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十七話 凶いの兆し

「時雨ちゃん遅いなぁ…」

 

 美空はいつもの家の居間で一人くつろいでいた。

 窓が室内の光を反射するせいでほとんど外の様子はわからない。


 窓際の小さな机で頬杖をつく美空はちょうど絵を描いているところだった。

 召喚物の媒体が紙と美空が描いた絵である以上は定期的に新しく作らなければいずれはなくなってしまう。

 一日の間のどこかで召喚物の数を補給するのは彼女の日課である。

 

 ただ今ばかりは時雨のことを心配してあまり手がつかなかった。


(まだあの子病み上がりなのに…)

 

 念のため様子を探る用の召喚物を作っておく。

 雨の日でも問題なく行動できるようにカエルをイメージした柴犬くらいの大きさの召喚物を窓から2匹ほど放つ。

 

 ぴょこぴょこと跳ねて辺りの様子を探るように動かしながら美空はぐっと伸びをする。

 そろそろご飯作らなきゃとか思いながらおもむろに立ち上がる。



 姿勢が高くなった辺りでいきなりふらりと倒れた。


 立ち眩み。

 美空は不調な様子は一切なかったのに、変な感じがした。


「あれ…」

 

 そのまま力なく美空は倒れこんでうっすらとしたままゆっくりと意識を失う。

 周囲に放ったカエルの召喚物は主の意識がなくなったことでそのまま細かくなって霧散していった。



――――――


「ただいま~」

 

 疲れ切った時雨が玄関から入ってくる。

 追加の訓練をしたので肉体の疲労具合も今までよりもはるかに大きかった。

 

 重い足取りで玄関を上がっていく。

 結局、教官と模擬戦をして追い詰められた時に一度だけ僅かにくだんの青い光が出てきた。

 

 おそらくいざという時に出てくるものなのだろうと思いながら居間まで歩いていく。

 妙に静かな家の中に違和感を覚えた時雨は、ふいに早足になって廊下を通り、いつも美空がいる居間のとなりの小さな作業部屋にやってきた。




 

 暗い部屋の中で僅かに光っているように見える銀髪の少女が立っていた。

 ボブカットであろう彼女の髪はゆらゆらと風も吹いていないのに揺れている。



 少女はこちらに振り返って二人は目が合う。

 瞳孔が白くその周りの瞳は吸い込まれそうなほどの漆黒。


 体は少し発光していて、体の周りを覆うオーラのようなものが髪と同じようにゆらゆらと立ち上っている。

 時雨を見た少女は少しだけ微笑んだ。


「遊ビマショウ…?」

 

 声をかけてくる。


 その瞬間に時雨はぞわっと身の毛がよだつ思いがする。

 何よりその少女は、髪の色や雰囲気が変わっているといえど間違いなく美空であるはずだった。


 この美空であるはずの少女は感情が読めない。

 そして戦慄してしまうような謎の恐怖心を周囲に抱かせるような「何か」を持っていた。


 思わず後ずさりをする時雨の動作を見て、少女は追うように少し近づいてくる。

 そのまま時雨が後ずさるよりもはやく少女は数歩近づいて、時雨の頬に両手を近づけた。

 

 突如として、今日一日さんざん時雨を無視し続けてきた青い光が時雨から意識していないにもかかわらず放たれる。

 

 その光に触れる前に、少女は後ろに下がった。


「ソウ…」

 

 光が少し弱くなり少し立ち上がっていた髪も少しだけ落ち着く。

 少し悲し気に少女はうつむき、目を伏せる。


 長く純白のまつ毛が妙に神々しい。

 だがそれも一瞬のうちで少女は顔を上げて時雨をもう一度まっすぐに見つめた。




「面白イママデイテネ」


 柔らかく微笑んでそう声をかけてきた。

 その言葉を言い終わると同時に光は完全に姿を消し、銀髪はいつもの桃色に戻りそのままふらっと前に倒れこむ。


「おっとっと…!?」

 

