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二十一話

「あ、おかえり。」

 

 雨宮が声をかけてくる。


 みんなは先に山荘に戻っていて最後に戻ってきたのは時雨。

 冬樹がもっていた狐面を片手に持って山荘まで歩いて戻ってきた。


「冬樹は?」

 

 雨宮の問いかけに、時雨は少し詰まりながら説明する。


 また出かける用事ができたと、伝言を預かっていた。

 時雨はどこか戸惑うような様子をしていたので雨宮はきっと何かあるのだろうと考えた。


「まあ、あの子の放浪癖ならいつものことです。あの子については心配はそこまでいらないでしょう。」

 

 雨宮は洗濯物を干しながら言葉をつづる。


 すっかり日が昇ってまぶしいくらいの太陽光が庭を照らしている。

 間違いなく洗濯日和であろう。

 山の上の庭はあんまり遮るものがないから見渡す限りほとんどひなたであった。



「あの子に何か言われたんですか?」

 

 どうも様子がおかしい時雨に対して問いかける。


「いや、これは…内緒なんです。ごめんなさい。でも心配することじゃないので…」

 

 時雨はうつ向いて答えた。


 雨宮はじっと時雨のことを見ていた。

 そして雨宮は言葉を飲み込んだ。


 あの子がずっと放さず持っていた狐面を時雨に預けているということには何か理由があるはず。

 きっと内緒にするようにいったのはあの子の方なのだろう。


 詮索はよした方がいい。

 そう判断した。


「まあいいでしょう」

 雨宮は最後のバスタオルを干し終わって、ぐっと伸びをする。




 ざっ、とノイズのような音が頭の中を駆け抜けていった。


 時雨は初めての感覚に驚くが、雨宮はこの感覚を知っているようだ。


 明らかに様子が違う。

 何か恐ろしいものを認識した顔。


 雨宮は時雨の方を見て確認する。


「あなたも感じていますね。これはデミスが目覚めた場合に起こります。方角は…京の方です。」


 星が動き出した。

 その事実を知って時雨は相当事態がまずいことを把握する。


 京の方角ならば美空が星として動き出してしまったと考えたほうがいい。

 前々から恐れていたことだ。


 震える声で、時雨は雨宮に頼み込む。



「僕、京に戻ります。僕もアビスなので。…一緒に来てくれませんか?僕が暴走してしまったら、無理やりにでも止めてほしいんです。」


 ぐっと時雨は腹をくくった。

 直視したくない現実だ。

 恐ろしい事実だ。


 でも星の子が美空である以上自分が目を背けるわけにはいかない。

 時雨の覚悟だった。

 精一杯の覚悟だ。


 自分だけではどうにもできないと分かっている。

 だからこそ、雨宮を頼った。

 アビスの先輩に。


 きっとこの人と一緒なら。なんとかできる。



「…いいでしょう」

 

 雨宮は応えた。

 必死な後輩の姿を見て。

 彼女は無視できなかった。


 こんな子に絆されるのか、と内心自分自身に驚きつつ雨宮はすぐに時雨の手を引き、山荘の中に戻る。


 二人は山荘にいるじぃさんとるぅに手短に挨拶した後二人で山を駆け降りる。

 移ろいゆく山の風景を視界の外に収めながら作戦会議をする。


 作戦会議が終わり次第雨宮は能力を使用した。


 時間操作。


 アビスの「時間」に関連する能力。

 自分もしくは任意の他の物質や人物にかけることで対象の時間の流れを変化させる。

 自分の時間の流れを速くすれば戦う相手からすれば超高速で動いていることに等しい。


 かなり離れた京までできるだけ早く到着するためにここでこの能力を使用する。


(!!周りが遅くなった?!)

 

 二人の付近の動きが突如ゆっくりになり、落ちてくる青い葉がほぼ止まっているかのような緩慢な動きに変化する。

 時雨が驚く間もなく雨宮は時雨を抱えて爆走する。


 同じ時間の流れにあっても時雨が自分の足で走るのでは雨宮よりも遥かに遅くなってしまう。

 素の速さが全然違うからだ。


(…速い速い…!?)

