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18/21

十八話 深淵

 静かな神社の境内に佇む麗人。

 長い淡い茶色の髪を後ろで左右に三つ編みにしている。

 

 髪と同じか少し濃い色をした瞳はただ無機質な冷たさと共に時雨を貫いていた。


 光を宿さぬような暗さを内包した目はしばし時雨を見つめたまま少し細められた。

 黒くツヤが光る、薄手かつ半袖くらいのジャケットに、白いラインが細く走る七分丈のズボン。

 

 ジャケットの中央にあるファスナーは止められておらず、下に着ている黒いスポーツシャツがのぞいている。


(この人は…一体…?)

 

 手に持つのは真っ黒な鞭。

 先刻時雨に襲い掛かったのはまさしくこれであろう。



 そしてこの女性は京人ではなく人間。

 そして京人からしても異常な身のこなし。


 晴斗と同じ、おそらく何らかの手段で霊力を宿した人間なのは間違いない。

 使っている武器が鞭であることを考慮しても人間の力では出せないような速度から、京人に匹敵するだけの膂力はあると見える。


(…困った)


 時雨は状況のまずさを十分に理解した。


 知らない場所で、未知の相手に一人で相対していること。

 この場合どうするべきなのかは分からない。


 以前に茶目さんを経由して受け取った連絡筒は持ってきていない。

 辺りの人気のなさを見ても応援を呼ぶのは難しいと考えられる。




 額から汗が伝う時雨は相手から目を離さない。

 その様子を見ているうちに女性が揺らぐ。



 瞬足。


ズバァンッ!!!

 

 僅かな残像を残して、時雨の目にもとまらぬ速さで移動したかと思えば、気が付いたころには6か所、鞭による強打が叩きこまれていた。

 そもそも反応すらできないほどの速さに驚愕する間もなく複数の激痛に苛まれる。

 

 叩かれた場所の皮膚は衝撃に耐えかねて破裂し、それとほぼ同時に血が噴き出す。


「…っ!」

 

 時雨は崩れかけた姿勢を無理やり戻しながら即座に後ろに下がる。

 一瞬目を離した間に女性はまたしても姿を消した。


(っ…!また見失った!)

 

 どこから来るかわからぬ攻撃に備える時雨。

 周囲に立つ松の木や低い場所で葉が生い茂るサツキの木の後ろなど、身を隠せる場所は多い。


 そこに重点的に警戒する時雨をあざ笑うように再び鞭が襲い掛かった。

 バシュンッ!という鋭い音が空気を裂き、鞭が急激に向きを変える。


 「ぐぅっ!!?」


 そしてほぼ反応できもせず、時雨は4か所もろに鞭を食らう。

 鞭の方向は、上から2か所、ほぼ横から足首に1か所。 胸元に1か所。



(速すぎる!)

 

 少なくとも時雨が見た相手の持つ鞭は一つ。

 最速の幹部の颯に迫っていてもおかしくはない高速での移動に加えて鞭の攻撃。

 

 左右上下から縦横無尽に襲い掛かる鞭は時雨の体を文字通り削り、はたまた強打する。




(流石に何かの仕掛けがある…!)

 

 時雨はだんだんと体がぼろぼろになっていくのに構ってもいられぬまま、体勢を立て直すべく刀の水を急激に展開して地面を打ち付け、大きく打ち上げた砂埃と衝撃で場をかく乱する。


 砂埃が目に入るのも怪我した箇所に砂がかかって染みるのも我慢して、時雨は今度は刀をさらに展開してこちらも鞭のように振り回してけん制した。



 牽制しながら、時雨は神経を集中させて周囲の霊力の動きに集中する。

 少なくとも強化人間なのは間違いない。なら、晴斗と同じように霊力を感知できるタイミングがあるはず。


バチイ!!