 その様子に驚いた時雨はとっさに美空を抱きとめた。

 すぅ、すぅと静かに寝息を立てる美空の姿を見てひとまず安心する。


 だが分からぬことが一気に増えた。

 居間の空きスペースの畳の上に布団を敷いてそっと美空を寝かせる。

 

 美空に掛け布団をかけ終わると、時雨はその場にへたりこむ。




ドクンドクン。

 

 心音がうるさいほどに時雨の中で響き渡っていた。

 強張る体が震え、寒気すら感じさせる。


 恐る恐る時雨は自分の手を見た。

 いつもの手だ。普段と何も変わらない。



 時雨は自分の手を目で確認してなお。

 美空を受け止めようとした自分の手が怪物の手であるかのように思えて仕方がなかった。




 銀髪の少女を目の前にした時に覚えていた感覚。


 恐怖と。

 そして敵対心。明確な相手ではなくこちらからの害意。

 一瞬でも気を抜いていたら間違いなく少女を殺めていたと、そう思えて仕方がなかった。



「僕は…何…?」

 

 時雨の問いかけに答える者はいない。

 ただ夜の闇の中に声が消えていくだけだった。

 今さっきまで彼女を殺そうとしていた指先が、今は彼女の体温を感じている。その矛盾に時雨は吐き気を覚えた。



 ――――――


「ウラシア…?」

 

 夜空の星々が見えぬほど、人の町の夜は輝いていた。

 

 何個あるとも知れぬ部屋の窓から光が飛び出し、夜になってなお人だかりは絶えない。

 ショーウィンドウには煌びやかなドレスが堂々と姿を見せている。


 青から赤へ光が移り変われば人々は立ち止まり、唐突に波が静止する。

 その人々の目の前を大小様々な車が行き交う。


 各々の明るい光が駆け抜けていく傍ら町の中に大きく存在感を放つ建物の中。

 彼女のためにだけ作られた大きく厳かな部屋の布団の上で一人の女性がつぶやく。

 

 天井は高く、格式高い洋風の部屋。

 天井には装飾の付いたグラスの照明が白い部屋を眩く照らす。

 光の一部は床に敷かれた深いワインレッドのマットに吸い込まれていく。


ブゥンブゥンブゥン!


 外では防音対策なんてしてなさそうなバイクの音が鳴り響いた。

 

 薄いレースカーテンしか閉められていない大きな窓の向こう側で色とりどりの光がまたたく。

 腰に届くほどの長い鮮やかな紅色の髪。

 そして同じくらい深い紅色の瞳。そしてその内側で白く光る瞳孔。

 綺麗な白いドレスに身を包んだその女性は椅子から立ち上がって、窓のそばまで寄っていく。


「ホシ様、いかがなさいましたか?」

 

 近くに控えていた一人の執事が「ホシ様」と呼ばれた女性に声をかける。

 黒いスーツに身を包み、黒い髪を耳より下くらいまで伸ばし、後ろで少し結わえた男。

 切れ長だが優しい目をしており、ピシッとしながらも目の前の女性に対してはかなり優しい雰囲気をしていた。

 

 男性だが美しいという表現が似合うその男を女性は一瞥した。

 ふわり、と柔らかくしなやかな髪が彼女の動きにつられて揺れる。


「京に、美空という子がいるでしょう?」


「ええ。」


「あの子、だんだんと星の子として目覚めかけているみたい。このままにしておくのは良くないわ。なんとかしてこっちに連れてこられないかしら。」


「なかなか難しいですね…しかし仰せの通りにいたします。」


「ごめんなさいね。後…京とは敵対関係にならないように。」


「かしこまりました。」


 女性の頼みごとに対して執事は丁寧に応答する。

 難しい任務だと執事は内心で思いつつも、この方が望むなら成し遂げて見せると。そう決意はすでに決まっている。


 彼はかつてこの女性に救い出された恩がある。

 だから、例えどんな依頼であれ遂行して見せる。




 そう、どんな依頼であろうと。

 その決意を胸に彼女に礼をしてすぐに情報収集にかかるべく部屋を後にする。


 彼は真剣な顔で、でも少し悲しそうな顔をしていた。

 できれば彼女には見られぬように、ドアを閉めるまでは柔和な表情を崩さない。


 扉が静かに閉じられた後、ホシ様と呼ばれた女性もまた悲しそうな目で窓の向こうの景色を眺めていた。



「ごめんね…貴方に難題ばかりさせてしまって…」

 