 自分ではとても実現できなさそうな速度に目を回す時雨。

 

 そこで雨宮は時雨をお姫様だっこして山を駆け降り、田園地帯を駆け抜けていく。

 山荘の付近は随分と晴れていたのに、京に向かえば向かうほど厚い雲がたちこめて暗い空が広がっていた。



 一直線に向かう光のように突き進む雨宮。

 次第に能力を維持できなくなって能力が解ける。


「はあ…はあ…」

 

 周囲の音がいつも通りに戻る。

 雨宮は深く呼吸をする。

 荒い息を吐き玉の汗を浮かべていた。


 長時間の能力行使はある程度アビスに慣れていても負担が大きいのか、雨宮は肩で息をしている。

 時雨は周囲を見てもう京はすぐそこまで来ていることに気が付いた。


「…先に行っててください。後から追いかけます」


「…はい!」

 

 時雨は雨宮の声を聞いて弾かれたように京へ猛進する。


(すごい混乱具合だ…!)

 

 京は町中騒ぎになっていて住民たちは逃げまどい、戦闘できるものは中心街に向けて走っている。


 時雨は冷や汗を流しながら誰もいない自宅に駆け込み、自分の刀を回収して中心街を目指す。

 妙に懐かしい感触を掌に感じながら中心街の広場へ向かう。


『ッ!!』

 

 時雨の行く手を阻むように、複数の怪人が現れた。

 カエルの怪人、ハエの怪人。


「はあっ!!」

 

 二体同時に襲い掛かってくるが、時雨は刀を振るって一閃する。


 今までに戦ってきた怪人よりも遥かに弱い。恐らくは等級1か高くても2。

 流石に一撃で倒せるわけではなくとも4連撃も放てば怪人は耐えきれず爆散する。

 かるたに封印する役回りは周囲の人たちに任せることにした。


 時雨が交戦した怪人はもうほとんど動くことはできない。

 道を急ぐが、やがて怪人が現れ、再度交戦を余儀なくされる。


「数が多すぎる!?どうなってる!?」

 

 これも星の子の影響だろうか。


 ガン! ギィン!

 

 怪人は時雨以外の人も戦っているため、あちこちから硬い音が聞こえる。

 戦っているのはいずれも下級の防人。


 時雨はここは切羽詰まっているわけではないと見えたので先を急ぐ。

 ところどころ壊れかかっている街並み。


(…この先には…!)


 中心に向かえば向かうほど街の損傷は激しくなり、大きな音が聞こえ始める。




 街の中心部では激戦が繰り広げられていた。

 中心にいる白い少女と戦うのは3人。


 幹部の颯、天城。そして鬼道。


 美空のような何かは腰のあたりから6つの黒い竜の頭に似た触手を操り、幹部二人がいながらも攻勢に出させなかった。

 竜の頭からは光線を放つ上、その外殻はありえないほど硬い。

 颯の槍も、天城の蹴りもまともに効いている感じはしなかった。


 鬼道は火力要因として連れてこられたが攻撃を捌くのに精一杯でうまく攻撃できない。


「すんませんッ!」

「謝っている暇があったら少しでも溜めろ!」


 自分のふがいなさに思わず謝る鬼道を一喝し、鬼道に攻撃が届かないように触手攻撃を弾く颯。

 颯としても相手の威力が威力だけに冷や汗をかいていた。


「ちぃっ!!」

 

 速さなら完全に上に立てるが、誰かを守るという面では心もとない。

 しかも自分が攻勢に出ても有効打は与えられない。


 触手をかいくぐって本体に攻撃しようにも相手は美空の体である。迂闊にダメージを与えられないということも大きかった。

 また相手も直接攻撃を食らわないように3匹の触手で本体を守っている。


「はっ!」


 天城も隙を見て上空から紅い焔で攻撃するも、防御の硬さゆえに牽制にしかならない。

 彼女はビームを上空に誘導し街への被害を出さぬように立ち回っていてこちらも迂闊に行動できない。


 幹部のうち攻撃に特化した人員がいればまだ対処できたかもしれないが、あいにく出払っていて応援を望めないのも痛かった。

 苦肉の策として鬼道を攻撃要因にしたはいいものの、正直なところ割と経験豊富な方である鬼道でも負担が大きすぎる。



 時雨はその中に迷うことなく入っていった。


「「「「!!?」」」」

 

 鬼道に向かってきた触手に対して右手だけアビスに変えた状態で迎え撃つ。

 勢いは殺しきれず吹っ飛ばされはするが触手に僅かながら傷をつけて見せた。


 深い青色に光る傷。

 

 時雨は冷静に遠くの壁に衝突する前に液状化を用いて衝撃に対処する。

 傷がついたことに瞠目する一同。


 時雨なら少しではあれどダメージを与えられる。

 そのことに気が付いた幹部二人は驚愕した。


(これは…!)

(でも危なっかしいね!!)