 

 だが予想など意味をなさず、砂埃の中に隠れていたはずの時雨を正確に鞭が捕縛する。

 腕や足までぐるぐる巻きにされて完全に身動きできなくなった時雨の元へ、砂埃をかき分けて女性が姿を現す。


 彼女は財団が誇る最高戦力「ウィネリマ」の一人。


 ゆずりは 井筒奈いずな


 彼女は名実ともに京で言う幹部の一人に相当する人材。

 京の防人の端くれが敵う相手ではない。



 時雨自身は杠の実態を見たままにしか知らない。

 相当な実力差を見せられてなおまだ時雨は足掻く。


「ふっ!!」

 

 捕縛された状態から一気に液状化し、水流操作で急激に動く。


 目の前に出てきた以上この機会を逃す手はない。

 一切の手加減なしで、相手に切りかかる。



 だが杠には通じない。

 変則的な時雨の太刀筋を完全に見切り、時雨が出せるほぼ最高速度に達する6連撃を完全に回避する。

 

 攻撃は杠の長い髪の毛一本にすら命中することもない。

 瞠目する時雨の液状化が解けると同時に、横方向から迫ってきた鞭が時雨の右足を穿つ。


「…!」

 

 ふくらはぎをえぐり取った鞭は素早く杠の元へ引き返す。

 時雨は歩行ができなくなった。


 そのまま地面に倒れ伏す時雨は一瞬でさえ考えるまでもなく右足を常に液状化させ、その右足に水流操作をかけっぱなしにする。


(このままだとやばい…!)

  

 歩行はできずとも移動手段としての足を維持した。


(相手はあの速度…ただ逃げるのは無理!なんとか隙を作ってなんとかなるかどうかも怪しい!)

 

 なんとか姿勢を持ち直し、時雨は猛進する。

 右足をジェットのように使って推進力を得た時雨は、杠が鞭を使う動作のためにわずかに腕を動かした瞬間全身を液状化させて鞭を無効化する。


 速すぎるが、いくらかの予備動作をもとに相手の攻撃への対処を考え出した。

 少し驚いた様子の杠に対して鞭を伝うように接近。


 戻ってくる鞭の動きまで利用して本来のスピードを超えた時雨はそのまま杠に一太刀を浴びせる。

 流石に自身の鞭のスピードまで加算された攻撃には杠も対処しきれない。


ビッ!

 

 が時雨の攻撃は杠の頬の一部に小さな擦り傷を付けるだけにとどまった。

 

 予想外の攻撃ですら見切る恐ろしい反射神経とそれに従うことができる身体能力。

 時雨の渾身の一撃にも関わらず大した脅威にならない。

 そのことを目にして一瞬対処が遅れる。


 その一瞬が命取りだ。

 綻びが生じた時雨の液状化の隙を正確に付いて杠は回し蹴りを繰り出した。

 

 一部だけ液状化が解けた状態だったため致命傷にはならないが、時雨の腰より少し上の腹の肉が吹っ飛ぶ。


「ぎゃっ!!?」

 

 遅れてくる激痛に時雨は思わず悲鳴を上げる。

 痛みによって液状化が解けてしまったところに今度は杠の飛び蹴りがヒットする。


ドンッ!!


 なんの反応もできずにもろに食らった時雨は空気を一気に押し出して吹っ飛ばされる。

 そして数十メートル空中を飛び、そして轟音を立てて対角の石垣に衝突した。


 ドゴォォン!!!

 

 とても堅牢に見えた石垣はいともたやすく砕かれ、時雨もろとも崩れ去った。

 石垣の大きな残骸に押しつぶされそうになりながらも、時雨はなんとか押しのけて再び立ち上がる。

 

 だが左の腕は折れて動かず、キックを受けた腹の中から大量の血が出てくる。

 血反吐を吐き、朦朧とする意識の中で辛うじて相手を視界にとらえる時雨にはほとんど余力はない。

 

 時雨の血は最初は赤いけれども、噴き出してからしばらくすると無色透明に変化していく。

 一方的な蹂躙だけがそこに繰り広げられていた。


 


(今までの相手の行動から、時雨は一切霊力を感じなかった…!おそらくあの速さは素なのか…)


