二十二話
少女が暴れてから約2日。
壊れた建物を直し、割れた地面を修正して、着実に町は活気を取り戻していた。
しかし決戦の後にはすっかり雨模様になってしまって、復興に動員される人員は多かった。
もう梅雨と言っていい時期だ。アジサイが花を咲かせている。
京人は身体能力が高くそれぞれ術を使用可能なので街の復興にはそんなに時間は必要ない。
雨が降りしきる。少し遠くに見える御影山の景色を遮るように灰色の雲が覆い、もう午前9時だというのに随分と薄暗かった。
窓越しにざぁざぁという雨音が響く病院のある室内で美空はうつ向いていた。
(…私がやったんだよね…)
自分が京にしたこと。時雨にしたこと。幹部のみんなにしたこと。
記憶が曖昧ながらも覚えている。きっといくつかは抜け落ちてしまっているだろうけど。
説明しに来てくれた颯と天城は「制御が難しい能力なら度々こういうのはあるから気にするな」と言ってくれはしたが、美空としては気にしないなんてことはできない。
町の被害も窓からある程度は分かるしケガした人たちだっている。
颯の肩も黒く焦げていた。
美空は自分の両頬をバチン!と思いっきり叩いて、ふっと息を吐く。
「申し訳ないと思うなら少しでも巻き返しするしかない!」
美空は体を起こして病室から出る。
すぐに受付の人に言って外出許可証をもらって病院を飛び出す。
暴走の後、美空が寝ているうちに身体検査を済ませてあった。
特に異常はなかったこと、そして暴走のリスクは薄いと結論が出ていた。
それこそ美空が暴走するのは何も今回が初めてではない。
その経験もあって京の対応も早かった。
複数の召喚物を呼び出す。マンタ2匹。
一匹は美空をのせて飛行する用。
もう一匹は美空に雨が当たらないようにする用。
(持ち物もよし…!)
街の復興に必要になるかもしれないものを召喚物として使えるように紙と鉛筆も持ってきている。
「ごめんなさいっ!!」
町の上空を飛行し、復興箇所を見つけ次第救援に向かう。
何か所も巡っては復興を手伝い、そのたびに謝ってを繰り返した。
京では難儀な能力を持つものも多く、それが原因で意図せぬ事件となることも少なくないことから住民からの非難はそう多くなかった。
数千年の歴史を持つ京は数えきれないほどの京人が暴走のリスクに悩まされ、そしてそれだけ強力な力に救われてきた。
困難の度に工夫したり、助け合ったりして紡いできた異様な歴史がこの京の寛容さを形作っている。
美空は再びマンタと共に上空へ向かい、次の場所に移る。
――――
「美空ちゃん、自分の落とし前は自分で付けるって思ってんだろうなぁ…聞いた話だと美空ちゃんが悪いわけじゃないのに」
空を見上げながら膳所が隣にいる時雨に話しかける。
時雨はちょうど作業場に雨が当たらないように水流操作で雨をまとめて他の場所に移しているところだった。
「多分美空は気にせずにはいられないですよ。」
時雨も前と比べて霊力の量も増えて水流操作の扱いにも慣れてきた分、このような役回りもできるようになっていた。
膳所の言葉に時雨は少し心配そうな顔をして答えた。
時雨の空の右袖が風にパタパタと揺れる。
(時雨は…どう思ったんだろうか)
膳所は横目に時雨を見た。
時雨は右腕を失った。
これまでのように双剣で戦うことはできなくなったわけである。