 

 時雨は液状化とアビスの力で無理やり相手にダメージを与えることができる。

 相手の注意は時雨に向き、幹部二人と鬼道の負担が減る。


 だが本当にギリギリの立ち回り。少しでも反応が遅れるか相手が工夫して攻撃してきたら時雨の命はない。


「危ない!!」

 

 天城は焔を飛ばして時雨を援護する。

 少女は時雨を見て目を細め、頬を緩ませた。


「はっっ!!!」

 

 向かってくる触手2本を器用に交わしながら、すれ違いざまに小さな傷をつけ、本体へ猛進する。

 時雨が戦いに割り込んだことで一本の触手が攻撃用に回っている。


(…!すごいギリギリ…!)

 

 時雨も肌で即死するような威力を感じて冷や汗を流す。

 まるで転びかけのまま走り続けるかのような緊迫感。


 守りが薄くなった本体にアビスの力をぶつけるべく時雨は手を伸ばす。


(今!)


 破壊するのは美空ではなく美空にとりついている何か。



 対して少女は時雨に掌を向け、そこから光線を出した。


ギュウウン!!!

 

 触手からでるものよりもはるかに高威力かつ異質なそれは、とっさに液状化した時雨の右腕を吹き飛ばす。


「ぎっ…!?」

 

 光線のなかに巻き込まれていった右腕が瞬く間に蒸発して消え去る。


 光線は勢いそのままに街を一直線上にえぐり取った。

 時雨が痛みを感じるよりも早く、少女は時雨の腹に拳を叩き込む。


「~~~~っ!!?」

 

 時雨ははるか後方に吹っ飛ばされていった。


「はああっ!!」


 颯が一歩遅れて少女に切りかかる。

 風の力を加えた渾身の一撃。


 ふわり。

 


 少女の髪が舞う。

 少女は腕で颯の一撃を受け止めた。


「…こいつ!!」

 

 半ばまで刃が通るものの、骨を断つことはできない。

 少女は笑った。


 血を流し、大きな外傷を受けてなお痛がる様子もなく颯に向かって再び触手を向ける。

 寸前で飛びのいた颯だが、その後隙を狙うように光線を放つ。


「…!」

 

 颯は寸前で回避して見せるものの、黒く灼けた肩を抑えながら着地する。

 そこへ複数の触手が迫る。しかし今度は天城が防御する。


 ボボウ!

 

 紅い焔で颯を包み、盾を形成する。

 触手の進行を妨げながら煙幕代わりに使って颯を退避させる。


「すまない…」

「無茶してくれるなよ颯くん!」

 

 焔が霧散すると同時にチャージされた鬼道の飛ぶ斬撃が、触手に直撃する。


ドオオンッ!!

 

 威力は十分。触手の一つを強引に削り取って見せた。

 少女は不服そうな顔をして3人に対してさらに攻撃を叩き込もうとする。


『…!』

 

 触手6頭による同時攻撃。

 ビームを放つもの突進してくるもの。


(((ここで守りを捨てた!!?)))

 

 そこへ雨宮が割り込む。

 目にもとまらぬ速さで3人を抱えて退避したのち、触手に22連撃を加える。


(やはりですか…私では決定打にはなりにくい…)

 

 手に持ったナイフが小さいということもあるが、多少傷をつけられるだけで有効打にはなりにくい。

 雨宮は途中で回収してきた時雨を思いっきり触手に投げつける。


「行ってきなさい!」

 

 時雨は腕を失ったことで均衡が崩れ、アビスの暴走一歩手前だった。

 流石に付け焼刃の制御では限界がある。

 雨宮としてもこのことは十分に把握していた。


 雨宮がいない場所で下手に暴走させると厄介であることに加え、これだけ相手が硬いならまずは暴走した状態の時雨をぶつけたほうがいいと考えたのだ。


(恐らくこの硬さはアビス以外の系統の攻撃をほぼ無効化してしまう故なのだろう。)

 雨宮は分析する。

 

 ただのナイフの攻撃と颯の槍や天城の焔では当然後者の方が威力が高い。


 鬼道の斬撃も本来なら経路上の触手をすべて両断できるはずである。

 先ほどの攻防を見るに少女の気まぐれで生存できたが、時雨がこの触手を潜り抜けるのは液状化を考慮しても危険すぎた。


 だが露骨に身体能力が上がるアビスの暴走状態ならその限りではない。


ガンッ!!ドンッ!!