 何かの転移系の能力でもなくただ己の足だけで実現して見せた速さであったこと。

 そしてそれは同時に相手が霊力を使ってすらいないことを意味する。


 その結論に至るよりも少し先に、そのまま決して柔らかくもない瓦礫の上で力尽きた。



 ――――



 杠は知っていた。

 これで終わりではない。


 本番はこれからであると。

 杠は思い出すのは知人から聞いた情報。



 時雨という者は深淵に触れているのだと。

 その深淵を引き出してきてほしいと。


 そう頼まれてきたのだから。

 杠の敬愛するホシ様のためと言われた。それならば断る理由はない。

 杠は、その知人のことはそこそこ知っている。


 彼は誰よりもホシ様の傍で、ホシ様のために動く男だから。


 彼は杠のために様々なサポートをしてくれた。

 京への侵入方法の確保。


 そして人目が少ない場所への時雨の誘導。

 表立って対立を起こさぬため、そして時雨を追い詰めることができる状況を作った。


 私には前に出て切り開くことぐらいしか取り柄がないのに、と知人の根回しと策略を練って見事実行して見せるだけの高い実力に舌を巻く。


 「始まった」

 

 杠が思い返している間に舞台は整った。

 力尽きて倒れ伏していたはずの時雨はふらふらと立ち上がり、青く揺らめく光を全身に伴い始める。


 そしてその相貌は杠をゆっくりと捉える。


 白目は深い藍色に染まり、輝かしい黄金色の瞳。

 ただ純粋な敵意だけが含まれている視線。


(異質ね。不気味だわ。)

 

 杠は構えなおす。

 先ほどまでとはまるで異なる確かな脅威。


 やがて時雨だったものは青い渦に包まれた。

 渦がはじけると同時に禍々しい怪物が姿を現す。

 

 異郷の鎧にもよく似た怪物の姿。

 黒色の刺々しい鎧の先端のところどころが深い青と、翠色をしている。


 全身が鎧へ変化し、おぞましい気迫を纏って杠の前に佇んでいた。


「…ッ!」

 

 杠は直感的に後ろに飛びのく。

 研ぎ澄まされた感覚が杠を救った。


 怪物を中心として円状に深く暗い青色が地面を覆い、次の瞬間爆発するように衝撃波を発生させる。

 土が一切舞うことも音を立てることもないのに不気味なほど明らかな高威力。


 地面を軽く3mは抉る光景が杠の目の前に広がる。

 自分が飛びのいていなかったら体が跡形もなく吹き飛んでいたことだろうと杠は冷や汗を流しながら分析した。


「なるほど…これがアビス…!」

 

 得体のしれない能力を前にして話に聞いていた深淵の怪物のほどの一端を知る。

 だが能力の詳細そのものを理解できたわけではないため、まずはそれを探る必要がある。


 杠は鞭を使い周囲の木に巻きつけ、それを引っ張りながら木の幹を駆けるように上っていく。

 接近戦は不利。


 まずは退避しやすい樹上に移動して、鞭を使った中距離から攻撃を仕掛ける。

 木の幹から伸びる人の脚の何倍も太い枝分かれした幹の上に立つと、鞭を遠心力を乗せて振るう。


 鞭は一匹の大蛇のように杠の手の延長として動く。

 杠の膂力も加わりその速度は音速など軽く超える。


 ヒュバッ!!


 今度は手加減なしの威力。

 鞭は大きなソニックブームを伴い、破壊力は先ほどまでとは一線を画す。


 鋭く空気を裂く音を立てて、アビスへと襲い掛かる。



キィィン…!


 対してアビスは、黒い疾風を掴んだ。


 当然アビスの手には大きな負荷がかかる。

 鎧が甲高い音を立てた。

 だがほとんど体制を崩すでもなく手に多少のダメージを負う程度。


 力づくで攻撃を抑え込んだアビスに驚く杠。

 アビスは相手を樹上から引きずり下ろすべく鞭を力いっぱいに引っ張る。


「ちぃっ!」

 

 杠は力負けして木から降りることになるが柔軟な動きで地面に着地する。


 仕方なく鞭を離させるために接近戦に出た。


ゴンッ!ガンッ!

 

 速さは確実に杠が上。

 迎え撃とうとしたアビスの拳をすれすれで避け、横から回し蹴りをお見舞いする。

 だが、硬い。


 鎧のような体表は簡単には攻撃を通さないようだ。

 杠は少々面倒だと顔をしかめる。


(厄介…!)