それに時雨の利き腕は右腕なので字を書くのも随分難儀になることだろう。
霙とは違って時雨の右腕は再生しない。だからこの先はずっとこうである。
時雨自身も腕を失ったことには相当ショックを受けたし、教官も自分のことみたいに悲しんでいた。
山荘での報告書を書こうとして利き腕がないという現実に否応もなく向き合わされた。
でもそのことについての心の整理は2日の間に済ませた。
それに工房からとっておきの話を聞いている。
幸か不幸か時雨は痛みを感じる間もなくアビスに意識を持っていかれたので直接的に苦しんだわけではない。
(僕は大丈夫。でも…)
だが時雨が一番気にするのは美空の反応である。
美空が暴走した関係でこうなってしまったと知ったら、美空が一番ショックを受けることだろう。
それこそ今までの比ではないくらい取り乱してしまうはず。
(だからこのことは絶対に隠しておきたい。)
美空が来たら雨水の一部を利用して見かけだけでも普通の腕を装うつもりだ。
うまくいくかはわからない。
でも今はそうするしかない。
膳所は周囲の匂いを嗅ぐ。
「来たよ」
膳所は時雨に耳打ちする。
時雨は急いで準備する。
2秒もすればとりあえずは見繕える腕を形成できた。
「みなさん!」
美空はまず周囲の手伝いを始めた。
彼女の能力は本当に万能で、こういう作業の労働力を確保するにも材料を確保するにも重宝する。
一通り作業を済ませたところで美空は時雨に駆け寄る。
「時雨ちゃん!」
時雨は小さく左手で手を振って美空に挨拶する。
「時雨ちゃん、大丈夫だった?」
「うん。」
時雨は何もないかのようにふるまう。
だが嘘がへたくそな時雨は何か隠そうとしていると顔に出る。
美空が何か隠してる?と聞こうとしたとき、突如雨が強くなった。
扱わなきゃいけない水量が増えて、時雨の水流操作の制御が乱れる。
時雨の仮初の右腕が水に戻り、バシャと音を立てて地面に消えていく。
美空の目は濡れた空の右袖に吸い寄せられた。
時雨がしまったと思うよりも早かった。
「時雨ちゃん…腕…」
美空は一気に血の気を失った顔になって口元を手で隠す。
(しまった)
時雨はうつ向くことしかできなかった。
なんでこんなに何かを隠すことができないんだろうと時雨は自分に嫌気がさす。
美空はしばらく黙り込んでいたが、すぐにどこかへ走り出してしまう。
「美空ちゃん!」
膳所はすぐに美空を追いかける。
時雨は他の作業場の人たちに、「ちょっと席外します!」と断って駆けだしていく。
現場には雨が降り始めた。
――――
「膳所さんっ!」
時雨は雨に打たれるのも気にせず全速力で町中を駆け巡った。
結局時雨は何も見つけられはしなかったが、膳所と合流する。
「こっちもだめだ。雨だから鼻は直近のものしかかぎ取れない分見つけられない…」
膳所も息を切らしながら時雨に説明する。
膳所はかなり足が速いが、それを振り切ってしまう美空には驚かされた。
恐らく美空の身体能力の向上と、何らかの工夫を凝らしたからだろう。
ただの追いかけっこなら膳所が捕まえてしまったに違いない。
しかし美空の能力を考えればブラフを使ったりするなど造作もないはず。
(美空の成長が悪い方向に効いてしまった…!!俺がいながらなんてことを…!)