 彼にはもう聞こえない言葉。直接は言えない言葉。ただ一人寂しげに届かない嘆きをぽつりとこぼす。



 夜空は町の光に照らされてよくは見えない。

 ただ下弦の月だけが空からホシを照らし続けていた。


――――――――

 ちゅん!


 スズメの声が庭先で賑やかに交わされている。

 嬉しそうな声。


 きっとみんなで何か餌を見つけたのだろう。

 まだ初々しく嘴の端が黄色い若鳥が親の後について行ってちょこちょこと動き回っている。


 まだ茶色が少し薄い羽毛を朝日が優しく照らす。



 時雨はその光景をただただ見ているだけ。

 昨日の晩は一睡もできなかった。


 目の下にはクマを作り、体も昨日の鍛錬の後の疲労を溜めたまま。

 

 縁側に腰掛けながら、奥の障子の向こうの部屋で寝ている美空のことをずっと意識していた。

 昨夜の少女は何だったのか。

 そして自分は何なのか。



 いや、その答えはすでに知っている。


 自分は深淵で、地球の免疫細胞ともいうべきもの。


 対して美空は星の子。地球から見れば抗原。

 存在として自分たち二人は敵対する身にあること。



 その事実を、かつて藤原に言われて知っていた。

 でも知っていただけ。

 

 実際にことが起こり始めて初めて、その事態の大きさに気付いた。


 美空がやがては災害となっていくこと。

 そして、自分が彼女を止める(殺める)立場にあること。


 その認めたくない事実が、重苦しく時雨を締め付けていた。

 どうすればいいかなど分からない。

 

 ただ明るくなっていく外の景色とは裏腹に時雨の中では黒々とした悩みが、苦悩がぐるぐると渦巻いている。


「ふぅ」

 自分を落ち着かせるべく深く息を吐く。


 自分でいくら考えを回したところで結論なんて出ない。少なくとも一人で考えるのはやめた。


 縁側から立ち上がって庭に出る。

 先ほどまでちょこちょこしていたスズメの親子はもう別のところへ移動してしまったようだ。


カサカサ…

 

 周囲に大切に植えられた木々の健やかな葉が風に揺れる。

 時雨はその中でそっと目を閉じた。


「……」

 

 しばし瞑想した後歩き出す。

 訓練所の方へもう一度出向くことにする。

 自分が身に着けたもので何か状況を打破できるかもしれない。


 とってもちっぽけな希望的観測だ。

 それでもそんな小さなものに縋っていたい気持ちは確かだった。


 訓練所は朝早くから開いている。午前6時ごろには訓練を開始できるようになっていた。


ドンッ!

バシィィン!!

 

 稽古する人の踏み込みの音。

 竹刀同士がぶつかり合う高い音。


 訓練所の外側にも響いてくる音が時雨の鼓膜を震わせる。

 

 いつもの訓練所の扉をくぐって、道場に入る前に軽く礼をしてから中に入っていく。

 その先ではいつもの背中が時雨を待っていた。


「教官」


「お、その声は時雨君かい?今日は随分と早いね」

 

 重い荷物を積んでいる物置で作業していた教官は背中を向けたまま言って一区切りつくとこちらに振り返ってくれる。

 そうして時雨の姿を見てすぐに理解した。


「悩み事?」

 

 優しく教官は時雨に問いかける。


 時雨の心情は表に出やすい。

 不安げな顔や目の下のクマやらを見ればすぐにわかった。

 

 それに、今までずっと身に着けていた刀を持ってきていない。

 その行動にしても様子にしても、相当思い詰めているのだろうと教官は見抜いていた。


「…はい」

 

 対して時雨は少し困ったように返事をするが、教官が相談に乗ってくれると知って少なからずほっとしていたのも事実。



 だが京の幹部である教官に昨晩のことを相談していいものなのか。

 美空の処遇がどうなるかもわからない。


 自分のことだけに絞って話すべきか?どこまで話せばいい?