 体の向きを杠に合わせたアビスは再度攻撃に移る。

 指そのものが大きな鉤爪のようになっており、今度は握りつぶそうと顔に手を伸ばした。



 杠は、とっさに鞭をぐいっと引っ張る。

 アビスは伸ばしていた手とは反対の手が急に引っ張られ、鞭を手放しはしないものの体勢がわずかにぶれる。


「はああっ!!」

 

 杠がアビスの、鞭を持つ右腕に3連撃を見舞う。

 両手で一回ずつ殴り、さらに下から打ち上げるようなサマーソルト。


 軽やかかつ柔軟な動きだが洗練された重さがある攻撃を立て続けに受けて、アビスは思わず鞭から手を放した。


 鞭が自由を取り戻した瞬間、杠はブレる。


ドドドンッ!!!


 音を置き去りにするような12連撃。


 アビスの全身を一秒もしない間に文字通り鞭打ちにする。

 遅れて聞こえる激しい音が境内に響く。鎧には大小さまざまの白い傷が生じ、煙が上がった。


『…!』

 

 アビスはこの瞬間、初めて後ろに一歩下がって警戒の様子を見せた。

 少しにらみあった後アビスは地面に手を突っ込む。


 バアンッ!という衝撃音が響き渡る。

 

 地面がアビスの手とぶつかった瞬間、大きくひび割れた。

 割れた地面の内側にはまるで宇宙のような暗い空間が垣間見えた。


 アビスはその空間から何かをつかんで引っ張り出す。


 引っ張り出したのは得体のしれない武器。

 つやのある黒い岩でできた荒々しい柄に、深い海の色を彷彿させる青のブレードが備わっている。

 妖しく美しい碧玉が、黒い岩の中に光る。


 やや武骨だが確実に人らしきものが作ったであろう武器であった。

 なんとその大剣をアビスは縦に二つに割る。


 片側ずつに分かれてまるで双剣のようになったそれは、それでも双剣というには随分と大きい。


(まさかそれを振り回すつもりか!?)

 

 冗談じゃない、と杠は思う。

 少し後ろににじりと下がった後杠の方から先制攻撃する。


ズバッ!

 

 黒い蛇がアビスへ迫った。

 空気を裂き鞭のすぐ下の土は鋭く巻き上がる。


 アビスは向かってくる蛇を叩き切るべく剣を力強く振るう。

 おおよそ半分に割ったとはいえ双剣というには大きすぎるそれを、重さなどまるで微塵も感じていないという速度で扱ってみせた。



 ガギィィン!と重々しく硬いもの同士が激しくぶつかる音がする。

 

 鞭は特殊な構造を持つために叩き切られることはなくとも勢いを失う。


 だが杠もそれは初めからわかっていた。純粋な力勝負なら勝てないことは確認済み。

 剣とぶつかる直後再び力を横に加えてうなる大波のように動かす。


 大波は腕と胴体の隙間を縫うように動いて、腰が入った剣技を見せた無防備なアビスの横腹を鈍く重い衝撃が襲う。

 姿勢を崩しこそすれど受けた勢いそのままに一回転するが、足が地面につくと同時に地面を蹴り砕いて杠へ反撃する。


(想定済み!!)

 

 杠は鞭をしならせつつも、アビスの攻撃に合わせて体をねじった。


 杠を横に断とうと剣を振るうアビス。

 次の瞬間、アビスが鞭でぐるぐる巻きに拘束される。


「ふっっ!!」

 

 感髪入れず、アビスが抵抗する間もなく渾身の飛び蹴りをかます。


 ゴウンッ!!

 

 後方へふっとばされるアビス。

 石とセメントらしきもので固められてできた壁に激突するが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた大きな塊を難なく押しのけて立ち上がってきた。



 あまり応えていなさそうな様子を見て、杠はここで初めて霊力を使う。

 白いオーラが立ち込めて鞭の周囲に絡みついた。


 杠自身にも薄くオーラが漂う。

 

 杠の能力は「反射」。


「はッ!」

 

 鞭に適応させることでさらなる連撃と高威力を発揮することができる。

 杠のしなる鞭が再度勢いを増す。


 キュイイイイインッ!

