の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
商店街に雨が降る。
アスファルトがたちまち黒っぽい丸が重なって染められていった。
「…」
仮面の男は何も言わず持ち上げられたまま。
青い光がアビスの全身に収束し黒い雷鎚を伴いばしめる。
男を遠く前方にやや上に放り投げてアビスは助走をつける。
ゴン、ゴンと重々しい音が響いた。
勢い良く地面を踏みしめているからかアスファルトに罅が入る。
十分に勢いをつけたアビスは、踏み切って跳躍する。
ドンッ!!
踏み切りの時の衝撃で再び商店街を衝撃が襲い、地面には足の形に穴が開く。
まるで弓を引き絞るみたいに空中で上体を反らせたアビスは右腕を構える。
光が右腕に収束し、体重まで乗せた容赦ない拳が仮面の男を捕らえた。
ドゴオオン!!!
激しく重々しい音と共に空気が一気に押し出される。パンチの衝撃音は2km遠くにも響き、周囲の街にまで響いていく。
仮面の男は目にも留まらぬ速さで吹っ飛んで遥か遠くに見えていた廃ビルに突っ込んだ。
ズガアアン!!
ビルは容易く砕かれて上の部分が崩れ落ちていく。ズズズと遠くからでも分かるくらい大きな音を立てて仮面の男を押しつぶした。
押しつぶしたはずだった。
信じられない光景が目の前で起きたのだ。
まるで逆再生したかのようにビルが元通りになっていく。
『!?』
それに驚愕している間にアビスの鎧が一瞬にして粉々に砕かれた。
理解できぬまま倒れ伏す時雨。
時雨のそばには先程吹っ飛んでいったはずの仮面の男が立っていた。
埃や鉄くずが服についているところを見れば間違いなく先程の技で吹っ飛んでいた。
少し吐血する程度で済ませたと見えるその男は時雨の頭を掴む。
「はあああっ!!」
させまいと振動で目を覚ました碧が猛進する。
今度は一切手加減なしの強化状態。
しかし前とは桁違いの速度と威力でスパナーを振る。
赤い光が線となって軌道上に現れた。
「な?!」
男は軽々と避けてみせるが避けた後で激しい爆発が周囲を埋め尽くす。
ドパパパパン!!
まるで赤く高い熱を帯びて煙幕のように広がり連鎖して周囲を埋め尽くす。
その隙に時雨を回収して碧は逃げた。
爆炎がやがて収まって晴れだした頃、男は少し焦げただけで平然と立っていた。
姿を消した2人の走ってった方向を向いていた男の、燃え尽きた仮面が崩れ落ちる。
「ふむ、かなり育ってますね。」
仮面がなくなって男の正体が判明する。
彼はホシの側近である執事。
ぱんぱんと手袋についた煤を払い落として清々しい顔で去っていく。
「かなりはしゃいだので向こうしばらくはばれないでしょう…」
なにやら嬉しそうに見えるがそれでも執事の拳はぎゅっと握りしめられていて足取りには力が入っている。
「…でもホシ様、もうしばらくはかかりそうです…」
嬉しそうな顔はたちまち消えてしまい、また苦悩の顔に戻ってしまう。
ぐっと唇をかみしめて執事は商店街を直しながら去っていった。