膳所は悔しそうに歯噛みする。
その日の夜になっても美空は見つからなかった。
誰もいない家の中で椅子に座り、ただただ床を見つめていた時雨はいろいろ考えを巡らせていた。
(…そっか。みんなこんな気持ちだったんだ)
美空を心配する気持ちはもちろん、自分が前に似たようなことをしでかしたこと。
勝手にいなくなることが周囲をどれだけ心配にさせるのか、自分が実際に突き付けられる形で理解させられた。
美空の精神状態を顧みればなかなかに危ないことだろう。
時雨も捜索に加わりたいとは思ったが今日は休むようにと言われた。
戦いの後の負傷は決して軽くはない。
今日のところはまず安静にしておくようにとくぎを刺された。
ぴんぽん。
ベルの音が家の中に響く。
今夜は工房の人が来てくれる時間でもあった。
――――
2日ほど前。
『時雨さん…だよな。ちょっといいか?』
戦いが終わって、病院のベッドの上で休んでいた時雨の元へ黒い髪の青年が現れた。
その青年…鉄一郎という男は少しの資料と白い箱を持って病室に来た。
一体何事かと思っていた時雨の前に差し出されたのは、義手。
京のからくりの構造を組み込んだ新型の義手を時雨に提案してきたのだ。
京の工房では日々様々なものが作られていて、その技術のほどは相当だと聞いていた。
目の前の青年は若いが確かに職人。
『剣っていう子が右腕を怪我した時からずっと試行錯誤してたんだ。腕の代わりになるものってないのかなって。今それらしい形ができた。』
『もし君さえよければ…試してみてくれないか?』
青年のまっすぐな瞳が時雨を捉えていた。
時雨は相手が本気であることを知る。
『液状化を使えるから、例え動きが変になってもなんとでもできる僕はきっとちょうどいいですね。剣のためにも、僕で試験運用してみてください。』
片腕をなくしたものの手の代用ができるものが手に入ること、そして何よりもかつて腕に深刻な傷を受けた剣の一助になれれば。
時雨としてはこの提案を受けないわけにはいかなかった。
時雨の返事を聞いた青年は真剣な表情が一気に緩んで安心したようにへたりと座り込む。
ひゅうと息を吹いて言った。
『ありがとな。こういう話ってちょっとしにくいから心配だったんだ…先に断っておく。動作不良なんて起こさせない。』
一息ついた顔からまた真剣な顔になって青年は告げる。
職人としての矜持。覚悟。
強い感情を前にして時雨は青年のことをいい人だと感じた。
――――
あれから数日で仕上げてきたとは驚いた。
義手の類はそこそこの歴史があるが、それこそ手そのものの形をしているものを見るのは初めてだ。
時雨は少しワクワクしながら玄関から青年を入らせて客室に上げる。
「これだ」
少しの挨拶を済ませた後、義手を見せてくれた。
青年が病院に訪問した時にとった寸法通りに仕上げられている。
霊力の流れを感知して動作主の意のままに動く仕組み。
義手は戦闘時に使用することを想定した金属製。
御影山でとれる蒼天石と黒曜鋼の合金。
黒く光沢のあるボディと迸る青のラインが光る。
金属としては軽い部類かつ頑丈。
そのまま剣と撃ち合うことだって可能な材質だ。
(すごい…!)
正直防具といっても差し支えないほどの強度だ。
実際に右腕に装着すると、少しのタイムラグと同時に時雨の霊力に反応して時雨の思うように動かせるようになった。
流石に本物の右腕とは感覚がまるで違うが、それでも相当自由に動かすことができる。
少し練習すれば字を書くのだって可能だろう。
かなりすごい代物ができているんじゃないかと興奮して話す時雨に、分かってくれたか!と嬉しそうに応じる鉄。
しばらく試運転をしたあと特に問題がないことを確認してから、時雨が持っておくこととなった。
「また何かあったら言ってくれ」
連絡先が描かれた紙を渡して、青年は帰っていく。
青年の顔はとても晴れやかであった。
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人間の町は京よりもずっと明るい。
街灯は白く輝いていて、その明かりの周囲には驚くほどの量の虫が集まってきていた。
そのほとんどは蛾であろうが、一部カナブンかなにかの甲虫の類が混ざっているのはよくわかる。
「うるさい」
美空はぼそりとつぶやく。
通常の人間よりも遥かに五感が鋭い美空からすれば街中の騒音は頭の中に響くし、車の排気ガスの匂いなんかは不快なこと極まりない。
人間はどうしてこんな環境で平然と生活できるのだろうかという疑問が美空の頭の中に浮かんでくる。
しかしそんな問を立てる場面ではないだろう。
京に戻るわけにはいかないので、少なくとも今日の夜を明かせるような場所を探さねばなるまい。
(人間の街からはいったん離れたほうがいいかな?)