 そして何もないはずの場所で変則的に反射しより速度を高めていく。



 アビスもその動きを追うことができず、次第に鞭が作り出す渦の中に巻き込まれていった。


 アビスの装甲が悲鳴を上げ、傷が増え、大きくなっていく。

 だが渦は強引に解除されてしまう。


 アビスの周りを、青い光が包み込んで爆発する。

 しかし驚くほどの無音。

 

 高速で動く鞭を無理やり弾き飛ばした。


 そして、同時に壊した。


 通常の壊れ方とは大きく異なる光景。

 鞭に青いヒビが走り、粉々に砕け散っていく。


 相当頑丈に作られた鞭のはずだ。まさか破壊されるとは。


 信じられない現象に目を見張る杠に、アビスは一切の躊躇もなく猛攻を加えるべく突進する。


 まるでただ狂暴な猛獣のような一切の無駄なく相手を叩き潰さんとする気迫と攻撃。

 杠は鞭を失って不利になりつつも、今度は体術で迎え受ける。


(来いっ!)

 

 迫る剣をすれすれで回避し、懐に潜りこんでアビスに拳を放つ。

 アビスは一発ではよろけないほど頑丈だが、何発も同じところに受ければ流石に効く。


 堪えかねてたじろいだアビスの顔面に、さらにとび膝蹴りをかます。


ゴンッ!

 

 思わずアビスはのけぞる。

 

 アビスには剣技らしいものも技術的な戦法もなく、力は強大であっても戦法は素人のそれ。

 杠からすれば攻撃が予測しやすく、隙が大きいので反撃もしやすい。


『…』

 

 アビスは大きく後退し、痛みを感じるのか少し悶えた様子を見せる。


 杠は猛進し、さらなる攻撃をしかけた。

 アクロバティックな蹴りや変則的かつ素早い拳に防戦一方になるアビス。


 攻め立てる杠。

 そこへ、アビスが突如拳を放つ。


 アビスは自分が攻撃をもろに受けるのも構わず、反撃に出た。

 

 まぐれか、それとも戦ううちに少し学んできたのか。

 アビスは、杠が蹴りのためにわずか一瞬空中にとどまる瞬間を狙った。

 この攻撃が、今この瞬間杠の優勢を打ち砕いた。


 蹴りが来た時の重心がもう片方の足に寄ったすぐに動けない状態の杠に、拳がヒットする。

 間一髪で杠は「反射」を自身に発動させていたにもかかわらず、そのまま殴り飛ばされる。


「がっ…!」


 大きく吹っ飛ばされ、境内の白い丸い石を弾き飛ばしながら数度バウンドした後杠は地面を転がっていく。


「げぼっ…!?」


 勢いが止まったと同時に大量の吐血。

 分かってはいたが直撃するとまずい威力。

 ふらふらとしつつも杠は強引に体勢を立て直す。


 腹を抑え、すぐに動ける状態ではない。

 だがアビスは今まで通りつぶしにかかってくる。




(反射が強制的に解除された、いや「自分にかけていた反射が、破壊された…)

 杠はそう分析する。

 理不尽な能力。

 その存在が、状況が完全にまずい状態であることを自覚させてきた。


 鞭がない。体術で迎え撃とうにも反射でダメージの処理ができないという点で、完全に不利な状況。



『杠、もう充分です!引きなさい!』

 

 友人がデバイスを通じて連絡してくる。

 音声だけの通信越しでも目に見えるくらい焦った声。


 撤退する必要があることぐらいわかっている。

 だが、杠はまだ立てない。

 先ほど受けた衝撃がまだ杠の体全体に響いている。

 平衡感覚がかなり崩れ、頭の中はグワングワンと響くような痛みで充満していった。


 そしてもう目の前にまで来ている怪人が杠に攻撃を加えようとしたとき。


ゴロゴロ…


 天から雷が放たれる。

 不気味なほど黒みを帯びた青い光がアビスを貫き、アビスは黒焦げになってその場に倒れ伏す。



ドシャーーンッ!

 

 相当なダメージを受けつつも無理やり手に力を入れ、まだ立とうとするアビス。


(!今のうちに!)

 

 雷が生み出した時間のおかげで杠はようやく走ることができるようになった。

 風のように駆けてそのまま姿を消す。


『…』

 

 アビスは目標を失い、機能を停止する。

 そしてアビスの禍々しい鎧はやがて青い粒子となって散っていく。


 そして、鎧が消えた後の場所には気を失った時雨が姿を現す。



 倒れ伏したまま動かない時雨を優しく涼しい風がそっと撫でていた。


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