 悶々と考え出した時雨を見かねて、教官は対応を変える。


「んん、俺には相談できないか…なら、時雨君が話してもいいって人へ中継してあげようか?」


 その言葉にはっとして時雨は顔を上げる。

 それなら大丈夫かもしれない。


 一瞬藤原の顔が思い浮かぶが、彼女自身は美空に対しては否定的なので変に相談してもまずいかもしれない。

 思い浮かんだ人物への相談がまずいかもと思われてまた目に影を落とす時雨。



 教官はしばらく様子を見てこれは多分もう少し助け船がいるかな、と考えて案を出す。


「なら、雨宮さんのとこに相談するかい?すぐには無理だとは思うけど。たぶん彼女なら助けてくれるんじゃないかな?」


 そう提案を出す。

 

 雨宮…聞いたことはあるが会ったことはない。その人物に相談できるかどうかは正直分からない。

 だが、教官の言葉を信じてみることにする。


「お願いします」

 

 時雨は咄嗟に頭を下げる。

 まあまあ、と教官は時雨に顔を上げさせて「じゃあ連絡してみるね」と言って事務室に戻っていった。


 教官はたくさん助け船を出してくれて、本当に配慮できる大人だと時雨は思わずにはいられない。

 自分はいつになったらこんな大人になれるのだろうか。時雨は少しげんなりする。

 もう姿が見えなくなった教官にもう一度頭を下げるように、道場に挨拶をして帰っていった。


「教官、雨宮ということは…」


「あぁ、昨日一度だけ時雨君の力を見せてもらうことができたんだけどね、あれは深淵の類だと思うんだ。だから、深淵について知ってる人物のところを訪ねたほうがいいかなって。」


 近くで別の作業をしていた一人の女性が声をかける。

 彼女は教官補佐の一人。事務関係などをそつなくこなす人物である。

 また、比較的長く教官とも面識があるため、何かあったときの相談なども受け付けていた。


 彼女の言葉と、言葉にせずとも伝わってきた意図を汲んで教官は補足説明する。

 教官はできる限りのことをしてやるつもりだ。


 深淵の力となれば、少なくとも一人で背負い込めるものではない。

 かつて共に闘った友人がそうであったように。

 その力故の苦労は、身をもって知っているわけではなくともそばで見ていたからある程度は分かる。


 自分の教え子がやがて苦しい道を選ばざるを得ないことにショックを受けつつも、せめて自分が支えてやらねばと思わずにはいられなかった。


「教官、少し休みましょう。汗がひどいです。」


 補佐の言葉にはっとする教官。

 ずっと執務室のテーブルに手をついて考え込んでいた教官は、いつの間にか汗ぐっしょりになってしまっている。

 

 背中はとても冷たい。

 補佐は彼の過去を知るゆえに深くは突っ込まず、そのまま黙っている。

 無言のままそっと教官にタオルを渡して、椅子に座らせた。


「すまない、迷惑をかけた…」

 

 タオルを頭に巻いてふっと肩の力を抜くことができた教官はうつ向いたまま補佐に礼を詫びる。


「いえ、とんでもありません」

 補佐はただ優しく彼に微笑みかけるだけだった。



 ――――――――


「…帰るの嫌だな」

 

 ぽつりと時雨は零した。

 これからどうやって美空に向き合えばいいのか。

 その答えは出ていない。


 もうそろそろ美空も起きるころだろう。

 自分は美空を前にして今までみたいに接することができるだろうか。

 またあの力が出てこないか。



 