 時雨は触手にぶつかる寸前にアビスに完全に変化し、触手に対して強引な蹴りをかます。

 触手は地面にたたきつけられて石畳が粉砕されるものの、触手は大きな損傷を受けるでもなく首をもたげるように再び時雨に狙いをつけた。


 その様子を見ている3人に雨宮は荒い息のまま話しかける。


「はぁ…はぁ…あれを無力化させるために、手伝っていただけませんか?」


 かつて知り合いだった天城は目を見開き、雨宮を知らない颯と鬼道はただ二人を見つめていた。


 ――――


 約数分。

 厚い雲が上空をぐんぐんと流れていく。


 上空の強い気流に流されているのに、雲は途切れることなく街全体に影を落としていた。


 暴走した時雨はやがて勢いを失って劣勢に立たされる。

 いくら暴走していようとも複数の触手の対応を際限なく行っていれば限界が来る。


 次第に攻撃を受け、鎧が激しい火花を散らし、砕け、削れていく。

 アビスはひざを折る。


 蓄積したダメージに耐えかねてとうとうアビスは時雨に戻っていく。

 鎧が青い光となって霧散した。


『…っ』


 幸い、少女もまた猛攻により多く傷を受けている。

 触手の大半は反撃を受けてボロボロとなり、黒いかけらが零れ落ちる。

 鬼道の斬撃を受けた一本はもはやほとんど原形をとどめないほどに損傷している。


 さらに少女の本体にも爪の攻撃が届いた。

 右肩から左の脇腹にかけて刻まれた爪痕は青く光る。


 それでも少女はその部分を手で抑えるようにして立っている。


「げほっ。ごほっ」

 

 時雨は肩で息をしてせき込んだ

 右腕だったところからは大量の血が流れ次第に赤色から無色透明な液体へと姿を変えている。




「行きます!」

 

 ほんの少し時雨の状態が回復したところで、雨宮は能力を発動する。

 雨宮が能力を適応するのはこの場の5人。


 鬼道は剣のチャージ。

 天城は焔の展開。鬼道を保護する。

 颯は風を纏い、触手を捌く。


 当然人数が多い分雨宮の負担も大きい。


 ドクン。

(…っ!)


 雨宮の体が悲鳴を上げる。

 ふらりと気絶してしまいそうになるのを踏みとどまった。

 

 雨宮の役割は時雨を少女に接近させる。というよりも少女の元へ持っていく。

 時雨は雨宮から加速した時間の中で作戦内容を聞き、準備に入る。


 時雨がやるべきことは爪痕にもう一度アビスの力を叩きこむこと。


「ふぅ~~~…」

 時雨は深く息を吐く。

 

 失った右腕の場所にアビスの鎧を作動させる。

 拳をぐっと握りしめて覚悟を決めた時雨を抱えて雨宮は疾走する。


 複雑かつ予測しづらい動きで触手を躱し、誘導して絡みつかせて動きを封じる。


 颯も随時参加し少しでも早く時雨を運搬する。

 鬼道でも接近は危険。


 ましてや経験の浅い時雨ならば即死も容易い。

 しかし有効打を持つのは時雨のアビス。



 だからこそ全員の総力を賭して時雨を届ける。

 少女は相手の行動が危険であると見抜き、すぐさま光線を乱射して迎撃しようとする。


「させない!!」

 

 そこへ焔が舞い、視界を閉ざす。

 直後焔を纏う炎の斬撃が少女に直撃する。


ダアアアンッ!!

 先ほどよりも多くチャージされているために高威力。

 

 大きく後方へ吹っ飛ばされる少女の眼前へ雨宮が現れる。

 抱えていた時雨を少女に向かって投げた。


「ありがとうございます皆さんっ!」


 時雨は雨宮に投げられるまま、少女の爪痕へアビスのエネルギーを拳伝いに流し込む。


 少女の瞳が揺れる。

 アビスの力が膨張し、青く眩い光が辺りを包み込む。


 後方にいた颯や鬼道はとっさに目をかばう。


 閃光が駆け抜けていった後一同の目に映るのは美空を抱えた時雨の姿であった。

 髪はいつもの桃色へ戻る。美空はまだ気を失ったままだが、右腕の損傷以外は大きな問題はない。


「あ…」

 

 時雨は荒い息を吐き、疲れ切って時雨も気を失う。

 二人を颯が抱え込み、ひとまずなんとかなったとみなに手を振る。


 青ざめて目の焦点も合わなくなった雨宮もなんとか腕を上げて答える。

 ようやく雲が途切れて、斜めに差す日光が時雨たちを照らし出していた。


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