下手に野宿しても騒ぎを起こしてしまうのは想像に難くない。
それにきっと寝心地もすこぶる悪いことだろう。
人の街から離れればその分京人がよく動く場所に移動することにもなる。
下手したら見つかってしまうに違いない。
能力でなんとか家っぽいものを作り出そうとするが街中は幅が狭く、スペースのほとんどが道路であったりするため、家を出せる場所がなかった。
一通り街中を探索して状況を判断した美空は一体どうしたものかと考え込む。
「ねぇ~そこのお姉さん、俺と遊ばない?」
ふいに背丈の高い男が声をかけてくる。
だいたい180cmくらいと高めの身長に比較的筋肉質な体。
薄手のパーカーをファスナーを付けずに羽織る形で身に着けている。
七分丈のズボンのサイドポケットに片手を突っ込んだまま、妙に慣れた感じの挨拶をしてくる。
「いいえ、そんな暇ではないので」
きっぱりと美空は断ったつもりだが、「え~いいじゃんちょっとくらい」と言って全然聞いていない感じだ。
肩を組むように近づいてきたので美空は露骨に嫌そうな顔をする。
手を振り払おうとして腕を振るが、京人相手の力加減でやってしまったため相手を放り投げてしまう。
「ぐええっ!?」
地面に叩きつけられた男が変な音を奏でる。
美空はしまったと思って頭を悩ませるが、ふと思いついた。
この男の住まいを乗っ取ればいいのではないかと。
良くないことではあるが、背に腹は代えられない。
「ねぇ、家連れてってよ」
美空は男を起き上がらせて、家を案内するように言った。
男は急に態度が変わったのでしばらくはきょとんとしていたが、なんだか嬉しそうな表情になって道案内をするようになった。
――
そこから徒歩6分もすればその男が住んでいる建物にたどり着いた。
集合住宅のような賃貸住宅。おそらくは5つくらいの家庭が生活できるくらいのサイズであった。
その1階部分の部屋のドアを開けて、男は家の中に向かって叫ぶ。
「アニキー!今帰った!」
美空はここがシェアハウスであるとは思ってもいなかったので少し驚いた。
「はよ入ってこい」
中からだるそうな声が聞こえた。
家の中にいたのは髪がボサボサのおとなしめの男。
いかにも研究者という感じの男はメガネを拭きながら、しょぼしょぼと頻繁にまばたきをしている。
おそらくは何日も徹夜して作業していたのだろう。
この男はパソコンの画面としばらくにらめっこしていたが、美空の存在に気がついてぎょっと顔を上げた。
「たつ。まさか人を連れて帰ってくるとは思わなかったぞ…」
やれやれといった感じで「アニキ」は長身の男を見る。
「だって何か困ってたみたいだったから…」
照れくさそうに、でもやっぱりなぜか嬉しそうに頭の後ろを描きながら答えるたつ。
人は見かけによらないものなのだろう。
美空に対する邪な気持ちは全然なかった。
アニキ曰くたつは捨てられたペットとかをしょっちゅう拾ってきてしまうらしい。
人を連れ帰るのはどうやら初めてだったようで、美空に声を掛ける前に友達に声の掛け方を教えてもらったらしい。
面白がって友達にナンパのやりかたを教えられてしまったのは少々不憫である。
そのやり取りをみながら美空は家の状態を確認して顔をしかめた。
おそらく研究に使っている書類やら小道具であろうものたちが床に散乱しているし、机も当然ぐちゃぐちゃ。
足の踏み場のほうが少ないくらいひどい。
「ちょっと片付けよっか」
美空はぽつりと発言する。
えっ?と素っ頓狂な声を上げる2人を置き去りにして、床に散らばったものたちを片付け始める。
「あっ!待って!せめて分別してっ!!」
直後状況を理解したアニキの方が悲鳴を上げて駆け寄ってくる。
たつもそれに合わせて参加してきた。
それから約30分もの間、片付けは続いた。
「これわかるとこに片付けて!」
「「はいっ!」」
「水回りほっとかない!」
「「はいっ!」」
「このでかいのどこに置く?!」
「はっ?!それ25kgあるのに片手で!?」
美空の指導のもとすっかり綺麗な部屋に変貌したアパートに見て、2人の男は唖然としていた。
「「母さん…」」
「誰が母さんよ!?」
2人の男が思わず零した言葉に美空が鋭くツッコミを入れる。
翌日、日が変わる前の時間帯に盛大な片付けを行ったものだから隣から苦情が来た。