(何の考えもなく帰って彼女に会うのは良くない気がする。)

 

 時雨は家に帰るまでの道で立ち止まり、たちまち踵を返した。


 時雨は今度は役所に向かうことにする。

 ちょうどよく怪人の討伐依頼でも出ていないだろうか。

 

 そんな望みを持ちながら歩くうちに、少なからぬ嫌な気持ちがふつふつと湧いて出てくる。

 自分は難題から目を背けているだけじゃないのか。


 そんな問いが出てくる。

 焦る気持ちのせいだろう。

 自分を無意識に刺してくる問いを黙らせるように、力いっぱい走り出す。


 ――――――



 道を間違えてしまったのだろう。

 自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。


 京の一部なのは間違いない。

 周囲は木造建築に囲まれているが妙に人の気配がない。



「はぁ…」

 

 無機質に見える土壁を横目に見ながら、本当にどこに来てしまったのかとため息を付く。

 周囲は比較的背の高い倉などが並び、縦長の迷路上の道が入り組んでいるようで正直座標が掴めない。

 

 時雨自身京を熟知しているわけではなく、知らない場所ならたくさんある。

 だが京らしからぬ人気のなさにどうしても緊張感が走った。

 

 妙に気を抜けない空気に包まれながら、時雨は存在するかどうかも分からない気配を警戒していた。


(見られている…?)

 

 姿は見えない。

 

 それでも何かがいると勘が告げている。

 一応は構えの姿勢をとり襲撃に備えた。


 ごくり、と時雨は息を呑む。


 だが一向に仕掛けてくる様子はない。

 おそるおそる移動するもやはりなにも起こらない。


 一体何なんだと思いながら手あたり次第に移動する。

 せめて視界の開けた場所に出たいと思っていたところに石垣が積まれている場所が見えはじめる。


 その石垣を時雨は水流操作と液状化を駆使して乗り越える。

 石垣を通過して液状化を解除し、着地した後に周囲を見渡す。


 ここは神社のようだ。

 綺麗に揃えられた石畳の周囲には白い小さな石が敷き詰められている。

 

 こんな場所があったのかと思いながら少しずつ奥に入っていく。

 神社の境内の中心部には大きな神殿らしきものが建てられている。


 艶やかな朱色に塗られた木の柱に真っ黒な瓦。

 神殿の大きさは尋常ではなく、京の中ではおそらく最も大きく豪華な神殿だろう。


 石畳は本来通るはずだった鳥居からその神殿の前までの道を示すようにまっすぐひかれている。

 神殿の前までくると石の階段に変わる。


 建物の2階よりも少し高いくらいまでの高さまで上ると目の前に神輿らしきものが見え始めた。

 不思議な空気に包まれている感覚。

 先ほどまで追いかけていたような視線は相変わらず時雨を見つめているが、前ほど緊張感があるものではなくなっている。


ざざざ…

 

 風が優しく吹く。

 境内に植えられた人間の町のマンションよりも高い場所で葉を伸ばす大木の葉が、ゆらゆらと揺れている。

 時雨の頭上の遥か上で軽い音を靡かせていたこの空間に、視線以外の気配は感じなかった。


ビュンッ!!

 

 突如風が鋭く動く。

 細くしなやかな黒い疾風が、時雨の首筋に迫る。


 完全に不意を突かれたが時雨は液状化で間一髪事なきを得た。

 液体と化した時雨を通過した黒い風は鋭い音を立てて駆け抜けていく。

 直で食らったらまずいやつだと感じながら、時雨は液状化を解除して体勢を立て直す。



 誰もいないはずの場所で、突如攻撃された。

 時雨は慌てて背後を見る。

 しかし誰もいない。


「あら、対処されるとは想定外だったわ。」

 

 神殿を向いていた時雨を背後から奇襲したはずの声の主は、目にもとまらぬ速さで時雨の背後に回り込んでいた。


 驚いて即座に飛びのく時雨。

 時雨が目に捉えたのは一人の「人間」だった。


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